番外編2「ロリババァ、乙女になる」
「いい日じゃ……寝覚めはすっきり、天気は良い、そして何より仕事はない……」
幼女が窓から地上を見下ろして言った。
ここは魔導院高層階、ゼルン最高の魔法使いワースの部屋である。
「……じゃというのに」
幼い顔がくしゃりと歪む。
「なんでみんなおらんのじゃああああ!? ダンとリィはデートじゃし、ハルとルゥとマルテは揃ってどっかに行ってしまうし、ワシだけ除け者かああああぁぁ!?」
大声で叫ぶと、ベッドにダイブして枕に顔を埋めた。
「もしかしてワシ嫌われとるんか!? ぬああああああああ!!」
「いっつも意地悪してるからだよー」
部屋の扉が開き、銀髪の美青年が入ってくる。
ワースがガバッと跳ね起きた。
「あ――ッッ!! ここにも仲間はずれがおった! エア、おぬしも置いてかれたか? ワハハハハ!!」
「僕は彼らとそんなに接点がないからねー。ワースと違って嫌われてはないと思うけど」
「なんでそんなこと言うんじゃ――! 傷つくじゃろ、エアのバカ!!」
ワースがエアに飛びついてポカポカと叩きだした。
「自分で言ったんじゃないか」
「うっうっうっ……」
ワースが鼻をすすり、ぐすんと涙ぐんだ。
「そんなことよりワース。暇ならちょっと付き合ってほしいんだけど」
ワースは嫌そうな顔をしてため息をついた。
「なんじゃ、また仕事か……まあ、おぬしはいっつも忙しそうにしとるからの。仲間外れ同士、寂しく仕事に励むとするか」
「じゃあ、ロビーで待ってるからねー」
「うむ。……うん?」
魔導院で仕事じゃないのか、とワースは不思議に思った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「なんかおぬしと出かけるって珍しいのう!」
二人は魔導院を出発し、人でにぎわう通りに向かっていた。
ワースは仕事じゃないとわかり、上機嫌であった。
エアの先を歩き、小さな足でスキップしている。
「悪いね、付き合わせちゃって。でも僕は普段魔導院にこもりっきりだから、外のことはよくわからないんだ。ワースがいてくれて助かるよ」
「わはは、ワシも一人ぼっちじゃなくて良かったわ! それで、どこにいくんじゃ?」
「うん。新しい服が欲しいんだ。ちょっと仕事で必要になりそうでね」
ワースの眉が顰められる。
(なんじゃ、結局仕事のことを考えとるのかコイツは……たまには仕事から離れたらどうじゃ)
ため息をつきつつも、コイツらしいなと思った。
「そういえば、おぬしいっつもその白いローブじゃの。全く、ダサい奴め」
「これは仕事着だよー」
服屋に着くと、エアに対して女性の視線が集中した。
彼を盗み見ては、声にならない歓声を上げている。
「……なんか落ち着かないね」
「そりゃあ、おぬしの容姿ならこうなるじゃろ。相変わらずもてるようじゃのう。そういえば、おぬしも気になる娘とかおらんのか?」
「いなくはないよ」
「え、意外じゃな……全然興味ないのかと思っとったぞ。もしかしてマルテか? それともハルに惚れたか?」
ワースが肘でぐりぐりとエアを突いた。
エアが困った顔をする。
「いやあ、なかなか難しそうな人でね……それより、服を選んでもらえないかな」
「おお、そうじゃった! よし、カリスマ服飾店員ワースちゃんに任せろ!」
ワースが店内を縦横無尽に駆け回り、めぼしい服を漁りだす。
程なくして、エアは全体的に黒を中心とした街着に身を包んでいた。
ワースに向けて手を広げて見せる。
「どうかな? ワース」
「むむむ……悔しいがかっこいいな。……いや、これはワシの腕がいいからじゃ!」
「さすがカリスマ祝福天使ワースちゃん」
エアが微笑んで言った。
「服飾店員じゃ! 耳腐ってんのか! ……あ、いや、でもそっちの方が可愛いか?」
「可愛い可愛い」
屈託のないエアの笑顔に、ワースの頬が若干赤くなった。
「むっ……なんか今日は調子狂うな。ま、まあよい! 用も済んだし、スウィーツでも食べに行くとするか!」
ワースは意気揚々と店を出ようとした。
しかし、歩き出したところをぐいっと掴まれる。
勢い余ってワースはこけそうになった。
「な、なんじゃ?」
エアがニコリと微笑んだ。
「せっかくだから、僕がワースの服も選んであげるよ」
「わ、ワシ? な、なんじゃ、藪から棒に……」
「いいから。僕もいつもお世話になってるから、お礼させてよ」
「わわっ…………!」
半ば強引に店の中に引き戻される。
エアが服を選ぼうと店の奥に入っていく。
ワースは最初は戸惑っていたが、やがて諦めたように椅子に座った。
服を選ぶエアを、落ち着きなく見守る。
「ま、まだか? ワシはお腹がすいたぞ」
椅子の上で、ワースの足がそわそわと揺れている。
エアが服を手に戻ってきた。
「やあ、待たせたね。ちょっとこれを着てみてくれるかい?」
ワースが少々乱暴に服を受け取る。
「ふ、ふん。試しに着てやるが、かっこ悪かったら承知せんぞ!」
「それは自信ないなぁ。お手柔らかに」
ワースはゆっくりと服に袖を通した。
新しい布が肌に触れる時、妙な高揚感を感じる。
慣れない感覚に、戸惑っている自分がいた。
