第11話「魔導学院、その深淵。禁書庫の邂逅」

「むむむ……匂う、匂うぞ」


 ワースさんが図書館内をちょこまかと探りまわっている。

 よく見ると、いつの間にか虫眼鏡を手に持っている。

 どうでもいいけど、眼鏡に虫眼鏡を重ねるのは意味があるのだろうか。まあ、あのメガネは伊達だろうけど。


「こっちか? ……こっちか?」


 鼻を宙に向けてひくつかせながら、その場をうろつきだした。

 一体何を嗅ぎとったというのか。犯罪の匂いか。


 と、ワースさんを見守っていたら、私に近づいてきた。

 しきりに匂いを嗅いでくる。

 ……え? 私? 私、匂う?


「すんすん……ママの匂いがする」


 おい!


「ち、ちょっと、ワースさん!」


 さては、さっきまでのフリはセクハラがしたかっただけだな!

 まったく油断のならない妖怪だ。

 私は超能力でワースさんの手を止めてみた。


「むっ!? ……ハル、なにかやっておるな?」


「私だっていつまでもやられるばかりじゃないですからねっ」


 そうだ。ちょっとずつこの力を使えるようになってきたのだ。

 前よりもずっと力の調節が効くようになっている。

 今なら動きを止めるくらい可能だ。


「フッ、甘い!」


 ワースさんはあっさりと私の拘束を解き、胸に飛び込んできた。


「わぁっ!?」


「まだまだ力の調節が難しいみたいじゃな。下手に力を加えようとすると、相手を傷つけかねんのじゃろ。手加減した状態のハルの力なら容易く破れるわ!」


「あ、あう……」


 ワースさんは巧みに私の抵抗を掻い潜り、胸を鷲掴みにする。

 そのまま揉みしだかれてしまった。


「ワース様、いい加減にしてください」


 マルテさんがワースさんの髪を引っ張った。


「あいてててて! 何すんじゃマルテ!」


「仕事中ですよ」


「わ、わかった! わかったから髪はやめておくれ! 髪は乙女の命なんじゃぁ~」


 乙女、乙女か……

 隙あらば私にセクハラしようとする乙女。言葉の定義が危うくなるな。


「ふぅ、すまんすまん。だって、ハルを見てたらムラムラしてきたんじゃから、仕方がないじゃろ」


 思春期の男子か。


「ハル、私と手を繋ごう。次があったら私が守るわ」


「は、はい! お願いします!」


「チッ……マルテは接近戦ではワシに次ぐ実力者じゃから、迂闊に手がだせん……!」


「えっ、そうなんですか? ってことは、もしかしてルゥより強い?」


 と言うと、マルテさんは不敵に笑った。


「接近戦でルゥに負けたことはないわ」


「ほえぇ……」


 見た目からは全然想像ができない。

 そしてワースさんはマルテさんより強いのか……


 ワースさんのセクハラを阻止し、私たちは司書のいる受付に向かった。

 受付に到着すると、そこで異様なものを見た。

 みんな一心不乱に人形を作っている。

 これが司書人形か。

 ……仕事はいいのか?


「もし、ちょっと聴きたいんじゃが」


「……………………」


 反応がない。


「おーい、聞いとるか?」


「……ハッ! あ、これはワース様。すみません、最近みんな人形制作に嵌っておりまして。今日はどうされました?」


「うむ、聴きたいことがあるんじゃが。最近ここに軍のものが出入りしとらんか? 怪しい動きがないか探っとるのじゃ」


 司書の方は手を止め、利用者名簿のようなものを探り出した。


「……うーん、軍の方はここにはいませんね」


 ワースさんがハズレか、と肩を落とした。


「あ、いや。待てよ」


 司書の方が何かに気付いた様子で別の名簿を取り出す。

 どうしたんだろう。


「……えーと……あっ、あった!」


「本当か!?」


 ワースさんの顔が輝いた。

 私とマルテさんもおお、と声を上げる。


「ええ、いらっしゃいます。……ここではなく、一般の人間が入れない『禁書庫』に」


 禁書庫。なんとも怪しい響きだ。犯罪のニオイがする!


