第4話「精霊魔法の奥義! 忘却の教室」

「……どうでもいいが、お前疲れないのか?」


 私を見ながら、ルゥが不思議そうに言った。


「いや、疲れてるよ。寝てないんだもん」


「いや、そういう意味じゃなくてだな……普通は魔力が無くなると、動けなくなるくらい疲れるんだ。マルテはグースギアで魔力を消費して気絶したし、ダンも死竜兵との戦いで魔力が無くなってやられたんだ。お前、本当に平気なのか?」


 そういえばそんなこともあったような気がする。

 そうか、普通はMPが0になると気絶しちゃうんだ。

 でも、そういう意味だとなんともないなぁ……


「うん。なんともないよ」


「本当か? 無理してるんじゃないか? 頭がくらくらしたり息が苦しくなったりしないか?」


「え? え? し、してないよ……?」


「……そうか。それでも、今日はもう休め。寝てないならさっさと戻って寝ろ」


 え……?

 な、なんだよ。

 なんで急にそんな、なんか……優しくなるの?

 ちょ、ちょっと反応に困るんですけど……


「は、はい……寝ます……」


 あ、なんか敬語になっちゃった。

 くっそー、なんか悔しい。

 完全に油断してた。

 そうだ。コイツは時々、こういう不意打ちをしてくるんだ。

 気を付けないと、また変な反応しちゃうぞ……

 よし、次からはコイツの言動を予測して、事前に対策を立てて……


「それでいい」


 ポン、と頭に手を置かれた。

 その瞬間、全身がカッと一気に熱くなった。


「わかったよ!! ね、寝るから!! おやすみ!!」


 一目散にその場をあとにした。


 ……なんなんだよぉ!

 思ったそばから!!

 もう、バカ!!

 後でマルテさんにもちゃんとやってやれよ!!



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ベッドにゴロリと横になり、今日の出来事に想いを馳せる。

 私の手から生まれた可愛い精霊。

 それをみてびっくりするルゥ達。


 ふふ、アレは傑作だった。

 これで魔法使いとしても上手くやっていけそうだ。

 よし、このままルゥ達に負けないくらい魔法を上達してみせるぞ。


 ……一年か。

 本当の魔法使いになるまで、一年……

 地球で言えば、私はとっくに学校を卒業して、大学に行っている頃だ。

 それが急に異世界に来て、魔法使いとして就職。

 これは履歴書には書けそうにない。


 もう、この世界に来て一か月以上経っている。

 長いような短いような時間だった。

 ……いや、やっぱり短かったな。

 色々なことがありすぎて時間の感覚がおかしくなっているのだ。


 最初この世界に来たときは、怖いことだらけで時間のことを気にする余裕がなかった。

 だが今の私は、この世界に慣れ、居場所まで出来た。

 心に余裕が出来た。

 そうすると、別の不安が付きまとうようになってくる。


「一体いつまで、この世界にいるのかな……」


 このままだと、あっという間に時間が過ぎ去って、私はおばあちゃんになってしまう気がする。

 元の世界を忘れ、言葉を忘れ、帰る気持ちもなくなって……

 この世界で死ぬのだ。

 それが嫌だとは言わないけど、でも……


 でも、その前に……

 なんとしても……

 アキちゃんを、探さないと……

 ……





「よし、じゃあ、風の精霊を作って見ろ!」


「え?」


 唐突に声を掛けられ、顔を上げる。

 男がいた。

 目つきの鋭い顔に、ボサボサの髪。

 腕を組んで私を見下ろしている。

 なんというか、「悪ガキ」っぽい男だ。大人なんだけど。

 どことなくルゥに似ている気がする。アイツよりは年上かな。

 ……で、誰?


「どなたですか?」


「はぁ? 何言ってんだお前」


「何って……言った通りなんですけど」


「さてはお前……居眠りしてやがったな!? この俺様が教えてやってるのに!! おら、目を覚ましやがれ!!」


「あいた――ッ!」


 丸めた本でスパンと頭を叩かれた。

 なになになになに!? 何この仕打ち!?

 いきなり知らない人に命令されて、誰か聞いたら頭を叩かれて!

 訴えてやる!


「もう、ダメですよ! ちゃんとお父様のお話を聴かないと!」


 不意に右隣から声をかけられた。

 そちらを見るが、誰もいな……あ、思ったよりも下にいた。

 ……って、え!? え!? え!?


