第8話「コミュ障、議会デビューを拒む」

「静かにしろ。オレだ。ルゥだ」


 黒いシミ……というより、黒いヒトデが名乗った。


「る、ルゥ? ルゥなの!?」


「そうだ。騒ぐなよ」


「な、なんでそんなにちっちゃくなっちゃってる訳!?」


「お前を探すのに生身で来るわけにはいかなかったんでな。お前の精霊を参考にして、オレも精霊を作ってみた」


「……え? それ、ルゥが作った精霊なの?」


「そうだ。なるべくお前に警戒されないような見た目を考えてみたんだが、どうだ?」


 どうだ? って。

 出てくるとき、結構怖かったぞ。

 今は珍奇なヒトデみたいな見た目だから、怖くはないけど……ハッキリ言って不細工だな。

 この姿を作るために、もしかしてルゥは絵を描いてみたりしたんだろうか……

 描いているところを想像して、思わず吹き出しそうになってしまった。


「う、うん……か、可愛いよ……?」


 描いているルゥがね。


「そうか。苦労した甲斐があった」


 ヒトデはピョンピョンと跳ねながらベッドを登ってきた。

 そして私の目の前にどっかりと腰を下ろした。

 精霊になっても動作はルゥのままだな。


「もしかして、私を助けに来てくれたの?」


「ああ、いや。……まあ、そうと言えなくもないか」


 なんでそんな歯切れが悪いんだよ。

 助けに来たとハッキリ言ってくれた方が安心できるのに。


「じゃあ、早く私をここから出してよ。なんかここ、落ち着かないよ。魔導院に帰りたい」


 ヒトデは腕を組んで胡坐をかいた。


「……悪いが、それはできない」


「え、なんで?」


「今、お前は非常に微妙な立場にある。勝手にここを抜け出すと、お前自身が不利益を被る可能性がある」


 微妙な立場? 不利益を被る可能性?

 はっきりしない言い方だなぁ。だから、それはなんでなんだよ。


「どういうことなのかはっきり言ってよ」


「……お前、ここがどこだと思う?」


「どこって……魔導院じゃないことぐらいしかわかんないよ」


「お前がいるのは、ゼルンギア議会宮殿の一室。国家の中枢だ」


 議会宮殿の一室か。

 つまり、国会が開かれる場所にいるわけだ。

 なるほど、なるほど……

 ……は?


「は? なんでそんなところにいるの?」


「軍が議会に議題を提出した。ゼルンギアの遺跡について、魔導院は真の封印を隠しているとな。軍は魔導院を告発する材料として、お前を議会に突き出すつもりだ」


「つ、き、だ、す……?」


 目の前がぐらりと揺れる。

 つきだす。突き出す。

 それは、つまり、私が、議会に出て、何か言わされるということか。

 この私が。知らない人と喋るだけでアワアワする私が。学校の教室に立って話すことも覚束ない私が。

 ……悪夢だ。


「オレたちが遺跡に赴いた夜、お前は軍の連中に尾行されていた。お前がゼルンギアの封印で尻尾を出すところを見張られていたんだ。あの時の襲撃は、お前がゼルンギアの真の封印に触れたと見た軍が、危険と判断して行ったものだ」


「そ、それで、捕まって私だけここに……?」


「そうだ。という訳で、下手にお前がここから動くと不味い。やましいことがあると議会に判断されかねん」


「じゃ、じゃあ、私は大人しくここで待って、議会に出ろって言うの?」


「そうなるな」


 ルゥは姿勢を変えずに言った。

 きっと精霊の向こう側では、いつものようにキリッとした顔で私を見ているんだろう。


 そりゃ、ルゥにとっては、なんてことないことかもしれない。

 彼ならたとえ議会に出ることになっても、いつものようにこなすだろう。

 でも、私がそうでないことはよくわかっているはずだ。

 「あー」とか「うー」しか言えなくなって議会は終了だ。

 ”静寂の風”でもあれば別かもしれないが……


 ……あ、そういうこと?

