第19話「吠えよ、破壊の衝動」

 ゼルンギアの高層建築を背に、幼女と巨竜が対峙する。


「人の街を我が物顔で飛びおって、羽虫が……! 叩き落としてくれるわ!!」


 ワースは魔力で全身を武装した。

 体の文様に光が灯る。

 巨竜に向かって手を伸ばした。


「”剣の宝珠よ、顕現せよ!!”」


 空中に無数の輝く剣が出現する。

 切っ先が巨竜へと向かった。


「”貫けッ!”」


 ワースの号令と共に、一斉に巨竜に襲い掛かった。

 弾丸のごとく巨竜の魔力結界の隙間を縫って突き刺さり、悲鳴が響き渡る。

 巨竜が咆哮し、ワースに向かって突撃した。


「来るかッ!?」


 ワースが跳躍する。

 直後にワースのいた場所に巨竜が突っ込み、建物が崩れ落ちた。


「遅いわッッ!! ”剣の宝珠よ!!”」


 再び巨竜の周囲に輝く剣が生まれる。

 剣が吸い込まれるように竜の傷口へと突き刺さった。

 だが、巨竜はひるむことなくワースに突っ込んできた。

 魔法を放った直後のワースは、離脱の機会を逃した。


「構わず突っ込むか!! よかろう、来いッッ!!」


 ワースは魔力結界を大きく展開した。

 巨竜の魔力結界とワースの魔力結界が衝突し、周囲を激しい衝撃波が襲う。


「うおおぉぉッッ!!」


 一人と一匹が空中でぶつかり合い、衝撃に建物が崩れていく。


「ぐううううぅぅぅぅっっ……ぅぅぅらあああああああッッ!!」


 ワースが吠え、魔力結界が大きく膨らんだ。

 巨竜の巨体を押し返し、その衝撃に巨竜に隙が生まれる。


「ここじゃあああぁぁぁッッ!! ”剣の宝珠よ――”」


 ワースが魔力を巨大な剣へと変換しようとしたとき、黒い衝撃波がワースの体を貫いた。


「ぐッ!? ま、魔力波か!?」


 魔力による武装が解け、ワースは地上へと落下する。

 ワースは堅い地面にたたきつけられた。


「がはッ!!」


 血を吐き、力なく横たわる。

 間一髪、魔力結界を発生させ、ダメージを抑えた。

 だが、身体に力が入らない。

 巨竜から放たれる魔力波が、ワースの魔力の発生を抑えつけていた。

 巨体がワースめがけて飛来する。


「ッッうおおおぉぉ!!」


 魔力波に抗い、無理やり魔力を引きずり出して身体能力を強化した。

 後方に向かって跳躍し、巨竜の踏みつけを躱した。

 だが、巨竜は即座に体勢を整え、ワースへと追いすがった。


「うああッッ!?」


 巨大な腕で打ち据えられる。

 ワースの体が地面にたたきつけられ、周囲を跳ね回った。


「あ、あ……う、ま、だ、まだ……!!」


 懸命に魔力結界を展開し、巨竜の攻撃を受け止める。

 だが、ついに魔力結界にひびが入った。


「あッ!?」


 巨竜の腕がワースの矮躯を地面に叩きつけた。


