第4話 殺意の出会い (4)

前書き

★評価&フォローして下さった方、ありがとうございます!

感謝の印に本日も二話更新します。是非受け取ってください(笑)



「意味分かんないんだけど」


 苛立つ夕貴の言葉に手を離し「立ち話もなんだから、座って」と声をかけて床に座った。夕貴は警戒する様にそのまま立っている。


「あなたは私を殺したいんでしょう。

私の知り合いにそういうことを受けてくれる人がいるのよ。その方が確実だし、わざわざ自分の手を汚さなくても良いじゃない。

よかったら紹介するけど、考えてみない?」



「…………あんた、頭おかしいんじゃない」


「そうかもね。

とりあえず明日なら都合が良いんだけど、あなたは大丈夫?」


「…………それ、本気で言ってるの?」


「あなたは本気じゃないの?」


 私の言葉に戸惑いを隠せないまま「いや、本気だけど…………」と曖昧に返事をする夕貴を言いくるめるように続ける。


「じゃあ、決まりね」


 時計を見ると既に深夜を回っていた。そろそろ寝る時間だが、夕貴はどうするのだろう。


「私、そろそろ休むわね。あなたはどうするの?

夜も遅いし、ここで寝ても別に構わないけど」


「…………」


 押し入れから布団を出して横になろうとする前に、彼女に付けた傷を思い出す。薄く皮膚を切っただけなので血は既に止まっていたが、流石に消毒しておいた方が良さそうだ。


「夕貴」


 名前を呼ぶと、驚いた様にびくりと身体が跳ねて露骨に嫌そうな表情を浮かべる。


「傷を診るから座って」


「嫌よ」


「消毒しないと痕が残るわよ」


「うるさい!

放っておいて!」


「それなら、ここに置いておくから。自分でしてね」


 救急箱をテーブルに出して、今度こそ布団に潜る。少しだけ考えて「お休み」と声をかけると、むっとした表情の夕貴がにらんでいた。



 身体が勝手に動くのに引きずられるようにして意識が戻る。眠い目をこじ開けると、身体を押さえ込まれ唸っている夕貴を下に組敷いていて、捻り上げた腕には先の尖ったはさみが握られていた。


「…………そんなに慌てなくても、きちんと殺されてあげるわよ」


「このっ…………!!」


 暴れる夕貴が面倒になって、はさみを取り上げると彼女を布団の中に引きずり込む。動けないように抱きしめ、足も絡めると、彼女が身体を強ばらせたのが分かった。


「な、何するのよ!?」


「何もしないわよ。ゆっくり眠れやしないじゃない。

あなたも少し寝なさい」


「離してよ!!」


 必死に抜け出そうとするが、がっちり押さえ込んでいるので、抜け出すのは不可能だろう。騒ぐ夕貴の声を子守唄にそのまま目を閉じると眠気に身を任せる。


そういえば、誰かを抱きしめて寝るなんて初めてだ、沈みゆく意識の中でぼんやりと思いながら再び眠りに落ちた。




 朝の気配に目を開けると、直ぐ傍に少女の顔があった。眼を閉じて聞こえる規則正しい呼吸に、どうやら昨夜はこのまま力尽きたらしい。彼女を起こさないように身体を離してそっと抜け出すと、部屋の空気がいつもよりひんやりしている事に気がついた。


テーブルの上の救急箱は手つかずのまま置かれていて、はさみだけが見当たらない。夢の中で取り上げたはさみは救急箱の物だったのか、と納得すると、眠る夕貴を観察した。長い睫毛、ふっくらとした唇、白い肌には赤い血がこびりついていて、目の下には疲労の色が濃く残っているが、綺麗な子だった。母子家庭で失った家族は彼女を絶望に追い込むには十分だったのだろう。不意に彼女の母親を思い出しそうになるのを頭を振って止めた。

とりあえず朝食を買ってこようと静かに立ち上がり、服を着替えて外に出た。


 コンビニの袋をぶら下げてドアを開けると、泣きそうな表情の夕貴が部屋に立っていた。


「おはよう、少しは眠れた?」


 私をまじまじと見た後、手に持ったコンビニの袋に視線が移る。彼女の安堵した様な表情に、どうやら私が逃げ出したのかと思ったようだ。


「朝ごはんはパンで良い?」


 つられたようにこくりと頷いた夕貴はどうして良いか分からないのだろう。私がテーブルに買った品物を置いている間、そわそわと落ち着かなさそうにしていた。


「洗面所はそのドアの向こうだから、顔洗っておいで」


 タオルを渡すとふらふらとした足取りでドアの中に入る。布団を畳んでしばらく待つと、夕貴が洗面所から出てきた。頬の傷はあるものの、幾分さっぱりした様子に安心すると、彼女を朝食に招いた。夕貴が、目の前に置かれた幾つものパンと飲み物に目を丸くする。


「好みが分からなかったから、適当に買ってきたの。どれでも好きなものを取ってくれる?」


「…………」


「私一人じゃ食べきれないから、遠慮しないで」


 私の言葉に後押しされるようにおずおずとサンドイッチとフルーツジュースを選ぶと「頂きます」と小さくお礼を言う。自分もパンとコーヒーを取ると「頂きます」と食べ始めた。テレビのない室内は静かで、二人分の咀嚼する音だけしか聞こえない。頭の中で今日のスケジュールを考えていると、食べ終えた夕貴が私を見ていた。


「何?」


「…………あんた、何者なの?」


 問われた意味が分からなくてきょとんとすると、焦れたように質問が続く。


「私が何度刺そうとしても全部かわされるし、隠しナイフ持ってるし、絶対普通の人じゃないでしょう?」


「ああ、そういうこと」


 しばらく考えたが何と説明すれば良いか分からず、とりあえず、ありのままを伝えた。


「以前、調査員を仕事にしていてね、その時の癖みたいなものかな」


「調査員?」


「何でも屋みたいなもの。裏の仕事なんかも扱っていたから」


「…………その時に、母さんと知り合ったの?」


「そう」


 夕貴は俯いていて表情は分からなかったが握りしめた拳に力が入る。


「もう少し待ちなさい」


 声をかけると、彼女を纏っていた剣呑な雰囲気が一気に萎んだ様に変わった。


「…………ごちそうさまでした」


 小さくため息をついて立ち上がる夕貴に内心苦笑すると、出かける準備をするため、自分のパンを片付けることにした。

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