第3話「裏技」
前回のあらすじ。
私はルゥのほっぺたをペタペタしていた。
そこをマルテさんに見られてしまった。
次に彼女がとる行動は、果たして……
「うわ――ッッ!!」
私たちに背を向けてすごいスピードで走り出した。
え――!? な、なんで逃げるの!?
まずい、絶対何か勘違いされてる!!
「ルゥ、捕まえて!!」
ルゥ、君に決めた! でんこうせっかだ!
「え? なんでだよ」
ダメだ! ルゥ(クソバカ)は言うことを聞かない!
私のレベルが足りなかったか!?
「今行かないと、また変な魔法使って子どもの頃に戻っちゃうよ!? いいの!?」
「そ、それはまずいッ!!」
ようやくルゥは走り出した。
流石風の導師ルゥ。動き出すと疾風のごとき速さだ。
あっという間にマルテさんを捕まえた。
マルテさんは大変な取り乱しようだった。
「だ、だって、ハルとルゥが、き、キスしようと……!!」
「き、キスぅ!?」
キスって!!
無理無理無理無理無理無理無理。
そ、そんなことしないよ!!
やっぱりとんでもなく勘違いしていた。
やべー……捕まえてよかったな。
私とルゥは頑張ってマルテさんを説得した。
大分苦労したが、何とか納得したようだった。
しかし、そこでマルテさんが不思議な呪文を唱えた。
「ルゥ、私も触って!!」
「は?」「え?」
うまく脳が認識できなかった。
”ルゥワタシモサワッテ”。
なんだ、何の魔法だ……?
聞いたことないが、ルゥと私が身動きできなくなっている。
危険な魔法であることは間違いない。
「いいでしょ? 私の魔力も測ってよ!」
あ、そういうことか。
私がルゥに触ったり触られたりしたから、うらやましくなったのか。
以前の彼女からは考えられない言動だ。
これ、絶対にあの魔法の影響だな……
「なんでだよ」
しかし平常運転のルゥ。
マルテさんの気持ちなんて知ったこっちゃねぇ。
空気なんて読めねぇ。
お前はそういう男だよ。
「……おい」
「なんだよその目は。……あッ!!」
ルゥを睨みつける。
私の視線を受けてようやく気付いたようだ。
マルテさんは涙目になっていた。
そっとマルテさんに触れるルゥ。
めでたしめでたし。次からは自分で気づけよ。
……どうでもいいけど、ルゥに触られるときのマルテさんの声が、なんかちょっと……エッチだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
魔法教室二日目。
今日は最初からマルテさんがいる。
仕事はもう終わったのだろうか。
「増えてるな。昨日の倍くらいになっている」
「えっ!? そんなに!?」
ルゥが私の頬に触れながら言った。
どうやら私の魔力は昨日の倍になっているらしい。
いきなり倍とは驚きだ。
もしかして、私は魔法の天才なんじゃないだろうか。
ふふ、褒めてもいいよ。
「元が少ないからな。増えた量自体は人並だ」
「あ、そう」
普通らしい。
つまり、MP3がMP6になったようなものか。
ホ○ミ一回分だ。
「それで、ペンダントが使えるようになるまでどれくらいかかりそう?」
「この量だと……毎日同じだけ増えたとして、一年くらいじゃないか」
「いっ……!!」
一年!?
え、そんなにかかるの?
長くても三か月くらいかなって思ってた。
ちょっと、この世界の一年後とか想像できないんですけど。
私、まだこの世界にいるのかな……
アキちゃんも、見つかってるのかな……
「バカ。大魔法を使えるくらいの魔力がそう簡単に手に入るわけないだろ。オレだってそれくらいかかったんだぞ。一年で覚えられたら早いくらいだ」
「む――……はぁ。そうだよね。そんなに簡単じゃないよね。魔導学院でもみんないっぱい練習してたし……」
「そうだ。大体お前はまだ精霊すら碌に作れないだろ。今はとにかくたくさん魔法を使って、精霊を自由に呼び出せるようになってみろ。そうしたら、魔力の伸びも変わってくるかもしれん」
「わかった!」
よし、昨日の続きだ。
炎の精霊よ、顕現せよ!
