第10話
お昼休みに柾から『ごめん、今日委員会出なきゃなんなくなった』とメッセージが入った。
「そっか」、と返信を打ち込んだらすぐに既読がついた。なんだかそれだけだと寂しいから、「じゃあ、今日は友達と図書室で勉強しようかな」と送る。
「華音、授業始まるよ?」
「あ、うん。ちょっとまって!」
五時間目の体育の直前に、一応確認したけれど既読はつかなかった。そしてそのままケータイを鞄に入れて、靴箱にスリッパと一緒に入れて走る。
*
六時間目の授業中もずっと確認していたけれど、既読もつかないまま放課後になった。
もしかすると通知ですべて見たのかもしれない。短い文だとすべて表示されるし、確認する必要は特にないと判断したのかも。そうじゃなくてもまあ、大した用事じゃあないから、気にしなくてもいいのかもしれないけれど。
これじゃあ、まるでストーカーだ。でもどうしても、なんだかもやもやするのは気のせいだからなんだ、と簡単に片づけることができなかった。クラスメイトに放課後の予定はと訊かれたから、図書室に行こうかなって言ってみたけれど、たぶんとても不自然だっただろう。……疲れる。
ふらふらと図書室に行って勉強道具を机に並べてからカウンターを見たけれど、柾はさっきから奥のテーブルに突っ伏したまま、時々身じろぎをするだけ。じっと眺めてたら「見すぎ~」と小声でからかわれた。
本当はとってもつらいのだ。そんな、みんなが思ってるみたいに、可愛らしい恋愛をしているわけじゃない。それほど私も楽観的じゃない。そんな駆け引きを楽しめるくらいの余裕も、経験も、私にはないのだ。
(他人の綺麗な話も汚い話も大好き)
実際私も他人の恋の話やらに話に首を突っ込んだりはよくしていた。今は、自分のことが精いっぱいで、あんまりしないけれど。
何にも考えずに相談した時が一番幸せだった。と思う。自分にも話せる内容ができて、話してて楽しくて。柾と初めて会って、会話を交わしているうちに仲良くなって。……一番好きなんだ。私がたぶん、女子生徒の中で一番、柾の事を知ってて一番よく一緒にいる。周りにもお似合いだとよく言われる。私だって満更じゃない。柾の隣にいる私は当然だと思ってた。口に出す必要なんてどこにもない。好きや恋の始まりはないから、彼氏や彼女の始まりもきっといらない。境界線は必要ないのだと信じていた。
(汚い話も、大好き、だから)
恋の話はこじれた時にこそ美味しくなる。みんなにとって自分たちの話が美味しい話にならないように、細心の注意は払っているつもりだ。私の不安も、なにもかも、飲み込んで仕舞いこんで奥の奥に。最近一緒にいないよね、なんて言われても茶化して誤魔化して冗談にして、気にしてないふりをして。汚い話をすることが嫌だとか駄目だとか思う権利は私にはない。自分で始めたことなんだから。努力のかいあって、なんとか今のところ、ばれてないようだ。私の気持ちはまだ、私だけのもの。
図書室が閉まる時間が近づいてきて、それでも柾は一度も目を覚まさなかった。ぐっすり眠っているみたい。一度寝るとなかなか目を覚まさないのが柾だ。学校で夢を見るタイプの人。睡眠学習の邪魔をするのは申し訳なくて、というかまあ、複雑な感情も手伝って、私は黒澤さんに「先に帰ると伝えてほしい」と言っておいた。
学校を出て、自転車通学のみんなと別れてバスを待つ。ふとケータイを確認しようとポケットに手をやると、あるはずのケータイがない。(ぼけてるなあ)とため息が出る。ぼろが出ないようにつまらない知恵を巡らせていたせいで、普段できていることが普通にできなくなってる。頭悪いせいだな、と自己嫌悪しそうになってやめて、今来た道をまた逆戻りする。きっと図書室だろう。ケータイ出してたとばれるのは面倒だけれど、ポケットからでちゃったのかもしれないとか適当に嘘をついて探そう。……なんて、知恵を巡らせていると次は何をしてしまうか。
つまんないこと考えてないで、とスリッパに履き替えて、静かな廊下を歩く。盗られるものもないし、と鞄も置きっぱなしだ。
図書室の前にくると、二人はまだいるみたいで小さく声が聞こえてきた。仲良さげな声に、自然と足取りが遅くなった。
(私がずっと好きだったんだよ。ずっと今でも一番好きなんだよ)
ああ、こんなつまらないことを考えてたら、何が起きてしまうんだろう。
それでも私の足は何かを予感するように、絶望するように、私を部屋から見て死角に隠して、動かなくなって。
(ちゃんと伝えればよかったのかな)
二人の唇が重なる様を、ただ眺めることしかできなかった。
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