第21話
日曜日、二時も半分終わった頃、ショーケースから甘さの控え目なチョコレートケーキを選んだ私は、まだ選んでいる華音をおいて、風景がよく見える、窓際の席についていた。
休日だからか、私達と同じ年の頃の学生も多い。それでも見知った顔はなかった。電車で数駅先の街に来ているからだろうか。窓の外は綺麗な海と、向こうには島が浮かんでいる。明るい日差しを浴びて、まるでダイヤモンドをこぼしたみたいに、水面がきらきらと輝いて、直視すると眩しいくらいだった。それでも直射日光はここまで当たらない。ふわ、と漂うコーヒーの匂い。それだけなら読書には最適だろうけれど、如何せん曜日のせいか客が多すぎる。少しのざわめきもまた、集中にはちょうどいいのだが。平日ならもう少し静かなのだろうか。周りには一人で座っている客は少ない。みな同じ年の頃で、同じような格好をして、皿には人それぞれ、鮮やかなケーキを載せて、お喋りを楽しんでいる。彼女たちはどちらが主体なのだろう。どちらも、なのだろうか。
友達と遊ぶなんて、何度目だろう。いつぶり、というより回数のほうが先に思い出せそうなほど、私は友好関係が皆無だった。きっと上島君なんて、毎日のように放課後遊んでいるのだろうけれど。いいや、けれど彼はアルバイトもあるし、そんな頻繁に遊びに行く人でもないのかしら。
こうやって、これから先、華音と遊ぶことも増えるのだろうか。もしかすると、いつも華音といる人たちとも、遊ぶようになったり、してしまうのだろうか。本屋の見やすいところにあるようなファッション雑誌に載っているような、あんなお洒落な格好をして、人並みに化粧をしたりして、街を歩いたりするのだろうか。
(いや、けれど原さんの言う「好きなこと」をしてしまったら、彼女ともこんなふうにいられなくなるわけなのだが)
ぼんやりとそんなことを思って、はっとする。なんなのだろう、好きなことって。それってつまり、私が上島君と、お付き合いをするということじゃないか。そんなことありえないわ、と心を逸らすためにケーキと一緒に頼んだミルクティーを口にする。甘すぎた。
溜息が漏れる。似合わないことを昨日一日中考えていたせいで、今日もすこし寝不足気味だ。そんなふうに考えるくらいなら、もういっそ、原さんと江連君が付き合って、華音も上島君と付き合ってしまえば万々歳。すべてが丸く収まり、私もこれまで通りゆっくりと、江連君たちの力も借りつつ委員の仕事をこなせばいいだけになる。けれど、それを想像すると、なぜだか心が酷く痛むのだ。らしくもなく、……まるで恋をしているかのように。
「ごめん、お待たせ。いっぱいあって迷っちゃったよぉ」
「結局、おすすめされたのは買わなかったのね」
「うん。でも見て! フルーツ沢山なんだよ!」
いただきます、と手を合わせて、彼女はフルーツタルトにフォークを刺して、ひどく美味しそうに食べた。私もそれに倣って、ケーキにフォークを刺す。それを頬張ると、甘さの後、ほろ苦さが口いっぱいに広がった。なるほどこれならミルクティーの甘さにも頷けるかもしれない。
「ここね、金曜日に来たお店じゃあないんだ。日曜日なのに、臨時休業だったの」
「そう。でも美味しいわ」
正直に感想を伝えると、彼女も嬉しそうに笑った。
「よかった! ここね、柾に教えてもらったんだよ」
「……そうなの」
また、だ。
胸の奥がうずく。
「あれで結構、甘党なんだよ。柾は中学時代に知ったんだって」
「意外だわ」
「でしょ? あのね、明希。私」
深呼吸をひとつ。かちゃり、と華音は手にしたフォークを音を立てずに静かに皿に戻す。
いつもみたいな、泣きそうな困った様な笑顔ではなくて、すっきりした洗い立ての笑顔で、私に告げる。
「告白するね」
真っ直ぐに私を見つめる。それが波の煌めきよりもずっとずっと、鋭く私の目を刺した。
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