第8話「新人魔法使いハル、魔導学院に行く」

「ふわぁ~、いい天気」


 外の景色を見ながら、大きなあくびをした。

 魔導院本部から、街が一望できる。

 街は朝日を受けて、キラキラと輝いていた。


「おはよう、ハル。部屋の具合はどうじゃった?」


 ワースさんが笑顔で言った。

 彼女は今日はいつもと髪型が違い、後ろで髪を纏めている。

 服装もいつもの半裸に近い格好じゃなくて、ゆったりとしたローブだ。

 端的に言って、非常に可愛らしい。……中身は妖怪なんだろうけど……


「はい、久しぶりのベッドで、よく眠れました」


 私は魔導院の上層階に自室を与えられた。こじんまりとした部屋ではあったが、魔導院の上層から見える景色は壮観だった。高級マンションもかくやというところだ。


 ゼルンギアに来るまでの間は狭い車内で寝ていたので、ベッドの寝心地は最高だった。魔導院の人たちはみんなこんな好待遇なのかと思ったが、本来は導師でないと部屋はもらえないらしい。ワース様様である。


「それは何よりじゃ。自分の家だと思って使っておくれ。ワシらもしばらく本部で寝泊まりするからの。ルゥもおぬしの近くで寝とるぞ」


 ワースさんがキシシと笑った。

 ……みんな同じ場所で寝てるのはわかったけど、なんでルゥだけ強調する必要があるの? なんで笑ってるの?


「久しぶりのゼルンギアじゃから、今日はハルと遊びたいんじゃが、残念ながらワシは仕事じゃ」


 そう言いながら、盛大にため息をついた。


「えっと、手伝いましょうか?」


「いやいや、それには及ばん。それに、ほれ。ハルが付き合ってやらんと、あいつがうるさいぞ」


 ワースさんが廊下の先を見た。

 向こうから、大男がスキップをしながらやってくる。床がドスドスと踏み鳴らされる。


「ハルくーん! 遊びに行こっ!」


「だ、ダンさん……」


 ダンさんがものすごい笑顔でやってきた。

 体に似合わぬ無邪気さを周囲に振りまいている。この人は本当に偉い魔法使いなのだろうか。


「今日は私もみんなも休みだよ。一緒にゼルンギアを回ろうよ!」


 ワースさんが私に「な?」という視線を送ってくる。

 確かに、これを断るとうるさそうだ。


「い、いいですよ」


 特に断る理由もない。

 ゼルンギアを回るのは楽しそうだし。


「やったッッ!! じゃあ、みんなにも声かけてくるよ」


 そういって颯爽と駆け出し、ルゥとマルテさんを呼びに行った。

 廊下の先からダンさんの大声が聞こえてくる。


「マルテ君ッッ!! ハル君と遊びに行くよ!!」


「……まったく、子供みたいなやつじゃな」


 ワースさんが白けた顔で言った。

 あなたがそれを言いますか、と心の中で突っ込んでおいた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 鏡の前にいつもの自分と違う自分がいる。

 髪は綺麗に梳かされ、メイクも決まっていた。


「うん、いい感じね」


 マルテさんが後ろから覗き込んで言った。

 

「な、なにこれ……自分じゃないみたい」


「ふふ、よく似合ってるわ」


 私はマルテさんから服を借り、おしゃれを手伝ってもらっていた。

 メイクをマルテさんにやってもらうと見違えるほど綺麗になったと思う。

 服も普段マルテさんが着ているものだと思うと、なぜかドキドキした。


「私の方はどう?」


 今日のマルテさんはモノトーンで都会的な印象だ。髪色と合わせて綺麗にまとまっている中に、シルバーの髪飾りが非常に映えている。揺れる尻尾と耳が可愛らしい。


「す、すっごい可愛いです」

 

「あはっ。ありがと! じゃあ男どもに悪いから、早く行こうか」


「はい」


 女の子には準備があるということで、ルゥとダンさんには下で待ってもらっていた。マルテさんに言われなければ、私は危うく素のままで行くところだった。


 彼女と手を繋ぎ、さっそうと魔導院本部を歩く。

 気分が高揚する。

 歩いていると、通りがかった職員の方がこちらを振り返るのが分かった。

 たぶん、マルテさんを見ているんだろう。

 外に出ると、大男二人が待っていた。

 ダンさんが手をブンブンと振っている。


「やあ、これは……私たちには勿体ない淑女二人だね」


 ダンさんはいつも大げさだなぁ。

 マルテさんはともかく、私はそんなでもない……こともないのかな。確かに、さっき鏡で見たときは、結構可愛かったと思う。


「ダ、ダンさんもいつもとちょっと雰囲気が違いますね」


 彼はいつもよりドレスライクな格好だった。大人の男性って感じだ。かっこいい。

 そして、ルゥは……あっ。

 彼を見て、しばらく静止した。


(……な、なんか、いつもと違う)


