9 純愛

いくつ琥珀の木の下をくぐったのか、もはや分からない。バーンシュタインの先導の元、ショーポッドは為されるがままに森の奥へと分け入っていく。

 自らの居場所についてショーポッドに分かることはただ一つ、「自力ではもはや森を出られそうにない」ということだけ。背中ばかりを見せる不可思議な女バーンシュタインに、命綱を握られて牽かれているのだった。

「こんな森の中を、よく真っ直ぐ進めるね。迷ったことはないの」

「この森のことは何でも分かるわよ。それでも最初の十年くらいは……よく迷子になった」

「ずっと、ここに? どうやって生きてきたの。食べ物は? 獣に襲われたりしなかったの?」

 純粋な驚きと共に、ショーポッドはそう尋ねた。バーンシュタインは足を止めなかったが、また意味ありげな含み笑いを漏らした。

「そうよ。ずーっと。そもそも、私たち泪の君の信徒は、一切の肉を口にしないわ。その必要が無いから」

「ご飯を食べなくても生きていけるってこと?」

「いいえ、ご飯を食べたら死ぬっていうこと。さっきも言ったけれど、私たちは老いないわ。それは、体から塩を追い出しているから」

 バーンシュタインが足をもつれさせて倒れる。仙の琥珀の行動は素早かった。即座に彼女に駆け寄ると、爪の先を衣服に引っかけるようにして彼女を起こした。

 軽く礼を言うと、バーンシュタインは再び歩き出す。

「だから当然、塩に触れれば老いるわ。過ごしてきた歳月の分だけ。エルナが言っていた穢れを移される、って言うのは、そういうこと。幸いあなたは……まだほとんど生身だものね。それの手に乗っていても大して苦痛では無いと思うわ」

「うん。あたしはね、不思議と平気。でも、バーンシュタインさん。あんたは違うはずだ」

 エルナと同じ悠久の時を過ごしてきたはずのバーンシュタイン。彼女が平然と仙の琥珀の上に眠っていたのは、道理に合わない。

「ふふ、鋭い」

 バーンシュタインは肩を揺らして笑った。

「さぁ、何故だと思う?」

 そう問われて、ショーポッドは直感した。今のショーポッドの知識から結論を出すならば。一歩踏み出す毎にふらつく彼女の体を見れば……。

「まさかあんた、今、三百と何十歳の体で生きてるってこと?」

「生きていると呼んで良いのか悪いのか……まぁいいか。大正解ー。そこら辺の琥珀をちょっと毟っていっても良いわよ」

「冗談ぽく言ってもダメだよ。そんな体で今、ずっと歩いてたの?」

 正解がでたことに満足したのか、無視を決め込むバーンシュタインへ、ショーポッドは我慢ならずに叫んだ。

「降りる。あんたが代わりに乗って、バーンシュタイン」

「ダメよぉ。足下は茨道みたいに、琥珀の剣が敷き詰められているんだもの。来賓を歩かせるわけにはいかないわ」 

「剣山の上を歩いてるのはあんたも一緒でしょ……」

 言いかけて、ショーポッドは思い出した。バーンシュタインの背中に叫びを投げつけたエルナの拳から流れ出ていたのは、血ではなく透明な何かだった。

 現に、バーンシュタインが歩いたその後に、血痕などは微塵も残っていない。

「仮に私が今、仙の琥珀にかみ砕かれたとして……飛び出すのは透明なよく分かんない汁なのよね」

「うふふ、そうね。よく分かんない汁。我ら聖体を満たすのは穢れ無き純水よ。泪の君の恩賜を濾しに濾したもの」

 バーンシュタインは苛立つこともなく答えた。

 手のひらに目を落とすショーポッド。彼女の肌もまた、まるで死人のように生白くなっている。

 バーンシュタインの言ったとおり、ショーポッドもまた、泪の君の庇護の下、運命共同体になったのだった。

「それじゃあ、聞いておくわ。あたしに一体、なんのために祈らせたいの。バーンシュタイン、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない。大分、エルナからは離れたと思うんだけど」