「ぎゃうッ!!」


 巨大な腕で羽交い絞めにされ、身動きが取れなくなる。

 巨竜は口を大きく開け、ワースの体へと迫った。

 今にも、その体が引き裂かれんとしたとき――……

 巨竜の動きが静止した。


「……?」


 ワースが訝しむ。

 巨竜の首がブルブルと震える。

 次の瞬間、バギンという音と共に、巨竜の口が強引に閉じられた。

 そのまま骨の砕ける耳障り音が響き、頭から飛び出た鼻と口が潰れる。

 潰れた顎が頭部から外れ、轟音と共に地面へと落ちた。


「な、何が……!?」


 ワースは傍に人の気配を感じた。


「誰じゃ!?」


 気配のした方を振り向く。

 少女がいた。

 細く小さな腕を巨竜に向け、ゆっくりと近づいてくる。


「ハル!? お、おぬし、どうしてここへ!?」


 訊きながら、息を呑む。

 ――違う。いつものハルじゃない。

 彼女の体からは、いまだかつてない剣呑な雰囲気が放たれていた。

 彼女が巨竜の手前で立ち止まった。


 ハルは無造作に空中にある何かを掴む動作をした。

 それに連動し、巨竜の首が強引に捻じ曲げられる。

 巨竜は必死に抵抗しようとしているが、全く抗うことが出来ていない。

 ハルが何かを掴んだまま腕を上に伸ばし、静止する。


「……ぅぅぅぅあああああッッッ!!!」


 ハルは勢いよく腕を振り下ろした。

 バキバキボキボキと骨が砕ける音がしながら、巨竜が彼方へと吹き飛んだ。


「な、投げおったッ!?」


 巨竜が投げ飛ばされ、通りの向こうの建物に叩きつけられる。

 轟音と衝撃がワースのもとに伝わってきた。


「ハァ……ハァ……」


 ハルは肩を上下させつつ、巨竜を睨みつけた。

 ワースは立ち上がり、ハルに声をかけようとした。だが、依然としてハルが纏う異様な気配に、それを躊躇する。


「……よくも」


 ポツリとハルが呟いた。


「……よくも、よくも、よくもよくもよくも」


 呪詛のように、繰り返し呟いた。


「……よくも、ダンさんをォォォォォッッ!!」


 その一声と共に、ハルが爆発的に加速した。ワースに掛けられた風の魔法を使用し、凄まじい速度で巨竜に肉薄する。

 よろよろと立ち上がる巨竜に、駆け出した勢いのまま拳を振り下ろした。


「うああああああああッッ!!」


 次の瞬間、轟音と共に衝撃が周囲を襲った。

 巨大なハンマーに打ち据えられたように、巨竜の体と地面が大きく沈む。


「やあああああああッッ!!」


 突き、蹴り、殴り、そしてまた突き。

 ハルはでたらめに巨竜の体を叩きまくった。

 駄々っ子のように手足を振り回し、巨竜を滅多打ちにする。

 子供の癇癪のような動作だったが、それに伴う破壊は劇的であった。

 

