第10話「超理論演説」

 ……私、「魔王の力を継ぐ者」なの――?


 そんな。だって。私、この力はこの世界に来る前から使えるし。

 魔王なんて会ったこともないし。

 使い方がわかるようになったのだって最近だし。

 なんのことだか全然わからないよ!?

 

 ……しかし、議員の人が語った「魔王の力」は、まさしく私の力のことだった。


「ハル氏。あなたはなぜ魔王の力を使えるのか。なぜ封印を解いたのか。本当の封印とは何なのか。お答えいただきたい」


「……えっ!?」


 よ、呼ばれた。呼ばれてしまった。

 で、で、でも……頑張って答えようにも、私の中に何一つ答えがないよ!?


 なに、極大魔法って!? なに、本当の封印って!?

 なんで封印を解いたかって!? そうしないとルゥとダンさんが危なかったからだよ!!


 だが、言葉にならない。

 アワアワアワと口を動かすだけになってしまった。


「ぎ、議長! ワシ……ワタシが答えます! 魔導院の導師ワースです! 極大魔法は魔導院でも研究しており、決して魔王のみの力ではなく……」


 ワ、ワースさん!

 た、助かった! お願いします、ワースさん!


 ……と、そこへ先ほどの議員が起立し、


「ワース導師、私はハル氏に問うているのです。口を慎んでいただきたい」


「議長としても、ワース導師の発言を認めません。あなた方魔導院はあくまで助言を行うのみで、議員に反論する立場にないはずです。席にお戻りください」


 グッ、とワースさんが歯噛みした。

 悔しそうに着席してしまう。


 ……え、え!? 終わり!? 終わりなの!?

 ど、どうなるのこれ。誰が答えるの。

 ワースさん。

 ……なんで私を見てるの。

 

 気のせいか会場がざわついている気がする。

 隣のラース中佐に肩を小突かれた。

 体がガチガチと震えだす。


 ……本当はわかっている。

 わ、私が答えないといけないんだよね。

 ほら、立たないと。立った。

 あそこまで行って。中央の、目立つところまで。

 ほら、頑張って。一歩、二歩、三歩……


 いやだ、いやだ、いやだ、いやだ……

 何にも喋れる気がしない。

 それどころか、前に立ったら泣き出してしまうかもしれない。

 無理だよ、こんなの。私にはできっこないよ。

 助けてルゥ。助けてマルテさん。


 ……ああああああああああ~~、着いちゃった!

 見える。見ている。みんなの顔が。私を。

 あうあうあうあうあう。

 もう、ダメ……








(……おい、ハル)


 うん、ルゥ……


(前を向けるか?)


 うん、無理……


(しようがないな。”静寂の風よ、鎮めよ”。……どうだ、楽になったか?)


 は~……、落ち着いたかも。


(じゃあ、前を向けるな? ほら)


 ……うん。


 顔を上げる。

 たくさんの顔が目に入る。


 ……あれ? なんでこんなに落ち着いてるんだろう。本当に魔法をかけられたわけじゃないのに。ルゥなんてどこにもいないのに……


(おい、ハル。今からオレの言う通りにしろ)


 ……ん?

 さっきからなんか声がする。

 そして、あっ、なんだこれ……

 もぞもぞする。

 はう、やだ。なんか、胸のあたりに違和感が……


 あっ!

 胸のあたりから、黒いヒトデがちょっとだけ顔を出していた。


(ル、ルゥ!!)


(ハル、大丈夫か?)


(い、いつの間に!?)


(お前の精霊魔法を参考にさせてもらった。この精霊はいくつかの魔法が使えるように進化している。”隠者の風”を纏い、お前の所まで近づいた)


 ル、ルゥ……!!

 じゃあ、さっきの魔法も本当に?

 はううう、こんな、助けてもらえるなんて……

 あ、ありがとう……

 さっき精霊でセクハラしたことは水に流すよ。


 ルゥの精霊は囁くように続ける。


(いいか。今からオレがお前の声を使って答弁する。お前は、不自然に見えないように口を動かせ)


(え、え? ……ルゥが私の声で? で、でも、そんなの口を見たらわかっちゃわない?)


(口を小さく動かすようにしろ。周りから離れてるからはっきりとは分からんはずだ)


(わ、わかった)


(これ以上黙っていたら議長から文句を言われる。準備は良いか!?)


(う、うん!)


 私は大きく息を吸い込んだ。

 ゆっくりと、小さく。

 ルゥと呼吸を合わせ、口を動かしだす。


『ニーツ議員にお答えします』


 わっ! 私の声だ……!

