第21話「おいてかないで、ダンさま」

「よくやった、ダン。完璧な仕事じゃったぞ。師匠として鼻が高いわ」


 ワースのババァが椅子にふんぞり返って言った。


「……貴様の弟子になった覚えはないぞ」


「おや、知らんのか? 弟子は師匠を選べんのじゃ。師匠も弟子を選べんがな」


 ……けったいな制度だ。だいたい、コイツは師匠と言いつつ、オレをいたぶるだけで、碌に魔法のことを教えやがらない。


「仕事は終わらせたんだ。さっさとオレの相手をしろ」


「あーん? それが女性を口説く態度か。ちっともそそられんわ」


「おい、話が違うぞ」


「ワシは仕事をして来いと言っただけじゃ。何を勘違いしておる。そんなにワシに相手をしてほしいなら、新たな命令を与えてやるわ。ダン、貴様はしばらく休暇じゃ」


 その言葉に、オレは牙を剥いた。


「ふざけるなッ!! 何のためにオレが魔導院にきたと思ってやがる!!」


「弱すぎて抵抗もできずにここに来たんじゃろ。なんなら帰るか? まだワシから一本も取れていないようじゃが」


「ぐッ……!!」


 一々、癇に障るガキだ。

 ……だが、全て事実だった。

 オレはその場に立ち尽くした。


 ワースはオレの殺気を受け、小さくため息をついた。


「バカモノ、働いた後は休暇と決まっとるんじゃ。……今一つ助言をやるとしたら、おぬしは頭に血が上って周りが見えておらん。しばらく己の内と向き合ってみよ。それができたとき、再び相手をしてやろう」


「……本当だな」


「二言はない」


 オレは部屋を後にしようとした。


「ああ、ダン、おぬしが連れ帰った少女じゃが……」


 ワースが何か言いかける。


「興味がない」


 言い終える前に一言吐き捨て、部屋を去った。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 己と向き合う。それがどういうことかアイツは言わなかった。

 どうしていいかわからず、しばらく魔導院に来てからのことを思い出してみる。

 ……ババァに結界を破られ、腕を折られ、足を砕かれ……

 屈辱的な記憶ばかりだ。

 クソ、これが己と向き合うということなのか?


 ただ無為に時を過ごすのも嫌なので、魔導院の修練場で魔法をひたすら放っている。

 使っているのは、”大地の剣”だ。オレはこれまで炎魔法を中心に使ってきた。だから、地属性魔法はそれほど得意ではない。

 だが、この魔法は威力こそ炎魔法に劣るものの、速度では圧倒的な分がある。特にババァの得意とする接近戦では有効だと思ったのだ。


「”大地の剣よ、切り裂け!!”」


 地面から伸びた剣が、目標を真っ二つにする。


「……違う」


 だが、それは満足のいく感触ではなかった。この速度では、ババァは軽くかわしてオレにカウンターを入れてくるだろう。もっと速く撃つ必要があった。

 手を見つめ、少女を助けたときのことを思い出す。


「ダンさんっ!」


 オレを呼ぶ声があった。

 振り向くと、ゼド博士がいた。

 こいつは獣の呪いにご執心の、気持ちの悪い野郎だ。

 だが、オレより遥かに魔力が少ないにも関わらず、オレに物怖じせず話しかけてくる変わったヤツだ。


「……なんだ」


「ダンさんが助けた、女の子のことを覚えていますか?」


「アイツがどうした」


「……彼女、このままでは死ぬかもしれません」


「なに? どういうことだ」


「魔導院で保護して以降、何も口にしていないんです。震えるばかりで、誰にも触れさせようとしません。このままでは、徐々に衰弱して死んでしまうでしょう」


「……チッ」


 オレは少女の元へ向かった。

 せっかく助かったのに、馬鹿な奴だ。オレの初仕事を台無しにしてくれるな。


「入るぞ」


「ッ!?」


 無造作に少女の部屋に押し入る。

 少女の顔は頬がこけ、がりがりにやつれていた。

 そばには手つかずの食べ物があった。


 少女の横に腰を下ろす。

 そいつはオレを不思議そうな顔で見ていた。

 特に震えた様子はない。

 ……なんだ? 話と違うな。


「おい、どういうつもりだ?」


 返事はない。

 大きな眼がオレを見つめている。

 ……何なんだ、一体。何とか言えよ。


「おい……せっかく助かったんだ。これからは魔導院が保護する。何も心配することはないんだ。だから、ちゃんと食え」


 ……やはり無言だ。

 もしかしてコイツ、言葉がわからないんじゃないのか?

