第6話「かけられた疑惑。魔王の足跡」

「ほ、本当の封印……?」


 恐る恐るルゥに訊いた。


「議会で軍の連中が言ったんだ。自分たちは元々あった遺跡を利用して死竜兵を封印していたに過ぎない。あの遺跡には、本当の封印が隠されているはずだ、とな」


「本当の封印が、隠されている……」


 私の脳裏に、先ほど見た謎の光が浮かんでいた。

 光を追い、導かれるようにたどり着いたこの部屋。

 そして、解読できない石板。

 もしかして、この部屋が……?


「軍が矛先を変えるために言った出まかせかもしれん。だが、この遺跡は首都の真下にある。捨て置くわけにもいかず、オレとマルテが調査に来たわけだ」


「そっか。また死竜兵みたいなのが出てきたら大変だもんね」


「そういうことだ」


 それなら、ルゥ達が調査するのも納得だ。

 ルゥは私の手を引いて立ち上がった。

 私も立ち上がる。


 ……あれ? でも、なんで私が来るのは止められたんだろう?

 魔物と戦うなら、私がいたほうがいいんじゃないかな……

 チラリとルゥを見る。

 彼は部屋に視線を巡らせている。

 調査についてそれ以上言う様子はない。


「……オレとマルテは、この部屋を見逃していたようだな。ハル、改めて訊くが、どうやってこの部屋を見つけた?」


「ええと、ルゥ達の光の精霊を追ってこの遺跡に入ったんだけど……途中で光を見失って、また見つけたと思って追いかけたのがあの光だったの」


 私は部屋の奥にある、光る石板を指した。


「……そうか。マルテ、罠があるかもしれん。この部屋の魔力反応を調べてくれ」


「わかったわ。”夜行の精霊よ、顕現せよ”」


 マルテさんの手に、黒いカビのような精霊が生まれた。

 黒いカビは部屋の隅々に散っていった。

 初めて見る魔法だ。

 ……なんか、アレに似てるな。有名なアニメ映画に出てくるアレ。


「アレは闇の精霊を発展させた魔法だ。魔力的な仕掛けがないか調べるときに使う。”風守りの精霊”の魔力版だな」


「へええー。便利そうだね。覚えるの、難しい?」


「闇の精霊は総じて覚えるのが難しい。だが、お前なら案外すぐに覚えられるかもな」


「ん? なんで?」


「いつも隅っこでおどおどしてるからな。闇属性と相性が良さそうだ」


 ……は? おい、今なら練習無しで闇の精霊が出せそうだぞ。

 ジロリと睨みつけてやったが、ルゥは部屋のことに夢中のようだった。

 この野郎……


 ……でも、最近ちょくちょく魔法のことを教えてくれるな。

 たぶん、私が魔法を習い始めたからだ。

 勉強のために言ってくれているんだと思う。

 ……結構良い先生じゃん。


「ルゥ、終わったわ。この部屋に危険な魔力反応はない。あるのは、あの石板の光だけ」


「アレは何の魔法だ?」


「ただの微弱な光の精霊よ。全く何の危険もないわ」


 やっぱり、アレは光の精霊なんだ。

 私一人じゃ何なのか分からなかった。流石マルテさんだ。

 それに、今は頼りになる先生もいるし(クソバカだけど)。

 二人がいると本当に心強いな。


「よし、あの石板を調べるぞ」


「うん」「ええ」


 三人で石板へと近づいた。

 ルゥは石板に触れ、表面に書いてある文字を指でなぞった。


「……読める? ルゥ」


「……」


 ルゥは真剣な目で文字を追っている。

 しばらくの間、ルゥが文字を読むのを待った。

 やがてルゥの目が文字の最後尾にたどり着く。


「ど、どうだった?」


 結構時間がかかってたな。

 でも、最後まで見たってことは、読めたんじゃないだろうか。

 顔も自信満々に見える。


「全然読めん」


 読めねーのかよ。

 そうだよな。お前が自信満々な顔をするのはいつものことだよな。


「……読めないんだが、不思議と既視感がある」


 ルゥが顎に手を当てて考え込んだ。

 既視感? 見たことがある気がするってこと?


「ルゥも? 私もそんな気がするのよね」


 マルテさんまで顎に手を当てて石板を覗き込んだ。

 え? 二人とも?

 私はそんな感じしないんだけど。

 ちょっと仲間外れみたいで嫌なんですけど。


「マルテ、お前は読めたか?」


「いいえ。私も全く読めないわ。ハルは?」


「私も全然読めません」


 三人で顎に手を当てて石板を見つめる。

 ちなみに、二人の真似をしているだけで、私は何も考えていない。

 申し訳ない。


「ゼルンの文字ではない。隣国のものでもないな」


「竜文字でもないわね。禁書庫の書物にもこんなものはなかったわ」


 す、すごいな。二人とも色んな文字を知ってるみたいだ。

 それでも読めないみたいだけど。

 私が知っている文字といったら、ひらがなでしょ。カタカナに、漢字、アルファベット、ゼルン文字……


 あれ? 私も結構知ってるじゃん。

 まあ色んな文字を使う日本人ですし?

