透明高速道路

溶けてるお土産

透明高速道路

気がつけば滝の音は遥か遠くに聞こえる。険しい山道を抜け平坦な畑道に出た。

ほんとに何も無いところだよ、と三時間前の彼女は言った。

夕方の山道は薄暗く、水の音だけがせわしい。土のぬかるみや木の根に生えた苔が歩みを慎重にさせた。この道を通り慣れている彼女がいなければ進むことはできなかっただろう。

畑道は舗装がされているとはいえ、都会と比べるとやはり少しいびつだった。しかし僕はすでにこの子気味良い凹凸の波を楽しんでしまうくらい山道に飲み込まれていた。

「この辺は斎藤さんちのキュウリ畑なんだ。気を付けてね」

暗闇に黄色い花が目立つ。光学ディスクが何枚も吊り下げられていて僕らの顔を怪しく歪めた。

彼女は僕の前を、斜めがけした虫カゴ二つを背中にして、腰を少しかがめながら歩いている。僕は百均で買った虫網二本を片手に持って彼女についていく。二人ともそれ以外の荷物はすべて駅前のコインロッカーにおいてきてしまった。

前から軽トラックの明かりがやってきた。僕らは縮こまってトラックに道を譲ることにした。狭い畑道は人一人とトラック分以上には十分な幅があったが僕らは距離を詰めた。額から大きな汗が流れる感覚がした。

畑道を二、三時間んでしくとやっと景色が変わった。目の前に森と大きなドームと遠くの高速道路が現れた。

「あれは花のドーム。あそこまで歩こう」

彼女はやっと目的地に関する情報を教えてくれた。花のドームっていうんだ。

「やっぱ走ろう」

めちゃくちゃなフォームで彼女は駆けていった。慌てて追いかける。彼女の靴の、反射する素材を頼りに真っ暗な闇をひたすらに走って走った!

石につまづいて転びそうになった。地面に手をつく。汚れる。ほぼ転んでいた。草の匂いと死んだミミズの死骸があった。それでも怖さよりも寂しさが勝った。思わず笑った。

「ドン!」

彼女は急に立ち止まった。

走るのをやめてようやく気がついた。花のドームは轟音をあげて僕らの前にある。やっと到着した。

ここからが儀式の始まりだよ、彼女は臆せずに花のドームにどんどん入っていった。



夏が終わる。

ホースから流れた水道水もみんな乾いた。

蝉の声もしなくなった。

ある日、彼女は大学の下宿先からかなり離れたここへふと誘われるように歩きこれを発見した。

やり方はしってる、という声は掠れて彼女に届かない。

でも、そんなこと彼女は最初から気にしていなかった。

「えい」

彼女が虫あみを振るうと僕らの座標は一気に上へ伸びていった。

ドームも、森もどんどん小さくなって僕らの真下にある。おそらくあそこの高速道路の先っちょが、どうにか伸びてここにつながってるんだろうが呆れたことに世界はそれを描写するのをとっくに放棄してしまったためこんなことが起こる。

「ふわぁ!!やっばい。やっぱすごいね。ここ、特に膝小僧…ウワーッ!!」彼女は低気圧で少しおかしくなったみたいだ。かくゆう僕もこんな晴れやかな気分は久々である。疲れたけど、来てよかった。

「ねぇ、これ温めなよサービス券、あるから褒めてほしんだってさ」

脳や肺や胃や腸が幸福と新鮮さで満ち溢れる。初心者の僕はこうやって立ち止まってるだけでもいいのかもしれない。でも数歩先にはお花屋さんとパン屋さんがあった。

僕は高速低空飛行をしながらそのにおいへと飛び込んだ。パーティ。パーティ団子ウィーク、とも言える。まさに嗅覚の集合住宅だ。

彼女もようやく正気に戻り、町の方まで下降していった。やはり慣れると彼女の方がこういうのはスムーズだ。両手に串物を抱えている。

「やっぱりこれ、好きだな。悪い気もするけどさ悪いのは世界なんだよ。こんな簡単なバグを放っておいて人間に見つかっちゃうんだもん。官能的ともいえフッ」

それから僕らは無言で時々ラップを挟みながら夜の街を飛行した。きらびやかなネオンに包まれゆかいな音楽が両耳に張り付いた。


一週間後、大学で彼女に会った。彼女は三キロ太ったらしい。僕は少し、幽霊の声が聞こえるようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

透明高速道路 溶けてるお土産 @steevenspoilhumburg

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る