第10話「潜入、魔導学院! 怪しい隣人を見た」
学院へと向かう間、私はずっと下を向いたままだった。
……周りの視線が気になる。前が見れない。
「おお、着いたぞ! 久しぶりの魔導学院じゃ!」
ワースさんが楽し気に跳ね回った。
私はそろそろと顔を上げる。
(……っ!)
何人かの生徒の顔が目に入った。視線が合った気がする。
やはり、見られている。
お、おかしくないかな、私の格好……
こんな髪型、私に似合ってるのかな……
先ほど魔導院で見たときは、すごく可愛いと思ったのに、ひとたび外に出るとその自信は失われてしまう。自分が変じゃないか何度も気にしてしまうのだ。
私たちが学院に足を踏み入れると、周囲がにわかにざわついた。
「ワース様だ!」「マルテ様もいるー!」「おい、真ん中のあの子、もしかして……」「ああ、ダン様の魔法を砕いた……」
私たちのことを話す声が聞こえる。
私のことも混ざっている気がする。
……ダメだ!!
私は耐えきれずに俯いた。
こんなに知らない人がたくさんいて、私のことを話してるなんて、耐えられない。
「うーむ、心地良いさえずりじゃ。ハルはよっぽど派手に暴れまわったようじゃな」
「あれは伝説級でしたね」
「まったく、昨日来れなかったのが惜しいのう」
「や、やや、やめてください……」
私は暴れてない。ちょっと硬そうなものを砕いただけだ。
「さて、早速捜査を始めるか!」
「捜査と言っても、具体的に何をするんですか?」
「ふふ、決まっておる。捜査の基本と言ったら足からじゃ。情報を持っていそうなヤツに片っ端から聞きまくるのじゃ!」
「地味ですね」
「良い仕事と言うのは往々にして地味なものじゃ。ほれ、そこのキラキラした目でこちらを見とる小僧なんかどうじゃ」
ワースさんの指さした先に、社交性の高そうな男の子がいた。私たちを熱い目で見ている。
……わかる。あれは私の苦手なタイプだ。
ワースさんは構わずその学生に突撃した。
「のう小僧。最近、魔導学院で怪しいことはないか? 主に軍関係で」
話しかけると、学生の顔が輝いた。
「は、はい。昨日怪しい者を見かけました!」
「おお、いきなり当たりを引いてしまったか!? さすが名探偵ワースちゃん!」
え、すごいなワースさん。
「昨日ダン様が現れて、生徒が百人集まっても砕け無さそうな宝珠を顕現させたのですが」
「ふんふん」
「突如現れた謎の魔法使いが、一人でそれを粉々に砕いてしまったのです!」
……ん? 軍はどこいった。
というか、それは私だ。
「ほうほう。それで?」
「あの魔力、並みの魔法使いではありません。私はその人とお近づきになりたいのです」
(……は?)
彼が私との距離を詰める。
「あれからあなたのことが気になって仕方ありません。どうか、どうか、あなたのことを教えていただけませんか!?」
ぐいぐいと私に迫ってきた。
ち、近い!! やっぱりこの人、苦手!!