 すっごくハキハキしてる。私じゃないみたいだな。

 いや、私みたいだったら困るんだけど。

 まあ口調なんてどうでもいい。ルゥ、頑張って!


『私が魔王の力、つまり極大魔法を使える理由は一つ。それはひとえに』


 ルゥ、なんて答えるの?


『 才 能 と 努 力 によるものです』


 ぶ~~~~~~ッッ!!

 ……おい、吹き出しそうになったぞ!!

 いきなりとんでもないホラを吹きやがった!


 思わず辺りを見回す。

 少しざわついているが、私の演技に気付いた様子はない。

 い、いいのか。いいんだな? 私の才能と努力なんだな?

 よ、よし。私は頑張ったんだぞ!! うおおー!!


『そしてなぜ封印を解いたのか。それは軍が極秘裏に運用していた兵器、死竜兵が地下で暴れ出し、ゼルンギアが危機的状況にあったからです。私の仲間も命の危険があり、手段を選んでいられませんでした』


 ハキハキしてるけど、口調はちゃんと女の子だ。

 コレ、ルゥがやってるの? 本当に? 笑っちゃいそうなんだけど。

 精霊の向こうのルゥ、どうなってるの。


『さらに、ゼルンギアの本当の封印とは……』


「なぜ魔導学院に封印があるとわかったんだ!? 魔導院は元々知ってたんじゃないのか!!」


「そうだ、そうだ!!」


 うわ、ヤジが飛んできた。

 こんなこと本当にあるんだ。こわっ。

 ど、どうするの? ルゥ。


『それは、私が 天 才 だからです』


 おい。

 あくまでも才能で押し切る気か。

 大体、なんでそんな「天才」を強調して言っちゃうの?

 ルゥのことじゃないよ。私のことなんだよ?


『私の魔力なら、ゼルンギアの封印を見破るなど容易いことです。封印については、魔導学院に足を踏み入れた時点で気付いていました。それが邪悪なものか判別がつきませんでしたが、火急のことでしたので』


 議員の人が唖然としている。

 私も唖然としている。

 顔が引きつっている。汗が噴き出している。

 なんとか口の動きは維持してるけど。

 この後、私、天才で努力家の魔法使いを演じないといけないの?


『話を戻しますが、ゼルンギアの本当の封印とは何か。……そんなもの、私が知る由もありません』


 こけそうになった。

 知らないって、開き直っちゃうの!?


『もっと言いますと、魔導院が知る由もありません。なぜなのか。魔導院は人竜戦争終結後に、軍から派生した組織だからです。遺構から鑑みてあの遺跡は、人竜戦争終結前の物。そんなもの、魔導院が知るわけがない』


 議会がシン……と静まり返った。

 有無を言わせぬ迫力があった。


『以上です。他に何かありますか』


 ……え? これ、もう終わりじゃない?

 正論すぎない? 私、大納得なんだけど。

 ルゥ、すごいな。あとで褒めてあげたい。

 こ、これで終わりだよね? 帰っていいよね?


「グラス議員。発言を認めます」


 と思ったら、誰か手を挙げた。


「グラス・クークラッドです。あなたの意見は、全てあなたが『天才』だという前提に基づいています。発言だけでは少し根拠が薄いのではないでしょうか。また、そこまでの才能がおありなら、封印の中身もわからなかったのですか?」


 う”っ。た、確かに、仰る通り……

 と、私なら言ってしまうところだ。

 だが、流石にルゥは違った。


『では、私が 天 才 だというところを示せば、信じていただけますか?』


「……是非に」


 グラス議員が薄く笑った。

 なんかこの人、ちょっと怖い。

 で、どうするんだ。ルゥ。


『……鎧の宝珠よ、顕現せよ』


 ちょ、ちょちょちょっと!!

 ま、魔法!? 魔法を使っちゃうの!?


 私がアワアワしていると、空中にキラキラ輝く宝石の塊が現れだした。


(ハル、落とさないようにしろ)


(えっ!? えっ!? う、ぅわかったぁ!!)


 私は空中の宝石を下から支えるように、不可視の手を顕現させた。

 ズシリと手に重い感触がある。

 

 ……そうか!!

 ルゥの考えが分かった。

 二人三脚で、魔法のデモンストレーションをやろうというのだ。

 ここで導師にもできないような派手な魔法をやれば、晴れて私は天才魔法使いという訳だ。


 ……言うのは簡単だけど、ここ、議会だよ!?

 被害を出さないようにするの、大変だよ!?


(お前ならできる)


 私の心を読んだようにルゥが言った。

 こ、コイツは……

 やるよ、やってやりますよ!!


