第15話「封印されしもの」
「ま、魔導学院に、こんなものが隠されていたとは……」
ワースさんが広場に出現した巨大な扉を見つめながら言った。
扉の先は真っ暗になっており、先を見通すことはできない。
階段が端から下に伸びている。
「ワースさん、ルゥはきっとこの下にいます! お願い、力を貸してください」
「……うむ! マルテ、行くぞ!」
「はい!」
私たちが突入を決意したときだった。
「……ま、待ってッ! リィも、ボクも行きますッ!!」
リィちゃんが息を切らしながら走ってきた。
私たちに追いつき、ワースさんの足にしがみついて縋った。
「駄目じゃ。リィ、悪いがおぬしでは足手まといになる」
ワースさんは冷たく言い放った。
「でも、でも、ダン様が……ダン様が!!」
彼女は涙を流しながら懇願した。
その姿に、私は以前の自分を重ねた。
ルゥが死にかけ、それを必死に守ろうとした私。
あの時私は、何もできない自分を呪った。
彼女のそばにしゃがみこみ、手を握る。
「……大丈夫。私がきっとダンさんも助け出すから。私を信じて」
「ッ……ハルさん」
リィちゃんは一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐに首を振り、頷いた。
「うん。ボク、ここでみんなを待っています。ダン様をお願いします!」
「任せて」
立ち上がり、ワースさんとマルテさんを見る。
彼女たちと頷きあった。
「リィ、周りの生徒がこの扉に近づかないようにしておいてくれ!」
「わかりました!」
ワースさんが深淵を見つめる。
「”光の精霊よ、顕現せよ”」
私たちの周囲を淡い光の玉が飛び交った。
そして、私たちは闇の底へと突入した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
下へ、下へ。
私たちはひたすら降りる。
その先に待つものに焦がれるように。
(ルゥ、ルゥ……!!)
ワースさんの駆けてくれた風魔法が私を走らせる。
私たちは風のように階段を駆け下りた。
体に重さを感じない今なら、野生動物のような滅茶苦茶な動きも可能だ。
はやる心に、身体が追い付こうともがく。
時折転びそうになるが、そのたびにワースさんとマルテさんが支えてくれた。
「随分深いのう!」
「地の底まで続いてそうです! それに、この遺構……ダンさんの言った通り、人竜戦争時代のものと見受けました!」
「魔印による封印も施されておるな! まったく外からではわからんわけじゃ!」
「ハァッ、ハァッ……!」
私はワースさん達のように鍛えられてはいない。
いくら魔法で強化されているとはいえ、身体は疲労した。
……いや、いつもより疲労が激しいくらいかもしれない。
心臓が破裂しそうだ。
だが、決して足を止めない。
ワースさん達に追いつきたい。
……置いてかれてたまるものか!
「見えたぞ!」
ワースさんが一足早く底にたどり着く。
直後にマルテさんと私も到着した。
「ハァッ! ハァッ! ハァ……」
倒れこみそうになるところを、マルテさんに抱きかかえられた。
「よく頑張ったわね」
マルテさんに背中を優しくなでられる。
呼吸を元に戻そうと、必死に喘いだ。
「マルテ、呼吸が戻るまでハルを頼むぞ。様子がおかしい……血の匂いがする!」
ワースさんが暗闇を先行する。マルテさんに抱きかかえられながら、私たちも続いた。
私たちの周りに飛び交う光の精霊の密度が増していく。ワースさんが新たな精霊を呼び出しているようだ。淡い光が、徐々に空間を照らし出した。
「むっ!」
ワースさんが身構える。
暗闇の先から、何かが近づいてくるのが見えた。
ドタドタと騒がしくこちらに向かう足音がする。
「た、助けてくれぇッッ!!」
近づいてきたのは、二人組の男だった。
全身が赤く染まっている。
「おぬしら、軍の者か!?」
二人は全身をガクガクと震わせながら私たちに飛びついた。
「あ、ああ!! あんたたちは魔導院の人間だな!?」
「いかにも。ワシは導師ワース、マルテ。そしてハルじゃ」
「ど、導師!! よ、よかった! 助かる!」
「落ち着け、一体どうしたというんじゃ。何があった?」
「……お、俺たちは竜と戦うことになったときのために、ここに封印されている兵器の準備を進めていたんだ。だが、あれは、あれが、俺たちの制御を離れて急に動き出して……!!」
「兵器? 一体ここには何が封印されておると言うんじゃ?」
「あ、ああ……!! ああ、来たあぁぁぁ!!」
「ッ!」
暗闇に、蠢く何かの影があった。
光の精霊が集結し、その正体を暴きだす。
「あ、あれは!?」
闇に溶け込むように黒い体躯。
暗闇から覗く鋭い爪と牙。
金属のように硬質な鱗が、鎧のように全身を覆っている。
背中には翼が畳み込まれ、長い尻尾が後ろから覗いていた。
