3 洗礼

 嘆きの雨の中、エルナは顔を伏せて市街を巡った。その結果改めて認識したのは、慈恵の光を報ずる従者たちの乱れようだった。

 彼らは太陽を奉ずる。全ての芽生えを育む恵みとして、彼のもたらす恩賜を讃えるとともに、日差しの苛烈さに畏敬の念を抱きながら、日中は崇敬の意の下粛々と過ごす。

 しかし、その厳格な監視者が眠りに就いたとなれば、もはや抑圧された彼らを止める物は何もない。酒に葉巻、阿片に代表される幻想を招く植物。そして女。ありとあらゆる享楽を彼らは夜の内に謳歌する。まさしく、檻から解き放たれた獣のように。

 路地裏という路地裏には、娼婦とそれに腰を振る薄汚い獣が耳を覆うような声を上げながら盛っていた。エルナの遠く美しい記憶は、歩みを進める度に塗り替えられていった。この街は今や、彼女のよく知る威厳ある要塞ではない。単に獣を囲っておくだけの柵でしかない。

 そういうまぐわいの現場に出くわす度、エルナはショーポッドが最後に浮かべていた表情を思い出す。

 彼女に恐怖がなかったと言えば嘘に違いない。それでも彼女は、毅然とした態度でエルナを追い出した。

 気付けばエルナは、街を練り歩く中でショーポッドの姿を探していた。今頃は男達の下に組み敷かれているだろう彼女の姿を。七人組と五人組だった。彼らが枯れ果てるまで、どれほど耐える必要があるだろう。想像するだに恐ろしい。エルナは脳裏によぎった悲惨な想像を振り払おうとする。

 喘ぎ声が耳から離れなかった。それはショーポッドの掠れ気味な声音から想像されるものから、次第に別の、よく聞き馴染んだものに変わっていく。否が応でも聞かされ続けたのは三百余年も前だというのに、まるで烙印でも押されたかのように、それは消えない。エルナの母親の物だった。大柄で腹の出た父に押し倒され、突き上げられる度に、堪えきれなかった苦痛が口から転げだすあの声。それを真似しようとする兄姉、素知らぬ顔をして遊びに出る弟妹。いくら時間が経とうが、その記憶が消える事は無い。

 それをかき消すために、泪の君の信徒になったというのに。だから今まで、穢れから遠ざかってきたのに。そういう気配を持った人間からは、遠ざかってきたのに。

 そう言った独善の一切合切が、今宵エルナにショーポッドを見捨てさせたのだ。

「……でも、だって。仕方が無いじゃない」

 あの娼婦はエルナの胸の、真っ赤に脈動する傷に塩を塗り込んでいった。おかげでエルナの心は今、千々に乱れている。

 だからエルナは、彼女を捜している。仙の琥珀に会う前に、看取りの祭儀を執り行う前に。この心の乱れを整えておく必要があった。

 もっとも、捜すという目的を達するだけならば、こんなに方々を歩き回る必要は無かった。彼女は白いウサギ亭にてことを為されているのだから。この放浪は追っ手を撒くため。それからもう一つ、心の準備をするためだった。

 ヒトの穢れに触れるのは、もう何十年か振りのことだった。それがどんな色をして、どんな臭いがして、どんな淀んだ眼光がこちらをにらみ据えるのか……それに触れることは、仙の琥珀との約束を破ることになる。

「許してね、仙の琥珀バーンシュタイン。許してくれないかも知れないけど、お願い、許して」

 懺悔を背に、エルナは意を決して白いウサギ亭の正面に戻った。そのまま中に入るのは、少し気が引けた。エルナを追い回していた誰かが、この中でくだを巻いているかも知れないからだ。