ぷしゅ、ぷすっ、ぷしゅ――……
……どうでもいいけど、この間の抜けた音は何とかならないのか。
何度聞いてもおならの音にしか聞こえない。……恥ずかしい。
と、そこで私の様子を見守っていたマルテさんが近づいてきた。
「ハル、光の精霊を出してみて」
「光の精霊ですか? ”光の精霊よ、顕現せよ!”」
ポンッ、と小気味いい音がした後、淡く輝く光球が現れた。
「あ、できた」
光の精霊は出せるんだよね。なんでかなぁ。
「うーん……何が違うんだろう」
「たぶん、イメージね」
「イメージ?」
「見た感じ、魔力の捻出は上手くいってるわ。光の精霊が出るところを見ると、発動も出来ると思う。だとすると、途中の変異で失敗しちゃってるのよ。つまり、炎の精霊がちゃんとイメージできてないの」
魔法は捻出、変異、発動の三段階を経て発生する。マルテさんが見たところ、真ん中の変異がうまくいっていないらしい。
な、なるほど~!
流石マルテさん。ルゥとは違う。
「流石マルテさん。ルゥとは違う」
「おい!」
あ、今心の中の声がそのまま出てた。ごめんルゥ。
「光の精霊のイメージは出来てるけど、炎の精霊はまだ出来てないわけか……」
「魔法のイメージは原体験が関係してたりするわ。たぶん、ハルの中で光の精霊を強く印象付ける何かがあったんじゃないかしら。何か思い当たる?」
光の精霊……強く印象に残る……
あっ。
もしかしてあの時かな。
グースギアの夜に、ルゥと食事した後に見た光の精霊……
いや、間違いない。あれは、紛れもない私の原体験だ。
そっか。あれが私の光の精霊のイメージになってるんだ……
と、そこで。
じー、と擬音が聞こえてきそうな目で、マルテさんが私を見ていることに気付いた。
「ハル……なんで頬が赤いの? 何かあったの?」
げっ。顔に出てたか。
まずい。何かを察知されている気がする。
あっ、しかもルゥが何か言おうとしている。
だ、ダメダメダメダメ!!
あのことは言っちゃダメだよ!!
「あ、あの、グースギアで見た光の精霊綺麗だったなって! 思い出して! たぶんそれだと思います!」
ルゥが開きかけた口を閉じた。
ふー、危ない。今度は先手を取れたようだ。
いくらマルテさんとはいえ、あの思い出だけはルゥと私の中だけにしまっておきたい。
あれは、私たちの思い出だよ。
だから言うなよ。
「まあ、炎の精霊がイメージできてないのなら、闇雲に魔法を使ってみるよりは、先にイメージを固めたほうがいいかもね」
「そっかぁ……マルテさんは、イメージを固めるために何かしました?」
「そうね……私は光の精霊がうまくできなかったから、光の下で瞑想したり、ひたすら日向ぼっこしたりしたわ」
「そのあと真っ黒に日焼けして泣いてたよな」
「うるさいなぁ! 精霊はちゃんと出来たよ!」
「あはは! マルテさん、可愛い。でもそうなると、炎の精霊だと火の中でお経を唱えたりしないといけないのかな……」
火の中でファイヤーダンスする修行僧を思い浮かべた。
うん、ムリだ。
「お経が何だかわからんが、そんな無茶をする必要はない。イメージさえできればいいんだ」
「そうよ。人によってイメージは様々だから、方法にこだわる必要はないわ。自分に向いた方法を探すといいわよ」
そうか、イメージか。
確かに、炎の精霊についてちゃんと考えられてなかったかもしれない。
あいまいなままで魔法を使ってしまうから、おならになってしまうのだ。
このままおならを量産するよりは、じっくりと腰を据えて考えてみるのもいいかもしれない。
「……わかりました。ちょっと考えてみます」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
その夜、自室にて。
私は机の上の紙と格闘していた。
紙には炎の精霊をイメージする様々な方法が書かれている。
暗闇の中でロウソクの火を見つめる、木から火を起こしてみる、炎を食べる……ダメだ、発想が貧困だ。どれも上手く行きそうにない。大体炎を食べるってなんだ。大道芸人にでもなる気か。
「はぁ……」
机に突っ伏してため息をついた。
大体、精霊っていうのがピンと来てないんだよなぁ。
この世界の精霊って、どれもこれもフワフワ漂ってるだけで、基本的に何にもしない。無害で弱っちい存在だ。「霊」っていうわりには特に意思も持ってないし、命令しないと何もしない。
私のイメージだと、もっとこう……偉そうなんだよなあ。
すごく強くて、魔法としても上級みたいな……
精霊を召喚するって、なんかすごそうでしょ?
