第22話
「……振られちゃったんだぁ」
お昼休みに、屋上に私を呼び出した華音はそういった。
意外だった。彼は私と同じで、調和の望む人だと思っていた。誰かを追いかけることはしないが、来るものを拒むこともしないとばかり。何と言っていいのかわからなくて、私はただ「そう」とだけ呟いて、紙パックに入ったいちごオレを飲み干した。華音はそれを聞いて、えへへ、と笑う。
「私、よかったの。今ならきっと振られちゃうって分かってたから」
「わかっていたのに、言ったの?」
「うん……。なんでなんだろうね。自分でも、不思議」
照れくさそうにすると、華音は私の手を取って、その大きな目で私をじっと見つめる。私より頭半分くらい小さな彼女が途端に大きく見える。「好きって言いたかっただけなの。あのね、好きって気持ちの大切さ、気付かせてくれたのは明希、あなただよ」
だから、ありがとう! その笑顔の、ああ、なんて眩しいこと。
*
なんて思ったけれど、でもやっぱり彼女は彼女で、教室への帰りしなに、何もない廊下転んでひざをすりむいた。高校三年生にもなって涙目だったものだから、とりあえず保健室に連れて行ったけれど居心地が悪くて、けれどなんだか教室には戻れなくて、ただ只管校内を放浪する。原さんの所にも用なんてないし、江連君もしかり、上島君のところも同じ。そもそも人のいるところにいてどうするのだというのだ。図書室も、行きたくない。屋上も嫌。そうなると自分には本当に行くあてなんてなかった。ひとりになりたいのだ。
いや、ひとりになりたいは嘘。本当は、誰かにこの気持ちを聞いてほしかったのだ。慣れない感情だけれど、先ほどから胸の内にもぞもぞと蠢く感情の水面はせり上がり、もう少しで喉から口へ流れ出してしまいそうだった。情けなくそれを吐き出してしまう前に、すこしだけでも、誰かに聞いてもらいたかった。
だからといって保健室にはいきたくない。ああ、なんでこんなに、やりたくないことばかりなんだろう。
こんなの、嫌。こんな感情抱きたくない。そんなふうに思ったのも、初めてだった。
「黒澤さん?」
背後からまた声がして、最近人の気配に疎くなったなと振り返ると、案の定上島君だった。
「大丈夫? ふらついてたから声掛けたんだけど。なんか顔色悪いし、まだ体調悪いなら保健室、連れて行こうか?」
「いいえ、平気よ。……華音のこと、聞いたわ」
「ああ、そうなんだ」
何でもないように言おうとしたのだろうけれど、幽かに語尾が緊張で震えたのを聞き逃さなかった。
それからなんだか何かを決意するかのように、彼は廊下の窓の桟から手を放して、心なし姿勢を正す。
「あの、さ」
その声を聴いた途端に、私の体に緊張が走った。嫌だ。聴きたくない。
「貴方なら、承諾するのだとばかり思っていたわ」
「多分、自分も承諾するものだと思ってた。でもさ、俺、もう嫌なんだわ。何にもないの」
「何もなくないわ。貴方はやさしい。誰に対しても」
「それももう、嫌なんだよ。誰彼問わずにこにこするの。自分が、居なくなりそうで」
ああ、この人もきっと、立ち止まりたくないのだ。じっとしていられないのだ。けれど、それは、嫌だった。
私はじっとしていたいのだ。なのに動いてしまった。自分でも知らないうちに私は動き始めてしまった。
「私と貴方たちは、違うわ」
「黒澤さん、前も私ととか、貴方たちとかっていうけど、何なの」
そう言って、私の腕を握る。昨日のことを思い出して、それから流れるように唇の感触を思い出す。ああ、いやだ。思い出したくない。
強引に腕を振りほどいて、私は躓きながらも逃げた。
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