私が全身で拒否を示そうとした時、ワースさんが彼の頭をスパンと叩いた。
マルテさんが私をかばう。
「バカモノ! おぬしごときが気軽に触れてよい者ではないわッ!!」
「ああ、そんなことおっしゃらずに!! このままでは夜も眠れません!!」
「一生起きておるがいい、この色ボケ! ええい鬱陶しい! ”大地の鎖よ、顕現せよ!”」
地面から小さな赤い鎖が現れ、彼の足を絡めとった。
彼は派手にすっころんだ。
「ここで聞いたのは失敗じゃったわ。もうちょっとマシなヤツがおるところにいこう」
ワースさんは彼を無視して歩き出した。
「い、いいんですか?」
彼はなおも何か言っている。「せめて名前を~」とか。
「いいんじゃ。あれを解くのもいい修行になる。ほっといても夜明けには勝手に解けるわ」
よ、夜明けまで……流石にそれはちょっと気の毒だ。
頑張って解いてください。名前は教えてあげないけど。
「よし、この学院でもとびきり真面目な連中がいるところに行くぞ」
「どこですか?」
「研究者のいる研究棟じゃ!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
研究棟は魔導学院の奥まった場所にあった。
魔法の研究と言うと、なんとなく大きな壺で怪しげな薬を調合しているイメージがあったが、意外と明るい。日本の大学の研究室とあんまり変わらないかもしれない。大学行ったことないけど。
「なんか、思ってたより普通ですね」
「……そう思うか?」
ワースさんとマルテさんが微妙な顔をした。
な、何、その反応……
「まあここはマシな方じゃ。じゃが研究棟は奥に行けば行くほどディープになっておる。最奥では見るのも憚れるような研究をしておるのじゃ」
「み、見るのも……?」
「ハルは行かないほうがいいと思うわ……」
マルテさんが顔を赤くして言った。
な、何を見たんだマルテさん……
「どいつもこいつも欲望に忠実じゃからな。だからこそ成果を出すが、時に暴走を止める必要もある」
恐るべし研究棟。恐るべし魔導学院の研究者。
だが、ここでは私たちがいるからといって騒ぎ立てる者はいなかった。それだけはありがたい。
きっとその怪しげな研究に夢中で私たちのことなどどうでもいいのだろう。
……やっぱり変態かもしれない。
「よし、ハルに配慮してライトな研究室を覗いてみるか」
「た、助かります」
私たちは明るめの一室の前に立った。
「たのもー」
ワースさんがガラリと扉を開ける。
「あ、ワース様」
顔を覗かせたのは、眼鏡をかけてぼさぼさの髪の男性だ。
ザ・研究者という感じだ。来ている服がローブなのが魔導学院らしい。
「相変わらず顔色が悪いのう。たまには帰っとるのか?」
「あ、はい。帰ってますよ。十日に一度は」
十日に一度。一か月に三回。
ここは研究室ではない。タコ部屋というヤツだ。
「少ないわ。十日に三度は帰れ」
ワースさんから週休二日制の提案。妥当なところだ。
「はいはい帰ります。でも今良いところなので、研究が終わるまで待ってください」
しかしやんわりと拒否。
自分でタコ部屋に入っているのが変態的だ。
やはりマトモではない。
「そうか。体を壊さんようにな」
ワースさんはもう諦めたって顔だ。何度も言っているのかもしれない。
「はい。ところでワース様はなぜここに? 私の研究に興味がおありですか? これから一から十まで説明差し上げてもよろしいのですが。なんなら研究費を恵んでいただきたいのですが」
「うん。興味ない。金はやらん」
バッサリ言った。
いいなぁこの思い切り。私が訪問販売とかにうっかり出てしまうと、話が長くなっちゃうんだよなぁ……
「実は最近、学院周辺で怪しい動きが増えているという報告があってな。最近気になることはないか?」
「はぁ、怪しい動きですか……あ、そういえば」
「何かあるのか?」
ワースさんの顔が期待に輝く。
「最近、ダン様が他の研究室から怪しげな魔法薬を受け取っているようです。何度聞いても中身を教えてくれないんですよ」
ワースさんが肩を落とした。
「……若返りの薬じゃ」
あ、グースギアで言ってた怪しい魔法薬のことか。
「は? 若返りの薬? ダン様は加齢を気にしておられたのですか」
「ああ。このことを言いふらすと脅せば、研究費を恵んでくれるかもしれんぞ」
「それはいいことを聞きました。是非使わせていただきます」
ダ、ダンさん……
まさかこんなところで自分の秘密をバラされているとは思うまい。不憫だ……
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「はぁ。大した情報は得られんかったのう。おかげでダンに八つ当たりしてしまったわ」
「八つ当たりだったんですか、アレ……」
「またいらぬ恨みを買ってしまいますよ、ワース様」
