第18話「首都決戦」

「あ、あれは…………!!」


 猛然と飛び立つ竜を目にする。

 他の竜よりも数十倍の巨躯でありながら、それよりも遥かに速い。

 恐るべき魔力で風の魔法を操り、ゼルンギアに羽ばたいた。


「ま、間違いない……! あの魔力、あの気配。グースギアで見た怪物と同じじゃ……!!」


 ワースの全身に汗が浮かんだ。


「ぎゃあああぁぁぁッ!!」「り、竜だッ!!」「呪いをもらうぞ――ッ!!」


 巨竜に続いて深淵からあふれ出す飛竜。

 それを目にして、広場に集まった人々が半狂乱で逃げ惑った。

 無抵抗な人々に、飛竜の牙が襲い掛かる。


「”光の壁よ、顕現せよ!!”」


 すんでのところで、光る壁が竜の前に立ちはだかり、牙を止めた。

 光の壁が広範囲にわたって展開し、人々を毒牙から守る。


「おそれるな!! 奴らは竜ではない!! 呪いはないぞ!!」


 光の壁の中心で、ワースが吠えた。


「戦えるものは戦え!! 力のないものは逃げよ!! 今こそ修行の成果を見せるのじゃ!!」


 ワースの一喝に、人々は冷静さを取り戻した。あるものは戦う姿勢を見せ、あるものはその場を速やかに立ち去る。


「流石だね、ワース。助かるよ」


 エアがワースに言った。


「エア、悪いがここは任せた。ワシは、あのデカブツを追う!!」


「ワース。こちらこそ、頼んだよ。アレは僕の魔力では太刀打ちできない」


 ワースは頷き、竜を追って跳躍した。

 一飛びで校舎の最上階に達し、それを足場にさらに跳躍する。

 巨竜をその目にとらえた。


 巨竜は魔導学院の建物を睥睨しながら、中央の摩天楼を目指して進路を取った。

 だが、その体が、見えない壁にぶつかり、身をひるがえして旋回する。


「なにっ!? 結界か?」


 ワースは眼下の様子を窺った。

 魔導学院を囲むように配置される軍を目にする。


「ッ!! 軍の連中か! さてはこうなった時のために配置しておったな!」


 ワースがギリリと歯噛みする。


「……だが、好都合じゃ!」


 ワースは周辺で最も高い建物の頂きに着地した。

 巨竜の体を魔眼が捉える。


「体内に宝珠の魔法が残っておるな。ルゥかダンがやりおったか。魔力結界に隙がある!」


 ワースは天へと杖をかざした。


「”剣の宝珠よ、顕現せよ!!”」


 中空に結晶が発生し、それが巨大な剣となる。

 剣の切っ先が巨竜へと狙いを定めた。


「”貫けッ!!”」


 剣が猛加速し、巨竜めがけて放たれる。

 鋭い刃が巨竜の胴体を貫いた。

 耳をつんざく大絶叫が響き渡る。


「よしッ! 通じるな!?」


 巨竜はきりもみしながら建物の一角に落下する。

 のそりと体勢を立て直すと、剣が放たれた方向を向いた。

 ワースを睨みつけ、唸り声をあげる。


「そうじゃ、それでいい。ワシが貴様の相手じゃ!!」


 ワースの体の文様に光が灯った。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「”いかずちよ、轟け!!”」


