第7話「暗闇の刺客! 捕らわれのハル」

「わ、私? 私の、こと……?」


「そうだ。奴らはお前のことを恐れている。お前が魔王の力を継ぐ者で、死竜兵以上の兵器をゼルンギアに解き放つのではないかとな」


「な、なにそれ……私、何も知らないよ? 大体、死竜兵を解き放った軍が何言ってるの? 私だって結構頑張って戦ったんだよ?」


 全くひどい言いがかりだ。

 これはアレだ。責任逃れのための出まかせだ。

 軍は適当なこと言って誤魔化そうとしてるんだ。

 ルゥもそれくらいわかってるでしょ?


「全くお前の言う通りだと思うが……目撃者がいたのがまずかったな。お前が魔導学院に大穴を開けるところを軍の連中にも見られてしまっている。お前をここに連れてこないように命令されたのも、それが理由だ」


「あー、あの時か……!」


 そっか、見られちゃってたのか……

 そりゃ、軍も疑うよね。

 バッチリ呪文も唱えちゃってるしね。

 うん、言い逃れできないな、コレ。


「どうしよう。このまま濡れ衣をかけられて、捕まっちゃうのかな……」


 そういえばゼルンギアに到着したときも、軍が私を狙ってきたんだった。

 魔導院に入れば大丈夫だ、とワースさん達に言われて安心していたけれど、どうも今はそういう状態でもないらしい。

 やだな、軍にはあんまり関わりたくないな……


 チラ、とルゥの顔を窺ってみる。

 ……ん? なんか、ジッと私の顔を見ている。

 な、なんだよ、その目は。


「……お前、本当に何も知らないのか?」


「え? どういう意味?」


「そのままの意味だ。お前は本当にこの遺跡について何も知らないのか。魔王の力を持っていないのか、と訊いている」


 ぽかん、と口を開けた。

 彼の顔を見つめながら、しばらく静止する。

 まさか、そんなことはないだろうと思っていた。

 なんだかんだ言って、ルゥはずっと私を助けてくれた。

 だから、彼が私を疑うことなんて考えもしていなかったのだ。

 私が何も言えずにいると、見かねたようにルゥが口を開いた。


「オレが思うに、お前の力は」


 力は?

 ルゥの次の言葉を待つ。

 だが、それを聞くことはなかった。


 彼が手を伸ばしてきた。

 えっ? と思うが、口に出せない。

 ルゥの手が私の口を塞いだのだ。

 さらに、彼は覆いかぶさるように私の頭を抱え込んだ。


「ッッ~~~~!!??」


 なに? なに? なに!?

 ルゥの匂いがする。体が熱い。心臓が一気に高鳴る。

 突然の事態に混乱していると、彼が耳打ちしてきた。


(……誰かいる)


(……え!?)


 誰かいる?

 この遺跡に、この時間に?

 そんな馬鹿な。ここに来るまでは誰にも会わなかったし、さっきもマルテさんが魔法で確かめたはずだ。

 それは、本当に人間なのか。

 恐ろしい想像が頭をよぎる。


 無意識にルゥの手を握った。

 ルゥは暗闇を凝視している。

 私もそちらを見るが、何も窺い知ることが出来ない。


 ルゥが息を呑むのがわかった。

 彼の手がゆっくりと剣へと伸びる。

 その時だった。


 ズウウゥゥ――――……ンン……

 振動と共に、私たちのいる部屋が大きく揺れた。


「な、なに!?」


 ルゥの手が私の口から離れ、たまらず声を上げてしまう。

 一体、何が起こっている?

 どうしよう、どうすればいい? ルゥ……


「ルゥ!?」


 ルゥは床に崩れ落ちていた。

 歯を食いしばり、苦しそうにしている。


「ぐッ……!? ううぅぅ……!!」


「ルゥ!! どうしたの!?」


 声をかけるが、ルゥは呻くだけだった。

 な、何これ……!? どうしたの、急に……!?

 も、もしかして、攻撃……!?

 あっ! ま、迷ってる場合じゃない。

 マルテさん、マルテさんに、回復魔法を……!!

 彼女に助けを求めようとした。


「ハ……ル……!!」


「マルテさん!?」


 ルゥと同じだった。

 彼女も膝をつき、苦しそうに喘いでいた。


「ま、まずいよっ、これ……!!」


 二人とも明らかに戦える状態ではない。

 わ、私は大丈夫だ。

 私が何とかしないと。

 えっと、えっと、逃げよう。

 二人を連れて……担いで。

 ……無理!! そんな力持ちじゃない!!


