第5話「闇夜の追跡! 光に導かれて」

 ゼルンギアの夜。

 この国の首都だけあって、夜になっても人通りは多い。


 私は人の目を縫うように二人を追いかけた。

 建物の影伝いに、そろそろと。

 二人がある程度進むと、顔を出して次の影まで進む。

 どう見ても不審者の振舞だ。

 だが、私の行動をとがめる者はいなかった。


「シルフ……すごい、上手くいってる!!」


 肩の妖精に語り掛ける。

 妖精は私を見て微笑んだ。

 ”隠者の風”はしっかり効果を発揮しているようだ。

 咄嗟の行動だったが、こんなに上手くいくとは思わなかった。

 そして今気づいたが、この魔法は音も遮断するらしい。

 シルフに語り掛けたときに、人が横を通り過ぎたが、全く気にされなかった。


「すごい魔法……! ありがとう、ジード。ミイスちゃん」


 夢の中の住人にお礼を言う。

 頭の中で彼らが笑った気がした。


「どこにいくんだろう」


 二人はゆっくりと魔導院本部から離れている。

 デートに行くなら繁華街の方に行くんじゃないかと思うが、そもそも私はこの街に詳しくない。どこに行くかは、追ってみないとわからない。


 ……あ、今マルテさんがルゥに何か話しかけた。

 ルゥは頭を掻いている。

 それを見て、マルテさんがクスクス笑った。


「……」


 何を話してるのかな。

 楽しそうだな。

 私とグースギアを歩いた時はどうだったかな……

 もっと静かだった気がする。

 ……まあ、あの時は会ったばかりだし。

 私もちょっと警戒してたし。

 自分から話さなかったし。

 今なら話せるし。


 あ、それに私は手を繋いだ。

 マルテさんは繋いでない。

 会話と手を繋ぐのなら、断然手の方が進んでると思う。

 うん、私の方が進んでるな。

 ごめんね、マルテさん。


 ……何を考えてるんだ、私は。

 首を振り、邪念を追い払った。

 つかず離れず、二人を追い続ける。

 今のところ、気付かれた様子はない。


「……あれ? ……ここ、どこ?」


 追いかけることに夢中になり、周囲に気を配るのを忘れていた。

 だが、流石に違和感を覚えた。

 人がいないのだ。

 そして、暗い。

 明らかに街の中心から遠ざかっている。

 およそデートで来るような場所ではない。


「ど、どこに向かってるの……?」


 私の不安をよそに、二人は躊躇なく進んで行った。

 更に道は狭く、暗くなっていく。

 心細さと不安が心を占めていく。


 ……え? これ、追いかけて大丈夫?

 なんかとんでもない所を見ちゃったりしない?

 帰った方がいい?

 どうしよう、どうしよう……


「あっ」


 迷っていたら、彼らはある建物に入っていった。

 何、この建物……倉庫?

 ちょっと、外見からは何の建物なのかわからない。


「え、これ……え? な、中で何を……」


 こんな夜中に、人気のない倉庫に、二人で?

 ……え? やっぱりまずくない?

 これ、あれ、アレになってたりしない?

 アレってなんだ?

 わかんない。

 混乱して頭がうまく働かない。


「え、あ、う、ど、どうすれば……」


 見てはまずい気がする。

 でも、見ないと後悔する気がする。

 見ても後悔する気がするけど。

 あう、でも、でも……やっぱり気になるよ!!

 私は勢い込んで中を覗いた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ……穴がある。

 部屋の中央にぽっかりと穴が開いている。

 というか、穴しかない。

 あれは、階段……? 地下への通路?

 そして、穴の両脇には……兵士が立っていた。


「……ッハァ~~!」


 盛大にため息をついた。

 想像していたものが無かったことに胸をなでおろす。

 もし想像通りだったら、一生後悔するところだった。


「これ、仕事だね……二人とも、疑ってごめん……」


 兵士を見て確信した。

 こんなところで甘い展開があるわけがない。

 彼らは仕事……多分何かの調査でここに来たのだ。


 ん~、でも、なんでこんな時間なんだろう。

 昼間の方がよくない?

 お化けが出そうで怖いよ。

 あ、もしかして昼間は私の特訓があるからかな……

 でも、言ってくれたら私も一緒に行くんだけど。

 というか、言ってほしいんだけど。


「……なんか、モヤモヤする」


 デートじゃないのなら、このまま帰ってもいい。

 だけど、仕事なら……むしろついて行きたかった。

 だって、私だって魔導院の一員だし、調査隊のメンバーだし。

 仲間外れは嫌だし。

 ……よし。


 ゆっくり、気配を殺して。

 抜き足、差し足、忍び足……

 兵士は全く私を見なかった。

 私はあっさりと兵士の脇を通り抜け、穴の中へと突入した。


「……すごい、”隠者の風”」


 覚えたての魔法で、ここまで出来るなんて。

 流石天才魔法使い。の見習い。

 またジードとミイスちゃんに会いたいなぁ。

 もっと魔法を教えてほしい。


 穴の中は暗かった。

 遠くに、光が揺らめいて見える。

 たぶん、ルゥかマルテさんの光の精霊だ。

 追いかけよう。


「ここ、なんだろう……シルフ、わかる?」


 シルフは首を振った。

 そりゃそうだ。私の作った精霊なんだから、私が知っている以上のことを知るわけがない。

 それでも話しかけたのは、心細いからだ。

 前をルゥとマルテさんが歩いているとはいえ、全く知らない場所だ。なにより、とても暗い。

 私も光の精霊を出せるが、出してしまえばルゥ達にばれてしまうだろう。

 私は遠くの光を頼りに、壁に手を付きながら道を進んだ。


「……あれ? ここから壁の感触が違う……」


 ある地点から、手から伝わってくる壁の感触が変わった。

 目を凝らして壁を見る。

 とても古い、石造りのようになっていた。

 どこかで見たことある気がする。

 どこだっけ……

 あ、そうか。魔導学院の下にあった遺跡だ。

 あの遺跡と壁の感じが同じだ。

 もしかして、ここ……ルゥとダンさんが侵入した通路?

 ここを進んで行くと、ルゥとダンさんが倒れていた場所に着くのかな。

 だとすると、二人はこの遺跡の調査に来たのかな。


「そうだよね。死竜兵事件は収まったけど、この遺跡は謎だらけだもんね」


 魔導学院の下にある謎の遺跡。

 軍はここに死竜兵という人竜戦争時代の兵器を封印していた。

 その存在は魔導院にも議会にも秘密にされていたらしい。

 軍はこの通路を使って、死竜兵の封印を解く準備をしていた。

 死竜兵は魔物となり、失敗に終わったわけだが……


 この遺跡には、軍が用意していたのとは別に、もう一つ通路がある。

 それが、魔導学院の旧校舎の校庭だ。

 そして、その封印を解いたのは、他ならぬ私だった。


「あの時は夢中だったから深く考えてなかったけど……よくよく考えると、おかしいよね」


 シルフが頷く。

 あの時も、夢を見たのだ。

 今日見たような明晰夢ではなく、映像を観るような感じだったが……そこで、封印を解く言葉を聞いたのだ。

 あれは一体、何だったんだろう。


 光が遠くに揺らめいている。

 ふっ、とそれが消失した。


「え?」


 一瞬で真っ暗になった。

 全身から冷や汗が噴き出す。


「え? ルゥ? マルテさん?」


 返事はない。

 え? どうして? 二人とも、急にどこに?

 静かだから、今の声でも十分届くはずなんだけど……


 しかし、数舜遅れて気が付いた。

 今、私は”隠者の風”を使っているのだ。

 声は届かない。

 け、消さないと。

 ああ、でも……こ、怖い!!

 し、シルフ、シルフがいないと……!!

 ああ、そうだ。光の精霊を呼び出せばいいんだ。

 何だっけ。光の精霊も考えたんだ。

 えっと、えっと、何だっけ、名前……!!


 パニックに陥った。

 急に一人闇の中に放り出され、恐怖が心を埋め尽くした。

 魔力を練ろうとするが、上手くいかない。

 イメージが出来ない。

 もういっそ、シルフを消して、大声で叫んだ方がいいかもしれない。

 バレるとかバレないの問題じゃない。

 怒られたってかまわない。

 ただ、ひたすら怖い。


「し、シルフ。いったん、消えて。……あ、違う!! ”隠者の風”をやめてもらえばいいんだ。お願い、シルフ……」


 私がシルフにお願いしようとした時だった。

 遠くに再び光が灯るのが見えた。

 光の精霊だ。

 それを見て、全身から力が抜けた。


「ああ、良かった……!! 何かあったのかと思っちゃった」


 光は再び動き出した。

 それを追いかけ、再び暗闇を進んだ。

 だが、先ほどのこともあり、急に心細くなった。

 また見失ってしまうかと思うと、怖くて仕方がない。

 もういっそ、二人に声をかけて一緒に行こうか……

 ……ん?


「とまった?」


 光が微動だにしなくなった。

 目的地に着いたのだろうか。

 ここで様子を見るべきか、声をかけるべきか。


 ……もう、いいや。

 ごめんなさいしよう。

 合流して、一緒に帰ろう。そうしよう。


「シルフ、私の姿を戻して。……よし。ルゥ、マルテさ~ん!」


 声をかけながら、光に近づいて行く。

 徐々に光が大きくなっていく。


「ルゥ! マルテさ――ん!」


 大声で呼びかけてみる。

 返事はない。


「……ルゥ? マルテさん?」


 立ち止まる。

 お、おかしい。

 もう、魔法は解いている。

 声は届いているはずだ。

 なぜ、返事がないのか。

 再び恐怖心が湧きあがってくる。


「……シルフ、一旦消えて! ”おいで、ウィスプ!!”」


 たまらなくなり、とうとう光の精霊を呼び出した。

 ウィスプは青色の火の玉のような姿をしている。

 つぶらな瞳が可愛らしい精霊だ。

 精霊に力を込める。

 ウィスプが大きく輝き、辺り一帯を明るく照らし出した。


「……こ、ここは?」


 通路ではない。

 広めの部屋だった。

 いつの間に、こんな場所に……

 あの光は!?


 光の灯る場所には、二人はいなかった。

 では、アレは一体何なのか。

 ゆっくりとそれに近づく。


「……石板?」


 台座のようなものの上に、石板が備え付けられていた。

 それが淡く輝いている。

 私はこの光を追いかけていたのか。

 でも、じゃあ……途中までの、おそらくルゥとマルテさんの光はどこに?


 辺りを見回す。

 誰もいない。

 ……怖い。だが、危険なものも見当たらなかった。

 落ち着け。大丈夫。私の結界は強力だ。たとえ襲われても、身を護ることはできる。魔物の攻撃でも貫くことは出来ない。


 ……よし、落ち着いた。

 石板を眺めてみる。

 何か書かれている。


「なんだろう、コレ……文字? でも、私の知ってるゼルンの文字じゃない……読めない」


 見たこともない文字だ。

 少なくとも、ワースさんに”伝心”で渡された記憶には存在しない。

 これは一体、何なのか。

 もしかして、二人はコレを探しに来たのだろうか。

 そしてそれを、私は偶然見つけた……


 ……そんなことが、あり得るのか?

 何にしても、二人に知らせないと。

 よし、ここはシルフを呼び出して、”風守り”を試してみよう……


 と、その時。

 石板を照らす光が急速に弱まった。

 ハッとする。

 ウィスプを見る。

 彼は今にも消えてしまいそうなくらい小さくなっていた。


「あ、あ! だ、ダメ!!」


 魔力が尽きかけているのだ。

 ウィスプがしぼんでいく。

 ま、マズイ。このままでは、二人を探すどころじゃない!

 光を失い、出ることが出来なくなってしまう!!


「い、嫌!! ダメ、ダメ、もう少しだけ……!!」


 消えた。

 石板の弱々しい光だけが、その場に残された。


「……や、ヤダ――ッ!! ルゥ!! マルテさん!! 助けてッッ!!」


 駆け出した。

 その場にとどまるのが怖かった。

 だが、すぐに何かにぶつかり、強かに顔を打った。


「いたあッ!? ……う、うう……う……!!」


 痛い。怖い。

 こんなことなら、デートじゃないことを確かめた後、帰ればよかった。

 ……いや、そもそも二人を追いかけるのが間違いだったのだ。

 そうだ。あんなの、犯罪だ。ストーカーだ。全て自分が悪いのだ。

 ごめんなさい。もうしません。

 だから、だから……誰か、助けて……


「……い。おい、ハル!! 大丈夫か!?」


「え?」


 顔を上げる。

 明るい。光の精霊だ。

 そして、それを呼び出したのは……


「ルゥ!!」


 心配そうに私を見つめる彼の顔があった。

 私はたまらなくなり、彼に抱き着いた。


「ハル!? 大丈夫!?」


 マルテさんが駆け寄ってきた。

 優しく頭を撫でられる感覚がある。

 幻じゃない。ちゃんと二人はいたのだ。

 良かった……


「怖かった……怖かったよぉ……!!」


「急にお前の声がしたからびっくりしたぞ。どうしてこんなところに居るんだ?」


 ルゥが優しく私に訊いた。

 私は事のあらましを二人に伝えた。


「ごめんなさい、ごめんなさい……! 私、二人がどこに行くのかどうしても気になっちゃって……!!」


 ぐすぐすと泣きながら弁解した。

 二人は穏やかに私を見つめていた。


「……いや、俺たちもお前に黙って出てきて悪かったと思ってる。謝らなくていい」


「……え?」


 ルゥが申し訳なさそうな顔をして言った。

 マルテさんが続けて言う。


「私とルゥは、ハルを連れて行こうって言ったのよ。でも、ワース様からはハルを置いて行くように命令されたの」


「ワースさんが?」


「誤解しないでね。そもそも、この調査は議会の命令なの。だから、ハルを置いて行くように言ったのも、元々は議会。だからワース様はそれに従っただけ」


「議会の命令? それって、何ですか?」


「ゼルンギアの遺跡にある、封印の調査だ」


 ルゥが真剣な面持ちで言った。

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