「お気遣いありがとう。黙っていてくれたのね……。ええ、そうよ。純粋で幼いあの子には、長命と、穢れを捨てることだけが目的であって欲しい。私たちの使命なんて知ってほしくないわ」

 その時振り向いたバーンシュタインは、意外な表情をしていた。

 まるで分厚い雲が張った曇天のような、今にも泣き出しそうな顔をしていたのである。

 ショーポッドは問わずにはいられなかった。

「……エルナが大事?」

「三百年来の友人よ。大事にしない方がどうかしてる」

「泪の君への忠誠よりも?」

「もちろんよ」

「じゃあ、あたしにそれを教えてくれるのは……」

「ええ。守ってあげて欲しいの。エルナを。エルナ・アプシートという小さな娘を、この宿命から守ってあげて。人嫌いのあの子が生涯で唯一、自分の化身に乗せたあなたに。私ですら許されなかったその幸運に包まれたあなたに、あの子を託すわ」

「待ってよ、あたしはただ、行きずりで助けられただけで。アドラーに乗せてもらったのも成り行きっていうか」

「その成り行きを、あの子は絶対に認めなかったわ。徹底的に避けてきた。あなたを除いてね」

「あたしだけ? 本当に? だってあたしがしたことなんて」

 エルナを一時の窮地から救い――

 あの裏路地で、望みを告白しただけだ――

「大したことはしていない、そう思っているでしょう。でもこれがどうにもそうには見えないのよ。私ともあろうものが、あなたに嫉妬してしまいそうなほどにね」

「確かに……妙に懐かれてるのは認める」

 なぜなら、ショーポッドの見たエルナは、そうまで人間嫌いのようには見えなかったからだ。

「ただ……あたしには本当に、何も出来ないよ。守る力も無い。獣すら、今はどこにいるのかわかんないんだから」

「それで結構。知っていてくれればいい。あの子の敵は泪の君の信徒であるというあり方そのものよ。あなたはただ、これから見聞きすることをよく覚えて、あの子に同じ轍を踏ませないようにして。それだけなの」

「それをなぜ、直接エルナに言わないの」

「……真面目なあの子は!」

 バーンシュタインが顔を覆って叫んだ。ひ弱でか細い声だが、まるで茨の縄に縛り上げられているかのような悲嘆を帯びていた。

「使命を知ったなら、必ず履行するわ! ねぇ、分かってくれる? 私は、あの子に私のようにはなって欲しくないの。一切の穢れを知らぬまま、無垢な少女のまま、悠久の時を過ごしてほしいの。だってそれが、彼女が泪の君(トレーネイン)に望んだ救済の形なのだから」

 旧い魔女は感極まったか、体を大きく震わせると、力尽きたかのように膝を折った。その膝に鋭利な琥珀の刃が挿し入るのもお構いなしだ。ショーポッドは思わず飛び出しそうになったが、仙の琥珀がそれを押しとどめた。

「私はね、エルナの幸せを壊したくないの。それだけ」

 バーンシュタインが呟く。彼我の距離は遠い。しかし一言一句漏れることなく、それはショーポッドの耳に届いた。

 決意と呼ぶには幽か、しかし妄言と切り捨てるには固い意思。ショーポッドは答えを探した。どこへ? どのように?

 特段、エルナを害したいわけではない。彼女のおかげでもう嫌な思いをせずに済むし、帰りたい場所へ帰ることも出来る。

 感謝している。ならばバーンシュタインとは利害が一致しているはずだ。それなのになぜ、こんなにも意固地に彼女を問いただそうとしているのか。

「……あんたが守りたい幸せは、本当にエルナが望んだ幸せなんだよね。エルナが求めた救済の形ってやつは、いま、エルナを幸せにしてるんだよね」

「そうよ。そのとおりよ。あの子が三百年もの時間を生きているのがその証左」

 このバーンシュタインという魔女は錯乱しているのか、それともエルナへの思慕で胸がいっぱいなのか。いずれにせよ、信者として正常な思考を保てていないようにショーポッドには感じられた。