マルテさんに抱かれながら、うつろな目でそれを捉える。
(あれは、まさか……)
「り、竜じゃと……!?」
あれが……竜。私が想像する竜よりもずっと禍々しく、恐ろしい姿をしていた。
私はマルテさんの言葉を思い出す。
『竜には決して手を出してはいけない』
ワースさんが後ずさり、マルテさんも一歩引いた。
竜の呪いを恐れ、私たちは戦いを躊躇した。
「ち、違う!! あれは竜じゃない、竜の死体を利用した兵器、『死竜兵』だ! 呪いは使ってこない! 早く倒してくれ!!」
「なに!?」
ワースさんが二人に問い詰めようとした時、竜が吠えた。
姿勢を低く構え、私たちに向かって突撃してくる。
三体の竜が、先頭にいるワースさんに飛び掛かった。
「ハアァァッ!!」
ワースさんが強く床を踏みしめ、竜を迎え撃った。
床が踏み砕かれ、目の前からワースさんが消える。
一瞬で竜の一匹に肉薄し、その中心に拳を撃ち込んだ。小さな体からは想像もできないほどの強烈な一撃が放たれ、竜の体が大き歪む。竜はそのまま彼方へと吹き飛んだ。
ワースさんは続けざまに他の二体にも蹴りと突きを繰り出し、竜たちはたちまち後方へと吹き飛ばされた。
ワースさんは油断なく構えなおし、深く息を吐いた。
「ふぅぅぅ……確かに、呪いはないようじゃな」
竜がむくりと立ち上がる。ワースさんの人間離れした一撃も、致命打とはならなかったようだ。
さらに、今の三体とは別に、奥から竜の集団がこちらに向かってきていた。
それを見たワースさんが額に汗を浮かべる。
このままでは、ワースさんと言えど危うい。
そのとき、私は自分の呼吸が戻っていることに気付いた。
「ま、マルテさん! もう大丈夫です。下ろしてください!」
「わかったわ!」
私を下ろし、マルテさんも竜を迎え撃つように身構えた。
「おい、貴様ら。死竜兵とはなんじゃ? 手短に説明しろ」
ワースさんが軍の二人を問い詰める。
「じ、人竜戦争時に作られた兵器だ。竜と同等の肉体を備え、竜の呪いが及ばない兵器。もし竜と戦うことになった時のために、ゼルンギアの地下に封印してあった」
「……バカモノどもめ! こんなもんを腹に抱えとったら、疑心暗鬼にもなるわ!」
「あ、あれは魔法で制御できるはずだったんだ。実際、封印を解いた時は問題なく動作していた。だが、急に魔法が効かなくなり、俺たちに襲い掛かってきたんだ」
「……わかったから、おぬしらはワシの後ろに隠れておれ! ワシが守りを固める! マルテ、おぬしが迎え撃て!!」
「了解!」
「ハル。すまんが、もし可能なら、おぬしも戦ってほしい」
ワースさんが躊躇しつつ私に言った。
目の前には二人ではとても相手しきれないような集団がやってきている。
私は覚悟を決めた。
「……わかっています。私も、戦います!」
「頼む!!」
私は体の奥底から力を引きずり出した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
左手で光の壁を作り出し、右手で死竜兵を握りつぶす手を作り出す。
ワースさんやマルテさんのように肉弾戦ができない私は、その場にとどまって死竜兵を迎え撃った。
私に向かって鋭い爪が突き立てられる。
だが、どれだけその一撃が鋭かろうと、私の壁を貫くことはない。
壁で静止した死竜兵に不可視の手が襲い掛かった。
「”つぶれろ!!”」
岩をも容易く砕く一撃が、死竜兵を一瞬で肉塊と化した。
返り血に思わず目を背ける。
その隙にも爪が突き立てられるが、やはり貫くには至らなかった。
「ハァァァ――ッ!!」
マルテさんが猛然と死竜兵に襲い掛かる。
ワースさんに迫る速度で一体に接近すると、目にも止まらぬ速度で連打を食らわせた。食らった死竜兵が力なく崩れ落ちる。
すごい。彼女が接近戦でルゥより強いというのは本当のようだ。
「フッ」
マルテさんは短く息を吐き、複数の死竜兵に対して薙ぎ払うように腕を一閃させた。腕の軌跡に青い閃光のようなものが走ると、死竜兵たちの体がざっくりと断ち切られる。刃物を持っているようには見えないのに、剣で切り裂いたように滑らかな切断面だった。
次から次へと襲い来る死竜兵たち。
私は焦っていた。
(このままじゃ、ルゥのところに行けない……!)
私と同様にマルテさんも焦っているらしく、口から牙を覗かせて歯噛みしていた。
焦る私たちに、後方にいるワースさんが叫ぶ。
「ハル! マルテ! ここはワシに任せて先にいけ!!」
「し、しかし」
マルテさんが不安そうにワースさんを見た。
「エアに応援を頼んだ! じきに魔導院から助けが来る! ここはワシに任せておぬしらは先に行くんじゃ!!」
私はマルテさんと顔を見合わせた。
互いに頷く。
「任せましたッ!」
私はマルテさんと共に、深淵を進んだ。
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