第16話「戦え、抗え、振り絞れ」
血だまり、その先にまた血だまり。
あちこちに戦闘の跡があり、例外なく人が倒れている。
死竜兵の死体はなく、戦いは一方的な展開のようだった。
「ルゥ……ルゥ……!!」
私の心を不安が埋め尽くす。
それをかき消すように、必死で足を動かした。
「マルテさん、今ルゥがどこにいるかわかりますかっ!?」
彼女が唇を噛んだ。
「ダメ! まだ交信できない! たぶん、魔力干渉を受けてる! しかも段々干渉が強くなってるわ!」
「そんな、それじゃどうやって探せば……!」
遺跡は進めば進むほど、少しずつ複雑となっていった。
今は戦闘の跡の追って進んでいる。
だが、次第にそれもまばらになってきていた。
――闇雲に探してもだめだ。
危機に瀕して、私の思考が加速した。
「……マルテさんっ!! 魔力干渉が強力になっていく方向に行きませんか!?」
「……わかったわ! 私についてきて!」
彼女は瞬時に私の意図を悟った。
魔力干渉が徐々に強くなっていくのなら、発生源はその先だ。
私はルゥがそこにいるのではないかと考えた。
マルテさんが方向を定め、力強く加速する。
私も何とか追いすがる。
……動け、私の足! 動け、私の体!
間に合わなくなってから後悔しても、遅いんだ!!
進むたびに、死竜兵の密度が濃くなっていく。
目の前を集団が立ちふさがった。
「”光よ!!”」
マルテさんの手に光球が生まれ、それを死竜兵の集団に向かって放った。
光球は集団の中心に着弾し、激しい衝撃を伴って奴らを吹き飛ばした。
道が開かれる。
「ハァ、ハァ……!」
先ほどから無数の死竜兵を無視して進んでいる。
今、入り口部分はどうなっているのだろうか……ワースさん達が無事であることを祈った。
「ハル! 魔力干渉源が近いわ!!」
マルテさんが叫んだ。
「はい!」
ルゥ……今、行くから!!
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ルゥ君、何か来るぞ!」
ダンが叫び、二人は体勢を立て直す。
立ち上がると、背を合わせて周囲を警戒した。
ルゥが剣を抜き放ち、ダンが杖を構える。
「”風の刃よ、覚醒せよ”」
「”剣の宝珠よ、顕現せよ”」
ルゥの剣が甲高く鳴動し、ダンの杖に美しい刀身が姿を現した。
二人の間に緊張感が漲った。
周囲は暗く、目視では何がいるのかわからない。
普段ならば光の精霊を顕現させるところだ。
だが、二人は軍の人間に悟られることを考慮し、それをしなかった。
ジャリッ、と床を踏みしめる音がする。
ダンの耳がそれを捉える。
その瞬間、闇から鋭い刃が襲い掛かった。
「くッ!!」
輝く刀身が閃き、かろうじて攻撃を受け止める。
刀身の輝きが襲撃者の体をわずかに照らした。
ダンの目がそれを捉える。
黒く硬い鱗に覆われた腕。
人間ではない。
「ルゥ君、軍の連中じゃない! 光の精霊を使え!!」
その間にも、ダンに対して四方八方から刃が襲い掛かった。
ダンはそのすべてを受けきる。
「”光の精霊よ、顕現せよ!!”」
ルゥが手を掲げ、周囲に淡い光を放つ光球が解き放たれる。
光に照らされ、襲撃者たちの正体が露になった。
「何!?」
「……竜だと!?」
屈強な体躯に、それを鎧のように覆う漆黒の鱗。手足から鋭い爪が伸び、硬い床を砕きながら食い込んでいた。
「翼のない身体に、鋭い爪……地竜種か!!」
ジリジリと竜が二人を囲い込む。
二人は竜の呪いを恐れ、手を出せずにいた。
「た、助けてくれぇぇッッ!!」
「「!?」」
遠くから二人に向けて呼びかける声があった。
血まみれの兵隊が、ルゥ達を見つけ、半狂乱の様相でこちらに向かってきていた。
「さっき入っていった奴等か! おい、この竜どもはなんだ!?」
「そ、そいつは竜じゃない!! 死竜兵だ! 呪いは受けない! 頼む、助けて……グブッ」
必死に走っていた彼らを、巨大な柱が押しつぶした。
……否、柱ではない。柱のように太く大きな、何かの足だ。
「”光の精霊よ!”」
ルゥは闇に向かって光の精霊を放った。
光を受け、巨大な二つの眼が爛々と輝く。こちらをジロリと睨んだ。
他の個体よりも数十倍はあろうかという巨躯。
威容を湛えた巨竜がそこにいた。
