第16話 孤独な心 (9) ~夕貴~

前書き


フォロー頂きました!

ありがとうございまーす\(^o^)/


嬉しくて転げ回っていたら「どこか痛いのか?」と家族に心配されました。


カクヨムの中でも様々な方がフォローの素晴らしさを書いていらっしゃいます。そんなエッセイを読むたびに一人で「うんうん、分かるなぁ~」と納得しています。


お礼の気持ちを込めまして、本日は二話連続更新でーす。




「何やってるんだろう、私」


 学校までの慣れない道を歩きながら、思わずため息をつく。私の家よりセイのアパートの方が学校までの距離が近い。もう少し遅く出ても良かったのだが、あのまま一緒にいるのが限界で逃げるように家を出た。


 本当は自分でも朧気に覚えていたのだ。苦しくて、怖くて、助けを求めた声に応えてくれた温もりを。離れたくなくてしがみついた身体を労るように擦ってくれたことも。「大丈夫だよ」と囁いてくれた優しい口調も。


 目が覚めた時、セイとの距離があまりに近くて、ついでに昨夜の記憶も思い出して、恥ずかしさで転げ回りたい気分だった。セイにあんな態度をとってしまったのも照れ隠し故のことだったが、少しだけ悪かったと思う。


 安西セイという人間が分からない。自分を殺そうと思った私に『嬉しい』と言える心が、助けを求めた私を躊躇いなく受け止めてくれるその優しさが。


 彼女を憎んでいるはずなのに、自分の気持ちに自信がなくなっていく。どうして私は助けを求めたのだろう、いくら考えても正しい答えは導き出せずに、頭の中は混乱していて、誰かに正解を教えて欲しいと切実に思う。ふと、契約の事を思い出して足を止める。ショッキングな出来事が立て続けに起きたせいで忘れかけていたが、彼女は本当に死ぬ気なのだろうか………


「!!」


 スマホが震え、思考が途切れる。ポケットから取り出すと、メッセージの通知が表示されていた。私の家のガラスを修理する事と、学校が終わって連絡をくれれば迎えに行くという事、神山麗に連絡をしてストーカーの事を調べてもらう事が淡々とした文面で告げられていて彼女らしさを感じてしまった。朝のゴタゴタで伝え損ねていたのだろう。


 『子供には手を出さないわよ』


 彼女に言われた言葉を思い出すと、ちくりと胸に刺が刺さった。結局のところ何一つ自分で出来なくて、自分の都合で振り回し、彼女に頼ってばかりの自分は確かに子供なのだろう。だけど、どうすれば良いのか分からない気持ちを抱えながら学校に向かって歩き出した。



「おはよう、夕貴。

 珍しいね、宿題忘れたの?」


「おはよう。

昨日、そのままずっと寝ちゃっててね」


 早めに着いた学校で課題を片付けていると、京子に驚かれた。本当は勉強どころじゃなかったのだが、それを言うと、彼女に何かと心配をかけてしまうことが心苦しかったのだ。同じ受験生として迷惑をかけたくないという気持ちが、頼りたいはずの友人に打ち明けることを躊躇わせてしまう。


「夕貴もそういう事があるんだね。何か安心したわ。

 まあ、頑張ってね」


 何故か安心したような友人に手を振ると、教室の時計を確認して急いでペンを走らせた。




 三時間目を過ぎた辺りから自分の身体に違和感を覚え出す。身体が何となくだるくて、重い。最近体調を崩してばかりだな、と思いながらもそのまま授業に臨んだ。幸いなことに明日は休みだ、今日一日を乗りきれば何とかなるだろう。


「夕貴、体調が悪いんじゃない?」


 昼休みに京子と向かい合って座ると、いきなり心配された。食欲もなくて紙パックのジュースだけの私の昼食を見て、訊ねるというよりは確認の口調になっている。


「保健室に連れていこうか?」


「ううん。だるいだけだから大丈夫。

 明日は休みだし、あと半分だから、頑張って受ける」


「相変わらず真面目だねぇ。

 そこまで無理しなくても良いのに」


「辛かったら寝ておくから大丈夫だよ」


 呆れながらも心配そうな友人に無理やり笑って見せながら “真面目” という言葉が胸に刺さり、そうか、と一人で納得した。母にも友人にも先生にも心配かけたくなくて、私はずっと優等生という仮面を被って過ごしていた。甘えたい心に蓋をして、大丈夫と笑って見せていた。だけど、セイは違う。憎しみも、悲しみも、寂しさも誰にも見せたことのない醜い私を彼女は受け止めてくれた。だから、私は彼女を頼ったのだ。彼女だけはありのままの自分を分かってくれるから。憎い相手を心のどこかで信頼している自分に呆れてしまう。


「……貴、夕貴!」



「…………へ?」



 目の前に京子の顔があって、私を覗き込んでいる。


「本当に大丈夫なの?

