第8話
チャイムが鳴って、学級委員のあいさつで目を覚ました。
「柾ー、寝てたのかよー?」
「ガチ寝してた……」
「顔に跡ついてるし」
けらけら笑いながら俺の顔を指さして笑うのは宮野……この前夢の中でよそよそしく接してきた奴だ。なんだかいつもと変わらないその感じに違和感を感じながら、でもその違和感は自分しか持っていないのだと割り切って、つられたかのように笑った。「まじかよ、恥ずかし」寝ぼけた頭で笑ってると、初めのほうは何とも思わなかったが、だんだんと表情筋が、疲れてきた。
「あー……顔の跡消えた?」
「まだまだ全然。寝てました感満載」
「ちょっとトイレで見てくるわ。眠いし」
「え、俺も行こうか?」
「なんでだ。女子か」
冗談だって、とひらひら手を振る姿さえもなんか、むかつく。
全部隠して席を立ちトイレに向かって、蛇口をひねって手に水を溜めて、顔にかけた。
顔を上げると、情けない顔をした自分が鏡の中にいた。頬には赤い線が薄く走っている。馬鹿みたいな顔するなよ、と無駄にイライラして、思わず鏡を割りたくなる。でも、そんなことを絶対にしないのが俺である。……それが、自分のいいところだと思ってる。(けど、どうなんだろうな)『悪いこと』を悪いことだからと避けて通り、『良いこと』は良いことだからする。でも結局、両方面倒だからなのだ。悪いことは後で喚かれるのが面倒で。良いことも得点稼ぎだ。結局、俺がしたいことなんて、面倒なことを避けて通るだけなんだ。
と、予鈴がトイレ内で響く。顔も拭いてなければ、蛇口を閉じてすらない。赤い筋も、まだ完全には消えてない。
「……怠くなってきたな」
そう口に出したら、本当に体調が悪いような気がしてきた。なんとなく、頭も体も重いような気がする。
面倒なんだろう? 全部全部、目を背けてきたけれど、本当は、俺は、一人になりたかったんじゃないのか。でも、一人は怖いんだ。だから、本当は俺は、たくさんの知り合いなんて必要なくて、自分と自分に必要な人だけの世界で生きていたいんじゃないのか。常に情報ツールで監視しあう仲じゃなくて、お互いがやることをして、たまに会話を交わして、後は好きなことに没頭して。
そんな世界に行けたなら。
そんな世界を作れるのなら。
今の世界を捨てても、いいかもしれない。
きゅっ、と蛇口をしめた。「ぎゅるる」とも、「ごるる」ともつかない音を立てて、たまった水が渦を巻いて排水溝に流されていく。それをぼうっと見つめていたら、なんだかさっきまでの決意まで流されてしまったようで、心も急に冷静になって、先ほどまでの考えに、難癖をつけ始める。
世界を行くってなんだよ。
世界に作るってなんだよ。
世界を捨てるってなんだよ。
そもそも俺のほしい人間なんているのかよ。
一人になりたくて、なりたくないなんて調子が良すぎるんだよ。
もう一度鏡を見る。疲れきった顔に、へら、と笑ってみせると、向こう側の俺も疲れたように笑って見せた。
(……笑えて無いんだよ、バーカ)
腕時計は、チャイムが鳴るまであとちょうど一分であると告げていた。
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