「禁書庫じゃと? ……これはいよいよ当たりを引いてしまったかもしれんな」


 私たちは顔を見合わせ、頷いた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 魔導院立図書館、禁書庫室。

 そこは図書館の最下層に存在する。

 魔印による封印が施され、結界の張り巡らされた門外不出の書庫。

 一般の人はおろか、学院の生徒であっても近づくことはできない。

 私たちは魔導院の導師権限を用いてそこへと向かった。


(なんか、ドキドキしてきた……)


 体の芯がムズムズするような緊張感がある。

 知らない場所に行くときに感じる、ワクワクするような怖いような、そんな感じだ。


 先ほど司書の方から聞いたところによると、軍の人間はここ最近出入りが増えているらしい。禁書庫の本は持ち出しができないから、足繁く通って情報を仕入れているようだ。今、禁書庫にはその人物しかいないらしい。


「ワシもここには滅多に来んなぁ」


「あんまり出入りしてると、怪しまれますからね」


 地下の冷たく乾いた空気に、私たちの足音が響く。

 ここは薄暗い図書館よりも、さらに暗い。


「一体どんな本があるんですか?」


「内容は様々じゃが、イデオロギー的に問題とされたものや、国が隠したい情報を書いた本が多い。空を飛ぶ原理を書いた本とかな」


「ああ、そう言うのが発禁になるんですか……」


 あんまり愉快な本はなさそうだ。

 マルテさんが私を見て神妙な顔をした。


「……そう言った本はまだ常識的な方よ。禁書庫では、見るのも憚られるような本が置いてあるの。強力な封印が施され、開くことも難しい本。極めて重要な情報を記しながら、見たものに呪いを振りまく本とかね」


「……えっ!? 呪い!?」


 お、思ったより怖いところのようだ。

 私の緊張感がグッと増した。


「まあそういうのは見るからに危険! という棚に置いてあるから別に心配せんでええ。まあ、軍の連中が見ているのがそういう本だったら、ワシらも気を付けねばならんな」


「は、はい」


 本を開いたら呪われるなんて、まるで学校の怪談だ。だが、この世界では洒落ではすまない。死ぬほど洒落にならない怖い話だ。


「もし何かあっても大丈夫よ。私とワース様は解呪も得意だから」


「あ、そうなんですか。良かった……」


 ちょっとホッとする。

 この二人と一緒で良かった。失礼だが、ルゥとダンさんはなんとなく解呪とか苦手そうだ。

 