 やがて巨大な岩のごとき宝石が中空に出現した。

 会場の騒ぎ声が大きくなる。

 宝石を避けるように議員の人達が席を立ち始めた。


(やれ。ダンの時と同じだ。『小さく』してやれ)


(わ、わかった!!)


 力を引き出し、いくつもの巨大な手を想像する。

 手が握りしめるように宝石を覆っていく。

 ……よし、これくらいなら……いける!!

 今だ!!


「潰れろッッ!!」


 ギリリリリリィィィィッッ、と耳障りな音が周辺に響いた。

 その場にいた全員が耳を覆った。だが、その目は片時も宝石を外れない。

 誰もが釘付けになっていた。


「もっと……もっと!!」


 手にあらんかぎりの力を込める。

 ビキビキバキバキ、と宝石にヒビが入り始める。

 破片が生まれるが、飛び散ったりはしない。

 全て私の力が受け止めている。

 宝石が小さく、何層にもなって折りたたまれていく。


「ぐ……くぅッ!」


 パキン、と音がしたあと、小さな宝石が床に転がった。

 先ほどまでは岩のようだった宝石が、石ころのように小さくなっていた。


「で、できた……」


 どうだ。被害も何もなく、やって見せたぞ。

 み、みんな、見てくれた?


 ワースさんが目に入る。

 彼女はしてやったりといった顔で笑った。

 私も彼女に笑い返した。

 グラス議員が目に入る。

 彼も満足げに微笑んでいた。


「……あなたほどの魔法使いは初めて見ました。確かに、比類なき才能をお持ちのようだ」


 な、納得してもらえた?

 良かった~……

 ……おっと、演技を続けないと。ルゥの演説はまだ続いてるぞ。


『先ほど、なぜ封印の中身が分からなかったのか、とおっしゃいましたね』


「はい」


『それは魔王が、私を上回る魔法使いであったことに他なりません。私の極大魔法では、魔王の封印の全容を知るには足りなかったのです』


「なるほど」


『しかし、先ほどワースが言いかけたように、極大魔法は決して魔王だけのものではありません。長い研究の果てに、魔導は進化してきました。魔導院は極大魔法の一端を掴みつつあります。魔導院の導師たちも、いずれは極大魔法に至るでしょう』


「……素晴らしい」


 グラス議員が拍手する。

 彼に合わせて、何人かの議員が手を叩き始めた。

 ニーツ議員が苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。


 ……終わり? 終わりでいいよね?

 なんかこのあと投票みたいなのがあるっぽいけど。

 私の出番は終わりだよね!?


 やった!! 帰れる!! みんなの所に帰れる!!

 ルゥ、ありがとう!! ワースさん、ありがとう!! ハル、帰るよ!!


「……ゼルンギアから遥か西。竜王国から東の地。そこに、『天の車』と呼ばれる遺構があります」


「……え?」


 グラス議員が続けて発言した。

 まだ、なんか言うの? 終わりじゃないの?

 問いかけるように議長の方を見てみる。

 あれ? なんか慌ててる。マイクが切れてるのかな。


「この映像をご覧ください」


 グラス議員は構わず続けた。

 彼が手を掲げると、中空に光が集まり、映像を形作る。


「え!? 何これ」


 黒い、厚い雲のようなものが映っている。

 それが幾重にも集まり、中心に向かって渦を巻いていた。

 まるで、大きな蛇がとぐろを巻いているようだ。


(こ、これ、空から見た映像? でも確か、空を飛ぶことは禁じられているんじゃ……?)


「これは天の車の上空の映像。……あなた方が『魔力特異点』と呼んでいる場所でもあります」


「魔力特異点じゃと!?」


 ワースさんが叫んだ。

 会場が一気にざわつく。


「この黒い渦は魔力の塊です。恐るべき魔力波が渦を巻き、今も拡大を続けているのです。この渦には竜であっても近づくことはできません。強靭な肉体を持つ彼らであっても、入った瞬間に木っ端微塵になってしまうのです」


「こ、これが魔力の塊……!?」


 こんな、台風みたいなのが!?

 以前、ルゥの魔力を感じたとき、海のような底深さを感じた。

 だが、今目にしているこれは……それよりも遥かに強大に見える。

 こんなものが、現実に存在するのか。


「魔導院のハル。極大魔法の使い手。あの渦を突破できるのはあなたしかいない。我々と共に……竜と共に、天の車まで行っていただきたい」


 グラス議員は私に告げた。

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ゼルンの魔法使い ~コミュ障女子高生、異世界で魔法使いになる~ ただのん @tadanonn

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