第14話「ゼルンギア封印第一層」
「ダン様、頑張ってください!」
『はは、リィ君の声があれば百人力だよ』
ダンさんの言葉に、リィちゃんが顔をほころばせる。
リィちゃんは尻尾をゆったりと振りながらソファの上ではしゃいだ。
ダンさん達は軍を追ってゼルンギアの地下に入ったようだ。
ワースさんの推理が正しければ、軍は地下で竜に対抗する準備を進めているということになる。
私たちはしばらくの間、ダンさん達の行軍を静かに見守っていた。
だが、その声が異変を知らせてくる。
『……どういうことだろうね、これは』
『……この遺構、相当古いものだ。ゼルンギアの地下にこんなものが隠されていたとはな。こんなことは魔導院も知らないはずだ』
ゼルンギアの地下に、遺跡?
この街の地上は非常に都会的で、遺跡があると言われても想像できない。
「……ワース様、ご存知でしたか?」
マルテさんが聞いた。
「いや、ワシもそれなりに長生きしとるが、記憶にない」
「ワース様が知らないとなると、魔導院で知っているものはいなさそうですね」
ワースさんも、魔導院も知らない遺跡。
そんなところに、なぜ軍がいるんだろう。
『魔導院は人竜戦争終結以降、ゼルン国軍から枝分かれした組織だからね。それ以前の情報を軍が隠し持っていたとしてもおかしくはない。だとすると、この遺跡は人竜戦争以前のものということになるな』
ペンダントの向こう側で、ダンさんが遺跡に関する見解を話している。
ダンさんの話によると、魔導院は軍よりも新しい組織らしい。
だから、魔導院が知らない情報を軍は持っている可能性があるという。
「人竜戦争以前じゃと……?」
「ワース様、何か心当たりが?」
「……神話の類じゃ。おぬしも聴いたことがあるじゃろう。世界が闇に飲み込まれんとしたとき、天から使いが降臨し、危機を救ったと。その使いが降り立った地の一つが、ここゼルンギアと言われておる」
「……私はお伽噺だと思っていましたが」
「伝承を裏付けるような事柄がいくつかあるぞ。例えば、ゼルンギアの『ギア』は『柱』を意味する。同じく『ギア』がつくグースギアの地下の魔力源は一体何じゃと思う?」
あ、そういえば名前が似てるなって思ってた。
そうか、「柱」って意味だったんだ。
「グースギアには天の使いが眠っていて、それが魔力の発生源となっていると?」
「ワシも信じておるわけではない。じゃが、地下の遺跡の話を聞くと信憑性が増してくるな」
ということは、遺跡の奥に、天の使いが眠っている……天使か、神様みたいなものかな。
もしかして、軍の人たちはそれを利用しようとしてるとか?
「軍の人たちは天の使いを使って竜と戦おうとしているんでしょうか」
「……うーん、いささか大げさな気がするが……というか、そんなものが使えたら竜を恐れる理由がわからん」
「あ、そっか。そんなすごいものがあったら竜なんて怖くないですよね」
私たちが神話に想いを馳せていた時だった。
『ルゥ君、避けろッ!!』
ペンダントからダンさんの怒号が響き渡った。
一同に緊張が走る。
直後に、金属が突き刺さるような音が聞こえてきた。
『ワースッ! 何者かの……』
ダンさんが何かを伝えようとしてきた時、音声が途切れた。
「ダン様ぁッ!?」
その音を聴いて、リィちゃんが悲鳴のような声を上げた。
「どうした、ダン! 何があった!?」
ワースさんが呼びかけるも、返事はない。
「くっ! 交信が切れておる!」
ワースさんが歯噛みした。
リィちゃんがワースさんに縋り付いた。
「だ、ダン様はっ!? ダン様はどうされたのですか!?」
「落ち着け、リィ。ダンは一万の兵にも勝る魔法使いじゃ。易々とやられる男ではない!」
先ほどの音を聞いて、私の心臓も高鳴っていた。
ダンさんと一緒に、ルゥもいる。
二人ともすごく強いし、簡単に死ぬとも思えない。
でも……なぜか、胸騒ぎがした。
「ワース様、救出に向かいましょう」
「わかっておる。じゃが、ダンとルゥがどこから入ったのかわからん。くそ、今から探して間に合うじゃろうか……」
ワースさん達がダンさん達の救出について話し合っている。
にわかに室内は騒然とした。
私もその話し合いに加わろうとして、異変を感じた。
……唐突に、自分が世界から切り離されたように感じる。
自分がそこにあって、そこにいないような感覚。
徐々に目の前にある景色が遠くなっていく。
室内の声がやけに遠くに聞こえる。
それも段々と遠くなり、視界がぼやけたように白濁する。
やがて全てが白く塗りつぶされ、私は静寂に包まれた。
ここには、私一人しかいない。
まるで私の意識だけがどこかに飛んでしまったかのようだった。
(どこ、ここ……どうしたの、私……)
意識ははっきりしているのに、夢の中にいるように自由が利かない。
手を動かそうとしても反応する身体はなく、浮遊感のみが体に残る。
一体これは何なんだ、と思ったところで、以前これと似た感覚を味わったことを思い出した。
(そうだ、魔都でルゥがやられそうになったとき。あの時も白昼夢を見たんだ……)
あのときは、視界に変化が起こり、その後に起こる事象を予知することができた。だとすると、今回も何かを見るのだろうか……
私の想像通り、視界に変化が起こる。
視界がぐにゃりと曲がり、揺らめきながら姿を変えていく。
揺らぎの中から波紋が現れ、それがはっきりとした形で結像していく。
まるで夢の中で夢を見ているような感覚だ。
映し出されたのは、大きく古い街。
初めて見るようで、どこかで知っているような雰囲気がある。
(これは……ゼルンギア? 魔導学院?)
