第9話「魔王の力を継ぐ者」

「くそっ! ダメだ!!」


 室内に怒声が響いた。


「またなの? これで何度目?」


 マルテが膝をつき、ルゥの肩に手を置いた。


「……十回目だ。何度侵入を試みても途中で消されてしまう」


 ここは魔導院内にある「瞑想室」。精神を集中し、高度な魔法を用いる時などに使用される。

 ルゥはハルとの連絡を絶たれた後、継続してハルに接触を試みていた。


「明らかに、何者かによる干渉だ。……おそらく最後に会ったアイツだろうが」


 背後からルゥとハルを強襲した人物。白ローブの男。


「そいつ、ルゥの精霊を消して、ハルの魔法も見破ったのよね?」


「ああ。しかも、ハルの魔法の精度はオレと同等だった。明らかに導師級の使い手だ」


 マルテがため息をつく。


「導師級、ね……なんだか最近、そんなのばかりね。本来なら私たちは国家の最大戦力なんだけど。でも、軍にそんな人材いるかしら?」


 ルゥが顎に手を当てて考え込む。


「……思いつかんな。お前は心当たりないか?」


「私もちょっと思いつかないわ。……その、ラース中佐はどうなの? 彼ならハルの魔法を見破ることができるんでしょ?」


「ヤツか。あの短時間に追いつくことができたかどうか……いや、しかし、遺跡でオレたちを妨害した芸当があれば、実行は可能か……」


「遺跡の特性を利用して、拡散する魔力波を一点集中して攻撃、か……確かに導師級の芸当だけど。……ねえルゥ。あれは、本当にラース中佐の仕業なのかしら? なんとなくだけど、ラース中佐でも難しい気がするんだけど」


「……確かに、いくらラース中佐が並みじゃないとはいえ、技量的に難しい気はするな」


「でしょ? 正直言って、私でも難しいと思うわよ。はっきり言って、私たち以外にこの国にそれほどの人材はいないと思うわ」


「だとすると、外部の人間か? 他国の導師級の人材が、この国のスパイ活動の一環としてやったか」


「私、思うんだけど。宮殿で会ったローブの男が、軍に扮してやったんじゃないかしら。そいつならできるでしょ。ルゥの魔法をここまで妨害することも、ハルの魔法を見破ることも」


「可能だな。だが、一体何のために……」


 一度目の接触は遺跡で、襲われたのはルゥとマルテとハル。二度目は宮殿で、襲われたルゥの精霊とハル……

 ……ハル?


「……どちらも、ハルが標的に?」


 ルゥとマルテが顔を見合わせた。

 


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 魔力強化された足が、ゼルンギアの建物を踏みしめる。

 二人は地上の誰よりも速く、空を飛び交っていた。

 彼らが進む先に、この街で最も高い建造物がある。

 国家の最高機関、「議会宮殿」だ。


「もうっ! どうしてワース様に話してないのよ!」


「反対されると思った」


「当り前よ! 私たちの権限で入れないところに侵入したのよ!? バレたら只じゃすまないわ!!」


「バレなきゃいいんだ」


「バレなきゃって、それでバレそうになってこんなことになっちゃってるんでしょ!? なんでそんな無茶したの!?」


「……」


「こらっ! 黙るんじゃない!!」


「……あいつが、一人だと不安なんじゃないかと思ってな」


「……は?」


 その言葉を聞き、思わずマルテは足を止めた。

 ルゥは構わず進む。まるでこれ以上話したくないとばかりに。


「ちょっと! 今のどういう意味?」


 マルテが慌ててルゥの後を追う。

 しかし、ルゥから返事はない。


「なんで黙るの!? ねえルゥ! ねえってば!!」


 程なくして、議会宮殿へとたどり着いた。

 ルゥが地面に降り立ち、辺りを見回した。


「……ここだ! オレとハルが襲われたのは!」


 そう言い、地面に手を付いた。

 マルテが不満気な顔でルゥを見下ろす。


「わずかに魔力の残滓を感じる。……”夜行の精霊よ、顕現せよ”」


 ルゥの手から黒い小さな影が無数に生まれる。

 影はピョンピョンと飛び跳ねながら、列を作ってある方向へと進んで行った。

 二人が影の行き先に視線を向ける。


「……宮殿の中に入って行っちゃうわよ?」


「ハルを襲った後、宮殿に戻ったのか……?」


 二人はしばらく影の行き先を見守った。

 ……やはり、影は宮殿へと向かっている。

 どういうことかと二人が考え込む。


 ……ヴゥン……

 突如、機械的な振動音が辺りに響いた。

 音の方向に一斉に人々が目を向ける。

 思考を中断し、ルゥとハルも同じ方向を見た。


 議会宮殿の上空に、光の筋が現れる。光は傘のように宮殿周辺に広がっていき、やがて表面に映像が映し出された。


「……ああ、そういえば議会が開催される時間だわ」


「議会中継か」


「本当なら、ハルが出る予定だったんだけどね。てっきり延期されると思ってたけど」


 物々しい雰囲気の会場が映し出されている。

 映像が拡大され、参加者の顔が目に入る。


「ワースたちもいるな。連日連夜ご苦労なことだ」


「他人事みたいに言ってないで、議会が終わったらちゃんとハルのことを説明しなさいよ」


「わかっている」


 二人が映像から目を離そうとした時、ある人物の顔が大写しになる。

 その顔に二人は釘付けになった。


「「……ハル!?」」

 


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 足が重たい。

 引きずられるように会場へと足を踏み入れる。

 周囲が騒がしい。たくさん人がいるんだ。

 彼らの会話が聞こえてくる。


「おや、グラス議員。あなたは欠席ではなかったですか?」


「今日は面白いものが見られそうですから。ここまで飛んできましたよ」


「ああ、あなたも? 私も久々にワクワクしていますよ」


 ……面白いものってなんだ。

 それは、もしかして、私のことか。

 私が吃るところを見物にきたのか。

 それって面白いですか? ワクワクしますか?


