第13話
ジリジリジリ、と低い音が遠くで響いてる。
(せみ、だわ)
何気なく腕を上げるととても重くて、動きにくくて、私を固定するかのように、沢山の管がついている。まるで宿り木みたい。ぼんやりと思って、どちらが宿り木なのかを考えた。私だった。
時計を見るとひどくゆがんでいて、今が何時かわからなかった。でも外は明るいし、きっと朝なんだろう。と、きゃあきゃあと騒ぎ声が聞こえる。ゆっくりと立ち上がり、窓から下をみやると、子供が庭で遊んでいた。
きっと、夢なのだろう。小学生の時の、夢。手も足もひどく白くて、細い。くるり、と振り向くと本で壁が埋まっていた。さすがに現実ではここまでじゃあないわと思いつつ、本の背表紙たちを撫でた。ざらり、とした感触が、指を伝う。
友達はいなかった。未熟児だった所為で、小さなころから病気がちで、小学生の頃なんて、学校に行く時間より、誰もいない、白い病室で勉強している時間のほうが長かったくらい。両親は忙しい間を縫って、たまにだけれどちゃんと見舞いに来てくれていた。深く、深く感謝している。けれど、担任の先生の名前も、クラスメイトの顔も、私は知らなかった。私に合わせてくれる人なんて、誰もいなかった。けれど本は好きな時に、好きなだけ、私に付き合って、沢山の世界を見せてくれるからたくさん読んだ。……私は寂しかったのかもしれない。その孤独を、本と知識で埋めたかったのかもしれない。
一冊の本を本棚から取り出した。何気なくページをめくるけれど、頭になんて入ってこない。夢らしい。
と、かろん、と音を立てて何かが足元に落ちた。
口紅だった。
と、風が私の髪を撫でた。窓はしめたはずなのに。カーテンの金具が楽器みたいに軽い音を立てる。
はっとして振り向くと、制服を着崩した男子高校生が立っていた。
「口紅、つけないの」
「上島、君」
名を呼ぶと、いつもの感情のない微笑みを浮かべてくる。私はその表情がひどく嫌いだった。そんな顔をするくらいなら、真顔でいたほうがずっといい。
彼は私に合わせて中腰になると、「下でみんな遊んでるよ」と言った。
「行かないわ。最近、調子が良くないのよ」
「残念。みんな黒澤さんと仲良くしたいのに」
「そんなことないわ。みんな私をお化けみたいというのよ」
「酷いね」
「気にしてないわ」
思ってもいないことがつらつら口から零れ落ちる。
もう一度、気にしてないわ。というと、胸の奥がずくりと痛んだ。
*
ジリジリジリ、と低い音が遠くで響いてる。
「……」
ぱちり、と目を開ける。普段なら鳴ることのない目覚まし時計がけたたましい音で六時過ぎを告げている。
身体はまだ少し睡眠を欲しているのか動きにくいけれど、養分を注入するためのチューブはついていない。起き上がってアラームを止めた時計も、カチコチと正常に時を刻んでいる。
テスト範囲の最終確認をしなくちゃいけないわ。そうぼんやりと考えながら、身支度を始めた。胸の奥の痛みなんて、もう感じない。
中間考査一日目が、始まった。
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