第13話「ダン様大好き」

 魔導学院研究所長。彼はそう名乗った。

 つまり、この変態がここで一番偉い人なのか……


「単刀直入に聴く、ゼド。ここに軍の奴等が来んかったか?」


「ええ、来ましたよ」


「奴らは何を聞いてきた?」


「『竜の呪いが生物に及ぼす影響について』、です。それを聞いた後は、ワースさん達が魔都から持ち帰った検体を寄こせと言ってきましたね」


 検体? 検体って……ああ、もしかしてあれかな?


「検体って、怪物の首を封印処理して持ち帰ったヤツですか?」


「おお、よく覚えとるな。その通りじゃよ。……これで得心がいった。軍の考えていることがわかったぞ」


 え、すごいな。流石名探偵ワースちゃん。肩書は伊達ではなかったらしい。


「教えてください、ワースさん!」


「うむ。軍の連中はな、竜を恐れるあまり、一連の事件を竜の仕業と考えているのじゃ」


「一連の事件……ええと、魔力特異点と、そこに現れた怪物のこと……?」


 魔力特異点とは、魔都で発生した巨大な魔力波の観測点のことだ。ワースさん達はその原因の調査に赴き、そこで私を見つけた。魔都は怪物だらけとなっており、ワースさん達は私と協力して怪物を撃退したのだ。


「そうじゃ。まず特異点から放たれた巨大な魔力波じゃが、現実的に考えて人の放てるものではない。そこで軍は強大な魔力を持つ竜が怪しいと思ったのじゃろう」


「魔力波の新しい観測点も竜王国の国境付近ですからね。疑惑に拍車をかけたことでしょう」


 マルテさんが言った。


「うむ。そして次に魔都の怪物じゃ。魔導院はあれを住人が変化したものとみておる。大人しい魔都の住人が、強大な魔力と肉体を持つ怪物へと変化したのじゃ。……じゃとすると、軍はあれと似た技術を知っておる」


「……獣の呪い」


 マルテさんがポツリと言った。

 獣の呪い。発現すると、身体に獣の特徴が現れる呪いだ。マルテさんやリィちゃんがその例だ。


「知っての通り、獣の呪いは人に他の生物を取り込み、より強力な生命体へと変える呪いじゃ。魔都の怪物も同様に、より強力な生命体へと変化しておる。しかもその力は、獣の呪いの比ではない」


「なるほど……確かに似ていますね。だから検体の調査もゼド博士に依頼したわけですか」


「うむ。そして、獣の呪いでできることなら、竜の呪いでもできるかもしれない。いや、獣の呪いより遥かに強力なものになる可能性がある。竜は強大な魔力と呪いを背景に、魔都の怪物を生み出した……と軍は考えた。しかも、竜は人と対立していたという過去がある。動機もバッチリという訳じゃ」