 彼はいつもはいかにも旅人って格好だ。髪もボサッとしている。

 しかし、今日は。髪は綺麗に纏められ、格好も綺麗目だった。

 彼が大きく目を見開いている。


「おやおや? 二人とも見つめって、どうしたの?」


 ダンさんの言葉にハッとした。

 咄嗟に視線を逸らす。


「あ、や、なんか、いつもと違うなって……」


「あ、いや、一瞬誰かと思った」


 ルゥとセリフが重なった。

 ダンさんがニヤリと笑う。マルテさんは口を大きく開いて固まっていた。


「善きかな善きかな。さて、どこに行く? ハル君の希望を聞くよ」


「え、あ、う、そうですね」


 希望。私の行きたいところ。

 どこだろう。どこかあったかな。

 あ、そうだ。


「あっ、魔導学院に行ってみたいです!」


「ほう、魔導学院か。そういえば歓迎会でそんな話もしたね。それほど遠くないし、歩いて行こうか」


「は、はい」


 ふう、まだ心臓がどきどきしてる。

 でも行き先が決まってよかった。


 ……? あれ? ダンさんが歩き出さない。どうしたんだろう。

 不思議に思って彼を見ると、彼は微笑んで言った。


「手でもつないだらどうかな」


「えっ!? えっ!? 手、ですかあ!?」


 こ、こ、こ、ここで?

 む、む、む、無理……自分からは……


「さあ、ハル、行きましょ!」


 と思ったら、マルテさんが私の手を取って歩き出した。


(ま、マルテさんか。ホッ……よかった……)


 私たちが先に歩き、その後ろをルゥとダンさんがついてきた。

 後ろでダンさんがやれやれと首を振った気がした。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ついたわよ、ハル」


「わぁ~、ここが魔導学院ですか」


 魔導院本部から10分程度の所にそれはあった。

 古風で趣のある、立派な建物だ。なんとなく日本の大学に似てる。どこの世界でも、学び舎には共通の雰囲気があるのかもしれない。


「マルテさん達もここで魔法を勉強したんですか?」


「うーん、実は私たちに魔導学院出身者はいないのよ。だから私たちもあんまり来たことないのよね」


「えっ? そうなんですか? てっきり魔法使いはみんなここで勉強するのかと思ってました」


「それが意外とそうでもないのよね。卓越した魔法使いは在野にいることが多いから、直接師事する人が多いのよ。私とルゥもそのパターン」


 わっ、そんな学歴があるんだ。日本よりも自由だな。


「じゃあ、ダンさんは?」


「私は軍学校で学んだよ。力が有り余りすぎて魔導院に鞍替えしたけどね」


「へえー、結構自由なんですね」


「ワースが実力主義だと言ってたろう? 魔法使いとしての実力が認められれば、誰でも入れてくれるのが魔導院の良いところさ」


 そっか。そうだよね、私でさえ入れてくれるんだから。

 って、それは実力とは関係ないか。


「さっさと入らないか」


 ルゥが痺れを切らしたように言った。

 せっかちな男だな、こいつは。


「今日は休みなんだから、そんな慌てなくていいわよ。ゆっくり回りましょう」


「いきなり入って大丈夫なんですか?」


「そこはほら、この魔導院のペンダントを見せるのよ。これでほとんどどこでも入れるわ」


 そういってペンダントを見えるように胸にかけた。

 私も同じようにペンダントを見せる。

 マルテさんに手を引かれ、私は魔導学院に足を踏み入れた。


 校舎内をゆっくりと歩く。

 時折不思議なモニュメントや、知らない人の銅像が目に入る。

 見るものすべてが珍しく、キョロキョロとあたりを見回した。

 

