第9話「ワース様の探偵ごっこ」
「いやぁ~! あれは傑作だったね! ワラワラ群がる生徒たちに、ハル君はずっとアワアワ言ってるし」
ダンさんが椅子をギシギシと揺らしながら笑った。
私たちは魔導学院を後にし、カフェでお茶を飲んでいた。
「も、もういいじゃないですか!」
「いや、これは魔導学院の新しい伝説になるよ。私がほんのちょっとしか砕けなかった鎧の宝珠を、粉々に砕いちゃったんだからね」
「で、伝説に……!?」
無理無理無理無理。そんなに目立ったら魔導学院にもういけない。というかしばらく魔導学院には行きたくない。また人が群がってきたら困る。
「お、大げさですよ! ダンさんも手加減したんじゃないんですか?」
「いんやあ? 周りに被害を及ぼさない魔法となると、あんなもんだよ。マルテ君もそうだよね?」
「私はダンさんより威力が劣りますよ。砕くところまでいけるかどうか……」
「え、そ、そうなんですか?」
「……まあ私たちの名誉のために言っておくと、手段を選ばなければハル君みたいに粉々にできるよ。でも君のように精密に目標だけ砕くのは難しいね」
「そうなんですか」
「……ねえハル君、君のその力はどうやって出してるのかな。ちょっと使ってるときに触らせてくれないかい」
ダンさんが獲物を狙う獣のような目になり、身を乗り出して近づいてくる。
そっと手を触れられた。
「えっ? えっ? えっ?」
「ちょっとだけでいいんだ。君の力の源が知りたいんだよ……」
野獣のような目がそこにあった。
体がのけぞり、心臓が一気に高鳴る。
なにも言うことができず、口を戦慄かせるしかなかった。
「おい、自重しろ! ハルが困ってるだろ!」
と、ルゥが割り込んできた。
「あ、これは失敬。いかんね……どうも熱中しすぎると周りが見えなくなる。ごめんね、ハル君」
「い、い、いいえぇ。ダンさんのことは、わかってますから……」
と言いつつ、心臓はめっちゃドキドキしていた。
男の人が近づくのはやっぱり怖い。
「ところでルゥ君、さっきからやけに不機嫌じゃないか?」
「ああ?」
ルゥが頬杖をついたままダンさんを睨んだ。
「魔導学院でハル君に人が群がってたあたりから、ずっと無口じゃないか」
あ、そういえば静かだったな。
「なんでもねえよ」
「……ははーん、さてはハル君に男が寄ってくるのが面白くないんじゃないか?」
えっ、そうなの?
「ル、ルゥ、そうなの?」
マルテさんが慌てた様子で訊いた。
「……んなワケあるか! おい、もう茶はいいだろ。さっさと行くぞ」
「ええ、もうちょっといいじゃないかぁ」
私としてももうちょっと今の話を聴きたい。
だが、ルゥはドカドカと外に出てしまった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ハルたちが魔導学院を訪問している頃。
魔導学院では幼女が駄々をこねていた。
「ぬわ~~ッ! ワシもハルたちと魔導学院行きたかったぞ! どうしてくれるエア!」
ワースが地団太を踏んで言った。
魔導院本部の上層階にある会議室に、ドタドタという音が響き渡る。
「また今度いけばいいじゃないか」
エアがため息をついた。
「嫌じゃ嫌じゃ! 今日のハルは今日しか見れないんじゃ!」
「親みたいなこと言うねぇワース。そんなにハルちゃんのことが気になる?」
「うん。ワシの弟子がハルだったらいいのにな~、チラッ、チラッ」
ワースはチラッと口で言いながら上目遣いでエアを見た。
「可愛い子ぶっても効かないよ~。魔導院の人間はみんなワースの本性知ってるからね」
「つまらんつまらん! はぁ、ワシを女の子として扱ってくれる人間が魔導院に入ってこんかのう」
