第7話
「俺、実は黒澤さんのことが好きなんだ。だから、応援してくれよな」
そう言われたのは今日のお昼の出来事。上級生が下級生の階にわざわざやってくることだけでも珍しいというのに、江連先輩はそんなこと何にも思っていないようで、私を廊下へ呼び出した。
「そうなんですか……」
「そうそう。いやぁ、わかんなかったと思うけどぉー、これからよろしく頼むかもしれないからさ!」
「いや、わかってましたよ」
「まじか」
誰だって見ていたらわかるだろうと思う。肝心の明希先輩がどう思っているのかなんてわからないけれど。
そういう話を、先輩はあまり好まない。
彼は本当にそれだけを伝えに来たようで、登校中コンビニで購入したのだというチョコレート菓子を私に渡して戻っていった。……というか、これは、ある種の賄賂なのだろうか? 何のためらいもなく受け取ってしまったけれど。でも、どうであれ、あれから四時間たっているし、ここはもう自宅だし、ついでに小腹もすいたところだし、と自己完結して袋を破いて中身を出した。
(健全な男女関係だ)
江連先輩は明希先輩が好き。
そしてたまに顔を出す保健体育委員の先輩は、上島先輩が好き。
後者の二人は付き合ってるように見えるけれど、そういうわけではない雰囲気がある。でなければ、こじれているのかのどちらかだろう。学校帰りにゲームセンターによって、肩を組み合ったり、キスをしたりしながら写真……プリクラやセルフィーを撮る関係ではなさそうだ。想像したら笑えてきたから終わりにするけれど。ただ、どちらにしても、男女のどちらのほうが相手に依存しかけているかでいえば、きっとあの女の先輩のほうが、上島先輩に依存しているのだろう。もちろん私には関係のない話に過ぎないし、誰が誰を愛そうが自由なんだ。
(そう。誰が誰を思っていようと自由なんだ。例えば、)
長く矢印を引いて、その先に名前を書こうとした。
でも、しなかった。
「はぁ」
そう。誰が誰を思おうと自由なんだ。声に出したり、アタックするのも自由だ。
……誰にも言わないのも、自由だ。誰にって、例えばそう、自分にも。
だからこれは、名前を書いていないからセーフ。と消しゴムを探す手を止めた。
何年か先にこの紙を見つけたとして、きっと何のことかわかりはしない。
(だって、誰にも言わずに、自分にも言わなかったら、きっと時間が淘汰してくれるから)
不要なものや、不適用なものは時間や他の感情という水で流してしまえ。
そしたらきっと、いいものだけが残るから。
『そして私は、その水の底に沈殿した『ゴミ』を眺めるから』
名前を書こうとした自分が囁く声が聞こえた気がした。
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