 ハルが手を振り下ろすたび、地面にクレーターが穿たれる。

 巨竜は休む間もなく血反吐をまき散らした。

 だが、でたらめに動き回ったハルが手を滑らせる。


「あうッ!」


 ハルは勢い余って自らの地面を砕いた。

 衝撃が自らの体を襲い、壊れた人形のように吹き飛んだ。

 地面に転がると、痛みをこらえるようにゆっくりと立ち上がる。


 ハルに生まれた隙に、巨竜が魔力波を放った。

 だが、それを予見していたかのように巨竜に向かって手を伸ばす。

 ハルの体から光の壁が放たれ、魔力波を相殺する。

 導師たちが動くことさえ厳しい魔力波の嵐を、平然と進んだ。


「うううううぅぅぅぅ…………!!」


 ハルが唸り声を上げながら巨竜に迫る。

 巨竜は魔力波がハルに通じないことを悟ったのか、魔力波を引っ込めた。

 体勢を低く構え、口を大きく開けてハルに向かって口腔を晒す。

 闇の波動がハルに向かって放たれた。

 ハルは闇の波動に向かって無造作に手を伸ばした。


「消えろッッ!!」


 ハルの手から光の波動が放たれる。

 光の波動は大きく広がり、巨竜の闇の波動を飲み込んだ。

 やがて巨竜まで到達すると、巨竜の魔力結界を根こそぎ吹き飛ばした。

 急激な魔力消費に、巨竜の体がくずおれる。


 ゆっくりとハルが巨竜へと近づいた。

 巨竜はブルブルと体を振るわせながら立ち上がろうとする。

 だが、ハルの左手がゆっくりと握りしめられ、巨竜の体を縛り付けた。


 ハルは巨竜の前で立ち止まった。

 静かに顔を上げる。

 涙にぬれた顔が、そこにあった。


「……ダンさんを、返してよおおぉぉっ……!!」


 ハルの左手が巨竜に触れる。

 何の力も込められていない手。

 だが、触れた瞬間に巨竜の体がミシミシと軋みだした。


 強大な力に握りしめられ、身体が内側に折りたたまれていく。

 骨が飛び出し、激しい血しぶきが噴き出す。

 やがて肉も骨も纏めて一つとなり、首だけとなった竜が崩れ落ちた。

 ……それきり、巨竜は沈黙した。


「うっ、うっ、うっ……」


 静けさの訪れた街。

 その静寂の中、ハルの嗚咽だけが聞こえている。


「ハ、ハルっ!!」


 ワースがハルに追いつく。

 巨竜の死骸を前に、ハルはひたすら泣きじゃくっていた。

 ワースがハルを抱きしめると、彼女はくずおれた。


「うああぁぁっ……!! ダンさんが、ダンさんが……!!」


 ワースの胸でハルは泣いた。

 小さな手がそっとハルの頭を撫でる。

 彼女の様子に、ワースは何が起こったのかを悟った。


「そうか、ダンのヤツが……」


 ワースの顔が寂し気に曇った。

 ハルをひとしきり撫でると、ワースは片手を巨竜へと伸ばした。


「”時よ、凍り付け”」


 巨竜の体が青い光に包まれ、その変化を止めた。

 封印状態となり、流れ出る血が止まる。


 二人は抱き合ったまま、しばしの時間が流れた。

 彼女たちにゆっくりと近づく人物がいる。

 ワースは彼に気付き、話しかけた。


「……ルゥ! 戦況はどうなっておる!?」


「魔力干渉が無くなり、雌雄は決した。今は魔法使いと軍が死竜兵を圧倒している。まもなく掃討が終わるだろう」


「……そうか、良かった」


 ルゥがハルを見る。

 彼女は今もワースの胸で泣き続けていた。

 しばらく、ルゥとワースが彼女を見守る。


「……ハル、ダンを救いたいか?」


 やがて、ポツリとダンがハルの背中に語り掛けた。

 その言葉に、ハルの嗚咽が止む。

 ゆっくりと顔を上げ、不思議なものを見る目でルゥを見た。


「ハル。……お前の力、ダンを救うために使ってみる気はないか」


「え?」


「ずっと考えていたことだ。お前の力ならば、死に瀕した人間を救うことも可能かもしれない」


「ルゥ、どういうことじゃ?」


 ルゥはワースを見た。


「ダンの体はまだ生きている。ならば、意識さえ呼び戻せれば生き返るはずだ。ワース、アンタの力も借りたい」


 ハルがルゥに飛びついた。


「な、何でもする! 私は、何をすればいいの!?」


「お前の力。願うままに結界を作り、怪物を倒して見せた。その”願いをかなえる力”を使い、ダンを呼び戻す」


「……で、でも、それなら試したよ! 私がいくら願っても、ダンさんは目を覚まさなかったんだよ!?」


「……お前の願いでは、足りないのかもしれない。今、最もダンの復活を願っているのはリィだ。ワースの”伝心”の魔法を使い、彼女の願いとお前の力を連結させる」


「……そ、そんなこと、出来るの?」


 不安げにワースさんを見る。

 彼女は顎に手を当てて考え込んでいた。


「……合成魔法か。ワシの魔法と、ハルの魔法を合わせて、より強力な効果を発揮させようという訳じゃな」


「ああ」


「全ては、ハルの力が『極大魔法』であることに掛かっている、という訳か……」


 二人が頷きあう。

 だが、私にはその会話の内容が分からない。

 しかし、もしダンさんを生き返らせることが出来るのなら……


「……やります。私、きっとダンさんを蘇らせて見せます」

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