 唐突に、学校での出来事を思い出す。

 先生に当てられ、教科書を読み上げる私。

 ひどいものだった。吃りに吃りまくり、まともに聞き取れた人は一人もいなかっただろうと思う。

 また、あの悲劇が繰り返されるのか。


「座れ」


「あ、う」


 ラース中佐に促され、着席する。

 足がガクガク震えた。

 また声が聴こえてくる。


「ああ、あれが英雄と噂の……」


「普通の女の子じゃないか」


「だが、導師ですら敵わなかった怪物を一人で倒したらしい」


「本当か? 全然強そうに見えないが」


「噂では首都に出た怪物もあの子が倒したとか……」


「ハル? ハル!! ワシじゃ、ワースじゃ!」


 ふと、懐かしい声が耳に届いた。

 顔を上げる。


「ワースさん!!」


 彼女がいた。

 この場に似つかわしくない、幼女のような姿。

 私を見て、不安そうな顔を浮かべている。

 随分と久しぶりな気がする。

 隣にいるのは、エアさんか。


 そうか、彼らは議会に出てたんだ。

 思わず立ち上がり、彼らに駆け寄ろうとした。

 大きな手が私を制止する。


「君は我々の参考人ということになっている。ここにいてもらいたい」


「そ、そんな! せ、せめて一言だけでも」


「ダメだ。議会が始まるぞ」


「……ひっ」


 その瞬間、会場にベルの音が響き渡った。

 全員が一斉に起立する。


「これより、会議を始めます」


 中央に座る人物が開催を宣言した。

 は、始まった。始まってしまった。


「それでは、今回は魔導院の不信任決議案を議題といたします。提出者のニーツ議員」


「ニーツ・ニールセンです。議題の趣旨を説明します。魔導院はゼルンギア直下の遺跡に魔王の封印を隠しており、信任に値しません――」


 指名された議員と思しき人が、紙を見ながら何やら読み上げている。

 何を言っているのかはよくわからない。

 言葉としては理解できるのだが、内容は頭を素通りしていく。

 正直言うと、内容よりも、私がいつどこで指名されるのか、そればかりが気になっている。


 胸がドキドキする。

 今喋っている人の話は結構長い。

 もしかしたら、私は指名されないまま終わるのではないか。そんな願望にも似た思いが胸の裡を支配していく。


「――それでは、魔導院が魔王の封印を隠している証拠として、この映像をご覧いただきたい」


 会場の中空に光が集まり、映像が映し出された。


「……ひっ!?」


 それを目にしたとき、身体が凍り付いた。


『”ゼルンの魂よ、目覚めろッ!!”』


 呪文が会場に響いた。

 聞き覚えがある。見覚えがある。

 何人かの議員が映像と私を見比べている。


 わ、私だ。私が映っている。

 それを認識した途端、思わず顔を隠した。


「我々が遥か昔、人竜戦争終結後から受け継いだ伝承にこうあります。『遺跡の本当の封印は、魔王の力を継ぐ者が解くだろう』。本当の封印とは何か。映像にある、魔導学院に隠された封印であります。それを解いたのが、そこにおられる魔導院所属の魔法使い、ハル氏であります」


 ビクリと体が震える。

 な、名前を呼ばれた。

 違う、違うよ……私は、夢の中でその呪文を聴いただけで、何にもしらない。

 魔王の力なんて持ってないよ……


「魔王の力とは何か。それは魔王のみが使えた究極の魔法、『極大魔法』であります。極大魔法とは、『願いをかなえる魔法』です。魔王はこの力を使い、願うままに地形を変え、死者すら蘇らせたと言われています」


 その言葉に、震えが止まる。

 頭が理解しようとフル回転する。


 願いをかなえる? 死者すら蘇らせた?

 ……え? え? それって、まるで――


 映像が切り替わる。

 首都を襲う竜の魔物と戦うワースさん。私。

 倒れたダンさんに必死に祈る私。起き上がるダンさん。


「ハル氏はワース導師ですら倒せなかった竜を単独で撃破し、竜に倒れたダン導師を蘇らせました。断言いたします。彼女こそが魔王の力の後継者。極大魔法の使い手。然るに、魔導院はその事実を知っていながら隠しており、首都を危険に晒しました。よって、ここに魔導院の不信任決議案を提出いたします」


 議員が手元の紙を読み終わる。

 私は呆然とそれを聴いていた。


 彼の言葉が何度も頭の中で繰り返される。

 ……私、『魔王の力を継ぐ者』なの――?

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