 そうだとしたら何を言っても無駄だ。オレは自分が少々浅はかだったことを思い知った。ちょっとオレが励ましたところでどうにかなる問題じゃない。


 オレが頭を抱えたところで、ふと頬に触れる感触があった。

 少女が手を伸ばし、オレの顔を触っている。

 ペタペタと、そこにあることを確かめるかのように。


「お、おい……」


 両手で頬に触れ、顔を覗き込んでくる。

 何だコイツ。勘弁してくれ……と思ったところで、手が離れた。

 相変わらず、きょとんとした顔でオレを見ている。


「……気はすんだか?」


 無駄だと思いつつ、聞いてみた。

 すると、予想に反してそいつは頷いた。


「言葉、わかるのか?」


 またしてもコクリと頷く。

 何だよ……じゃあ今までのは何だったんだ……

 オレはため息を一つついて言う。


「おい、飯をちゃんと食え。そして食ったら寝ろ」


 少女は頷くと、モソモソと飯を食べだした。

 ……食えるじゃないか。


「ゲホッ! ゲホッ!」


「お、おい」


 一口食べるとむせだしたので、水を渡す。

 少女は素直に受け取り、コクコクと飲み干した。


 オレは少女が食べ終わるまで見守り、それが終わると立ち上がった。

 少女はベッドの上で静かに寝息を立てている。


 部屋を出ると、ゼド博士が興奮した様子で近寄ってきた。


「ダ、ダンさん!! すごいですねっ!! 一体どんな魔法を使われたんですかっ!?」


「何も使ってない」


「えっ、それはどういう……あ、ダンさん、ダンさ――ん!!」


 ゼド博士を無視し、オレは修練場に戻った。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 それから時折、彼女の様子を見に行くようになった。

 聞いたところによると、あれから食事をちゃんととるようになったらしい。

 それが本当か念のため確認しに来たが、彼女の血色を見るに間違いないようだ。

 彼女は徐々に回復していった。


 今日も、彼女の隣に座って食べるのを見守っている。

 むしゃむしゃと、食べる量も多くなった。

 これならもう大丈夫そうだ。


 オレが立ち上がろうとすると、手を引かれた。

 彼女がオレの服の袖をつかんでいる。


「なんだ」


 オレの目を見つめ、おずおずと口を開けた。


「な、まえ……リィ、です」


「!?」


 喋った。

 悲鳴以外の声を聴いたのは初めてだ。

 あんまり無口だから話せないのかと思っていた。


「リィ、です」


「あ、ああ……リィか」


 オレは浮かしかけた腰を下ろし、座った。

 すると、彼女は手を離した。


「……お名前」


 オレをじっと見ながら聞いてくる。

 そういえば名乗ってなかったな。


「オレか? オレはダンだ」


「ダン……様」


 彼女はそう言うと、ニッコリと笑った。

 笑うのも初めて見た。


「様って……オレはそういう柄じゃない」


 彼女の呼び方に若干のむず痒さを感じた。

 正直言って、やめてほしいと思った。

 だが、リィはオレの抗議を無視する。


「ダン様。これからも、会いに来てくれませんか?」


 キラキラした目で見てくる。

 オレはこういう目、苦手だ……


「……ああ」


 そう返すと、彼女の顔は一層輝きを増し、オレを戸惑わせた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「どうした? 来んのか?」


 オレは修練場でワースと向き合っていた。


「……」


 これまでのように、闇雲に突っ込まない。

 ワースの一挙手一投足を観察し、考えることに時間を費やした。


「……来ぬのなら、こちらから行くぞ!!」


 そう言った瞬間、ワースは目の前から消えている。

 ワースは速い。オレにはここまで速く動くことはできないだろう。

 ヤツの動きを予想する。最も可能性が高いのは、足だ。

 ワースは高さがないのを利用し、オレが対応しにくい足元を狙ってくる。


「むッ!?」


 予想は的中し、ワースの足払いが不発に終わる。その隙に、オレは手刀を繰り出した。

 だが、素早く身をひるがえしたワースに躱された。


 ……追わない。

 これまでならさらに追い打ちをかけるところを、防御に徹する。

 ワースが不敵に顔を歪めた。


 己を知り、敵を知る。そうすることで、敵の次の動きがわかる。

 オレのこれまでの戦い方は魔力と身体能力に物を言わせてきただけだった。

 要するに、見え透いていたのだ。


「……少しは楽しめそうじゃな」


 ワースが初めて杖を抜いた。


 ……数度の攻防の後、オレは修練場に仰向けになって倒れていた。

 ワースがオレの腹の上で胡坐をかいている。

 ヤツの額からはわずかに血が滴っていた。


「面白かったが、まだまだじゃ」


 ワースが息を乱しながら言った。


「……そのようだな」


 不思議と、苛立ちはなかった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ダン様っ」


「……リィ。元気か?」


 オレは修行の合間を縫ってリィに会いに行った。

 リィは日に日に明るくなっていった。

 彼女の呼び方にも次第に慣れてきた。


「ダン様は何の仕事をしておられるのですか?」


「魔導院の、魔法使いだ」


「魔導院の魔法使い? どんな仕事なのですか?」


「そうだな……ババァの相手をしたり、ババァの我がままに付き合ったり……」


「ババァって、人の名前ですか?」


「あ? い、いや……ワースだ。ワースと言う名前だ」


 リィはオレが来るとよく質問した。

 大抵オレは答えるだけで、その日の訪問が終わる。


「魔導院には、どうやって入るのですか?」


「ああ、オレはワースに連れてこられたからな……よく知らん」


「そうなのですか……」


 リィがシュンと俯いた。


「……今度調べておいてやろう」


「本当ですか? ありがとうございます!」


 修行と訪問の日々が過ぎていく。

 オレは少しずつワースと戦う回数を減らした。リィはオレを怖がらなかったが、血の匂いに敏感に反応したのだ。

 その代わり、魔法使いとしての仕事を増やした。


 仕事をこなすうちに、自らの求める力の形も変わっていった。オレは他人を御するためではなく、他人を助けるために力を求めるようになった。

 苦手な回復魔法、解毒魔法も習得する。これは導師となるための必須条件でもあった。それらについての理解が深まると、不思議とその他の力も伸びていった。


 リィに会いに行く理由も変わっていく。

 彼女は元気になった。もう、オレ以外の人間を怖がることもない。周りの人間と楽しそうに話す彼女を見ると、なぜかひどく心が落ち着いた。

 

 オレの方も、徐々に周りと打ち解けていった。これまでオレに話しかけてくるヤツはワースかゼドしかいなかったが、今では誰もが普通に話しかけてくる。


 時折、これまでの自分を思い出して激しい癇癪に襲われた。今の自分とのギャップが違和感となり、心を蝕んだのだ。そのたびにリィの所を訪れ、冷静さを取り戻す。時を重ねるうちにそれも必要なくなっていった。


 そして、幾ばくかの月日が過ぎていった。


「ダン様、リィを助けてくれて、ありがとうございました」


「……ああ」


 彼女は魔導院を去ることになった。

 体も心も治り、もうここで世話になる必要はないという。

 オレは彼女に援助を申し出たが、断られた。

 これからは自分の力で生きていくと言った。リィは成長したのだ。

 嬉しいと思う反面、寂しいと思った。

 オレから離れて行く彼女の後姿を見守る。


(リィこそ、オレを助けてくれてありがとう)


 彼女の背に静かに呟いた。

 ……彼女の耳に届けられなかったことを、その夜ひどく後悔した。


 その日から、オレは更に修行に励んだ。

 前よりも、違う形で力を求めるようになった。

 軍にいたころよりも一層強い渇望が、オレの心を埋めた。


「ダン、勝負じゃ」


 ある時、ワースから声をかけられた。

 珍しいと思った。

 これまでは、戦うときはオレの方から声をかけていたのだ。


 修練場でいつものように向かいあう。

 ワースはとてつもないプレッシャーを放っている。


(ワース、今日は本気なのか?)


 いつものふざけた雰囲気がない。空気が重い。

 だが、それを前にして平然と立っていられた。

 前の自分なら考えられないことだ。


 そのとき、オレは自分自身からもワースと同じようなプレッシャーが放たれていることを自覚した。

 ……今、オレとワースは対等だ。


 ワースが目の前から消える。

 相変わらず無茶苦茶な速さだ。

 オレは冷静に迎え撃つように腰を落とした。

 相手が殴り合いを望むのなら、オレは魔法を叩き込む。

 魔法の打ち合いを望むのなら、その隙に打撃を放つ。

 相手の望み通りになどさせない。


 ワースは突きを放つと見せかけ、それを地面に向けて放った。

 地面が砕かれ、土と岩が眼前を舞う。

 オレは体勢を変えない。こんなものはただの目くらましだ。

 土と岩の隙間から、ワースが飛び込んでくる瞬間を待った。


 だが、予想に反してワースは側面に姿を現し、鋭い蹴りを放ってきた。

 意識の外から、対処できない速度で襲い来る脅威。

 しかし、それこそオレがこれまで鍛えてきた瞬間だったのだ。


 ――今!!


「”大地の剣よ、切り裂け!!”」


 結界の砕ける音がした。

 喉元に、ワースのつま先がある。

 オレの結界を貫いて、ワースの蹴りがオレの顎を砕く寸前だった。


 ワースの喉元には、地面から伸びた鋭い剣が突き立てられていた。

 結界を貫き、次の瞬間にはワースに突き刺さるところだった。


 ……相打ちか。

 勝てなかったが、悪い気はしない。オレは求めた力に近づいたことを喜んだ。

 ワースがニカッと笑った。


「ダン、今日からおぬしを導師として認める」

 


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 導師となり、日々が過ぎていった。

 私は今日、講師として魔導学院に招かれることになっていた。

 導師には講師としての資格も与えられているのだ。


 これまで私は、教えるということがあまりなかった。

 それゆえ少々緊張していた。

 ワースに見られたら「でかい図体のくせに肝っ玉の小さい奴じゃ」と看破されるところだろう。


 教室に入り、自己紹介する。事前に練習しておいたので、問題なく言えたと思う。

 生徒の名簿を確認し、名前を読んでいく。

 講師になるまではあまり意味のある行為と思っていなかったが、これは名前と顔を一致させるのに必要な行程だと思った。


 名簿の最下部まで読んだところで、目が留まった。

 見覚えのある名前を見つけたのだ。

 名簿から視線を上げ、顔を確認する。

 間違いなかった。


「リィ……君」


「はい……ダン様」


 頭から生えた小さな獣の耳。ふっくらとした尻尾。

 記憶にある彼女よりも背が伸びていた。

 思わず息を呑み、彼女を見つめた。


 時が止まったように感じた。

 彼女が立ち上がり、私に近づいてくる。

 彼女がゆっくりと口を開いた。


「リィの夢は……魔導院に入り、ダン様のお手伝いをすることです」


「それで……学院に?」


「はい。魔導院に入る前にダン様と再会できて、リィはとても嬉しかったです」


 彼女が私の前に立った。

 小さな体で、私を見上げる。


「ダン様は、リィと再会した後、仕事の合間を縫ってちょくちょくボクに会いに来てくれました」


 再会した、後……?

 違和感があった。

 私はこれから学校で講師を始めるのではなかったか。


 不審に思い、周囲を見回して気付く。

 いつの間にか、ここには彼女と私以外、誰もいない。

 では、ここは……? 私は一体……?

 答えを求めるように、彼女と会話を続けた。


「約束……したからね。これからも、会いに行くと」


「はい。ダン様は約束を覚えていてくれたんだと、リィは感激しました」


 私の脳裏を記憶が駆け巡る。

 リィと再会し、講師として学院に行くのを言い訳にリィに会っていたこと。

 彼女を守る力を求めて、ひたすら鍛えていたこと。

 帰るたびに喜ぶ顔が見たくて、お土産を買って行ったこと。

 そして今回も帰ってきた私は、軍の連中を追って……

 

 ……思い出した。私はゼルンギアの地下で、竜の爪に倒れたのだ……

 これは、私の追憶。死に際に見る幻ではないか。

 では、この目の前にいるリィ君も……


「リィ君……君は」


 言いかけたところに、彼女が私の体に抱き着いた。

 徐々に彼女の体が震えだす。


「……今回もいつものように戻ってきてくれると、信じていました。リィは、ダン様と会えるのを楽しみにしていました」


 彼女が顔を上げた。

 頬が、涙で濡れていた。


「でも、ダン様は、いつもの優しいダン様は、いなくなってしまいました……!! リィに、笑いかけることも、頭をなでてくれることもなかったのです……」


「リィ君……リィ」


 彼女の涙が胸を濡らす。

 その熱が私の体に浸透し、確かな感覚をもたらした。


「リィは、ワース様とハルさんにお願いして、ダン様の記憶の世界に旅立ちました。長い長い記憶の中で、ずっとダン様の意識を探していたんです」


 ワースとハル君が……そうか、ここは彼女たちと私が作り出した記憶の世界。私はずっとその世界をさ迷っていたのだ。


「長い記憶の果てに、ボクはダン様を見つけ出しました。ダン様、ボクはリィです。ダン様もボクも、幻なんかじゃありません。やっと、会えました……」


 ――ああ、目の前にいるのは、本当のリィだ。


「記憶の世界で、リィはこれまでのことを思い出しました。……リィは、ダン様がいてくれたから、頑張ってこれたんです。いつかダン様のお傍に居ることを、夢見ているのです。だから、ダン様……どうか、ボクの傍からいなくならないでください。……どうか、戻ってきてください、ダン様ああぁぁぁッッ!!」


 私は自分が何者であるかを思い出した。

 目の前にある小さな体を抱きしめる。

 世界が白く溶けていき、私たちも世界と一つとなって消えていった。


 ……――そして、私は目覚めた。


「……ダン様、ダン様ああぁぁぁ」


 目を開けると、小さな獣の耳が生えた少女がいる。

 私の胸に頭をこすりつけ、しきりに私の名を呼んでいた。

 頭をそっと撫でると、彼女はきょとんとした顔で私を見た。


「リィ、オレを助けてくれて、ありがとう」


 ――ああ、やっと言えた。

 あの時言えずに、後悔した言葉だ……


 リィの顔が泣き崩れ、互いに抱きしめ合った。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「うう……!! ダンさん、ダンさん……!! 戻ってきてくれて、良かった……!!」


「やれやれ、なんとかうまくいって良かったわい」


 ハルがワースに抱き着いてむせび泣いていた。

 ワースのお腹は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。

 ワースはよしよしとハルを撫でた。


「またコイツは派手に泣きやがって……ババァの腹が大変なことになってるぞ」


 ルゥが顔をしかめて言った。


「だって、だって!! ううっ」


 ハルが顔を上げ、ワースの腹についた鼻水がズルズルと伸びる。


「ワシは構わんぞ。美少女の体液は大好物じゃからな」


「気色わりぃな!!」


 ハルの泣き声が辺りに響き渡る。

 いつもなら恥ずかしがって声を出すのをためらうハルだが、今はそんな余裕はないようだった。


 ルゥとワースはダンとリィの二人を見つめた。

 抱きしめ合い、再会を喜ぶ二人。

 ルゥがポツリと呟く。


「今回のことで、オレは確信した」


「……ああ、ワシもじゃ」


「ハルが使っているのは、間違いなく極大魔法だ。あんたの魔法で制御でき、魔法と同じ原理で発現したのが証拠だ」


「相変わらず魔力は感じんがのう。一体どうやって発動させておるのやら」


 ルゥがハルを見つめた。


「……いずれ、必ず解き明かして見せる」

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