 日本語とゼルン語のバイリンガルですし?

 今は何の役にも立たないけど。


 ……ん?

 目を皿にして石板を見ていると、不意にひっかかりを覚えた。

 石板の文字の右下。端っこの部分。

 そこにある文字に何かを感じた。


 ……いや、文字じゃないぞ。

 小さくてわかりづらいが、他の文字とは明らかに違う。

 ルゥ達は他の文字と同じように読めないものと思ったのかもしれないが……

 私にはわかる。これが、何なのか。

 指でそれをなぞった。


「これ……ロケット?」


 私が呟くと、二人が私を見た。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 私の指先にあるもの。

 それは、文字というより絵だ。

 細長い筒に、翼の生えた形。

 一度ロケットと認識すると、もうそれにしか見えなかった。


「なに? 何と言った?」


 ルゥが身を乗り出して訊いてくる。


「これ……多分、ロケットだと思う」


「ロケット? なんだそれは?」


「何って、空を飛ぶ乗り物だよ――」


 ――あれ? どこかでこんなやり取りをしなかったっけ?

 前にも、ルゥとこんな話をしたような……

 アレはいつだっけ、どこだっけ……

 なんとなくルゥの顔を見ると、彼も違和感を感じているようだった。

 ルゥの、ちょっと間抜けな顔……

 あ!! ……思い出した。


「魔都グースギアの、玩具の家だ……!」


「ッ! お前の転移した場所か……」


 ルゥと見つめあう。

 何かを言おうとして言葉にできない。

 魔都グースギアで見つけた、小さな玩具。

 首都ゼルンギアで見つけた、小さな絵。

 妙なつながりを感じる。

 だが、それがどういうことか上手く説明できないのだ。


「……なに? どうしたの、二人とも? なんで見つめあってるの?」


 マルテさんが不安そうに私たちを覗き込んできた。

 あ、やばい。また誤解されそう。


「魔都グースギアで、オレたちは小さな家を見つけた。その家の中で何気なくオレがつまみ上げた玩具。それが、このロケットという乗り物だった。今と全く同じやり取りを、その時もしたんだ」


 ルゥにはその玩具が何なのかわからなかった。

 この世界には空を飛ぶ乗り物が存在しないためだ。

 だから私が説明したのだ。

 ルゥに続いて私が言う。


「そしてその場所は、私が最初に転移して目覚めた場所でもあったんです。その家は、魔物に襲われて無くなっちゃいましたけど……」


「その、魔都グースギアで見つけた玩具と同じものが、この石板に描かれていた……?」


「はい。……まあ、私がロケットだと思っただけで、実は別の物かもしれないですけどね」


 別にロケットに詳しいわけじゃないし、別の物が偶然似てしまったということもあり得る。飛行機の形をしたオーパーツが実は魚だったりね。これも実は、この世界の変な生き物をかたどった絵なのかもしれない。


「偶然似てしまったと言いたいのか?」


 ルゥが私を見て言った。


「そういうこともあるかなって」


「……本当に、そう思うか? お前が転移した場所にあったものと、お前が見つけた石板に描かれていたものが一致し、お前だけがそれが何なのかわかった。これが偶然だと思うか?」


「うーん。まあ、確かにちょっと出来すぎてるけど……」


 ルゥは鋭い目で私を見ている。

 な、なんだよ、その目は。

 ちょっと、怖いんですけど……


「……ハル。ロケット以外に、この遺跡で知っていることはないか」


「え? ないと思うけど……」


「では、魔都グースギアのことは? あの玩具の家や、魔王について知っていることはないのか?」


「な、なんで急にそんなこと……し、知らないけど……」


 ルゥはさっきから何が言いたいんだろう。

 私が何も知らないって、知ってるでしょ?

 なんで改めてこんなこと訊くの?


「ハル。議会でお前のことが話題に上がった」


「え?」


「ルゥ!!」


 マルテさんがルゥの腕を掴んだ。


「離せ、マルテ。オレはコイツに直接訊きたい」


「で、でも……」


 ルゥはマルテさんの手を振りほどいた。

 マルテさんが不安そうに私を見る。

 な、なに……? 何の話?


「軍の連中は最後にこう言った」


「……な、なに?」


「この遺跡には伝承が一つだけ残されている。『遺跡の本当の封印は、魔王の力を継ぐ者が解くだろう』と。魔導学院に開いた大穴、あれが本当の封印だ。あれを解いた女が、全てを知っているはずだ……とな」


「……え?」


 一瞬、ルゥが何を言っているのか分からなかった。

 だが、数舜遅れて気付く。

 軍が口にした人物。

 魔導学院に大穴を開けた女。


 ……それは、私だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る