「ルーシュン、お願い。中にあの子は居る?」

 請願の言下、エルナの足下にはいつのまにか、小さな白い堆積が生じていた。

 それは全くの虚空から粉雪の降るように積もった塩。その頂点から現れたのは、小さな、人間の人差し指ほどの長さを持った蛇だった。

 塩の獣ルーシュン。エルナの配下にある蛇の姿をした魔物。

 エルナが行き先を指し示すと、ルーシュンは従った。壁を伝い、固く閉ざされた扉の隙間を難なく抜けると、すぐに戻ってきた。

「そう。いなかったのね」

 漏れ出たため息には、多分に安堵が含まれていた。そのことに気付いて、エルナは自らの頬を張った。

 ここに戻っていないならば、もっとひどい有様になっているはずだ。

 使いに使われ、捨てられたに違いない。それこそ壊れるまで……壊れたモノはどこへ行く? エルナは自問する。ゴミ捨て場だ。即ち、酒場の裏手、外灯すら整備されていない細い路地。

 ヒトの生きた結果生じた穢れの集積地だ。踏み入るのには少しの勇気が要った。しかしエルナは、哀悼の霧雨に背中を押されるようにして、路地へと足を踏み入れた。

 冬が近いとは言え、ゴミの集積所ともなれば饐えた臭いが絶えることはない。鼻をついた異臭にエルナは咳き込んだ。するとそれを察知して、ゴミの山の裾で、もぞりと動いたものがあった。

「ひっ……ネズミ……っ?」

 引き攣った声を上げるエルナだったが、それにしては大きい。そして長い。その輪郭は悪臭を放つゴミ山の方まで伸びていて、導かれるままに目線を上げれば、腕と肩と、それからおおきな乳房と、目を引く癖毛。

 それが弱々しい動きでこちらに首を向け、言葉を発した。

「だ……だれ」

 紛れもなくショーポッドの声だ。そこに捨てられていたのは、裸に剥かれたショーポッドだった。

 体中の肌という肌には、青あざや忌々しい唇の痕がくっきりと浮かび上がっている。顔面などは言うに及ばず、恐るべきは、前歯から数えて左右に四・五本が欠落して空洞になっていたことだった。健在と思われていた頭髪も、実のところ生え際から少しは毟られている。乳房や陰部については……もはや語る言葉すらない。

 エルナはこの惨状を目の当たりにして、躊躇っていた。私がエルナだと、名乗り出てよいものかどうか。あなたを見殺しにしたエルナだと、名乗り出てよいものかどうか。

「……ねぇ、だれでもいい。寒い……すごく、寒いよ」

 ショーポッドはうわごとめいて呟く。エルナは言葉を失っている。しかし最終的にエルナを一歩前に進ませたのは、奇しくも降り続いていた冷たい雨だった。この雨に降られ続けては、か細い命の灯火がすぐに消えてしまうだろうと思われたからだ。

 瘤で腫れ上がった目で、ショーポッドがエルナを見上げた。目の前に立っているのが誰なのか、淀んだ目を向け、

「あんた……エルナ。よかった。逃げ切れたんだね」

 微笑もうとしたのだろう。しかし数々の傷が発する苦痛が、ショーポッドを俯かせた。

 咳音。ひゅー、ひゅー、と細い呼吸。命の灯火が尽きかけているのは明らかだった。

 ――忘れるな。娼婦は娼婦だ……。

 本来なら同情など無用、命絶えるのを見届ける必要すら無い下賎の者だ。

 ――でも、この人は……。

 こうして体を壊されながらも、エルナを気遣ってみせた。

「……あのあと、五人近く追っ手を撒いたわ。感謝してる。ありがとう」

「どういたしまして。こんな体が男を悦ばす以外に役に立つなんてね。思いもしなかったよ」

「ずっとあの稼業を?」

「ここ五年くらいの話さ。いつかこうなると分かってたけど……嬢ちゃん、娼婦が壊されるのを見るのは初めてみたいだね」

 慧眼だった。この有様でありながら、ショーポッドはエルナの顔に走った、嫌悪よりも勝る怯えを見て取ったのである。

「そうよ。だから何」

「何ってほどのことでもないさ。こうならないように気をつけなよ……まだ若いんだからさ」

「……っ! 余計なお世話よ。それに若くもない!」

 エルナを沸きたたせたのは、この期に及んでまだエルナを気遣おうとするショーポッドの心持ちであった。目の前の裸体はひどく汚辱されたものであるのに、手足を投げ出して力の無いその姿が、口を開けばまるで聖人のように清らかに映る。