 議会に出ても私が緊張しないように、魔法をかけにきてくれたってこと?

 それは助かる。きっと吃らずにしゃべれることだろう。

 ……んなわけあるか。地蔵のように突っ立ってるだけの木偶が出来上がるだけだ。


「……いや、いや、嫌嫌嫌嫌!! わ、私、無理!! 議会なんて出ないからね!!」


「ハル。お前が人前が苦手だということはわかっている。だが、お前が魔導院所属の魔法使いである以上、断ることはできない。国家公務員だからな」


「そんな、急に現代的な価値観を持ちだされても困るよ!! 仕事だからって、無理なものは無理!!」


 公務員は国歌斉唱が義務です、みたいに言うなよ。ペンギンに空を飛べって言ってるようなものだからな! 飛べないものは飛べない!


「ちょっと落ち着け。今、魔導院全員で何とかなるように頑張って……」


「やだ!! 私、ここを出る!! 魔導院に帰る!!」


「お、おい!?」


「今の私は、主観的には誘拐されただけだよ! 何にも事情を知らないのと一緒だもん! 逃げたって言い訳できるし!!」


「確かにそうかもしれんが、お、お前……こんな時には知恵が働くんだな……」


 私は立ち上がって扉の前に立った。

 ルゥが慌てて私の肩に飛び乗ってきた。


「”おいで、シルフ! 私の姿を消して!!”」


「な、なに!?」


 ルゥが驚愕の声を上げる間に、シルフが私の周りを飛び交う。

 隠者の風が、私の姿を包み隠していく。


「お前、いつの間にこんな魔法を……!?」


 これだけではない。

 もっとできるはずだ。

 私の精霊は、シルフは。もっと自在に魔法を使えるはずだ。

 やるんだ。


「”シルフ、散って。衛兵を引き付けて”」


 シルフが淡い光を纏い、分裂する。

 シルフたちは扉の隙間から外へと出て行った。

 扉に片耳を付け、衛兵が離れて行くことを確認する。


「今のは”風守りの精霊”の力か? お前、どこまで使えるんだ!?」


「わかんない。今度もっと魔法教えて!」


 実際、風の精霊魔法は今の二つしか知らないのだ。

 他にどんな魔法があるのか知らないと、使うこともできない。

 教えてもらえばもっとたくさんの力を発揮できるかもしれない。

 見てろよ。そのうちルゥよりすごい魔法使いになってやるからな。


 扉の向こうから、衛兵が離れて行くのが分かった。

 今だ。

 私はゆっくりと扉を開き、辺りに誰もいないことを確認してから外に出た。


「……シルフ、探って」


 分裂したシルフたちを通路に行き渡らせる。

 目を閉じると、彼らの動きが脳裏に浮かんだ。

 よし、わかる……この建物の構造が。たどるべき道筋が。

 出来る。”風守りの精霊”の力もちゃんと使える!