「ち、超能力を使って、運べないかな……二人を、浮かせて……」


 ……天井に二人をぶつけちゃいそう。いや、下手をすると二人を潰しちゃいそう。ああ~~、でも、これしか方法が……

 私がオロオロしていると、暗闇の向こうから黒い靄のようなものが現れた。


「……ッ!? な、なに!? この、黒いの!?」


 靄はあっという間に部屋に充満していく。

 思わず口を覆ったときには、もう遅かった。


「うっ!?」


 ぐらり、と視界が揺れる。

 なに、これ……毒!?

 うっ……気持ち悪い。

 わ、わたし、も……立って、られない……!

 ルゥ……マルテさん……!

 ……



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ……眩しい。

 そう感じた。

 同時に、鈍い痛みが頭を走る。


「……ん」


 顔をしかめながら、重い瞼を持ち上げた。

 ……暗い色だ。

 私の頭の下には、枕がある。

 私はベッドの上に寝ている。

 つまり、その視線の先にあるのは、天井だ。


「……知らない天井だ」


 なんとなく言ってみたくなった。

 魔導院本部は白を基調とした建物となっている。

 この天井は暗めの色だった。つまり、ここは魔導院本部ではない。

 上体を起こし、辺りを見回す。


 広い。魔導院の私の部屋もそれなりに広いが、それより一回りは大きい。

 結構立派な部屋だ。家具とか壁とかの質がいい。ホテル? というよりは、もう少し拡張高い雰囲気がある。

 そして、部屋には誰もいなかった。私一人だ。


「……どこ、ここ」


 全く知らない場所だ。

 起きたら訳の分からないところに居るパターンは最近多い。

 また夢じゃないだろうな。

 頬をつねってみる。痛い。夢じゃない。


「ルゥと、マルテさんはどうなったんだろう……」


 私の体に異常はない。

 襲われて何かをされたという訳ではなさそうだ。

 あのあと誰かに助けられて、私はここにいるのだろうか。

 それなら、あの二人が無事な可能性も高い。

 そうであってほしい。


 差し当って今の問題は、ここがどこかということだ。

 視線の先に、扉がある。

 外に出て、確かめるべきだろうか。

 施錠されている可能性もあるが……


「こんにちはー……」


 と思ったら、扉が開いた。

 顔を覗かせたのは、これまた知らない人だった。

 恐怖から体がびくついてしまう。


 しかし、なぜか知らない人もびくっとした。

 神経質そうな顔がすぐに扉の影に隠れてしまう。

 ……あっ。なんか自分と似たものを感じる。


「は、入っていいでしょうか~……」


 と、扉の影から半分だけ顔を出しながら問いかけてきた。

 うーん、まるで鏡を見ているようだ。なんか急に気が楽になってきた。

 別に入れても大丈夫そうだな。


「どうぞ」


 入るように促したが、まだ警戒しているようだった。

 かなり時間をかけて、私のベッドの傍に座った。

 男の人……かな? 中性的な顔つきでローブを着ているから分かりづらいが、声の感じが男性だ。


「あの、あの、あの、あの」


 四回「あの」って言った。私が吃るときより多いな。


「て、て、手を出していただいてもいいでしょうか?」


「手?」


「は、はい」


 なんだろう。握手じゃないよね。自己紹介もしてないしね。

 めっちゃビクビクしてる。気の毒だから、言う通りにすることにした。


「はい」


 手を差し出すと、あからさまにホッとした。

 おずおずと両手で手を握りだす。

 うーん、ルゥとは真逆だな。彼にもこれくらいの慎みを持ってほしい。


「むむむむむ」


 彼は私の手を握りながら唸りだした。

 何してんだろう。別に痛くも痒くもない。

 手相でも見ているんだろうか。


「ぬにににに」


 彼のうめき声が大きくなっていく。

 段々顔も赤くなっていく。

 だ、大丈夫なの? ものすごい汗だけど。


「ぷはぁっ」


 あっ、離れた……終わったのかな。

 彼はぐったりと椅子に体を預けていた。

 何なの、この人。


「どうだ。何か分かったか? リーン」


 私が彼に話しかけようとした時、再び扉が開かれた。

 許可を求めることもなく、誰かが入室してくる。


「あっ、ラース中佐……!! だ、ダメです、全然何もわかりません~!!」


 目の前にいる神経質そうな男はリーンというらしい。

 そして、今しがた許可も得ずに入ってきた男はラースという名前のようだ。

 ラースの顔を見る。

 あれ、この人……?


