第22話「魔物へと至る病」
寝覚めもすっきり。今日はいい日だ。
私たちはダンさんのお見舞いに行くことにした。
「ダンさん! もう起きても大丈夫……ギャ――――!!」
「やぁハル君、おはよう! どうしたんだいそんなに驚いて」
「どうしたんだって……なんでまた裸なんですか!」
ダンさんは上半身裸で寝ていた。
「はっはっは。癖でね」
「早く服着てください!」
この人はグースギアでも裸だった。
男の人の体に慣れてない私には目の毒だ。
うわっ、ダンさん、めっちゃ筋肉ムキムキだ……!!
「ん――、なんですか……?」
ダンさんのベッドからもぞもぞと顔を出す者がいた。
ま、まさか……!?
「り、リィちゃん……!?」
「あ、ハルさん。おはようございます」
猫耳少女が、笑顔で私にお辞儀した。
彼女がベッドにいるということは、つまり、二人は……
「あ――!! お、おぬし……その歳と図体で、こんないたいけな少女と同衾とは……犯罪的じゃぞ!! うらやまけしからん!!」
ワースさんが二人を見るなり叫んだ。
え!? え!?
そうなの!? やっぱり、そういうことのなの!?
「はっはっは。リィが夜中にいつの間にか入り込んできたんだよ。言っとくけど、添い寝以外何もしてないからね」
「……えへへ、ダン様と会えたのが嬉しくて、入ってしまいました」
リィちゃんはダンさんに頬ずりした。
「そ、そうですよね。何もしてませんよね!」
二人にはもうしばらくプラトニックな関係でいてほしいです。少なくともリィちゃんがもうちょっと大きくなるまでは。
「どうやらワシらはお邪魔のようじゃな。ハァ、暑い暑い」
「退散しましょう、ワース様。熱にあてられてのぼせてしまいそうです」
「……ダン、地下では助かった。今度礼をさせてくれ」
ワースさん、マルテさん、ルゥが部屋から出て行く。
私も火照りっぱなしだ。二人きりにさせてあげよう。
「ああ、ハル君。ちょっと話したいことがあるんだが」
と思ったら、ダンさんに呼び止められた。
な、なんだろう。
「ハル、ワシらは先に会議室に行っておるからな」
ワースさん達が部屋から去っていく。
私はおずおずとダンさんの隣に着席した。
さあ、どんな話でも来い。
………………………………
……………………
…………
……来ない。
え、なんなの。
なんで私をジッと見たまま何も言ってくれないの。
何ですかその視線は!
(あれ? でも……)
……不思議な感じだ。
ダンさんを見ていると、妙に落ち着く。
以前の私なら、こんなに見つめられると目をそらしたと思うのに。
なぜか、ダンさんの目が……心地いい。
……なぜ?
「最初にあった時と随分雰囲気が変わったね、ハル君」
やっとダンさんが口を開いた。
「え、そうですか?」
「うん。なんだか大人っぽくなった気がするよ。君を見ているとなんだか落ち着く」
私を見ると落ち着く?
「あれ? 私も同じように思ってました。ダンさんを見てると、なんか落ち着くなって……」
ダンさんも同じように思ってたのか。
なんでだろう。不思議だ。
「……ハル君、君は私の記憶を見たんじゃないか?」
その言葉に、私はギクリとした。
昨日のワースさんとの合成魔法。
リィちゃんの願いとダンさんの意識を繋ぐという離れ業だったが、間に立った私にはバッチリ見えていた。二人の邂逅が。
それどころか、まるで自分がダンさんになったかのように記憶を追体験していたのだ。
「えっ!? あ、う、その……た、確かに色々と見てしまいました。ごめんなさい」
「いや、怒ってるわけじゃないよ。どんな感じだったか聞きたくてね」
「あっ……そうなんですか」
それなら良いんだけど。
んーと、どんな感じだったかな……?
「ええと、自分がダンさんになって、長い時間を一緒に旅しているような感じでした。ダンさんの気持ちが私に流れ込んできて、自分もおんなじ気持ちになってるみたいな」
「ほう……それは興味深いな」
「なんか、今でもその感じが残ってる気がします。ダンさんが感じたことや、気持ち……昔は結構怖かったんですね。ダンさん」
「ははは。これは、ちょっと恥ずかしいな。うん。ちょっと尖ってたね」
「あ、もしかして……それで私、ダンさんを見ると落ち着くんでしょうか。ダンさんの気持ちがよくわかるというか……」
「うん、たぶんね。君の雰囲気が変わったのもそのせいだろう」
「そっか……知らず知らずのうちに、影響を受けちゃったんですね」
そういえば、さっきから吃らずに喋れている。ルゥの”静寂の風”を受けているわけでもないのに。だとしたら、これは私にとっていい変化だ。ダンさん様様だ。
「えへ。なんか、私の中にダンさんがいるみたいですね」
その言葉に、僅かにダンさんが目を見開いた。
「……君もそう感じるのか」
「え?」
「いや、なんでもない。……引き留めて悪かったね。話したかったのはこれだけさ」
「あ、はい。ダンさんと話せて良かったです」
「ああ」
私は立ち上がり、部屋を出ようとした。
「あ、ハル君」
「ん? なんでしょうか」
「今回の件で、私はもう少しでリィに大事なことを言いそびれるところだった。君も大事な人がいるのなら、言いたいことは言えるうちに言っておきたまえ」
そういってウインクしてきた。
「う、あ、は、はい……」
大事な人? そんな人、いたかな――……?
