第16話

 黒澤さんについて好き勝手言われたときに、なぜだかひどく動揺して黙っていられなくなった。誰かに対してそういう風になったことは一度もなく(誰かというのは自分も含めてなのだが)、ひとりで帰路に付き、バイトに行ったは良いものの、これまで割ったことなんて一度もなかったくせに、三枚ほど皿を割ってしまい、体調不良を疑われて社員にタイムカードを勝手に切られてしまった。否応なく帰さえるやつ。

「せんぱーい、大丈夫ですかー?」

 丁度控室にいた女の子が、心配そうに声を掛けてくる。暇なせいで待機を掛けられていたが、俺が帰るせいで彼女は今から入れられるようだ。

 サロンを巻き、制服のネクタイを器用に蝶結びにアレンジし、鏡を見て満足げに笑う。

「ごめんな、まだ休憩できたのに」

「あー、いいんすよ。自分今週も来週も三日ずつしか入ってないんで、これ以上休憩してたら破産しちゃうんです」

「でも明日フルだろ?」

「先輩もでしょ? ……じゃあ明日私が来るまでに、わたしの分のクリンネスやっててくれたら許します」

「わかった、やっとく」

「うわ、素直な先輩超怖いっす」

 けたけた笑って彼女は腕時計を締めなおし、ホールへ出ていった。

 それを見送ってから、俺はノロノロと私服へ着替えだす。控室でだらだら喋って、誰もいなければ更衣室でSNSをチェックして、ゆっくり着替えて、帰りのコンビニでジュースだのアイスだの夜食だのを買って帰るのがいつもの定型的な行動だ。だが、SNSの未読件数はほぼないに等しかった。

(最近グループ以外でチャット、全く来ねえな)

 はじめのほうはどうしたものかと思っていだが、最近なんだかそれがすごく気楽になってきた。勝手に送りたい奴が送ってきたらいいと思うし、俺も送りたい奴に送る。華音も一日に何通かは来るが、大抵俺が返したらあれこれ理由をつけて切ってくるのは向こうだ。向こうが何を思っているのか気にならないかと言われたら、まあ気になるけれど、多分それは友人や恋人に向けるそれよりはずっと淡泊なのだろうし、友達から連絡が途絶えてもこんな感じなんだから、俺にとっての友達の優先順位は酷く低いのだろう。

 なんだか自分が酷くちっぽけに思えて、いやになって鞄を肩にかけた。

 もう小学生のころから使っているウォークマンで、小学生の時から整理していない音楽を聴く。その頃はやっていたドラマ、気になったCMソング、親のCDを勝手に入れた名前も代表曲も知らないアーティストの音楽。興味のないそれらの音は、完全に、自分の背景の音、環境の音、すなわちBGMだった。

 何も考えずに、面倒なものは勝手に離れつつある。だからと言って人間関係すべてを放棄したわけじゃないし、勿論来たら返すし、最低限のコミュニケーションはとる。無意味にかかわりすぎるのはもう疲れた。人づきあいは好きではないのだ。

(常に情報ツールで監視しあう仲じゃなくて、お互いがやることをして、たまに会話を交わして、後は好きなことに没頭して)

 この前思ったことを、繰り返す。

 そういえば俺の好きなことってなんだっけ。趣味は……そういえば特にない。流行りの音楽は普通についていけるけれど、誰が好きとかいう話にはあんまりならない。趣味って言ったら例えばなんだ? 釣りとか好きってやつも中に入るけど、俺は生まれてこの方一度も釣りというものをやったことない。読書もあんまりだし、ギターとかベースとか、もし出来たらかっこいいなあって思うだけだ。部活も今は何にもしていないから、今の授業で軽くやったら、他の奴らよりちょっとできる程度だろうか。

(俺、なんにもねえなあ)

 今まで面倒だからといって目を背けたり遠ざけたり、触れないようにしていた問題を、なんだか直視したくなった。

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