 すごい、ワースさんが本当に探偵みたいだ。

 いつの間にか手にパイプみたいなものも咥えている。一体どこから出したんだろう。


「奴らは疑惑を確信に変えるために、魔導学院に検体の提供を要求したのじゃ。……と、ここまでがワシの推理じゃ。どうじゃ? ワシの推理、合っとるとおもうか!?」


 ワースさんがどう? どう? と期待を込めた目で皆を見た。


「もっともらしく聞こえますね」


「そうじゃろ? 流石名探偵ワースちゃん!!」


 ワースさんが立ち上がって決めポーズをした。

 マルテさんリィちゃんがパチパチと拍手する。

 だが、その盛り上がりに水を差す者が一人。


「……あ、でも、軍の人が魔導学院を包囲しているのはなんででしょうか。今の話だと説明がつかないような気がするんですけど」


「う”っ」


 私が野暮な突っ込みを入れると、ワースさんが固まって呻いた。

 マルテさんとリィちゃんも固まった。


「そ、それはルゥとダンが明らかにしてくれるじゃろ!!」


「ダン様が!?」


 ダンさんの名前を聞いて、リィちゃんの顔が輝いた。

 リィちゃん、本当にダンさんのことが好きなんだなぁ。

 今度会ったらどういう関係なのか聞いてみよう。


「あ、その理由はなんとなくわかりました、僕」


 ゼド博士がお茶を口にしながら手を上げた。


「なんじゃと!?」


「……先ほど、軍の方が検体を寄こせと言ってきたと言いましたよね。アレは今、ここにはありません」


 その言葉を聞き、ワーさんが目を剥いた。


「貴様、もしや渡したのではあるまいな!?」


「いいえ、渡していません。渡せなかったのです。……なぜなら、検体は封印魔法を解いたとたん、煙となって消えてしまったのですから」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「消えた、じゃと……!?」