 何度か呼んだんだけど気づかなかったし」


「ああ、うん…………

 ごめん、大丈夫」


 心配そうに額に触れた京子の手がひんやりとして心地よい。


「ちょっ!? やばっ! 熱くない?

 やっぱり保健室に行こう」


「大丈夫だって」


 京子が慌てた様に無理矢理立たせると、保健室に引きずるように連れていく。京子から事情を聞いた先生に問診されて、言われるまま熱を測る。十数秒後、電子音が聞こえて、服の中から体温計を差し出すと先生が眉をひそめた。


「38度9分…………」


「えっ、そんなにあります?」


「立野さん、直ぐに連絡が取れる方はいらっしゃる?」


 一瞬、セイの顔が思い浮かんだものの首を横に振った。


「身体のだるさ以外で他に症状はないのよね?」


「はい」


「………分かったわ。しばらく休んでいなさい」


 たった一人の家族を失ったばかりの私の事情を予め聞いていたらしく、無理に帰宅を勧めなかった先生は奥のベッドを開けてくれた。保冷枕に頭を置くと静かな室内で先生のペンを動かす音が聞こえてくる。何もない空間に置き去りにされた様な感覚を覚えながらもいつしか意識はゆっくりと沈んでいった。



 ふと、小さな話し声が耳に入り目が覚めた。随分眠った気がするが今何時なのだろう。身体を動かすのも億劫でぼんやりと天井を眺めていると、カーテンがそっと開いて先生が顔を覗かせた。


「あら、起きたのね。体調はどう?」


「………大丈夫です」


「とりあえず起きれそう?」


「はい………」


 ゆっくり身体を起こすと、体温計が再び差し出される。カーテンの向こうから再び誰かと話す声が聞こえた後、直ぐに先生が顔を出し、体温計を見る。細いカーテンの隙間から覗かせた窓の外は夕焼け色に染まっていた。


「丁度迎えの方がいらっしゃって良かったわ。この熱で流石に一人で帰らせるわけにはいかないものね」


「…………迎え?」


「従姉妹のお姉さんと連絡が繋がったの。良かったわね」


 先生の言葉が理解出来ないままドアの向こうに視線を向けると思いがけない人物が立っていた。


「な、何で!?」


 絶句する私に目を合わせると、セイが小さく微笑む。先生と軽くやり取りをした後、二人で保健室を後にした。がらんとした校舎の中は誰もいなくて、無言のまま玄関に向かう。いつの間にかセイの右手には私の鞄があり、左肩にはバックが掛けられている。


「…………バック持つから」


「大丈夫よ。それより、歩けそう?」


「大丈夫」


 ふらふらの身体を我慢して靴を履くと、校門の先にタクシーが停まっていて、私達を確認するとドアが開く。


「本当は歩くのも辛いんでしょう。乗って」


「…………」


 痩せ我慢を初めから見透かされた様な態度に、俯きながら乗り込むと車は静かに発車した。セイの家の前で降りると、彼女が当たり前のように部屋の中に招いてくれる。押し入れから布団を出すセイに疑問をぶつけた。


「…………従姉妹のお姉さんって何?」


「ああ、学校が夕貴の身内と連絡を取りたかったらしくて、私に電話が掛かってきたの。それで咄嗟に従姉妹ですって言ったら、夕貴が熱を出したって聞いて迎えにきたわけ」


「…………」


 スマホに挟んであったメモの事に違いなくて、黙った私を怒ったものと思ったらしく「勝手にごめんね」と謝る彼女の言葉に、涙がこぼれた。


「夕貴?」


 思わず顔を覆う私に彼女の声が届く。感情の見えないはずのいつもの呼び掛けに確かに動揺するのが分かり、余計に涙が溢れて止まらなくなった。そっと近寄る彼女が優しく背中を擦ってくれる。


「……っ私、あんたなんか、大っ嫌い!!」


 抱きついたまま叫ぶと、背中に回した手がぎゅっと抱きしめてくれる。その優しい仕草に我慢できずに声をあげて泣いた。



「ありがとう、夕貴」



 泣きつかれてうとうととする意識の中で、身体越しに聞こえた声は酷く優しく耳に届いた。

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