「わ、ワースさん!?」


「ほえ?」


 隣に座った少女が首を傾げる。

 その顔は、どう見てもワースさんだった。

 ……あ、よく見るとちょっと違うかな。

 顔に模様がないし、目つきがちょっと優しくて、少しだけワースさんより背が低い。

 でも、双子と言って良いレベルでそっくりだ。


「……忘れちゃったんですか? 私たちのこと」


「え? え……?」


 ち、違うの? ワースさんじゃないの?

 そんな悲しそうな顔されると、困る。

 私がオロオロしていると、立っている男がハァ、とため息をついた。


「おい、もう一度名乗ってやる! これが最後だからしっかり覚えておけよ!? オレは天才魔法使い、ジード様だ!!」


 男はふんぞり返って言った。

 ジード? ジード、ジード……ダメだ、やっぱり思い出せない。

 知らない人だ。


「私は天才魔法使いジードの秘蔵っ子、天才魔法使いのミイスです!」


 隣のちびっこが言った。

 ミイス? こっちも思い出せない。

 というか、親子そろって自分のこと天才って言うんだな。

 その自信が羨ましいよ。


「「そしてお前は天才魔法使い見習いのキアだッ!!(ですッ!!)」」


「は?」


 キア? 私が?

 いや、私はハルなんですけど。

 断じてキアではないんですけど。

 なんかおかしいぞ。

 落ち着け、落ち着け。

 冷静に、ここに来る前のことを思い出すんだ。

 確か私は、ルゥに寝ろって言われて、ベッドに入って……たぶんそのまま眠ったはずだ。ってことは……


 ……あ、夢? これ、夢か。

 そういえば叩かれて思わず痛いと言っちゃったけど、別に痛くない。

 じゃあ、やっぱり夢だな。

 でも、こんなに夢を夢とはっきりと認識して、自分で動けるなんて珍しい。

 明晰夢ってヤツかな。

 私が見るのは初めてだ。面白い。もうちょっと夢を楽しんでみよう。


「わかったら、授業を再開するぞ。ほれ、風の精霊を出してみろ」


「はあい」


 つまり、私は夢の世界でも魔法の勉強をしているわけだ。

 夢でも勉強を忘れないこの熱心さよ。

 ちょうどいい。私の風の精霊を見せてやる。

 ふふ、見て驚けよ。


「”おいで、シルフ!!”」


 ぼわん、と煙と共に羽の生えた妖精が現れた。

 やった! 夢の中でもバッチリ出来た。


「おお!?」「わわっ!?」


 ふふ、驚いてる、驚いてる……


「……この前見たのと形が違うな」


「違います、父さま」


 ……あれ? 思ってたのと反応が違う。

 一応驚いてるけど、変わった精霊を出したことよりも、形が違うことに驚いているみたいだ。あれぇ……?


「まあ、いいか。想像力が豊かなのは才能がある証拠だ。風の精霊としての能力も問題なさそうだ」


「この子も可愛らしいですね~」


「へへへ、そう?」


 このワースさん……じゃなかった、ミイスちゃんは可愛いな。

 ワースさんよりも大分愛嬌がある。微笑みかけると、優しく微笑み返してくれた。


「よし、じゃあ”隠者の風”をやってみろ」


「え? ”隠者の風”?」


 何それ。初耳なんですけど。


「何だ? こんなことも忘れちまったのか? 仕様がねえなぁ……」


 ジードは指先に小さな風の精霊を召喚した。


「これが基本の風の精霊だ。精霊には様々な種類があるが、どれも基本の精霊を発展させたものなんだ。例えば、周囲を探る”風守りの精霊”。これは名前の通り風の精霊を発展させたものだ」


「はい」


 へええー、そうなんだー!!

 と思いつつ、さも知ってる風に答える。

 私はそういう人間である。


「そして、”隠者の風”。これも風の精霊を発展させたものだ。効果は見たほうが早い。”隠者の風よ、顕現せよ!”」


 その瞬間、ジードが消えた。


「えっ!? 消えちゃった!」


 と思ったら、すぐに姿を現した。

 え? 今のが魔法の効果?

 透明になれちゃうの!?

 す、すごい!!

 

「とまあ、こんな感じだ。お前もやって見ろ」


「はい!」


 これは便利な魔法だ。私も是非覚えたい。

 まあ、夢の中の話だから、現実では使えないだろうけど……

 いや、でも普通にありそうな魔法だよね。

 ルゥに訊いてみようかな。


 手のひらのシルフと向き合い、しばし見つめる。

 ……で、どうやって使えばいいんだ?