 ここは地下のようだ。

 目の前の通路を行けば、エレベーターがある。

 だが、今私は周囲から姿を消している。誰も乗っていないエレベーターは不自然だと思う。乗るときに誰かと鉢合わせる可能性もある。


 少し手間だが、左手にある階段を行くことにした。これなら誰かとすれ違ったとしても、その場でやり過ごせばいい。出口は三階上がった先の通路だ。


「戻って、シルフ」


 走りながら、シルフたちを回収する。

 彼らをほったらかしにしておくと、勘のいい誰かが気付きかねない。


「……ッ!」


 衛兵が階段の方向からやってきた。

 私はその場で息を殺してやり過ごした。

 全く気付かれることはなく、ホッと息をつく。


 アレは、私のいた部屋を目指しているのだろうか……

 だとすると、気付かれるのは時間の問題だ。早く外に出ないと。


「……すごいな。完璧な”隠者の風”だ」


 ルゥがポツリと言った。

 ちょっと嬉しくなる。


「えへ、そうでしょ? ルゥとマルテさんにも気付かれなかったんだからね」


「マジか。遺跡に向かったときか? 通りでおかしいと思った」


「ふふ、魔導院に戻ったらもっと褒めてよね」


「油断するな。お前があの時もこの魔法を使っていたのなら、ヤツには気付かれる可能性がある」


「ヤツって?」


「ラース中佐だ。ヤツはお前の魔法を見たうえで、お前を尾行していたはずだ。お前の精霊の姿形と能力を把握しているだろう」


「え、じゃあ、あの時の攻撃も……?」


「そうだ。ヤツは魔力波でオレたちの能力を封じ、闇属性の大魔法で一網打尽にした。魔法使いとしても一流と言えるだろう」


「ル、ルゥ達よりも強いってこと?」


「魔力的にはオレたちの方が上だが、ヤツは軍人だけあって戦が上手い。あの時も、地の利を利用された。後で知ったことだが、あの遺跡の壁は衝突した魔力を拡散してしまうんだ。ヤツは壁に魔力波をぶつけ、ちょうどオレたちがいるところに攻撃が集中するようにした」


「……それって、難しいの?」


「とてつもなく高度な技だ。お前、風の精霊が起こした風で針に糸を通すことが出来るか?」


「む、ムリ……」


 多分超能力でも無理だ。それは魔法というより曲芸の類だな。

 つまり、それくらいすごい技術を持った人ということか。

 わかった。ラース中佐には気を付けよう。


 息を切らせながら階段を上る。

 体が重い。喉が痛い。

 いくら魔法が使えても、体力は人並以下だ。

 魔法だけでなく、身体も鍛えるべきだったと悔やむ。


「ハァッ……ハァッ……!」


 呼吸が周囲に悟られることはない。

 全て隠者の風が包み隠してくれる。

 頑張れ、あともう少しだ。


「つ、着いた……!!」


「よく頑張ったな。お前にしては上出来だ」


 一階にたどり着くと、倒れこむように床に座った。

 しばらくの間、呼吸を整えることに集中する。


「よし。外に出れば、ここら辺の地理はオレにもわかる。何とかして建物から出るんだ。帰ってきたら褒めてやる」


 そっか、あと少しで、帰れるんだ……

 褒めてくれるの? へへ、嬉しいな……


「……頭、撫でてくれる……?」


 勢いに任せてそんなことを口走ってしまう。

 ……いいや、疲れてるんだから。甘えたくもなるよ。


「ああ、頭でも何でも撫でてやる」


「何でもは撫でなくていい」


 よし、あと一頑張りだ。外に出ればルゥが案内してくれる。

 ほら、立ち上がって。もう息も落ち着いてるよ。


 改めて周囲を見渡す。

 衛兵が何か騒いでいるのが見える。

 抜け出したのが気付かれたか。


 だが、衛兵たちの多くは地下へと向かって行った。

 まだここにいることはバレてないな。

 私は慎重に経路を選択し、ついに外へと出た。


「やった! 逃げられた……!!」


 これで鬱陶しい軍ともおさらばだ。

 怖い議会なんかサボってしまおう。

 ワースさんとエアさんに泣きつけば多分なんとかしてくれる。

 あの二人のことだから、私の偽物を作る魔法くらい軽く使えそうだ。いや、きっと使える。使えてください。


「流石、魔王の力を継ぐ者。見事な手際でした」


「ありがとう、ルゥ……!」


 でも、魔王の力を継ぐ者じゃないからね。


「ハル、俺じゃない!! 後ろだ!!」


「……え!?」


 振り向く。

 白いローブが目に入る。

 ……いつの間に!?


 そいつは、突然降って湧いたように後ろに立っていた。

 フードを目深にかぶり、顔は見えない。

 間違いない。今、声をかけてきたのはコイツだ。

 え? で、でも……


「まだ、”隠者の風”を解いてないのに……!?」


 この風を纏っている間は、普通の人間には見ることも声を聴くこともできないはずだ。いや、ルゥでさえ私に気付かなかったのだ。それを、この人は……!?


