第14話

「柾、今日帰りカラオケ行かねえ?」

「あ、悪い。俺普通にバイト入れてるわ」

「つれねえー。途中まで一緒に帰ろうぜ。華音ちゃん、今日は一限までだったんだろ?」

「ん、でもう帰った。喉乾いた」

「俺も。奢ってくれるの。ありがと」

「拡大解釈こええ」

 三限まで考査の琢馬を引きはがすと、中学時代に部活仲間だった連中に捕まった。自分のを買うついでに自販機でジュースを奢ってやる。紙パック飲料を合計四個。給料日後で、貧乏高校生にしては割と太っ腹な振る舞いである。

「三人ともまだ部活してんだっけ」

「してるしてる。俺はともかく間宮は国体選手だぜ」

「すげえじゃん」

 素直に褒めると、そんなことねえよ、と笑った。スポーツマンらしいさわやかな笑みだったが、今でも連れまわしている女が数人、そのうち夜の仕事してる女が何人、みたいな。本当か嘘かわからない、下世話な話はよく耳にする。

 話を変えたかったのか、俺に話を振ってきた。

「そういえばさ、柾。最近黒澤さんと一緒にいるけど、どうなってんの」

「ん?」

「華音に柾教えたの俺だし、なんとなくね」

「あー」

 そういう風にとらえられているのか、と俺は苦笑いする。

「黒澤さん? 黒澤さんって、あの黒澤さん?」

 ジュースを飲むのに手いっぱいらしかった、富原がいう。「すげえ、上島って黒澤さんと仲いいの」

「良いって程じゃあねえよ。普通に話したりするくらい」

「話すって、何」

「え、だから普通に、業務連絡とか、あと……まあ、普通に」

 黒澤さんと業務連絡以外のこと喋るの!? と目を丸くする。先日のキスを思い出して、少しどきりとしたのは心の底に隠した。

 なんであんなこと、したんだろう。考えを巡らせそうになったが、それを遮断するように彼はわめくのをやめない。背も低いし、声も比較的高い。子犬が警戒しているみたいに見えた。

「すっげー! 柾って意外とモテるタイプなの? ちょっと前に流行った、ロールキャベツ系男子ってやつ!?」

「なんだそれ」

「知らねえの? 草食系だと思わせといて、実は肉が詰まってる男子のことだよ」

「だからなんでそれが俺につながるんだよ」

 はは、と苦笑いする。こいつも黒澤さん狙いなのか? と思ったが、多分こういうことを喋るのが好きなだけのタイプのようだ。

「黒澤さんと日常会話とか全然想像つかねえわ。具体的にどんなこと話すの」

「あんまりしねえよ。寝てたら顔に跡ついちゃったことがあって、それ以来図書室で寝てたらそればっかり掘り返してくるし」

「冗談とかいうの。意外すぎて俺ついていけねえわ」

 お前がふってきたんだろう、と文句を言いたくなる。ぎゃあぎゃあ喚くこういうタイプは、こちらからしゃべらなくても間が持つから嫌いではないが決して好きでもない。よくしゃべるのは琢馬も同じだが、あれはこれと違って決して根掘り葉掘り聞くことはない。中学の頃から、俺はすこし、苦手だった。

 助けを求めるつもりでもう一人に目くばせしようとすると、彼はこっちなんて見ておらず、富原を見ていた。

「でも俺もちょっと意外だわ」

「だよな。上島って無口だし、無口すぎず活発過ぎない、みたいな女の子が好きなんだと思ってた。華音ちゃんとかまじでそうだよな」

「普通に喋るけど喋りすぎないし介入しすぎないし、富原とは正反対だな」

「はぁ? でも松野も気になるでしょ上島と黒澤さん。最近ちょっと話題だよな」

 聞き逃せない一言があって、俺は飲みかけのパックを握りつぶしそうになった。

「まじで」

「うん割と。八代さんの周りの女の子、結構気にしてるみたいでさ。腫物触るみたいでちょっとどきどきするって言ってた」

 まじか。表情が引きつりそうだ。そうしていると、ばしばしと富原は俺の背中を叩いて言った。「やばいじゃんファイト!」一回殴っていいと思うんだが。

 華音はいつもと変わらず、この前も、そう。キスしたあの次の日も、いつも通り明るく振舞っていた。華音はあれで精いっぱいなのかもしれないが、結構鈍いところがあるし、周りが腫物扱いしていることにも気づいていないのかもしれない。いやでももしかすると、全部わかって、あいつは。いや、そんなわけ、それこそない。

「でも黒澤さんも黒澤さんで怖いよなぁ。二重人格、っていうかさあ。俺、ちょっと前二年の地味そうな後輩の女の子と、普通に話してるの見たんだよね」

「まじか。なんか普通に後輩とかいるんだなー。びびるわ」

「わかる」

 べらべらと好き勝手言ってるのが癪に障る。

「でも正直お前ら黒澤さんと普通に喋ったことないだけなんじゃね」

 ぼそ、と漏れた本音。やべえ、と思ったけれどもうその声はみんなに届いていた。「とか、思ってみたり」って笑ってみるけど、多分上手に笑えていない。

 もっと上手に笑えるはずなんだけどな、俺。ほら、もっと目じり下げて、もっと口角上げて。さあ。

 ひゅー、とヤジを入れるような声が飛んでくる。散々介入しようとしてくる二人を適当にはぐらかしつつ、DVDの返却をするという富原と松野と別れた。

「なあ、上島」

「ん?」

 間宮が嫌に真剣な目で俺を見てくる。

「もうちょっとでいいからさあ。華音のこと、考えてやってくれよ。お前そういうのめんどくさがる奴って知ってるけど、もうちょっとだけ」

「……」

「分かってるだろうけど、俺の幼馴染なんだよ、あいつ。だからさあ、俺のことはどう思っても構わねえけど、華音のことは、もうちょっと真剣に考えてやってくれよ」

 何と返していいのかわからなくて、ただ口を開けたまま突っ立っていると、間宮は程よく筋肉のついた腕で、ばっしばっしと背中を叩いてきた。「バイト頑張れな」そう言って、彼は信号を渡って行った。

 取り残された俺の頭の中は、珍しく動揺していた。

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