 エルナは背教者だ。今までの話を総合すれば、エルナは明らかに泪の君が課した義務を果たそうとせずにいて、バーンシュタインはそれを良しとしているのだった。これがもし慈恵の光の会合であったなら、エルナのような異端者は迷わず悔悛を迫られ、認めなければ暴力という暴力をその身に受けることになるだろう。

 泪の君に仕えるということの不幸。それがどれほどおおきな物なのか、エルナは知らない。ショーポッドも、今は同じく。

「それじゃあ、そろそろ聞かせてくれる? 泪の君の信徒に課せられた使命ってやつを」

 全ての疑念は、その一点に集約される。いったい何の為に、バーンシュタインはわざわざショーポッドを呼びつけたのか。

「そう、ね。前置きが長くなったわ。それじゃあ見せてあげる。これが、私たちのあるべき姿よ」

 言うなり、バーンシュタインはくるぶしまで長く伸びた白い外套を脱ぎ捨てた。その中が足下と同じく、一糸まとわぬ姿であることはショーポッドにも察しがついていた。しかしその後彼女が起こした行動は、予想だにしなかった。

 ちょうどバーンシュタインの足下に空いた、琥珀の禿げた大地。そこへ彼女はかがみ込み、うつ伏せに横たわると、口づけをしたのであった。誰に。他ならぬ母なる大地に対してであった。

 すると、魔女の体からは白い粉粒が生じた。植物が芽吹く様子を早回しにしたかのようにそれらは繁茂して、瞬く間に彼女の体中を覆い尽くした。

「ちょっと……バーンシュタイン!」

 恐らく、あれらは塩の塊なのだろう。塩に触れられぬ泪の君の信徒が、白く育った結晶によって覆われている。力なく横たわったバーンシュタインはピクリとも動かない。助けに動かない道理が見当たらなかった。

 仙の琥珀の腕から飛び出そうとするショーポッド。しかし、それは成らなかった。他ならぬ仙の琥珀自身が、それを押しとどめたからだ。

「魔物のくせに……邪魔しないでよ!」

 振り向き激高するショーポッドだったが、バーンシュタインに誰よりも懐き、忠実な僕となった仙の琥珀が止めるとなれば、相応の理由があるのだろう。

 例えば、「心配無用」とかいった、意思表示。

 あえぎ声に再び振り向けば、バーンシュタインは動き出していた。

 なまめかしい腰つき、体のうねりだった。まるで絹布が風になびいているかのような艶やかなうねり。それで何をしているのかと言えば、彼女は自らの口唇と、それから陰唇を、まるで恋人でも愛するかのようにこすりつけているのだった。

 その度に彼女の体から生じる塩の量は増えていく。低く嬌声を挙げるバーンシュタイン。その声調にショーポッドは覚えがあった。自らが望まぬ相手に犯されている時と全く同じ声だ。およそ歓びとはほど遠い、しかし突き上げられるが故に仕方なしに漏れる声。いうなれば苦痛の表出だった。

 他人の――女の――行為を見せつけられるのは、実はショーポッドは初めてではない。ただ、こうまで痛々しく映るものは初めてだった。例えるなら入らぬ物が無理矢理に押し込まれようとしているかのようで、ひびの入る音か、あるいは裂ける音が、いつ口から悲鳴として上がってもおかしくない。バーンシュタインを取巻く結晶は、すでに彼女の地肌が見えなくなるほどに茂っていた。しかし塩の獣たちと同様に、それはバーンシュタインがどんなに激しく動いたとしてもそれに合わせてなびくばかりで、地面に還ろうとはしないのだった。

「何さ……終わるまでここで眺めてろって言うの」

 まるで鏡写しの自分を見ているようで、それがこんなにも辛いことだとは想像もしていなかったので、ショーポッドは苛立ちのあまり彼女を押しとどめる仙の琥珀の手のひらを殴打した。しかし細腕による打撃を、怪物は意に介した様子もない。ただひたすらに主であるバーンシュタインが、侵犯してくる何かによがるのを見つめているばかり。

 しかし絶頂も射精もなく、その行為は唐突に終わりを告げた。大地にまたがり荒い呼吸をあげるバーンシュタインが――バーンシュタインだった塩のモミの木が――まるで切り倒されたかのように傾いで倒れたのだった。

 ショーポッドが声を上げる間もなく、仙の琥珀がその時動いた。指にしがみつかなければ振り落とされてしまうくらいに、今まで見た中で最も素早い動きだった。まさしく狼が獲物に食らいつくときのそれ、隣に植わっている白樺の若木ほどの巨躯であることを忘れさせるほど俊敏に、バーンシュタインのもとへと駆け寄ったのだった。

 仙の琥珀は、倒れ伏した主を前にした。それでかがみ込むと、これまで頑なに閉じていた口を開いた。そこからまろびでたのは、やはり真っ白な塩の色をした舌だった。獣性をむき出しにしたざらざらの舌。それを主に近づけて、仙の琥珀は体を震わす主の体に、その舌を被せたのであった。

 仙の琥珀という獣は、その性根は丸く優しいのではないか。まるで愛撫でもするかのような優しい舌使いに、ショーポッドは瞬間惑わされそうになったが、進行している行為が何の意味を持っているのか思うことから目を背けるわけにはいかない。仙の琥珀に舐めとられたバーンシュタインの肌は、元通り、ひび割れたといった方が適切なほどに皺の走った肌を見せている。つまりこれは回復の儀式なのだろうか。塩は塩へ。しかしそもそも、バーンシュタインの肌に生えた塩の出所が分からない。自ら猛毒である塩を生やす目的も分からない。誰もいない地面に向かってよがって……。

「もう……わけ分かんないよ! 起きてバーンシュタイン、起きて……起きて!」

 その時にはすでに、仙の琥珀はバーンシュタインの体に執心していて、ショーポッドのことなど意にも介していなかった。手のひらから降り、近寄って声をかけるショーポッド。塩の茂みは、唯一美しいままを保っているバーンシュタインの顔には侵食していなかった。苦痛と屈辱に歪んだ顔。覚えのある顔だった。それが目を覚ますと、乾いた目をしたバーンシュタインは、ショーポッドへ問うた。

「どう? 分かった?」

「何も分からないよ。何が起きたの。教えてよ」

 不可思議な事象にも怯えず、詰め寄るショーポッド。

「……ふふ。やっぱり、あなたをエルナが選んだ理由、ちょっとだけ分かった気がするわ」

 痛み、恐らくは疼痛に歪んだバーンシュタインの顔が、一瞬和らいだ。

「全ての命の根源に有る穢れ。”死辱の巨人”の逸話。それはエルナから聞いたんじゃない? どう?」

「聞いた。聞いたけど…………まさか、まさかでしょ」

「そのまさかよ。私たちはその穢れを祓うために、泪の君(トレーネイン)から恩賜を授かるの」

 穢れは突如湧いた。それはそのように見えただけだった。穢れはすぐ足下にあったのだ。地から湧いた塩。地から吸い上げた穢れ。巨人の死という原初の穢れを、祓うと言うこと。

「それが目的……? じゃあ、信徒になった人は、そうやって穢れを吸い上げ続けて……そしたら、すぐに死んじゃうでしょ」

「そうよ。自らの許容量いっぱいになるまで塩を吸い上げて、その結果生まれた塩の獣を自らの術で浄化する。穢れきった自分自身と一緒にね……だけど、私にはその力がもう」

 バーンシュタインは大きく咳き込んだ。

「もう……残ってない。仙の琥珀は大きくなりすぎた。もう私の手には負えないの。だから、エルナを呼んだ」

「後片付けも出来ないような有様になってから、ようやくエルナを呼んだってこと? 身勝手すぎない!? 見たでしょ、あの子がどれだけ、あなたのことを思ってここまで来たのか。酒場での彼女なんてひどい有様だったさ。目は落ちくぼんで、ため息ばかり吐いて。一体何様のつもりになれば、こんなひどいことを押しつけられるの」

「友だからよ。ぽっと出のあなたとは違って、私たちには三百年来の付き合いがある。だから看取ってくれるのはあの子しかいないし、あの子じゃなくてはならないの。私の大切な人。ただ……」

 憤懣に声を上げかけたショーポッドを、バーンシュタインは遮った。

「やっぱり、別れるのは寂しいわ」

「一言遮って言うことが、結局それ? 完全に自分勝手じゃない」 

「あなたもそう思う日が来るわ。泪の君の信徒になったら、必ず」

 ショーポッドは首を横に振る。

「あたしは。誰かにケツなんて持ってもらいたくない。触られたくもないわ。誰かに犯されるんじゃなく、自分でその時を決める」

 バーンシュタインの微笑が鬱陶しい。これから言うことをすべて見透かされているようで。

「あなたのことは気にくわない。でも、エルナは恩人だから。エルナのことは生涯かけて守るわ。約束する」

「ショーポッド。私の会った中で最も穢れた娘。あなたほどのおおきな器を持つ娘など、そういないわ……」

 バーンシュタインはさらに大きく咳き込んだ。齢三百と呼ぶにふさわしい、しわがれた咳だった。

「ふふ、可笑しい。その器が……、泪の君に……」

 様子がおかしいとショーポッドはすぐに気がついた。咳が止まる様子を見せない。その咳音に呼応するように、すでに行為は終えているはずなのに、塩の柱が何本も何本も、彼女の体から屹立し出している。体中から勝手に溢れ出す塩に対して、一番驚いているはずのバーンシュタイン本人は、まだ人を食ったような笑みを浮かべたままショーポッドへ首を傾けた。

「エルナの側に……あなたが……?」

 一方、舐め取る側の仙の琥珀は気に留めた様子を見せない。ショーポッドが振り向いてみれば、彼の獣はさらに大きさを増していた。もはやその口一つで人間一人を丸呑みに出来てしまいそうなほどだった。

 塩を拝領する仙の琥珀。それを無尽蔵に生み出すバーンシュタイン。その彼女が最後に呟いた、

「渡さ、ない」

 その宣告が届くが早いか、ショーポッドがそれを懸念したときには、もう遅かった。身動きの取れなくなった塩の塊であるバーンシュタインへ、仙の琥珀の巨大な狼口が迫り、一息に呑み込んだのであった。

 すると獣の巨躯は、一層高く伸び、その速さを増した。いまはまだ林の中に収まっているが、数十分もすればこの森で一番おおきな白樺の木の背丈を追い越すだろう。

 獣は天に向かい咆吼した。その声は聞こえなくとも、歓喜による物だとはっきり分かる。獣はずっと、この瞬間を待っていたのかも知れなかった。主がいつか、体中から塩を生み出すほどに穢れきるのを。

 雄叫びを天に上げた仙の琥珀は、そのままショーポッドを見下ろした。その顔の恐ろしいことと言ったら、獣の牙をむき出しにしながら、瞳がまるで弦月のように丸く細められていたのである。

 獣の顔つきに、人の愉悦がまざり、ショーポッドは射すくめられたようにその場から動けなくなってしまった。

「何よ……何笑ってんのよ……?」

 じりじりと後ずさりながら焦燥する脳裏に、口に出すのもおぞましい想像がよぎった。

『ショーポッド。私の会った中で最も穢れた娘。あなたほどのおおきな器を持つ娘など、そういないわ……』

 バーンシュタインの言葉を思い出していた。彼女の言葉を真に受けるなら、ショーポッドの体には随分な穢れが溜まっていたに違いない。

 ならば、ショーポッドは。

 犯すべき格好の器なのでは……?

 そう思った矢先だった。二つの出来事が同時に起こった。

 まず、仙の琥珀がショーポッドに食らいつこうとしたこと。

 そして上空から飛来した猛禽が、風切り音すら追い越してショーポッドの両肩を掴んだこと。

 この瞬間に、アドラーが、ショーポッドを救うべく飛来したのだった。

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