「さて、着いたぞ」


 私たちの前に、物々しい扉があった。

 扉には取っ手などが存在せず、そのままでは開けられそうにない。

 本来取っ手があるべき場所には、丸いくぼみのようなものがあった。

 ワースさんがそこに手を当てる。


「”開け”」


 ワースさんが唱えた途端、くぼみから青い光の筋が伸び、扉に複雑な文様を作り出した。

 文様が完成すると、扉はゆっくりと開いた。

 すごい。どういう認証方式なんだろう。


 扉の向こうの空間が露になる。ドキドキしながら見守った。

 ……が、禁書庫内は見た目は意外と普通だった。

 肩透かしを食らったような気持ちで、ワースさん達と共に足を踏み入れた。

 広い。たくさんの棚が並び、それが見えなくなる遥か彼方まで続いている。


「さて、どこにおるかのう」


「手分けしましょうか」


「よし、ワシとハル、マルテの二組じゃな」


 えっ。それはセクハラ目的が混じってないか……


「却下します。私とハル、ワース様の二組で行きましょう」


「……ちぇっ、ちぇっ、ハルといちゃいちゃしたかったのに」


 やはりか。私も却下するぞ。

 組み分けが終わり、私はマルテさんと禁書庫内の探索を始めた。ワースさんは反対方向へと歩いて行った。

 コツコツと、私たちが歩く音が響く。


「あの、これだと近付いたら気付かれてしまいませんか?」


 マルテさんがクスッと笑った。


「大丈夫よ。下手に気配を殺して歩いたら、その方が警戒されてしまうわ。静かに、でも自然に歩きましょう」


「は、はい」


 私はマルテさんに合わせて静かに歩いた。

 ……でも、ドキドキするなぁ。かくれんぼしてるみたいだ。


 私の横を、たくさんの本棚が通り過ぎていく。

 棚は本の分類で分けられているようだった。

 いくつかの名札が目に入る。政治、宗教、魔法…………難しそうだな。


「呪いの本はどこにあるんですか?」


 マルテさんに聞いてみた。


「ふふ、大丈夫。呪いの本はワース様が行った方角よ。私たちは常識的な方」


「よ、よかった……」


「でも、確かにそっちの方が有力よね。わざわざ軍の人間が足繁く通うとなると……」


「そうですよね」


「……ッ!」


 歩きながら、マルテさんが私の手を握った。

 私が何だろうと思って足を止めようとすると、そのまま手を引いて歩かされる。

 彼女が私にだけ聞こえるようにボソボソと話し出した。


「……いるわ、この先に。足を止めないで、できるだけ自然にして。少し離れたところで本を探すフリをしましょう」


「は、はい」


 すごい。私にはどこに人がいるのかわからない。

 私たちは本棚の一つに狙いを定め、そこで立ち止まった。

 何食わぬ顔で本を手に取りだす。


(ハル、ちょっと本を探すフリをしてて。今ワース様を呼ぶ)


(はい、わかりました)


 マルテさんが魔導院のペンダントを握りしめる。

 私は本を手に取って、タイトルを見て戻すという作業を繰り返した。

 うまくできてるかな。

 次から次へと、本を手に取る。

 ……ん?

 タイトルではなく、著者の名前に引っ掛かりを感じて手を止めた。


『著者:ワース・ワイス』


 ……え? ワースさん?

 ワースさんの本だ。

 エッチな本を書いて発禁にされちゃったんだろうか。

 思いがけず見つけた知人の本に、タイトルを見返してみる。


『人竜戦争の形態と変遷』


 真面目そうな本だった。エッチな本だと疑ってごめんなさい。

 ……内容がちょっと気になる。


 だが、ハッとして本を戻す。

 そうだ、今は本を探すフリをしなければ。

 私は本を手に取る作業を再開した。

 と、そこでマルテさんがペンダントに話す声が耳に入った。


「……しかし、ワース様……!」


 どうしたんだろう。揉めている気がする。何かあったのか。


「……はい、わかりました……」


 あれ? まとまったのかな?

 マルテさんが微妙な顔で私を見る。

 え? なに?


「ハル、ちょっと話があるんだけど」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



(無理無理無理無理無理!!)


 私は全力で首を振って声の限りに囁いた。

 マルテさんは困ったような顔をしている。


 彼女によると、ワースさんはこの付近に陣取り、軍の人間を確認したらしい。だが、それなりの手練れらしく、正面から確保するのは難しいとのことだ。そこでワースさんはマルテさんにある提案をした。


「最終兵器ハルの出番じゃ!」…………と。


 つまり、私が軍の人間に近づき、油断した所を確保しようという作戦だ。

 それを聞いた瞬間、私の体は凍り付いた。


(無理ですー!!)


(ごめん、でも私もワース様も軍には顔が知れてるの。近づいたら絶対警戒される。ハルだったら、魔力もないし、物腰も素人だから警戒されないと思う)


(でも、でも……!)


 私が、見ず知らずの人間に話しかけるなんて、ハードルが高すぎる。


(ごめん。でも、あなたの力を貸してほしいの。お願い)


(う……)


(……大丈夫。今のあなたならできる。ほら、ゼルンギアに来るまでのことを思い出して。あなたはみんなと仲良くなろうと頑張った。そして、みんなに認められた。あなたはもう私たちの仲間なの。だから、私たちもあなたに頼る。お願い、力を貸して)


 マルテさんの言葉に、私は胸に輝くペンダントに目を落とした。

 ……私は、仲間。

 私は魔導院の一員。

 みんなと一緒に、特異点にいくために頑張る。

 いつまでも、助けられてばかりじゃいけない。


 ……決めた。


(わかり、ました。やってみます)


(うん。ありがとう。お願いね)


 私はゴクリと息を呑みこみ、その人物に近づいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る