「それで、仕事の話なんだけどね」
「無視すんな!」
「ワースが頼んでた特異点に行く許可の話、ちょっと時間がかかりそうなんだよ」
ワースの顔が真面目なものに変わった。
「……はぁ、そんなことだろうと思っておったわ。全く、政治家どもの腰の重さには恐れ入る」
「特異点をどう扱っていいか決めかねているみたいだね。あれが我々に害をもたらすものか、益をもたらすものか……」
「行ってみんことには何もわからんのじゃがな」
「いつもの議会の反応だよ。あそこは平常運転さ。……まあ、議会の動きは予想通りだったんだけど」
エアが顎に手を当てて考え込んだ。
「なんじゃ? 他に何かあるのか?」
「……ワース。軍の様子がおかしい」
「はっ、何をいまさら。この街に来た時から気付いとるわ」
「いや、警戒態勢が引き上げられたことじゃない。実はこの前、君たちが魔都から持ち帰った検体を寄こせと言ってきたんだ」
「怪物どもを封印した検体か。あれは魔導学院で調査すると決まっておったはずじゃ。なぜ軍が欲しがる?」
「わからない。だが、あれ以来妙な動きが増えているんだ。連日警戒態勢を隠れ蓑に、魔導学院を包囲するように兵が配置されつつある」
「魔導学院を? もしや検体を狙っておるのか?」
「狙いが検体なら、もう少し他にやりようがあると思う。何か他の目的があるんじゃないかな」
「ふむ、これは調べてみる必要がありそうじゃな」
「お願いしてもいいかい? 残念ながら僕は議会との交渉で動けそうにない」
「任せておけ! ちょうど検体の調査も見たいと思っておったところじゃ」
(しめしめ、これでハルと魔導学院にいく口実ができたわい)
ワースが笑みを浮かべると、エアが頭を抱えた。
「ワース、また何か企んでるね……」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
学院訪問の翌日、私たちは魔導院の居住区に集まっていた。
「ど、どうしたんですかその恰好」
目の前にブカブカの帽子と外套を羽織り、眼鏡をかけた幼女がいる。
「よくぞ聞いてくれた! 今日のワシは中身は大人! 見た目は幼女の名探偵ワースちゃんじゃ!」
ワースさんが荒ぶる鷹のようなポーズをとった。
……どっかで訊いたフレーズだ。またワースさんのごっこ遊びが始まったらしい。
「中身はババァの間違いだろ」
「何じゃと!」
ルゥが鋭い突っ込みを入れた。
でも私に言わせるとちょっと違う。中身は妖怪セクハラロリババァだ。
「あらワース様、どうしたんですか? 今日も可愛らしいですね」
マルテさんが遅れて現れた。
「おお、マルテはわかってくれるか! 実はかくかくしかじか……」
ワースさんは昨日のエアさんとの会議について話し始めた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……と言うわけで、魔導学院周辺を捜査しようと思う。ハルとマルテはわしとともに魔導学院に潜入じゃ!」
え、ええ? また魔導学院に行くの?
今は行きたくないんですけど……
「なんでお前ら三人なんだ?」
ルゥが訊いた。
「何を言っとる。ワシら三人が集まれば、軍の唐変木なんぞイチコロよ!」
ダンさんが苦笑した。
「つまり色仕掛けってことかい。それならワースは邪魔なんじゃないかなぁ」
い、色仕掛け? それは私も勘定に入ってるんですか?
「何を言う! ワシだって一部の大きなお兄さんには大人気のはずじゃ!」
そう言いながら薄い胸を張った。
「それ、嬉しいかい……?」
「よし、早速準備を始めるぞ! マルテ、部屋を貸せ! ハルを男を刈り取る形に変えるんじゃ!」
は?
男を刈り取る形?