(まったく、どういうつもりじゃ、エアの奴……)
ぶつぶつと毒づきつつも、素直に服を着た。
着替え終え、ワースが試着室から出てくる。
「ど、どうじゃ?」
ワースが手を広げて服を見せる。
いつものように変なポーズをする気分ではなかった。
「……いやあ、思ってたよりずっと良い。すごく似合ってるよ」
「な、なんじゃ? お世辞なんかいらんぞ!」
「いや、ほんと」
「……」
ワースは訝し気に鏡に映る自分を見た。
ゆったりとしたシャツに、艶のある黒のロングスカートをはいていた。スカートには綺麗な花が大きくあしらわれ、モノトーンの中に彩りを与えていた。頭には帽子をかぶり、全体を大人っぽく纏めている。
幼い自分の体が、幾分大人になったように見えた。
「あ、あれ? ダメだった?」
エアが不安げにワースの顔を覗き込む。
ワースはさっと顔を隠した。
「い、いや、これでいい」
「そう? ああ、良かった。じゃあ会計してくるね」
「さ、先に出とるからな!」
エアを店に残し、通りへと出る。
まだ先ほどの高揚感が残っていた。
(どうしたんじゃろ、ワシ……なんか今日はハルみたいじゃな)
自分の不可解な変化に、答えが出せない。
悩んでいると、エアが会計を済ませて店から出てきた。
「お待たせ。ワース、何か食べようか。お腹減ってたんだよね」
「うむ。甘いものがいいぞ! ……あっ!」
エアがワースの手を取った。
「な、なんじゃあああ?」
何が起こったのかわからないと、ワースの目が回っていた。
エアはニコニコしながらワースの手を引いた。
「今日は変わったワースが見れて面白いなぁ」
「バ、バカモノ! 年寄りをからかいおって!」
「あ、ワース。あれどう? 甘くておいしそうだよ」
「……おお? でかした!」
二人は屋台のお菓子を購入した。
ワースが受け取るとき、店員が笑顔で話しかける。
「はい、綺麗なお嬢ちゃん。かっこいいお兄ちゃ……いや、もしかして恋人かな?」
その言葉に、ワースの顔が真っ赤になった。
「な、な、な……!? 何を言っておる!! こんな小僧がワシの恋人に見えるか、バカモノ!!」
お菓子を受け取り、駆け出して行ってしまった。
店員がしまったとばかりに頭を掻いた。
「あ、あの、もしかして、悪いことしちゃいました……?」
エアはくっくっくっ、と声を殺して笑った。
「い、いや、面白い反応が見れました。はいお金」
「すいません」
エアが追いかけると、ワースは何事もなく立ちながらお菓子を食べていた。
顔は赤いままである。
「うまいのう。コレ」
「そうだね」
小さな手がエアの手に伸びた。
今度は自然と手を繋いで歩いた。
「ワース、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんじゃ」
「今ゼルンギアで流行ってるものって何かな。ちょっと仕事のネタに知っておきたいんだけど」
「うっ。は、流行っているものか……?」
「うん。物知りなワースなら知ってるかなって」
ワースの額に汗が浮かんだ。
普段から偉そうにしているため、最近の流行には疎いと言いたくなかった。
どうしよう、どうするんじゃ、ワシ。
……あっ!!
「あ、あれじゃアレ! あれが今ゼルンギアで最も熱いモノじゃ!!」
ワースは苦し紛れに、街の一角の人だかりを指さした。
あれは何かと聞かれる前に、エアより一足先にそこへと向かう。
「おお、これは……」
「へえー」
『出ました最高得点! 200マナポイントです!!』
実況が叫び、歓声が上がる。
人だかりの中心に、奇怪な物体があった。
スコアを表示する掲示板があり、その下にバネ仕掛けのクッションが備え付けられていた。
「次はオレだ!」
人だかりの中から、むくつけき男が歩み出る。
腕をグルグル回した後、飛び込むようにクッションをぶん殴った。
掲示板に数値が表示される。
『あーっと意外に伸びない! 80マナポイント!!』
「くっそー!」
周囲から落胆の声が上がった。
『さあ次の挑戦者はいないか!? このままですと賞金は先ほどの200ポイントの方で決まりです!』
「魔力を込めて殴ると数値化してくれるんだね。面白そうなゲームだなぁ」
「なんじゃマナポイントって……適当なこと言いおって」
「多分ゲームを面白くするために、製作者が作ったんだろうね。賞金も出るのかぁ」
「……よし、いっちょワシも挑戦してみるか!!」
ワースが舌なめずりした。
エアが不安な顔をする。
「て、手加減しなよー」
「無論じゃ!」
ワースがズンズン計測器の前に歩み出た。
「次はワシじゃ!」
周囲から可愛い可愛いと声が上がる。
『お――っと! お次は可愛い挑戦者だ! 当ゲームはお子様でも大歓迎です!』
ワースを見て、ゲラゲラとあざ笑うものがいた。
「おいおい、あの身長でクッションまで届くのかよ」
「転んでスカートの中が見えちまうぞ」
先ほど最高得点を出した男と、思ったより点が伸びなかった男だ。
「ふん、今に見ておれ」
ワースは不敵な笑みを向けた。
測定器の前に立ち、魔力を拳に集め出す。
(うーん。あんまり力を入れると壊してしまうじゃろうな……こんなもんかのう?)
