第5話 殺意の出会い (5)

鍵をかけると、外の眩しさに目を細める。ここ数日雨が降っておらず、乾いた空気を胸に吸い込むと、隣の夕貴の刺すような視線が当たった。ふと、黒い薄手のパーカーにジーンズという彼女の服があちこち破れて汚れているのに気がついた。夜道で地面に押し倒した時に破れたらしく、長い髪もぼさぼさになっている。


「夕貴、一度家に帰って着替えてくる?」


「えっ?」


 服を指差すと、自分の服が破れていることに気がついた様で、慌てて確認する。


「私の服を貸しても構わないんだけど、下着の替えなんてないし、一度家に帰って着替えた方が良いんじゃない」


「そんな事言って逃げるつもり?」


「逃げる訳ないじゃない。あなたに紹介する場所が少し人通りの多い所にあるから、着替えた方が良いと思っただけよ」


「…………」


「そんなに信用出来ないなら、あなたのアパートで待っておいても構わないけど」


「…………分かった」


 一歩後ろからついてくる夕貴を気にする事なく、彼女のアパートに向かう。先導すべきは夕貴のはずで、色々とツッコミどころがあるのだが、気がつかないのか、気がつかない振りをしているだけなのか分からない。笑いを堪えつつ歩き出した。


 半年振りに訪れるアパートは記憶の中と何も変わらなかった。夕貴が鍵を開けて中に入るのを見送ろうとすると、玄関で彼女がこちらを向いて待っている。


「お邪魔します」


 どうやら中に入って待つようにとのことらしく、靴を揃えて部屋に上がる。整然とした生活感のある室内の片隅に白い箱と写真が並べて置いてあった。惹かれるように写真の前に行くと、彼女が笑っていた。写真は随分前に撮ったものらしく、私が出会った頃のやつれた様子のない幸せそうな笑顔に目を奪われる。


 良子さん、貴女はこんな風に笑うことが出来る人だったんだね…………


心の中で写真の彼女に語りかけると、夕貴がじっと見ている事に気がついてさりげなく写真を戻した。


「急がなくても良いわよ」


 無言でにらみつけながらも、着替えを手に取り洗面所に向かう彼女を見送った。やがて聞こえる衣擦れの音をBGMに部屋の中で待っていると、あの時の光景が甦る。何もかもを諦めた様な微笑み、白い肌、細い指、優しげな声、最後の言葉、一度蓋を開けた思い出は次々と溢れだすのに、分かりあえる人はもうどこにもいない。どこまでも冷えて沈んでいくこの想いが苦しくて胸が疼く。こんな気持ちなんてもう要らない、早く誰か楽にして欲しい。


 そんな事を考えていると夕貴が戻る音が聞こえた。気持ちを切り替えるように大きく息を吐くと、もう二度と会うことの出来ない写真の彼女に向かって小さく声をかける。



「さよなら、良子さん」


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