私がやってたゲームでも精霊は大体強かったし。
でもこの世界では最弱で初歩の魔法なんだよね。うーん……
ぐるぐると言い訳みたいな思考を巡らせる。
手は気だるげに紙の上をのたうち回り、下手糞な落書きを量産していた。
今や紙の半分以上はゲームのキャラクターで埋め尽くされている。
眠そうな目でそれを見つめていた。
……ふと、思った。
マルテさんはイメージは人によって様々だと言った。
方法にこだわる必要はないとも言った。
だったら、ピンとこないイメージを再現する必要はないのではないか。
ようは、炎の精霊としての力を持っていればいいのだ。
それなら、形なんてどうでもいいんじゃないか……
「……ふむ」
目がぱっちりと開き、上体を起こした。
そして私は、再び紙と格闘を始めた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ルゥ、見て見て!!」
修練場で素振りをしているルゥ。
彼に駆け寄り、勢い込んで言った。
「ああ? お前、その目はどうした? もしかして寝てないのか?」
私の目には大きな隈ができていた。
瞼も半分落ちかけている。
でも、そんなことどうでもいいくらい興奮していた。
ルゥが心配そうに私の顔を見てくる。
マルテさんも私に寄ってきた。
ちょうどいい。これを見て驚くがいい!
「”おいで、サラマンダー!!”」
ポンッ、と小気味のいい音と共に、煙が巻き起こる。
その中から、赤々と燃え盛る熱原体が姿を現した。
「「こ、これは!?」」
ルゥとマルテさんが目を丸くして私の手の中にあるものを見る。
大きな目に、丸っこい身体。
短く太い尻尾に、鱗の生えた肌。
あくびをすると、口から炎が生まれた。
手の中に、ファンシーなトカゲがいた。
「な、なんだこいつは!?」
「可愛い!! 何これ!?」
「私の炎の精霊、サラマンダーです!」
キュー、と可愛らしい声でサラマンダーが鳴いた。
「さ、さらまんだぁ? な、なんだそりゃ。竜の一種か?」
ルゥがおそるおそるといった感じでサラマンダーに触れた。
サラマンダーが小さく身じろぎする。
「あそっか。知らないよねトカゲ。地球の生き物だもんね」
「と、トカゲ……? いや、それより、これは一体なんだ?」
「だから炎の精霊だって。ちゃんと熱いでしょ」
「た、確かに熱いが……この、耳とか尻尾は意味があるのか?」
「可愛いでしょ」
「……魔力の無駄遣いだ」
むっ。これだからルゥ(クソバカ)は駄目だ……
可愛さは重要です。偉い人にはそれがわからんのです。
「可愛い!! 私にも教えて!!」
はぁ~~……!!
流石マルテさん!