 ――この人は、いい人なんだ。

 そう納得したとき、エルナに出来る施しは――ひとつしか無かった。

「ルーシュン。こんな体に泪の君の恩賜を注ぐなんて、畏れ多いわ」

 塩の堆積が再び、エルナの足下に生じた。しかし今度のそれは店先で生じたものよりもずっとおおきな山を築いた。小柄なエルナが埋まるくらいの山。必然、顔を出す蛇も大きくなる。ルーシュンは今や、一抱えもあるような大蛇と化していた。

 傷を負い、体を穢され、瀕死に陥ったショーポッドも、この奇怪な現象にばかりは目を剥いた。

「……なるほど。薄い色素に、つまみも頼まず蜂蜜酒ばかり。それがおまけに――こんな化け物を見せつけられちゃ。あんた、本当は泪の君(トレーネイン)の信徒だったんだね」

「だから何。死にゆくあなたには、関係の無い話よ」

「その大蛇でひと思いにやってくれるって言うのかい……そいつは、ご遠慮願いたいが。でもどうせやるなら頭から一呑みにしてくれないかい。もう痛いのはごめんだ」

「……ルーシュン」

エルナの一声で、大蛇はその通りに動いた。もはや身じろぎすら適わぬショーポッドの頭上へその頭をもたげると――そのまま頭上に渦を巻いて、ショーポッドを雨からかばうように円形を形成したのだった。

「お嬢ちゃん、何のつもり?」

息も絶え絶えにショーポッドが問う。エルナは首を振って、身の上を明らかにする。

「お嬢ちゃんと呼ぶのは止めて。私はこれでも三百年は生きてるわ」

「三百……! そりゃあ、あたしなんて赤ん坊みたいなもんか。悪かったよ。それじゃあ、お姉様。いったい何のおつもりですか」

「お姉様も止めて。私はそんなのとは、もう無縁なんだから。私はエルナ・アプシートよ。エルナと呼んで」

「そうかい……じゃあ、エルナ。ありがとうね。だいぶん楽になったよ」

「ふん。あなたのように穢れた身には、姫君の涙は不要でしょうから? 勘違いしないで。守ってあげてるんじゃない。むしろ逆。恩賜に触れられない、これは罰よ。あなたの穢れに対する、罰」

「ふふ、おっかない罰もあったもんだ」

そこでショーポッドは再び深く咳き込んだが、その僅かな時間のおかげで、エルナは生じた動揺を逃がすことができた。ヒトに感謝されるなど……これまでの人生で、一度も無かったためだ。