「え、え、え!? 私ですか?」
「この作戦の成功はおぬしにかかっとるぞ!」
「え、ええええ~~!?」
腕を掴んでズルズルと引きずられる。
「おーい、私たちはどうしたらいいんだい?」
私を引きずる足がピタッと止まる。
「忘れとったわ。おぬしたちに色仕掛けは無理じゃから、軍に怪しい動きがないか探ってこい。目立たんようにな」
大男二人が顔を見合わせる。
互いの姿を確認した後、ポツリと呟いた。
「「……それは難しいんじゃないか……」」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「これとかどうですか、ワース様」
「何を言っとる。もっとチチを出すヤツじゃ。こう、ボロンとこぼれそうな!」
「私はそういうのは着ませんので……」
ワースさんの問いに、マルテさんが首を振った。
「う、うううう~~……」
先ほどから私は二人の着せ替え人形になっている。それだけならまだいいのだが、ワースさんが勧めてくるのは、胸が出てたり太ももが出てたりするようなものばかりなのだ。もちろん、私も普段はそんなもの着ない。
というか、ワースさんはともかく、なんでマルテさんまで乗り気なんだ。
いや、お風呂でのことを思い出すと、もしかしてマルテさんもセクハラが好きなんじゃ……
「よし、これじゃ!」「これですね」
二人の意見が一致したようだ。
私は再び彼女たちの人形になった。
……二人に着せられたのは、胸がちょっとはだけたワンピースだ。私が屈むと、目の前にいる人に谷間が見えることになる。
今、ワースさんにやらされている。
「おお……おお……! 素晴らしい破壊力じゃ!! これで軍の連中を軽く千人はぶっ殺せるはずじゃ!!」
私は人である。兵器ではない。
「……うらやましい」
マルテさんが物欲しそうな目で私の胸を見た。
「う、うう……無理ですよ、こんなの……」
「何を言っとる! ワシなんていつもほとんど裸じゃぞ! こんなもの慣れじゃ、慣れ!」
「ワースさんが裸なのは好きでやってるからじゃないですか!」
「そう、慣れよ」
「マ、マルテさんまで……」
「そのうち快感に変わるわい」
え、気持ちいいからあんな格好なの? へ、変態だ……
「ワース様、髪型も変えると効果的だと思います」
「おお、良い案じゃ! やれやれ!」
マルテさんは目にも止まらぬ速さで私の髪をいじりだした。
「はわわわわ」
数分後、鏡の前には、フワッとした大人っぽいツインテールの私がいた。
二人は私を見つめてしばしの間沈黙した。
そして、どちらからともなく呟いた。
「「か、可愛い……」」
ワースさんとマルテさんの声がハモった。
鏡を見つめながら、自分の髪に触れてみる。緩やかなカーブに触れると、フワリと心地よい感触が返ってきた。
こ、これが私?
すごい……髪型でこんなに変わるなんて。
「よし、ハル! 鏡の前に立ってみるのじゃ!」
言われるがまま、鏡の前に立つ。
鏡に映るのは、ゆるふわな感じの女の子だ。
それを見たマルテさんが腕を組んで考え込んだ。
「……うーん、すごく可愛いけど、このままじゃちょっと甘さが過剰ね。食べたら胸やけを起こす可能性があるわ」
「わ、私は食べ物じゃないですよぉ……」
「マルテ、このジャケットなんかどうじゃ?」
「いいですね。これで辛さを足せば……!」
二人が私にジャケットを着せ、全体を整える。
私はアワアワ言うしかない。
ポーズをとって見ろとせがまれたので、手を広げて見せてみた。
「ど、どうですか?」
二人がまぶしい目で私を見た。
鏡の前に、ゆるふわで甘辛な格好をした自分がいた。
恥ずかし気に頬を染めている。
「完成したわ……」
「……これで一万人を殺せる兵器が誕生したな。導師級じゃ」
「だから兵器じゃないですって」
「よし、さっそくルゥに見せるぞ! これならあいつが見たら鼻血を吹き出すはずじゃ!」
「ワース様ッ!?」
「え、え、え……ルゥが……?」
ワースさんが部屋を飛び出す。
「……ッておらんのかいッ! まったくタイミングの悪い奴じゃ!」
その言葉を聞いた時、私とマルテさんが盛大に息を吐いた。
「「良かった、ルゥがいなくて…………」」
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