「あなたの魔法の完成度は実に素晴らしい。しかし、私の竜眼の前では丸裸も同然です」


 私の声に普通に返事をした。

 やはり、聞こえている。ハッタリではない。


「ル、ルゥ、見つかっちゃった……!! どうすればいい!?」


 肩のルゥに語り掛ける。

 しかし、返事がない。

 ――いない!? ルゥの精霊がいない!!


「ふふ……あなたと二人きりで話したかったので、彼には退場してもらいました」


 ローブの男が指先を立てながら言った。

 その指先に、怪しげな波動が放たれているのが見えた。


「あ、あなた、誰!? なんでこんなことするの!?」


「私の目的は単純明快です。アナタに、議会に出ていただきたい」


「ぎ、議会に……!?」


 なんで。なんで、なんで!?

 なんでみんな私を議会に出そうとするの!?


「……それだけは、嫌!! あなた、もしかして軍の人間!?」


「いいえ。私はこの国の誰とも与していませんよ」


「じゃあ、全然関係ないじゃん! 黙って私を通してよ!」


「ところが、あなたが議会に出ることは、私と無関係ではないのですよ。……さて、説得できないようなら、力づくにしましょうか」


 男が手を広げ、構えた。

 彼の手から魔力の波動を感じる。やる気だ。

 だが、それなら……私だって、黙ってないぞ。

 私を只の魔法使いと思うなよ……

 ちょっと、怪我をさせちゃうかもしれないけど……背に腹は代えられない。


 私は彼の周囲に巨大な手を想像した。

 力を注ぎ込み、手を顕現させる。

 やるんだ。潰さない程度に。

 今だ!!


「”握りしめろっ!!”」


「”タルン・コルム・ゼスト!!”」


 私が彼を握りしめると同時に、男も魔法を放った。聴いたことのない呪文だった。


「ぐっ!? お、思った通り……凄まじい力だ」


 男が呻きながら身じろぎする。

 私の力は確実に男を捉え、拘束することに成功した。


「うっ!? う、うああああ……!?」


 だが、私もまた彼の魔法を受けていた。

 いたっ!? し、痺れる……!!


 体に電流が走ったようだった。

 痺れてまともに動かせない。


「な、なに、この魔法……!?」


「私の封印魔法を受けて意識を失わないとは……恐るべき魔力抵抗だ。やはり、あなたは私が見込んだ通りの人物だった。……なんとしても、議会に出ていただくッ!!」


 次の瞬間、男が目の前から消えた。


「……えっ!?」


「――あなた、手加減してましたね? 優しい方のようだが、戦いにおいては命とりですよ」


 後ろから、声が。

 ま、不味い!! 早く、逃げないと……


「あなたには、魔法よりこっちの方が良さそうだ」


 振り向こうとした瞬間、頭に衝撃が走った。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ……私は椅子の上で震えながら縮こまっている。

 今、私は議会の控室にいる。

 傍には、ラース中佐とリーン魔導兵がいる。

 彼らは今まで、片時も私の傍を離れることはなかった。

 もう、ザングさんが彼らを呼びつけようと、動くことはないだろう。


 気が付いた時、私は元の部屋にいた。

 ラース中佐とリーン魔導兵、それと複数の軍人が私を見下ろしていた。


「……全く、今までどこに居たんだ? 逃げたのかと思ったら、ベッドで寝ているんだからな」


「……え?」


 私は軍の人たちに悟られることなく、部屋に戻されていたらしい。

 誰も私が外に出たことを知らなかった。

 その場は適当に言って誤魔化した。

 この後のことが、自分にとって不利にならないようにと配慮したためだ。


 そして今、その時を迎えている。

 わずかな知恵も、もはや何の意味もない。

 どれだけ自分を奮い立たせようと、それ以上の恐怖が私の心を埋め尽くした。


「さあ、時間だ。行くぞ」


 ラース中佐が私の手を引く。

 引きずられるように、フラフラと議会の扉を開いた。

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