 私が首を傾げると、シルフも首を傾げた。


「あの、どうやって使えばいいんでしょう?」


「基本の精霊と一緒だよ。効果をイメージして、その力を持った精霊を顕現させるんだ。……とはいえ、お前の精霊はちょっと特殊だ。効果ごとに姿形の違う精霊を呼び出すわけにもいくまい。だから、お前は自分の精霊にお願いしてみろ」


「お願い?」


「そうだ。お前の精霊がその力を持っていると信じてお願いしてみろ。上手く行けば、お前の精霊は一種類だけで様々な力を発揮してくれるかもしれん」


 シルフが、隠者の風を使えたり、風守りを使えたりってこと?

 え、それ、すごくない?

 もしできたら、普通の精霊魔法よりずっと便利じゃない?

 私の夢の中とはいえ、ナイスアイデアだと思う。

 起きたら練習してみようかな……

 よし、まずは夢の中でリハーサルだ。


「……シルフ、私の姿を消して!」


 シルフが羽ばたき、私の周りを旋回しだした。

 羽が巻き起こす風が、私を徐々に包んでいき、そして――……




 目を開ける。

 暗い。

 起き上がり、窓の外に目をやる。

 ゼルンギアの摩天楼が煌々と輝いていた。


「……やっぱり、夢か」


 しっかりと覚えていた。

 悪ガキっぽい魔法使い、ジード。

 ちびっこ魔法使い、ミイスちゃん。

 夢とは思えない現実感があった。

 そして、何より……


「……寂しい」


 なぜだろう。あの二人のことを考えると、胸を締め付けられた。

 会ったこともない、夢の中の人物なのに……


 ボタンをはずし、着替えを始める。

 なんとなく、外を歩きたかった。

 着替えを終え、廊下に出てエレベーターを目指す。

 魔導院本部は静かだった。

 いつもは忙しい魔導院の人たちも、流石に営業時間外なのだろう。

 ゆっくりとエレベーターが地上へ向かって下降する。

 程なくしてロビーに到着した。


「この前の公園まで散歩しようかな……」


 散歩にはちょうどいい距離だ。

 そこまで行けば、気分がすっきりして眠気も出るだろう。

 私が外に出ようとした時だった。


「……ッ!?」


 思わず、柱の陰に隠れた。

 ……そんな、嘘。

 なんで、なんで?

 何かの見間違い……?

 そろそろと顔を出し、様子を窺う。

 私の視線の先に……ルゥとマルテさんがいた。


「見間違いじゃ、ない」


 ルゥとマルテさんが!? 夜中に!? 二人で!?

 これから遊びに行くの!?

 なんで? なんで私も呼んでくれないの?

 寝てたから? 私に気を使ってくれたの?


 ……いや、あの二人はそういう気の使い方はしない。

 だとすると、呼んでくれない理由は何か。

 そんなの決まってる。

 あれは、デートだ。

 私が寝ているから、これ幸いとデートに出かける気か。


 ……いや、やっぱりあの二人に限ってそれはないんじゃないか。

 ああでも、最近のマルテさんは積極的だしな……

 デートじゃないって言うのも、私の希望的観測だ。

 やっぱり、あれは、どうみても、デートなのではないか……

 どっちだ。どっちなんだ……


 ああ!! 行っちゃう、行っちゃうよ。

 どうしよう、どうしよう……!!

 追いかける……!?

 そんな、二人に悪いよ……

 ああ、でも気になる。

 やっぱり追いかけよう!!

 あ、でもルゥに気付かれそう。

 うう、どうしたら……!!


『自分の精霊にお願いしてみろ』


「!!」


 ジードの声が聴こえた気がした。

 そうか、”隠者の風”なら……!!


「”おいで、シルフ!!”」


 小さく風が巻き起こり、妖精が姿を現す。


「お願い、私を隠して。出来る?」


 シルフを見つめる。

 彼はコクコクと頷いた。

 私の周囲を旋回しだし、巻き起こる風が私を包む。

 風が周囲に溶け込むと、シルフは私の肩に座った。

 上手く行ったかどうかわからないが、今は信じるしかない。


「よし、行くよ! シルフ!」


 二人を追いかけ、闇夜に飛び込んだ。

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