「全然何もわからんだと? お前、精神作用系魔法なら導師にも負けんとほざいてなかったか?」


「そ、そんな自信満々な感じで言ってませんよ~! というか、彼女の魔力抵抗が強すぎるんです! 私どころか、導師ですら目じゃありませんよ!!」


「……チッ。私の魔法も効かんし、やはりあの伝承は本当なのか……」


 若くて精悍な顔つきに、ガッチリとした体つき。

 見覚えがあった。


「あ、あなたは……!!」


「……久しぶりだな。魔導院のハル」


 禁書庫での邂逅を思い出す。

 彼は、あそこで竜について調べていた軍人だ。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「禁書庫の軍人さん?」


「いかにも。私はゼルン国軍第一魔導部隊所属、ラース中佐だ」


 恭しく一礼された。

 あれ? 意外に、良い人なのかな……?


「ど、どうも。お久しぶりです……」


 ペコリと頭を下げると、ラースさんはため息をついた。


「まったく、お前には手を焼かされる。私の魔法も、このリーンの魔法も全く効かん。まさかお前がこれほどの使い手だったとは……あの時はまんまと欺かれたな。お前なら色仕掛けなんぞ使わんでも、いくらでも私を好きにできたろうに」


 ……い、色仕掛け? 何を言っているんだ?

 あ、あの時のアレか!? 縋り付いて、胸とか色々見せちゃったヤツ……

 あれは事故! 事故だよ!!


「ち、違う! 私、色仕掛けなんてしてない!! あれはワースさんに命令されて、仕方なくやったんだから!!」


「ああ、そういえば、怖い上司がどうとか言ってたな。そうか、導師ワースか……それは怖いな。しかし、だからと言ってあんなことまでやらなくても……」


 あ、あんなこと?

 いや、私、そんな大したことしてないよね?

 ……あっ!! そういえば、ワースさんが偽の記憶を植え付けたんだった!!

 やっぱり変な記憶入れてやがったな!!


「……いや、よくよく考えれば私も似たようなものか。保身ばかりの上層部にいいように使われ、怪しげな伝承のために密偵などしていたのだからな……致し方ないこともあるか」


 なんか勝手に頷きながら納得してるけど、違うからね。

 あの記憶は妖怪セクハラロリババァが自分のエッチな妄想をあなたに植えつけただけだからね。

 私が彼の勘違いを正そうとした時、扉がノックされた。


「ラース中佐、ザング准将がお呼びです!」


「なんだ? ザング大佐……今は准将か。珍しいな。おい、リーン。私が戻ってくるまで、もう少し頑張ってみろ」


「ええ……!? 一人は嫌ですよう~~!」


 ラースさんはリーンさんの抗議を無視し、伝令の所まで歩いて行く。


「リーン特別戦闘魔導兵も来るようにとのことです」


「なに? 一体何の用だ」


「そこまでは、私も伺っておりません」


 ラースさんはチッと舌打ちすると、リーンさんに向かって手招きした。

 リーンさんはものすごく嬉しそうに席を立った。

 そんなに私といるのが嫌なのか。


「部屋自体は強固な封印があるから大丈夫だと思うが、扉はしっかりと守っていろよ」


「はい」


 ラースさんが伝令の人に言った。

 そうして彼らは出て行った。

 伝令の人も部屋から出て行く。扉の前にいるのかな。


 ……また一人になってしまった。

 結局、なんでここにいるのか聞きそびれてしまった。

 まあそのうち戻ってくるみたいだけど。

 私は再びベッドに寝転がった。


 ごろりと寝返りを打ち、横向きになる。

 自分の部屋なら外の景色が見えるのだが、ここは四方が壁に囲まれていた。

 退屈な景色に、ため息をついた。


 ボーっと壁を見つめる。

 ……あ、綺麗だと思ってたけど、端っこにシミがある。黒っぽいけど、血痕とかじゃないだろうな……

 ……ん? 気のせいか、シミが動いたような……寝ぼけてるのかな?


「……ッ!!」


 思わず起き上がり、ベッドの端に身を寄せた。

 気のせいじゃない。シミが動いている。

 もぞもぞと蠢きながら、厚みが出てきている。

 ポコン、とシミが壁から抜け出した。


「ひっ……!! な、なに……!?」


 シミは二本の足で立っていた。

 ポコポコ、と腕まで生えてくる。

 そして、胴体が裂け、口が現れた。


「や、ヤダ……!!」


 私は外に向かって駆けだそうとした。

 で、伝令の人に、知らせて……!!


「待てッ!!」


 小さな声だった。

 思わず振り返る。

 シミが、私に向かって手を伸ばしていた。

 こ、コイツがしゃべったの……!?


「静かにしろ。オレだ。ルゥだ」


 シミの胴体に丸い目が二つでき、そう喋った。

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