クッションの強度がどれほどのものかわからないので、僅かな力にとどめた。魔物と戦った時の百分の一程度の力だ。
腰を沈め、呼吸を整えた。
「ほっ」
わずかに跳躍し、クッションにピシ、とデコピンした。
その瞬間、クッションがガクンと倒れた。
掲示板に得点が表示される。
『……き、9999……!! カ、カンストです……』
解説者が呆然として言った。
ワースが華麗に着地する。
「なんじゃ、9999までしか出んのか。あと三桁はほしいところじゃなぁ」
周囲はシンと静まり返った。
だが、すぐに我に返った男が騒ぎ出した。
「……い、インチキだ! このガキ、オレの賞金を横取りしやがって!!」
男が肩を怒らせてワースに歩み寄る。
「お、来るか? 面白い!」
ワースが男を迎え撃とうと腕をグルグルと回す。
その時。
エアが目にも止まらぬ速度で飛び出し、ワースをさらって跳躍した。
「な、なにすんじゃエア!!」
「流石に一般人と喧嘩しちゃまずいでしょ! ごめんねー、君たち! 賞金は上げるよ!」
「あ、待ちやがれてめえら!」
ポカンとする人々を飛び越え、エアはワースを抱えて通りを走り抜けた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ゼルンギアの摩天楼を背に、二人は夕陽を見つめていた。
公園には同じように夕陽を見ようと人が集まっていた。
「ああ面白かった。今日は付き合ってくれてありがとね、ワース」
「……それは構わんのじゃが。それよりもこの体勢がちょっと恥ずかしいぞ」
「なんで?」
「だって、これ、いわゆるお姫様抱っこというヤツじゃろ……?」
エアはワースをさらったときの体勢のまま公園まで一気に走り抜けた。
ワースはエアに両手で体を支えられていた。
「嫌なの?」
「恥ずいわ! のう、今日のおぬしずっと変じゃぞ! 一体何を考えておる!?」
「君が女の子扱いしてほしいって言ってたからさ」
「……は!?」
ワースはキツネにつままれたような表情になった。
「言ったよね」
「い、言ったが、まさか本気にするとは……い、いや、今日はおぬしにとっても貴重な休暇ではなかったか? なぜこんなことを?」
「……ワースもこの前の戦いでは手ひどくやられてたみたいだからさ。誰かが労わって上げたほうがいいんじゃないかなって思って」
「……!!」
ワースがエアを見つめて押し黙った。
「君って、いざ女の子扱いされると妙にしおらしいね。ま、大分可愛げがあって良かったよ」
「……ば、バカモノ――!! 下ろせ、下ろせ!!」
「やーだ」
ワースがエアの腕の中でジタバタと暴れる。
その時、二人に声をかける者がいた。
「エアじゃないか。何してるんだ、こんなところで」
ルゥの声だった。
ワースの心臓が大きく跳ね上がった気がした。
「ギャ――――――!!」
ワースは身体能力を魔法で強化して、エアの拘束を無理やり解いた。
猫のように地面に着地する。
「あれ、ワースさんも。どうしたんですか」
振り向くと、ハルとマルテもいた。不思議そうな顔でワースとエアを見ている。
「ち、ちょちょちょっと、夕日が綺麗じゃったからな!! 仕事の息抜きに来てみたんじゃ!!」
「そんな恰好で仕事してたのか?」
「そ、そうじゃよ!? なんたってワシはカリスマ祝福天使ワースちゃんじゃからな! オシャレだってするわ!」
「はぁ?」
何言ってんだコイツ、とルゥが訝しんだ。
その様子に、ワースはさらにしどろもどろの沼に嵌りこんでいった。
「ワース様、なんか変じゃないですか?」
マルテがエアに耳打ちする。
エアがクスリと笑った。
「いや、ワースにも意外な弱点があったみたいでね」
「え、何ですかそれ。知りたいです」
エアは人差し指を口に当てた。
「秘密」
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