「それで、エルナ。なんのつもりだい。あたしに罰を与えてまで生きながらえさせて、審問官でも気取ろうって言うの?」

「そ、そうじゃないわ。あなたに聞きたいことがあっただけ。たった一言で済むわ。それだけよ」

「そうかい。何?」

ごろごろ、と血の混じった吐息を吐くショーポッド。刻限は僅かだ。それに先ほどから、壁一枚隔てた向こうが騒がしい。一悶着おきそうな気配が、漂っていた。

問いは急がなければ。しかしエルナには、その一言がなかなか言い出せなかった。

「まだ、生きたい?」

霧雨の降りしきる音よりも小さな声が尋ねた。

「え?」

「……今までの穢れを、無かったことにしたくはない」

今度は壁の向こうの喧噪にかき消された。

「悪いね、耳もやられちまったみたいだ」

「そう。じゃあ聞き逃さないように、もう一度言うわね」

 エルナはそう言うと、自らが形作った傘の下に入る。そしてショーポッドの耳元に、手袋が体表に付着した体液で滑るのも構わずに擦り寄って、囁く。

「今の身体を捨てたくはない? ショーポッド。汚辱と血潮から、自由になる気はない? 失いそうな命は捨てて、新しい体で私と一緒に旅をする気はない?」

「……どういうこと」

「それが私に出来る、精一杯の罪滅ぼし。泪の君の信徒になる気はない? そう訊いてるの」

 ショーポッドの答えは沈黙だった。呆気にとられたというのが正しいのかも知れない。

 エルナにとっても、この提案は勇気が要った。もしも、この誘いを蹴られたら……エルナは今度こそ、ショーポッドを見殺しにしなければならない。それどころか、自らの手で引導を渡していく必要があるかも知れない。エルナの正体を、ショーポッドは知ってしまったのだから。

 そのことはショーポッドも理解していた様子で、ショーポッドは僅かに苦笑した。

「……旅に出たら、さ。パパとママには会えなくなるね」

「そうかもね。でも、それが何か問題?」

「あるさ。パパもママも、私の稼ぎで買ったパンを食うために待ってるんだから」


 ショーポッドの足下には革袋が落ちていて、そこからは銀貨が覗いていた。二十枚にも満たない、僅かな物だった。


「払いだけは明朗会計な店主で助かったよ。これで今日のパンも買える」

「……正気? こんなにひどい目に遭って、今にも死にそうで、こんなはした金のために……」

「ああ、そうだよ。待ってるんだ二人が。暖かい暖炉の前に二人して日がな一日座ってさ、揺り籠みたいな椅子を揺らしながら、あたしが帰ってくるのを待ってる」

「呆けてるだけじゃない。どうして、そんなものに縛られていられるの」

「あたしが口に運んでやらなきゃ、ろくにパンも喉を通らないんだ……ああ、二人ともお腹空かしてるだろうな。早く帰らなきゃ。早く……」

 会話が噛み合わないことにエルナが気付いたのは、その時だった。ショーポッドの目から、大粒の涙が一滴、転げ落ちたのであった。

 頭をゴミの山に投げ出して、ルーシュンが作った傘を見上げているのかいないのか、焦点の合わない彼女の瞳はすでに、暖かい自宅の風景を幻視しているに違いなかった。

 いったいどこからがうわごとだったのか。

「早く……、早く……」

 それは嘆願と言うよりも、もはや祈りに近い呻きだった。彼女はこの身を以て、ただ家路を求めて祈っているのだった。

 一刻の猶予もない。目の前の女は死にそうだ。家族のところへも帰れないまま、棄てられた者として……。

『いい、エルナ。ここは私たちだけの秘密の庭。何人たりとも踏み入ることのない、何の穢れもないキレイな命の褥……』

 しかし仙の琥珀との約束が頭をよぎる。

 この短い時間の間に、ショーポッドから受けたいくつもの施しが頭をよぎる。そしてぐるぐると渦を巻き、一つの結論に達する。

 ――体は穢れていても……この人は心まで、堕してはいない。

 ならば仙の琥珀との約束も破らずに済もう。今ここで、体中の穢れという穢れを祓ってしまえば。


「……いいわ。なら、帰れる体にしてあげる」


 エルナが逡巡の末に決断したのは、義憤とか同情とか、そういう善意からくるもののためでは全くなかった。

 保身のため。自身が仙の琥珀に誇れる自分であるために、目の前の彼女を救わなければならなかったのだ。


「どいて、ルーシュン」


 蛇はそのようにした。ショーポッドの体を、再び泪の君(トレーネイン)の祝福が包み込む。

 エルナは背嚢からナイフを取り出すと、おもむろに手のひらへ一閃、傷をつけた。そして頭上に手をかざし、その痩せた手のひらで器を形作った。


『泣いて下さるのですか、泪の君よ』


 手のひらで出来た器には水が溜まっていく。しかしそれは雨水の蓄積にしては量が遙かに多い。


『流して下さるのですか、全ての澱を』


 そこには多分に、エルナの体内から生じた透明な液体が混じっていた。雨水、つまり姫君の涙と混ぜることによって、泪の君の信徒の体液は聖水となる。


『ならば一滴、救い給え。母なる土の、哀れな娘を』


 この詠唱に何の意味があるのか、エルナは知らない。ただ最初に授かった祝福の流れをなぞっているだけだ。聖水は今や手のひらを溢れ、どくどくとこぼれ落ちている。


『哀れなるこの血と肉の傀儡に、どうか御身の抱擁を――与え給え……』


 詠唱の終わりと共に、エルナはショーポッドに歩み寄った。

 ショーポッドはまだ生きていた。その口に、エルナはとめどなく溢れ出す水を――流し込む。

 口からこぼれてもなお。息をする間も与えず、頭から爪先に至るまでこの聖水が行き渡るように……エルナが受けた洗礼は、そのようなものだった。

 不思議と苦しくはなかったと記憶している。体中から何か、ぞわぞわとした物が抜けていく感覚だけが、妙に気持ち悪かったとだけ。それが塩の抜ける感覚なのだというのは、後から聞いたことだ。

 手のひらの水かショーポッドの喉に落ちていく度、奇跡としか呼びようのない出来事が立て続けに起こった。

 青あざが退いていく。へし折られた前歯も、元通りになっていく。体中に受けた怪我という怪我は、凡そ全て治癒していた。そして最後に、汚辱され開いた陰部が元通りになったのとほぼ同時に、ショーポッドが流れ込む水を拒んで咳き込んだ。

「……何を飲ませたんだ、エルナ。体が軽い。まるで何にも詰まってないみたいだ」

「泪の君の聖水を。勝手だったかしら。今日からあなたは泪の君の信徒として生きるの。私のわがままのおかげでね」

 ショーポッドが裸に剥かれた体を今一度改めた。

「痛みも、寒さも感じないね。むしろ霧雨が肌に触れるのが……暖かい。まるで誰かに抱きしめられているみたいだ」

「誰もが忘れ去った泪の君の恩賜。その一端よ」

「そいつはありがたい。雨の日でも両手いっぱいに荷物が持てるわけだ」

「ことはそう単純じゃ無いわ――――」

 泪の君の信徒として生きること、そこには様々な誓約がある。それを説こうとしたエルナだったが、中断せざるを得なかった。酒場の中から、猛獣の咆吼もかくやという罵声が飛び出したからだ。

「あのクソあばずれ女ァ! 俺の財布をギりがやった!!」

ショーポッドの足下にある革袋に目を落とすエルナ。

「今の、本当?」

「貰えるもんは貰っとかないとね」

エルナは大きくため息を吐いた。呆れがほとんど、しかしショーポッドの生き汚さに対して、僅かな尊敬を抱いたのも事実だった。男達はすぐにここへ殺到するだろう。脱出する必要があった。

「アドラー、お願い」

 頭を垂れたエルナは、先ほどまでとは別の名前に呼びかけた。するとルーシュンと呼ばれた蛇の時と同じように、山のような塩の堆積が生じた。

 それが唐突に、爆風と呼んでも差し支えない勢いで周囲に弾き飛ばされた。その跡地に残った形は、鳥の形。鷲を模したのだろうか、猛禽の類いを思わせる、鋭いくちばしと眼光。翼長は優にエルナの背丈を超える、怪鳥であった。

 エルナはその足に、背嚢から取り出した縄ばしごをくくりつけると、ショーポッドを誘った。

「さぁ、すぐに奴らが来るわ。いきましょ、泪の君の国へ」

 二人が縄ばしごに足をかけると、アドラーと呼ばれた鷲は力強く飛んだ。二人の約束の地であるゴミ捨て場が、白いウサギ亭が、そこから飛び出して憤慨の声を上げる無法者の姿が、瞬く間に小さくなる。

 これから二人は、仙の琥珀が住む”飴細工の森”へと向かう。

 エルナは、こうして道連れを増やしたのはやむを得なかったのだと自分を納得させながら。

 対してショーポッドは、飛翔の加速度になんの言葉も発することが出来ず、命綱を握る手にだけ集中していたのだった。

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