幕間(習作とも言う)
幕間 IGNITION
一匹の羽虫が飛んでいた。
破れた羽を懸命に震わせて、フラフラになりながらもがいている。
そんな彼のすぐ横を、赤い影が横切った。
瞬く間に強烈な旋風に全身を揉まれ、羽虫はバラバラになる。
『Death always comes too early or too late』
彼の無残な最期と、ひび割れたコンクリートのキャンバスに描かれたグラフィティが、この世界のすべてを物語っていた。
だが、そんな光景もすぐさま大量の白煙に塗りつぶされる。
ギャギャギャ!!
オアシス中心部に位置する無人の地下駐車場を、一台の車が疾走していた。
この国では珍しい、右ハンドルのコンバーチブル。
フルバケットシートに身を収めたドライバーは、パーカーのフードを被り、ぐったりと窓枠に頭を預けていた。
車内を埋め尽くすのはスキール音と暴力的なEDM。
レトロな2段配列のオーディオが、ネオンカラーのビジュアライザーで自己主張を繰り返す。
「……」
ドライバーはアクセルを踏み抜くとシフトアップ、そしてクラッチを蹴ってドリフト状態に入った。
そこから最小限のステア操作とアクセルワークを駆使して、駐車場の柱を次々にスラロームで抜けていく。
この間、彼はフードで目元を覆ったまま、前を見てすらいない。
それだけでは飽き足らず、ドリフトを維持したまま1本の柱を何度も周回し、辺り一面を白煙のドームで覆ってしまった。
そして、トドメとばかりにアクセルを煽り、定常円から抜け出すと、サイドを引いて一気に横滑りして、放置自動車2台の間に寸分の狂いもなく縦列駐車……タイミングを同じくして、大音量の音楽も終わりを迎えた。
オーディオのビジュアライザーが途端に元気を無くす。
しかし、今度は入れ替わるように、下に重ねて配置された機器のランプが点灯し、スピーカーからアラームが響いた。
『仕事だ』
その声を受けて、ドライバーの青年はフードを脱ぐ。
彼はアントン。
オアシスにて車を用いた荒事を請け負う、通称“運転手”だ。
アントンはすぐさまギアを入れると、地上階に向って走り始めた。
『いつもの傭兵連中が、例のカジノで戦闘を始めた。恐らく、お前の出番が来る』
アントンは無線の声に耳を傾けながら、灰色の回廊を駆け登って行く。
愛車であるミアータを、まるで手足のように操り、危なげなくインのスレスレに鼻先を通した。
『現地では車両、銃火器による抵抗も予想される。あと何分で出られる?』
「今上がります」
アントンがそう告げた直後、ミアータは地下トンネルから姿を現した。
彼はそのままルートを高架へと向け、立体交差のスロープを登って行く。
ふと、視線を下に向ければ、そこにはトタン小屋の群れからなる貧民街が。
目を凝らせば、ドラム缶で焚火に勤しむ人々の姿も見て取れた。
そして今度は視線を上げれば、旧首長室の辺りに人影が見えた。
『お前の仕事は取り立てだ、容赦はするな』
「勿論です」
それだけ言うと、アントンは無線を切る。
そして、アクセルを一気に煽りトップギアに入れた。
ボヒュン!!
載せ替えたエンジンが吹け上がり、触媒レスの直管マフラーから炎が飛び散る。
風を纏って加速したミアータ……アントンは、今夜も相棒と戦いに赴く。
ビーフ オア バレット? ”終”末営業ダイナーレストラン 肺穴彦 @Haianahiko
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