ゆっくりとその巨体がルゥ達に近づく。
彼らの体に滝のような汗が流れ出した。
「……ダン、気付いているか?」
「……ああ。他の小さいのはともかく、あのでかいのは別格だ。とてつもない魔力を感じる。まるで、グースギアの怪物のような」
「チッ……こう立て続けに自分の魔力を超える相手を目にすると、流石に凹む」
「同感だ。だが、一つ朗報がある。アレを攻撃しても、呪いは貰わないらしい」
「……やるしかないな」
「ああ!!」
二人が駆け出した。
「小さいのからやるぞ!!」
ルゥが小型の地竜に襲い掛かる。
一振り、二振り、三振り。
風の刃を伴う斬撃が、一瞬で三体の地竜を両断した。
「うおおおおぉぉぉッッ!!」
ダンが裂帛の気合と共に地竜の集団に躍りかかる。
杖から長大な刀身を発生させ、真横に薙ぎ払った。
大量の血しぶきと共に、竜の首が宙を舞う。
数匹を切り伏せたところで、二人は竜から距離を取り、体勢を整えた。
「ハァッ、ハァッ……!!」
「フッ、フ――……!!」
数度の接敵で、二人の体力は大きく削られていた。
ルゥが違和感に顔をしかめる。
「ま、魔力が思うように使えねえ……!」
「ハァッ、ハァッ、魔力干渉の影響だ……! あのデカブツが周囲に魔力波で干渉している!」
「ッ……デカブツがくるぞッ!!」
巨竜の尻尾が、鞭のようにしなる。
轟音と共にルゥ達のいる場所に向けて猛然と襲い掛かった。
二人は素早く跳躍し、その攻撃をかわす。
ルゥは着地すると、隙を狙って集まってきた地竜に対して魔法を放つ。
「”風よ、切り裂け!!”」
空気が裂ける爆音と共に、周囲の地竜たちの体が散り散りに解体される。
急激な魔力の消耗に、ルゥの顔が歪んだ。
ダンは着地と同時に群がってきた地竜に対して、剣で迎え撃つ。
素早く二体を倒し、三体目に斬撃を放った際、強靭な鱗の前に剣が止まった。
「グッ!?」
ダンに生まれた隙めがけて、爪が殺到する。
「ハァッ!!」
その爪を、ルゥの放った不可視の斬撃が両断した。
ダンのもとにルゥが駆け寄り、群がる地竜を叩き伏せる。
周囲の地竜を片付けると、彼らは背を合わせて態勢を整えた。
「……済まない」
「仕方がない。ここではあんたの得意な地魔法も炎魔法も使えない。オレがフォローする」
「……自分の弱さが腹立たしいよ」
「戻ったらババァと特訓でもすればいい」
「ああ」
二人は再び竜たちに立ち向かった。
一定の距離を保ちながら、常に互いをフォローできる体勢で攻撃を繰り出す。
「ハァッ!!」
「セィッ!!」
一閃、また一閃。
二人の斬撃が竜をことごとく断ち切っていく。
だが、竜は休むことなく二人へと襲い掛かった。
「”風よ、薙ぎ払え!!”」
ルゥの風魔法が竜を吹き飛ばす。
ダンが体勢を崩した竜たちに躍りかかる。
竜の一団を倒したと思ったのも束の間、頭上から轟音と共に巨竜の一撃が襲い掛かった。
「”風よ!!”」
ルゥは地面に向かって風魔法を放ち、自分たちの体を無理やりその場から離脱させた。
「ぐっ……!!」
間一髪巨竜の一撃を避けたが、風の衝撃にダメージを受けてしまう。
その隙を狙い、竜たちが二人に飛びついた。
襲い来る無数の爪。
振り下ろされる巨大な肉の鉄槌。
幾度も打ち付けられる体、切り刻まれる手足。
二人は満足に魔法を使えない状況下で、魔力結界と回復魔法、そして己の肉体を駆使して戦った。
地竜は次第に数を減らしていく。
だが、それ以上に彼らは消耗していた。体の芯から削り取られていく魔力。体に鞭打ち、限界に向かって己の魔力を引き出していった。
ダンは歯噛みしながら思った。
(……魔力結界を作る力が無くなったとき、私たちは負ける)
ダンは決して得意ではない回復魔法を使う魔力を練った。得意の魔法が使えない今、自分にできるのはルゥのサポートだ。
必死に己を奮い立たせ、剣を振るう。
だが、いまだに無傷で屹立する巨竜に、ダンの心を徐々に絶望感が支配していく。
(くそっ……私は、私は……なんて、弱いんだ……)
「らあああぁぁぁッッ!!」
ルゥが渾身の力を込めて竜を切りつける。
死力を振り絞り放った斬撃に、地竜たちが倒れていく。
(ルゥ君は、強いな……)
己の内にわずかに残った魔力をかき集めながら、ダンは思った。