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――ダンはハルが去った扉を見つめている。
先ほどまでハルがいた空間に話しかけるように、ポツリと呟いた。
「……ハル君。君がそうであるように、私も自分の中にハル君を感じるんだよ。もう少しで、何かが掴めそうだ」
ダンは己の手のひらを見つめた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「お待たせしました、皆さん」
会議室に入ると、みんなが雑談して待っていた。
部屋にいるのは、ワースさん達調査隊のみんなと、エアさん、ゼド博士だ。
ゼド博士は壇上に立っている。
彼が何か話すのかな。
「皆さん揃ったようなので、今日は僕の方からお話しさせていただきます。昨今各地を騒がせている脅威について、新たな発見がありました」
脅威……っていうとあれかな。
グースギアの怪物と、ゼルンギアの死竜兵だ。
「まず、第一の脅威、グースギアの怪物についてです。その正体は、グースギアに隠れ住んでいた獣人です。学院で調査を進めていましたが、検体が消えてしまい、調査は頓挫しました」
やっぱりその話だった。
グースギアのヤツは私とルゥで協力してやっつけた。
でも、その死体は煙となって消えてしまったのだ。
「そして第二の脅威、ゼルンギアの死竜兵です。その正体は、竜の死体を利用した兵器です。ハルさんのおかげで大物の検体が取れました。この検体について試しに一部の封印を解いてみたところ、グースギアの怪物を同じように消滅してしましました」
その言葉に、ルゥが口を開いた。
「やはり、同じ怪物だったか……あの魔力とプレッシャー、そうではないかと思っていた」
「はい。これらの怪物に共通するのは、導師以上の莫大な魔力を備えるということと、死んだあとは消滅してしまうということです」
「原因がわかったのか?」
「いえ。現在、学院では魔法、呪いなどの線から調査を進めています。検体が手に入ったことで、調査は順調……と言いたいところですが、僕の見解はちょっと違います」
「魔法や呪いではないと? 学院の調査方針とは違うということか」
ルゥが訊いた。
「はい。これと似たような現象を、皆さんもご存じのはずです」
「なんだ? もったいぶらずに言ってくれ」
「それは、『病気』です」
「なに? 病気……だと?」
「まったく別種の生物に起こる似たような現象。それも短い間に同種の生物に対して同じ現象が発生する。僕はこれが一体の生物から爆発的に感染したのでないかと考えました」
会議室がにわかにざわつく。
「今回の件は、獣人や死竜兵に病変となる何かがとりつき、それが同種の生物に飛び火した……というのが私の説です」
ゼド博士の言葉に、私の背筋にぞくりとした感覚が走った。
「そ、それじゃあもしかして、他の生物にも……」
「はい、ハルさん。この病気はうつる可能性がある。つまり、誰でもかかる可能性があると危惧しているんですよ。僕も、あなたもね」
「に、人間も……!?」
会議室の面々の顔に戦慄が走った。
エアさんがゆっくりと立ち上がる。
「ゼド博士の話を聞いて、魔導院は事態を非常に重く見ている。これは当初考えていたような局地的な災害じゃない。全世界に波及する脅威ではないか、とね」
「左様」
ワースさんが頷いた。
「ワシらはこの変異体群をこう呼ぶことにした。桁違いの魔力を内包し、導師以上の魔法を操る怪物……『魔物』とな」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
……魔物。
ゲームとかではよく耳にする単語だ。私はその由来をあまり気にしたことはない。
だが、私が今いる世界でそれが存在して、その原因が病気だとするなら……
恐ろしい想像に、身体が震えた。
私は今、会議室を後にし、自室へと向かって歩いている。
歩いていると、ワースさんと目が合った。
私を見つけると、こっちに向かって歩いてくる。
私の前で立ち止まると、何も言わずにジロジロと私を見つめだした。
「な、なんですか、ワースさん」
またセクハラですか? 平手打ちの準備はできていますよ。
だが、いつもなら胸とか腰とかに注がれる視線が、なぜか顔を見ていた。
顎に手を当て、不思議そうに見ている。
「……私の顔、なんか変ですか?」
警戒しつつ訊いてみた。
ワースさんは静かに口を開いた。
「……ハル。おぬし、魔力が増えてないか?」
「……え?」
以前私はルゥに魔力がないと言われた。他の魔法使い達にも、口々に同じことを言われた。
その私に、魔力……?
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