わかってくれますか!
可愛いことの重要さを!!
昨日の夜、ルゥの作る炎の精霊がいまいちピンとこなかった私は、漫画やゲームで見た精霊をイメージしながら絵を描いた。一応言っておくと、パクってはいない。ちゃんと自分で考えたキャラクターだ。下手糞で朝までかかっちゃったけど。
時間をかけて自分でイメージを作ったのが良かったのか、果たして精霊は出来た。出来たら居てもたってもいられなくて、寝ることも忘れてここに来た。
「ふふふ……これだけじゃないよ。”おいで、ウンディーネ!!”」
私の手の中に、今度は人魚のような精霊が生まれた。
精霊の周囲に、小さな水の塊が衛星のように浮かんでいる。
「わあ、すごい!! これもかわいい!!」
「お、おい。これ、お前が考えたのか?」
ふふふ、驚け、驚け。
すごいだろ、かわいいだろー。
これだけじゃないんだぞ。
「うん。まだあるよ。えーとね、風の精霊は……」
私はポケットから紙を取り出した。
昨日書いたキャラクターがそこにある。
イメージをはっきりさせるため、もう一度見ようとした。
「これは……魔法の設計図か?」
ルゥが私の手元を覗き込んできた。
「あー!! ダメ、見ないで!! 恥ずかしいから!!」
ハッキリ言って私の絵は下手だ。あんまり見られたくない。
「あっ!!」
取られてしまった。
ダメだ、完全に魔法の設計図だと思い込んでいる。
違うの、違うの。それは恥ずかしい絵なの……
ルゥは食い入るように絵を見た。
気付いたらマルテさんも見ている。
ああ、魔導の探究の前に、私の羞恥心なんてどうでもよいのだ……
「そうか、これでイメージを確立させたのね」
「あんまり見ない変わった絵だな」
「確かにそうかも……でも、私は可愛くて好きよ」
あ、意外と受けてる……
変わった絵だって思われてるみたいだけど。
そうか、私の絵は漫画だもんな。
漫画は日本の文化だ。
そりゃ、彼らには物珍しく映るだろう。
だからって、そんな紙に穴が開きそうなほど見ないでほしいけど。
「しかし、これはもはや、新しい魔法と言っていいのでは……これを精霊と言っていいのか? このままこれを使って修行していいんだろうか」
うっ。
や、やっぱりダメ……?
自分ではうまくいったと思ったんだけど……こういうのは邪道だったりするのかな。頑張ったんだけど、ダメなのかな……
「いいんじゃない? 効果は同じっぽいし」
マルテさんの援護射撃だ!
いいぞ、ルゥをやっつけろ!
しばしの沈黙の後、ルゥが口を開いた。
「……そうだな。効果が同じならまあいいか」
やった、許可が出た!
良かった、私の精霊たちがお蔵入りにならなくて……
と、ホッと胸をなでおろしたところで、サラマンダーとウンディーネが消えた。
「あれ、消えちゃった……」
私、消そうとしてないんだけど。
どこいっちゃったの、私の精霊ちゃんたち。
「ふむ」
ルゥが近づいてきた。
あ、また触る……何の躊躇もなく頬に触れてくる。
「魔力切れだな。どうやら顕現させ続けると、魔力を消費し続けるようだな」
「え、そうなの? 呼び出すときにしか消費しないのかと思ってた」
「いや。顕現させた後も、制御が必要な精霊は魔力を消費し続ける。お前の精霊は意思を持っているかのように動いているが、やはりお前の魔力で制御されているんだろう」
ああ、そうなんだ。私は特に意識してないんだけど……やっぱり、どこかで私の意思が働いているようだ。
ちょっと夢が壊れるなぁ……
私は精霊を召喚して、友達になったつもりだったんだけど。
「……どうでもいいが、お前疲れないのか?」
私を見ながら、ルゥが不思議そうに言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます