第20話「リィとの出会い」

 暗闇に意識が芽生えるとき、自分はなぜここにいるのだろうと思う。


 撃ちだされる拳、蹴り、襲い来る炎。

 それらをことごとく撃ち落とし、自分が何者であるかを思いだす。


 ――そうだ。オレはダン・バルダー。ゼルン国軍第一魔導部隊所属、特別戦闘魔導兵。

 その戦闘訓練の場に、オレはいるのだ。


 ……――それにしても。


(なんと遅く、弱く、稚拙な攻撃だ)


 目の前にいるのはゼルン国軍の精鋭、それも魔法専門の兵科の隊長クラスだ。

 にもかかわらず、オレは先ほどから一度の魔法も放っていない。放つ必要がない。

 コイツの眠ってしまうほどトロい攻撃では、オレの魔力結界は毛ほどのダメージも受けないからだ。そしてオレが触れれば、コイツの貧弱な魔力結界は容易く砕け散る。

 オレはため息を一つつき、攻撃の隙をついて軽い突きを放った。

 結界はあっさりと貫かれ、深々と拳が突き刺さる。


 相手は苦悶の表情を浮かべながら胃液を吐いた。

 ……これで終わりだ。

 だが、コイツはオレの腕を掴み、反撃しようとしてきた。


「……バカめッ!!」


 魔力結界を貫かれて続けようとするバカがいるか。本来なら今の一撃でお前は死んでいるんだ。

 オレを引きずり倒そうとする腕を、魔力を通した腕で力尽くでねじ伏せた。

 骨の砕ける音と共に、バカは静かになった。


「次っ! オレとやるやつはいるか!?」


 立ち上がり、周囲に目を向ける。怯えた視線がオレに向けられていた。


「腰抜けどもめ」


 オレはその場を後にしようとした。


「おい、おぬしがダンとやらか?」


 不意に背後から声をかけられた。


 ……――おかしい。気配を感じなかった。


 オレは振り向いた。……誰もいない。


「ふむ。凄まじい魔力じゃ。どれ、ちょいとワシが遊んでやろう」


 声は予想よりも遥かに下から聞こえてきた。

 視線を落とすと、そこにはガキ……小さな幼女がオレを見上げていた。


「……お前のようなチビが、オレと遊ぶだと? お遊戯なら小便臭いガキ共とやれ」


 言いながら、突き刺すような殺気を放つ。

 少し威嚇すれば、さっさといなくなるだろうと思った。


「はん、ワシとやるのが怖いのか? でかいだけの腰抜けが」


 だが、予想に反してそいつは平然と立っていた。

 オレに不敵な笑みを向けてくる。


「……後悔するなよ」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ぐおおォォォッッ……!!」


 血反吐が床にまき散らされる。

 目にも止まらぬ攻防の末に、オレは地面にたたき伏せられた。

 オレの腰ほどもない幼女が、頭を踏みつけ、睥睨してきた。


「おやおや、もうお休みか? まだワシは遊び足りんぞ」


「ほざけッ!! ……うっ!? ぐあああァァッッ!!」


 立ち上がろうとする体を、凄まじい魔力波が折る。

 強引に地面に縫い付けられた。

 ……なんという魔力だ、このガキ。


「ちょうどいい練習相手が欲しかったところじゃ。貴様、魔導院にこい」


 オレの意思など聞く耳もたんとばかりに、そいつはオレを引き込んだ。

 オレはその日から魔導院に所属する魔法使いとなった。




 魔導院でオレがやることは、一つだ。


「ぐあああああっ!!」


「どうした? でかい図体と魔力しか貴様の武器はないのか?」


 そいつはオレを容赦なく打ち据えた。

 来る日も来る日も、その幼女との戦いに明け暮れた。


「ぜやぁッ!!」


 魔力で形作った剣で幼女の胴めがけて剣閃を放つ。


「遅いッ! ぬるいッ! 話にならんわッッ!!」


 無手の幼女に、あっさりと刀身が叩き折られる。

 またしてもオレは地面にたたき伏せられた。


「がああッッ!!」


 その幼女は俺より遥かに小さいにもかかわらず、オレより速く、強く、巧みにオレを打ちのめした。

 負け続ける日々が続いた。



「くそッ……! なぜ、なぜ勝てん……!!」


 魔力は日に日に伸びている。身体能力も、この恵まれた体があれば、あんな幼女に後れを取るはずがない。

 何が、何が足りないというのだ。


「ダン、貴様はすでに魔力は導師級じゃ。じゃが、それだけではワシには勝てんし、導師にもなれん。……これ以上弱い貴様と戦うのも飽きたわ。ちょっと仕事してこい」


 吐き捨てるように言われた。

 いくら取り合っても、仕事を終えるまでオレの相手をする気はないようだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「チッ……」


 ゼルンギアから離れた小さな村。そのさらにハズレにある怪しげな館。


『こいつは魔導院に隠れて禁忌の研究を行っておると報告があった。行って真偽を確かめてこい』


 幼女もどきの怪物ババァから指令を受け、オレはそいつの潜伏場所へとやってきた。毎日ババァの練習とやらに付き合ってきたオレは、これが魔導院の魔法使いとしての初仕事だった。

 ハッキリ言って魔法使いとしての仕事など興味はない。さっさと終わらせて、ババァをぶっ殺す手段を考えたい。

 こんな仕事、一瞬でカタを付けてやる。


「ふん……」


 館には一丁前に魔印による結界が施されていた。こんなもの足止めにもならないが、破れば中にいる者が察知するだろう。

 好都合だ。オレがいることを知らせて、向かってくるならよし、逃げるなら追って捕まえればいい。覚醒魔法を使えば、オレは竜よりも速く動ける。


 無造作に結界を通り抜け、館へと踏み入った。

 薄暗く、怪しい匂いが充満している。

 壁や棚には、一目で禁忌の薬や魔道具が見て取れた。


「バカかこいつは」


 捕まえてくれと言っているようなものだ。

 だが、はっきり言って大したものではない。軽い罪で済むだろう。

 一々オレが出向くのも馬鹿らしい相手だ。


「”風守りの精霊よ、顕現せよ”」


 オレは探知の魔法を使った。

 ……いる。

 ゆっくりと精霊が反応する場所へと向かった。


 地下へ伸びる階段。その先の一室に、人の反応があった。


「……?」


 精霊の反応に、違和感を感じた。

 人に紛れて、微かな残響のようなものを感じた。

 警戒しつつ、部屋へと踏み入った。


 それなりの広さの部屋だ。

 部屋の中は訳の分からない器具でごちゃごちゃとしていた。形状から察するに、ろくでもない器具なのは間違いない。だが、そんなことはどうでもよかった。

 目の前に、背中を丸めた小男がいた。

 何をするでもなく、部屋に踏み入った時からオレを見ている。

 やはりオレがくることはわかっていたようだ。


「おい。なんでオレが来たかはわかるな?」


「……わかる、わかるよ。どうせオイラの研究にケチつけにきたんだろ。魔導院の連中ってのはみんなそうだ。自分たちだけが技術を独占し、我々市民が真理に至る道を閉ざしている。不公平だよ、これは。オイラ頭も悪いし、魔力もアンタらに比べたら少ない。でも、オイラ知りたいんだ。何をどうやったらアンタらに近づけるのかをさ」


 こいつはオレが聞いたこととは関係ないことをベラベラと勝手にしゃべりだした。早口でボソボソと、酷く聞き取りづらい。


「貴様のことなど興味がない。いくら自分の純粋さを訴えたところで、法を破っていい理由にはならん。貴様よりひどい環境にいるものなど、吐いて捨てるほどいる」


「……なんでオイラこんななんだろうな? オイラ本当はもっと日の当たるところで勉強したかったし、研究したかったんだ。アンタらがうらやましいよ。堂々と魔法を極めることができるんだからさ。オイラにアンタらの力の一分でもあれば、こんなことしなくて済んだんだ。なあ、どうか見逃してくれねえか? 今日でこんなことは終わりにする。別に誰かに迷惑をかけた訳じゃない。ただ、知りたかっただけなんだ」


 うるさいヤツだ。オレにそんなことを訴えたところで何の意味もない。言い訳は裁く連中に言ってくれ。オレは怪しいヤツを捕まえに来ただけだ。


「ダメだ。これ以上何か言い訳するようなら、口を魔法で強制的に塞いで引きずっていく。嫌なら黙ってついてこい」


「……わかったよ。痛いのは嫌だ」


 そいつはオレに向かって歩き出した。

 そのとき、これまで抱いていた違和感が確信へと変わった。


「待て。……貴様、背後の空間に何か隠しているな」


 ビクリと、そいつの体が震えた。


「ペラペラと言い訳がましく話したのも、上の禁忌の薬も偽装だ。お前の本命は先ほどから隠蔽魔法で隠している背後にある。見逃してもらえばよし、掴まっても軽い罪で逃れる気だったな」


 ジリジリとそいつが後ずさる。

 オレはそれに合わせて距離を詰めた。


「どうした? 痛いのは嫌なんじゃなかったのか?」


「”……風よ、切り裂け!!”」


 そいつは苦し紛れの魔法を放ってきた。

 一応、大魔法を使うことはできるらしい。


「ふん」


 オレは特に何をすることもなく魔法を浴びた。

 周囲に常に張り巡らされた魔力結界が風の魔法を弾き飛ばす。

 大魔法とはいえ、込められた魔力の桁が違う。オレにとってはそよ風と変わらない。

 外れた風魔法は周囲に拡散し、怪しい器具が破壊され、もうもうとした煙が立ち込める。


「”風よ”」


 魔法で風を起こし、煙を吹き飛ばす。

 煙からヤツの姿が現れたとき、オレの目が見開かれた。


「ひ……ッ!! ひぃいいいぃぃぃぃぃぃぃうぅぅ!!」


「なに!?」


 ヤツの腕の中に、小さな女の子がいた。

 涙を流し、嗚咽を漏らしながらジタバタとあがいていた。


「貴様!!」


 ヤツの口が大きく裂けた。


「こいつをを!! 獣の呪いを食らえばぁ!! 貴様なんぞには負けんわぁッッ!!」


 醜悪な開口部が、少女の首筋に突き立てられんとした。


(ま、間に合わん!!)


 咄嗟に思う。

 だが、思うよりも早く動いていた手足が、オレの生涯で最も早く、鋭く魔法を発現させていた。


 ”大地の剣”。全ての属性の中で風魔法に次いで発生が速く、より威力の高い地属性魔法。

 地面から伸びた鋭い切っ先が、ヤツの顎を切り落とした。


「ギャアアァァァァァァァァァァァァァ!!」


「”大地の鎖よ、顕現せよ!!”」


 地面から赤い鎖が伸び、男を締めあげた。

 その隙に男へと肉薄し、至近距離から魔法を放つ。


「”時よ、凍り付け!!”」


 封印魔法を食らい、そいつはのたうち回るのをやめた。

 物言わぬ人形となり、ゴトリと倒れる。


「……ふぅ」


 汗が頬を伝った。

 傍らに倒れる少女に目を向ける。


 少女は戦いのショックで気を失っているようだった。

 ……獣の耳に、尻尾。少女は獣の呪いの発現者だった。

 獣の呪いは人竜戦争時に人に埋め込まれた、竜を超えるための因子だ。

 発現すれば、超人的な能力を得ることができたという。

 その力を狙われ、この異常者に捕らえられたようだ。


 ……静かに自らの手を見つめる。

 先ほどの魔法の感触を思い出していた。


「……なぜ、間に合った?」


 彼女は今、オレの腕の中で静かに眠っている。

 オレは魔導院へと彼女を連れ帰った。

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