 エアの手から紫電を放つ光球が放たれる。

 光球は空中で静止すると、稲妻となって飛び交う竜を打ち落とした。

 稲妻から逃れた竜がエアめがけて滑空してくる。


「”大地の槍よ、貫け!”」


 地面から伸びた鋭い槍が、突進してきた竜を串刺しにした。

 エアがふぅ、と息を吐く。


「久しぶりの実戦の地が、ゼルンギアの、それも魔導学院の中とはね……生徒のみんなが無事だといいんだけど」


 エアは周囲に目をやった。

 白衣の青年が目に入る。


「やれやれ、戦うのは得意じゃないんですけどね…………”炎の渦よ、蹂躙せよ!!”」


 ゼド博士が炎の竜巻を飛竜に向かって放つ。

 激しい灼熱の旋風が、飛竜を次々と飲み込んだ。

 竜巻の制御に集中するゼド博士に、横合いから飛竜が襲い掛かる。


「うわっ、ちょ、待って……!!」


 ゼド博士が慌てて離脱しようとする。

 だが、足がもたつき、その場に転びそうになった。


「やっば……!!」


「やああぁぁッッ!!」


 ゼド博士の眼前に迫った飛竜に、小さな閃光が迸る。

 飛竜の首が飛び、その場に崩れ落ちた。

 尻尾の生えた小さな体が、素早く構えなおした。


「ダン様……! リィも、戦います!!」


「リィ! やれるのか!?」


 ゼド博士がリィに言った。


「はい、ハカセ! ”内なる力、覚醒せよ!!”」


 リィの体に力が漲り、筋肉が膨らむ。

 爪が鋭さを増し、瞳孔が獲物を狙って窄まった。


「フ――……ッ!! やああッッ!!」


 大地を蹴り、猫のように飛竜へと仕掛けた。

 鋭い爪が強靭な体躯を切り裂く。

 そのまま次々と飛竜へと躍りかかった。

 嵐のような激しさで飛竜たちを屠っていく。


「さ、流石獣の呪いの発現者……! 導師に勝るとも劣らない身体能力ですね!!」


 旋風のように暴れまわるリィに、飛竜が頭上から風の魔法を浴びせかける。

 リィは地上の敵に気を取られ、それを見逃した。


「あっ……!!」


 それに気づき、リィの顔が歪んだ。


「”光の壁よ、顕現せよ!”」


 リィの周囲を光の壁が包む。

 風の刃は光の壁に弾かれ、周囲へと拡散した。

 エアがリィに駆け寄る。


「……だが、防御はまだまだだね。導師にとって最も重要なのは、堅牢な魔力結界の発生と維持だ。僕は君たちの盾となることに専念しよう」


「エ、エア様! はい!」


 エアを中心に、リィとゼドが陣を組んだ。

 飛竜たちを迎え撃とうと魔力を練る。

 しかし、深淵から顔を覗かせたそれに、彼らは眉をひそめた。


「ち、地竜種……!」


 闇の底から、鋭い爪の刺客が姿を現した。

 次々と這いあがってくる。


「ま、まずいな……まだ出てくるのか……! 流石に多勢に無勢だ」


 エアが顔に戦慄をにじませた。


「はああぁぁッッ!!」


 だが、這い上がってくる地竜を閃光が切り裂いた。

 地竜の集団が一撃で倒れ伏せる。


 闇から飛び出す者がいた。

 空中で回転し、エアたちの前に着地する。

 長い黒髪が風に揺れた。


「マルテ! 無事だったかい!」


「マ、マルテさんっ!! 待ってましたっ!」


「マルテ様ッ!!」


 笑顔でマルテを迎える。

 だが、彼女の顔は険しいままだった。

 一言も発さず、リィの姿を見ると、顔を背けた。


「……ッ!」


 マルテが唇を噛んだ。

 リィが訝しんだ顔を向ける。


「マルテ様……?」


 彼女の後ろから、別の人間が姿を現した。


「ハルさんッ!」


 リィはハルに駆け寄った。

 ハルはリィを見つけると、ビクリと体を震わせた。


「ご無事で、よかったです」


「リィ、ちゃん……」


 リィの抱擁に、ハルはフラフラと揺れた。

 顔に涙のあとを見つける。

 彼女の様子に、リィが訝しんだ。


「ハルさん、ダン様は……?」


 ハルは答えない。

 彼女の後ろから、ゆっくりと闇から上がってくるものがいた。

 背に、誰かを背負っている。

 大きな手が、力なく揺れていた。


「ルゥ、さ……ダン、さ、ま……」


 リィは立ちすくんだ。

 ゆっくりとルゥが近づいてくる。

 ルゥはリィの前で立ち止まった。


「……」


 リィを見つめ、静かに背負っていた人を下ろした。


 ダンの体が、糸の切れた人形のように横たえられた。


「ダ、ン、さ、ま……」


 リィの目から滝のように雫が溢れだした。


「ダンさまああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁああぁぁ!!」


 リィがダンの体を抱きしめ、必死に縋り付いた。


「あああああああああぁぁぁぁぁああぁぁぁああぁううううああああああ」


 涙が頬を伝い、ダンの顔を濡らす。

 リィの悲痛な叫び声を、ハルたちは立ち尽くして聞いていた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 声を聴いていた。

 ダンさんの体を抱きしめながら、必死で彼の名を呼ぶ声。

 竜の鳴き声も、魔法の衝撃も、全て掻き消された。

 声をからして、息を吐ききっても、まだ足りないとばかりに耳朶を打った。


 リィちゃんの声が、私を責めるように心に突き刺さった。

 ――いや、違う。攻めているのはリィちゃんじゃない。

 私自身だ。


 助けると誓ったのに。

 信じてと言ったのに。

 また、何もできなかった。


「エア、戦況はどうだ?」


 ルゥがエアさんに聞いた。


「なんとかもってるって感じだね。各地に配置した魔法使いが奮戦してる。問題は、上の奴だ」


 ルゥが空を見上げた。


「……! やはり、生きていたか!」


「知っているのか? あの竜を」


「地の底で交戦した。オレは瀕死になり、ダンは倒れた」


「そうか……今、ワースが一人で戦っている」


「わかった。オレが加勢する。薬をくれ」


「僕も行こう。アレは、導師が一人二人集まったところで勝てる相手じゃない」


「わかっている」


 ルゥがエアさんから小瓶を受け取り、飲み干した。

 二人が武器を手に取り、ワースさんのもとへ向かおうとした時だった。


 巨竜が吠えた。

 それと共に、衝撃を伴うプレッシャーが放たれる。


「ッ!!」


「ぐぅっ!!」


「うあぁッ!!」


 ルゥ、エアさん、マルテさん、およびその場にいる全ての魔法使いが膝をついた。

 膝をガクガクと震わせ、立つこともままならないといった状態になる。


「こ、これは……魔力波による干渉だ!!」


「ぐうぅぅぅぅ、な、なんという力だ……!」


「……ダメ、魔力が練れない……!」


 彼らは立ち上がろうとするが、とめどなく放たれるプレッシャーに崩れ落ちる。


 ――私は一歩を踏み出した。


「……ッ!? ハル!?」


 ルゥが呼びかける声が聞こえる。

 私は巨竜の魔力波を受けて、何事もなく立っていた。


「……許さない」


「な、なに!?」


 激情が私の体を渦巻いていた。

 自分への怒りと、ダンさんの仇への怒りを乗せ、私は駆け出した。

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