いくつかの建物に面影を見る。
私が、ここ数日で見てきた街の建物だ。
(間違いない、ここはゼルンギアだ)
人が見える。
空を見上げ、何かを指さしている。
手を合わせて祈る人もいた。
人々が見つめる先に、光があった。
空が割れ、光の柱が降り立つ。
降り立ったその場所は……
それを見たとき、ふと人の気配を感じた。
私のそばに誰かいる。
確かめようと、辺りを見回そうとしても、身体は動かなかった。
徐々に白い景色が薄らいでいく。
この白昼夢も終わりが近いようだ。
私が現実に引き戻されるとき、確かな輪郭を持った人が隣にいた。
その人は、懐かしいような、でもまるで知らないような……不思議な気配を纏っていた。
その人が私に呼びかける。
”呪文は、こうだよ。ゼルンの魂よ、目覚めろ……”
――――――――――――――――――――……
――――――――――――――――……
―――――――ッ!――……
―ルッ!――――ハルッ!
「ハルッ!!」
現実に引き戻された。
目の前に、大きな目をした金髪の幼女がいる。
私を心配そうな顔で見つめていた。
「ハルッ! 大丈夫か?」
「……ワースさん」
「どうしたんじゃ、急に。いきなり宙を見つめて動かなくなるから心配したぞ!」
ワースさんは泣きそうな顔をしていた。
よく見ると、私の周囲をみんなが取り囲んでいた。マルテさんに、リィちゃん。ゼド博士もいる。
私は先ほど白昼夢で見た光景を思い出していた。
「……ワースさん。私を魔導学院で一番古い建物に連れて行ってください」
「な、なんじゃ? どうした、急に」
「お願いしますッ!! ルゥを助けに行かないと!!」
ワースさんは一瞬困惑した表情を見せたが、私の目を見て、一転して真剣な顔つきになった。
「……わかった!! マルテ、行くぞ!!」
「はいッ!!」
ワースさんは私の手を取った。
手から魔力の燐光が溢れている。
「”風のごとく駆ける力、覚醒せよ!!”」
呪文を受け、身体が風のように軽くなる。
「ついてこいっ!!」
ワースさんが私の手を引き、駆け出した。マルテさんもすぐ後を追う。
「リ、リィも行きますっ!!」
校舎を風のように駆け抜ける。
研究棟を抜け、修練場を抜け、図書館を抜ける。
途中、幾人もの生徒とすれ違う。何事かと振り返り、追いかける者もいた。
程なくして、ワースさんは停止した。
「ここじゃッ! 図書館の裏手、もっとも古い校舎のある場所じゃ!!」
周囲を見渡す。
記憶と今見ている光景が一致する。
――間違いない。この場所だ。
私たちは古い校舎の前にある広場に立っていた。
周囲には人もおり、私たちの急な登場に目を見張っている。
私は彼らに向かって叫んだ。
「みんな、どいてッッ!!」
周囲に私の声が大きく木霊する。
私の剣幕に気圧されたのか、一斉に蜘蛛の子のように散っていく。
ワースさんとマルテさんが目を見張って私を見つめていた。
私は手を伸ばし、身体の内側から力を引きずり出した。
空間に力を解き放ち、願いをイメージする。
『お前ならできる』
ルゥの声を思い浮かべる。
――そう、私ならやれる。あなたの言葉を、私は信じる。
私は夢で耳にした呪文を口にする。
「”ゼルンの魂よ、目覚めろッ!!”」
力が結実し、地面に白く輝く光の線が走り出した。
線はやがて巨大な模様となり、一つの物を浮かび上がらせる。
光の扉が、地面に現れた。
「こ、これはッ……!!」
「天の使いの、封印……!?」
ワースさんとマルテさんが絶句する。
扉がゆっくりと開き、封印が解き放たれた。
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