第19話 孤独な心 (12)

前書き


今年になって、昔から好きだったアーティストの講演会に参加する機会がありました。雲の上の存在の様な人の知られざる苦労話に感動し、未だに挑戦する情熱に驚きました。

思えば、私も大人になってからの挑戦が幾つもあります。小説を書き始めたのもその一つで、子供の頃は考えもしなかったです。

そのアーティストほどではないにしろ、幾つになっても、少しでも、挑戦する心を大切にしていきたいと思っています。



「頼まれていた物よ」


 数枚の書類と写真をテーブルに置いて麗が対面に座る。書類を手に取り、住所、氏名、年齢、経歴、その他諸々を確認し、最後に写真を見ながら顔を頭に焼き付ける。しばらくして「ありがとう」と戻した。


「見つけ出すの、随分早かったのね」


「それが仕事だからね。それで、これからどうするの?」


「それについて相談があるんだけど………」


幾つかの注文をすると、麗はしばらく考え込んだ。


「まあ、心当たりはあるから聞いてみるわね。

…………それにしても、子供相手に随分楽しそうね」


「目には目をって麗がよく言うじゃない」


 私の返事に麗が苦笑する。これが一番穏便に済ます方法だと思って麗に提案したのだが、手緩かっただろうか。


「他にする事はある?」


「いいえ、夕貴に手伝ってもらうつもりだから大丈夫。あの子も早く自宅に帰した方が良いみたいだし」


「それなら、私の分はこれで終わりね」


 煙草を取り出し火を着けると、大きく吸い込む麗に眉をひそめる。


「麗、仕事中でしょう」


「気にしないわよ、ここにいるのは貴女だけだし。

 たまには…………どう?」


「…………止めとくわ」


煙草の箱を差し出され、暗に誘われているのは私達の関係。私の返事に麗が目を細めて、ゆっくり口角を上げた。


「へぇ、随分気に入っているのね。…………夕貴ちゃん」


「それで、依頼の代償に私は何をすれば良いの?」


 麗の言葉を無視して訊ねると「ここでしばらく働いてもらうわ」とにやにやしながら麗が答える。


「分かった。ただ、もう少しだけ待ってくれる?

 今の職場をきちんと辞めないといけないから」


「ええ、構わないわよ。勿論給料も払うから安心して」


「了解。それと、もう一つ………」


 少しだけ躊躇ってから口を開く。この話を聞けば、きっと彼女は笑いだすに違いない。


「私が死んだ後で構わないから、働いた分の報酬を夕貴に渡してくれる?」


「ふ、ふふふ………」


 案の定、目を丸くした後、笑いだした麗に話は終わりと背を向けてドアに向かった。自分でも信じられない事を言っている自覚があるから恥ずかしくて仕方がない。廊下を出ても未だ聞こえる笑い声が腹ただしくて、受付にいる彼女に声をかけた。


「由美ちゃん」


「はい、何ですか?」


「麗、社長室で煙草吸ってるわよ」


「またですか!?」


「それと、また浮気の虫が騒いでいるわ」


「えっ、それは……!」


「勿論、きちんと断ったから安心して。

 だから、恋人の躾はしっかりしておいてね」


「分かりました!

ありがとうございます!!セイさん」


 手を振って別れると「全くもう!!」と彼女が急いで廊下の奥に走り出す。ささやかな意趣返しに少しだけすっきりすると、ビルを出て、自宅に向かった。




「………寝てたんじゃないの?」


 私の言葉に、テーブルに本を広げてペンを動かしていた夕貴が、むっとしたように見る。


「少しは寝たから。それに熱も計って確認した」


「そう」


 買い足した物を台所に置いてテーブルを見ると、数学らしい本が曲線を説明している。


「夕貴、大学受験するの?」


「………そのつもりだったけど、分からない」


「何で?」


「…………お母さんいないし。お金ないから」


「お金なんてどうにでもなるわよ。成績も良いんでしょう?」


「何で知ってるの?」


「学校で担任の先生に聞いたから。凄いじゃない」


 誉めたつもりなのに、それでも夕貴の表情は暗い。分かりやすい表情を何とか明るくしたくて、以前聞いていた事を口にする。


「夕貴が大学に入ってお医者さんになるのを良子さんも楽しみにしていたんでしょう。簡単に諦めちゃ駄目よ」


「………………うん」


 驚いたようにまじまじと私を見つめた後、夕貴は小さく頷いた。再びテーブルに向かう彼女の邪魔にならないようにその場を離れると、スマホを検索して朝見たページを広げる。

 『風邪をひいた時、食欲のない時にオススメ!作ってあげたい身体に優しい料理』の “簡単に作れるレシピ” 項目をクリックすると、今度こそ一人で作るために料理を探し始めた。

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