「はい。手元に残されたのは二体の原型をとどめた死体のみ。しかし、それらは何の異常もない魔都の住人でした。つまり、怪物の検体は残っていません」


 二体の原型をとどめた死体……もしや、それは私とルゥが持ち帰った二人の獣人ではないか。やっぱり、怪物ではなかったんだ……

 ズキリと、胸に痛みを感じた。


「彼らは真偽を確かめることができず、それでも何らかの対策を講じる必要があったのでしょう。魔導学院周辺での不可解な動きは、竜の対策に関連した動きだと思います」


「な、なるほど……いや、そんなことよりも、検体が消えたことの方が問題じゃ! つまり、怪物についての調査は何も進んでおらんのか!?」


 ワースさんがゼド博士に詰め寄った。

 ゼド博士の体がガクガクと揺すられる。


「封印状態でわかったことは、検体が確実に死んでいるということ。頭部の骨格を見る限り、若干の変化はあるが、魔都の獣人と同種の生物であること。それくらいですね」


「……つまり、ほとんど何もわかっておらんのじゃな」


「残念ながら」


 私たちの顔に一様に不安の色が宿る。

 怪物の頭部が、煙のように消えた。

 そんなことがあり得るのだろうか。


 ……いや、ある。

 私はグースギアでのことを思い出していた。


「ワースさん、思い出しました。私とルゥが怪物を倒した時も、怪物は煙になって消えてしまったんです」


「なんじゃと……!?」


「ほう、それは興味深いですね。今は魔都に残された怪物の検体を待っている状態ですが……もしや、そちらも消えてしまっているのでは?」


「……っ! 怪物共は死後、煙となってしまうとなると……これは、調査の方法を根底から考え直さねばならんな」


 ワースさんが腕を組んで考え込んだ時、ペンダントが鳴動した。


「む、ルゥとダンからか……何か動きがあったのかのう」


 ワースさんがペンダントに触れると、周囲にダンさんの声が響いた。


『ワース、こちらダン。ただいま軍の連中を追って、地下へと突入した所だ』



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ……時はさかのぼり、ハルたちが図書館へと潜入したころ。

 カフェで軍の一団を見張っていたルゥとダンは、異変を察知した。


「む?」


 ダンが外の変化に目を見張る。


「どうした?」


「動いたよ。あの一団だけが警備のルートを外れて魔導学院の方角へ向かっている」


「追うか」


「ああ」


 二人は素早く会計を済ませ、外へと出た。

 建物の影に隠れて一団を確認する。


「……少しずつ大通りから離れて行ってるな。目立たないルートを通りそうだ」


「ちょっとこのまま追うと気付かれそうだね……ルゥ君、良い魔法はあるかい?」


 ルゥは頷いた。


「”隠者の風よ、顕現せよ”」


 二人を淡く光る風が包んだかと思うと、二人の体が空間に溶け込むように消えた。


「この風を纏うと、魔力感度の高い人間以外には見えなくなる。音も遮断する。もっとも、風の中に入られると効果はないがな」


「上出来だ。では行くか」


 二人は互いに一定の距離を保ちながら、集団を追った。

 集団は予想通り人通りの少ないルートを通り、魔導学院へと近づいていく。

 だが、いよいよ学院に着くというところで、通り過ぎてしまった。


「……学院を通り過ぎていくぞ」


「おかしいな。目的地は学院じゃないのかな?」


「……もしかすると、学院を包囲していたのは偽装工作だったのかもしれない」


「なるほど、そちらの方に目を向けさせて、本命は別……ということか。だとすれば、私たちは確信に近づいていることになるな」


 集団と二人は徐々に街の中心部から遠ざかっていく。

 彼らはいつの間にか、ほとんど人のいない地帯へと入り込んでいた。

 ルゥとダンは、軍の一団がある建物へと入っていくのを目撃した。


「む、この建物は……!?」


「……ああ、一見すると只の倉庫だが、軍の施設のようだね。中にある車両は一般に使われているものではない」


「入っていくぞ」


「突入しよう。ルゥ君、ヘマするなよ?」


「あんたこそ」


 二人は倉庫へと足を踏み入れた。

 軍の一団が地下へと入っていくのを目にする。

 一団に気付かれないように、気配を殺して地下へ侵入した。


 しばしの間その場にとどまり、軍の連中をやり過ごす。

 ダンはペンダントに魔法をかけ、ワースとの交信を開始した。


「ワース、こちらダン。ただいま軍の連中を追って、地下へと突入した所だ」


『なに? どこじゃそこは』


「郊外のさびれた倉庫……に見せかけた軍の施設だ。これからルゥ君と探索を試みる」


『……気を付けろ、ダン。軍の連中は竜に対抗するための準備を整えようとしているようじゃ。何が飛び出すかわからんぞ』


「やれやれ、竜と来たかい。またワクワクさせてくれそうだ」


『……ダン様!』


 突如、交信相手の声が変わった。

 ワースと同様に幼い声だが、ダンに甘えるような声色だった。


「ん? リィ君が傍に居るのか?」


『はい、リィです! ダン様、頑張ってください!』


 ダンが苦笑した。


「はは、リィ君の声があれば百人力だよ」


『はい!』


「では、また何かあったら連絡する」


 ペンダントから聞こえる声がワースに切り替わる。


『交信はつないだままにしておけ』


「了解」


 通路の先に誰もいないことを確認すると、二人は進んだ。

 通路は薄暗く一本道で、人の気配はない。

 ひたすら通路を進み、長い時間が過ぎる。


「……?」


 ルゥが何かに気付いて辺りを見回した。


「……どういうことだろうね、これは」


 人工的だった通路はある地点を境に、遺跡のように様変わりしていた。

 長久の年月を思わせる壁が続いている。

 壁は少しずつ広がり、やがてダンジョンのように大きな空間となっていった。


「……この遺構、相当古いものだ。ゼルンギアの地下にこんなものが隠されていたとはな。こんなことは魔導院も知らないはずだ」


「魔導院は人竜戦争終結以降、ゼルン国軍から枝分かれした組織だからね。それ以前の情報を軍が隠し持っていたとしてもおかしくはない。だとすると、この遺跡は人竜戦争以前のものということになるな」


「軍の連中、一体何を隠してやがる……おい、ここら辺は魔導学院の地下に当たる場所じゃないか?」


「確かに、歩いてきた距離と方角を考えると、ここは魔導学院の地下だね。もしや、軍の包囲はこのためか……!?」


 二人は周囲の様子を窺う。

 そのとき、ダンが視界の端に何かを捉えた。

 暗闇から微かに閃く何かが飛来する。


「ルゥ君、避けろッ!!」


 叫んだ時には、二人は動き出していた。

 床を踏み砕くほどの勢いで跳躍し、その場を離脱する。

 次の瞬間、空気を切り裂く音と共に、二人がいた空間に鋭い刃が付きたてられた。

 転がりながら態勢を整え、ペンダントに向かって呼びかける。


「ワースッ! 何者かの襲撃を受けている! ……ワースッ!?」


「どうした!?」


 ルゥがダンを見た。

 ダンはペンダントを握りしめ、汗を浮かべている。


「交信ができない! 魔力干渉を受けている!」


 二人は油断なく周囲を見渡した。


「ルゥ君、何かくるぞ!!」

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