「いいんじゃ。アイツが金を注ぎ込めば研究は進むし、研究者どもにも動機はどうあれ好印象じゃろ。別に誰も損はしとらん」
「そ、そういう考え方もあるんですね」
ワースさんがニヤリとした。
「ハルは純朴じゃからのう。こういう考え方も面白いじゃろ?」
「まあ、はい」
だが、だったらワースさんが寄付してもいいのではないか……とも思った。
「さて、次はどこを探すかのう」
「ワース様、図書館に行ってみてはどうでしょうか。あそこは学院の生徒以外も入れますから、軍のものが出入りしている可能性があります」
わ、流石マルテさん。素晴らしい助言だ。
「おお、なるほど! 一理あるな! よし、図書館に行くぞ!」
私たちは図書館に向かった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
図書室。そこは私の学校での生息場所の一つ。
利用する人は少なく、他人から干渉されることもない。
静かで知的で、私のお気に入りの場所だった。
……まあ、あんまり難しい本は読まないんだけど。
「わあ、大きい……」
高校の図書室よりもはるかに大きな空間がそこにあった。
当然だ。ここは図書室でなく図書館。
それも魔導学院の図書館となったら、日本の図書館ともまるで違う。
全体的に薄暗く、怪しい雰囲気がある。だが光源であるランタンがカボチャのような形をしていたりして、どこか可愛らしくもあった。
中空の開けた空間に、まばらに光の精霊が浮かんでおり、幻想的な光で溢れていた。
「あ、マルテさん、あれはなんですか?」
私の脇を小さな人形が歩いていく。体はしっかりと作りこまれているが、顔は適当な落書きのようで、どこか滑稽だ。
「あれは司書人形よ。いくつかの精霊を宿して、本を探したり返したりするように動いてるの」
「へえ~、便利ですね。なんか可愛いし」
「人形の造形は司書の人たちの趣味みたいね。一体一体違って、結構個性があるわよ」
わあ、楽しそう。ちょっと働いてみたいかも。
魔導院の魔法使いはここに異動したりできないのかな。
「さ、二人とも、犯人捜しの開始じゃ!」
ワースさんが意気揚々と言った。
でも犯人ってなんだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ハルたちが魔導学院を探索している頃。
学院付近にあるカフェに、怪しい格好をした二人の男が暗躍していた。
「……」
「……」
「……あ、このミルク美味いな」
「ほう、今度試してみるか……」
「そっちのお茶はどうだい?」
「……変わった香りだが、鼻と喉がスッとするのが面白い。寝起きや眠気覚ましに良さそうだ」
「甘くはないのかい?」
「甘くはないな。だが砂糖とミルクを入れてもいいんじゃないか」
「なるほど。……あ、そこのお姉さん、私にも彼と同じものを」
通りすがりの店員を呼び止め、ダンは追加の注文をした。
ルゥはお茶に口を付けながら、視線はずっと外を見ていた。
彼の視線の先に、物々しい格好をした一団がいた。
「……今のところ怪しい動きはないな」
「そうだねえ。ま、勝負はまだまだ始まったばかりさ。じっくり行こうじゃないか」
彼らはワースの命令通り、魔導学院周辺で怪しい動きを見せる軍を見張っていた。
テーブルの上にはお茶やミルクのほかに、ケーキやクッキーなどが置かれている。体が大きく、顔は厳めしい二人だが、どちらもお茶や甘いものが好きなのだ。
「なあ、ところで、この格好のことなんだが」
「なんだいルゥ君。よく似合っているよ」
「オレが似合っているかどうかはともかく、あんたが着るのは無理があるんじゃないか」
「えー? そんなことないよ」
「いや、あんたの歳と体で学生服は無理があるだろ……」
ルゥの目の前に、学生服を着た大男がいた。服は丈が合っておらず、肩がみっちりしていて、裾が短い。彼が動くたびに、服はミチミチ、椅子はギシギシと音がする。
「心外だな、ルゥ君! 魔導学院は年齢を問わず、優秀な者であれば門戸を開いているよ! 私が着ていたって不思議じゃない!」
「……服のサイズはどうにかならなかったのか」
「うん、それは私も気がかりだった。だが、既製品では私のサイズは用意できないのだ。そこを逆手にとって、急遽学院に入った私は服が用意できなかった、という設定にする」
「………………………………まぁ、百歩譲って良しとするか」
「随分沈黙が長かったねルゥ君。だが、理解していただけて何よりだ」
ダンは自信満々だったが、ルゥは知っていた。周りの人間が自分たちをチラチラ盗み見ていることを――……
(……やはり、無理があるな)
そう、お茶をすすりつつ思った。
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