(フッ……こんな機会は滅多にない、か……そんなことを言っていられる余裕は、今の私にはないな)
驕っていた軍時代を思い出す。
ワースに叩きのめされ、魔導院に入ってもしばらくは尖っていた。
彼らと切磋するうちに、次第に刺を失っていく自分。
最初はイラついたが、そんな自分も悪くないと思うようになっていった。
いつしかどんな仕事も楽しむように、飄々とこなすようになっていく。
「ハァッ、ハァッ……ダン、あらかた片付いたか!?」
「ああ、ルゥ君! 後はデカブツだけだ! ……ヤツはどこだ!?」
だが、遥かな高みを知った今、また自分に満足できなくなった。
自分の内に身を焦がすほどの渇望が湧くのを感じている。
今なら、この炎に身を焼かれてもいい。
「……ダン、上だぁ――――ッッ!!」
「ッッ!!」
振り向いた時には、もう遅かった。
「うおおおぉぉッッ!!」
ルゥが猛然と加速し、ダンを突き飛ばした。
直後に、巨竜の体躯がルゥを下敷きにした。
「ルゥ――――ッッ!!」
ゆっくりと巨竜が足を踏みしめる。
巨竜が足を上げたとき、赤い液体が地面に広がった。
ダンの体が震える。
自分への怒りに、どうにかなってしまいそうだった。
私は、何をやっているんだ。
導師だ何だと驕っておきながら、自分の身すら守れない。
それどころか、身を挺して自分を守った仲間を失う。
「何が、導師だ……! 何が、極大魔法だ……! これでは、ハル君にも、マルテ君にも、リィ君にも顔向けできないではないか!!」
杖を握りしめる腕に力が入る。
巨竜の爪がダンに向かって伸びた。
「うおおおぉぉぉッッ!!」
ダンは身体能力を強化し、巨竜に向かって走り出した。
爪を掻い潜り、ルゥのもとへと駆けつける。
彼の体を見つけ、転がるように体を掴んだ。
あらんかぎりの力で床を踏みしめ、跳躍して巨竜の射程から離脱する。
「ルゥ君!!」
ダンはルゥの鼓動を確認した。
――生きている!!
「死ぬなよ、ルゥ君」
回復魔法をかけ、止血する。
最低限の治療を施し、立ち上がって巨竜と向かい合った。
自分への激しい怒りを内に秘め、巨竜を睨みつける。
「……私は今、自分が許せない。貴様を倒すためなら、この体だろうと何だろうと捧げてやろう。……この魔法に全てを懸ける」
ダンの全身に力が漲る。
それに呼応するように、巨竜が吠えた。
強大な魔力結界を展開し、ダンへと突撃する。
ダンは深呼吸すると、呪文を唱えだした。
「力を感じ……己の内から引き出す……」
巨竜が眼前へと迫る。
「そして願い……口にする」
ダンの魔力が一点へと集中し、変容を始める。
己がイメージする、最も強力な力へと変換していく。
――ハル君のように。
「”砕けッッ!!”」
全力で拳を握りしめた。
巨竜の周囲に輝く結晶が現れる。
結晶は幾筋もの柱となり、蛇のように巨竜に絡みついた。
「うおおおおおぉぉぉぉッッ!!」
結晶が収縮し、巨竜の体を握りしめた。
ギリリリリリリ、と鉱物をこすり合わせる音がする。
巨竜の動きが止まり、悲鳴を上げた。
魔力結界と結晶が激しくぶつかり合い、互いを滅ぼさんとせめぎあった。
「ぐ、ぐううぅぅぅぅッッ!!」
ダンが歯を食いしばって唸る。
全身から魔力を搾り取る。もはや、魔力結界も身体強化の魔法も解いていた。これを使い終われば、急激な魔力消費により気を失うだろう。だが、それでもダンはこの魔法に懸けた。
ダンの作り出した結晶が巨竜の魔力結界を砕いていく。鋭利な結晶が巨竜の体に食い込み、血しぶきが舞い散る。
「”貫け!!”」
結晶が形を変え、内部に向かって無数の刺を伸ばした。巨竜の体が貫かれ、中心部に向かって植物の根のように侵食していく。
あと少し、あと少しで心臓まで届く。
己の中に残った一握りの魔力を注いでいく。
……しかし、あと一歩というところで、結晶の動きは止まった。
ダンは笑った。
もはや、自分に力は残っていない。
それでも、届かなかった。
「……だが、近づけたという実感がある。今は、それで満足だ」
次の瞬間、地竜が放った爪撃により、ダンの体が宙を舞った。
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