 壁に飾られた絵が動きだしたり、幽霊が飛んでたりしないだろうか。

 そんな期待を込めてあちこちを見る。


「あ、あの教室。確か一回講義したことあるわ」


 通りがかりに、マルテさんが一つの教室を指して言った。


「え? マルテさんも講義したりするんですか?」


「ええ。導師ともなれば、講師と同等以上とみなされるわ。導師の話はみんな聞きたがるから、教室は一杯になるわね。ダンもたまに講義してるわよ」


「へえー。ルゥは?」


「オレは講義は苦手だ。実習ならたまにやるが」


「あ~、確かに向いて無さそう」


「お前にはちゃんと教えてやったろ」


「私は魔法使えなかったけどね」


「それはオレのせいじゃない」


 たまに生徒とすれ違うと、キラキラとした目が向けられた。

 中には歓声をあげる者もいる。


(うわ~。やっぱり、マルテさん達は人気なんだなぁ)


 魔導院の魔法使い、ましてや導師ともなれば、憧れの対象になるのだろう。

 半面、私には不思議そうな視線を向けられた。そりゃそうだ。私は導師三人に囲まれる只の魔法使い、のフリをした只の人なのだから。「お前誰だ?」みたいに思われているのだろう。


「さて、じゃあその実習に行ってみようかね」


「え~、いきなり行って大丈夫なんですか?」


「私はたまに飛び入りで参加するけど、邪険にされたことは一度もないね。確実に歓迎されるよ」


「随分教育熱心なんだな」


「いやぁ~、チヤホヤされるのが楽しくて」


「……あんたらしいな」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「”光の精霊よ、顕現せよ!”」「”風の精霊よ、顕現せよ!”」


 屋外の練習場に、たくさんの生徒がひしめいている。

 彼らは一様に的を目掛け、熱心に魔法を練習していた。


「おお、やってるやってる」


 ダンさんが生徒たちを眺めながら言った。


「わ~。みんな精霊を呼び出してますね」


「うん、それが基本だからね。彼らはまだまだ学びたてと言ったところだな」


「基本のあとは、どういう魔法を覚えるんですか?」


「そうだなぁー、進路によって違うけど。導師を目指すなら、大魔法と回復魔法の習得は必須だね」


「大魔法は普通の魔法とどう違うんですか?」


「うん。例えば物を燃やすときに、炎の精霊で熱して燃やすのが普通の魔法。物体を直接燃やすのが大魔法さ」


 ダンさんは指先に炎の精霊を発生させながら言った。


「んん? なんか、違いがうまくイメージできないんですけど……」


「一つ大きな違いがある。魔力の変換効率が段違いなのさ。炎の精霊を呼び出して燃やすのだと、魔力の無駄が多い。それに対して大魔法で直接燃やすと、魔力がある限り大きな炎を発生させることができる」


「へえ~」


 なるほど。発電効率みたいなものか。石炭より石油みたいな。……ちょっと違うかな。


「あ、でも、ルゥが火をつけるときは炎の精霊を呼び出してたよね。なんであれは大魔法を使わなかったの?」


「あれは適材適所というヤツだ。大魔法を使うと、あっという間に熱源が燃え尽きてしまう。だから精霊を熱源とし、燃料を長く燃やせるようにしたんだ」


「ははぁ、なるほどー。……ふふ、今のは先生みたいだったよ」


「……ん? そうか」


 ルゥが照れ臭そうに頬を掻いた。

 なんか今日のルゥは反応が可愛いな。


「あ、導師様がきてる!!」「本当だ!」


 私たちが練習風景を眺めていると、気付いた生徒たちが黄色い声を上げた。

 餌に群がる蟻のように、一斉に集まってくる。


「ダン様! 私に大魔法を教えてください!」


「ルゥ様がいらっしゃるなんて珍しいですね! また風の魔法を見せてほしいです!」


「今日のマルテ様、一段とお美しい……」


 あっという間に囲まれた。本当に人気だな。

 口々に魔法を見せてくれ、教えてくれ、弟子にしてくれとせがんでくる。

 中にはマルテさんがきれいだのルゥがかっこいいだの言う声も混じっているが。


「あなたも、魔導院の方なんですか?」


「え?」


 振り向くと、私の方をキラキラした目で見る生徒さんがいた。

 な、なに? わ、私まで!?


「あ、う、は、はい。一応……」


 歳は私とほとんど変わらないように見える。

 なんとなく学校を思い出し、身構えてしまう。


「初めてお目にかかりました。導師様方といらっしゃるということは、どなたかのお弟子様ですか?」


「い、いえ、普通の魔法使いです……」


「すごく綺麗ですね。僕の記憶にはないのですが、最近魔導院に入られたのですか?」


「き、きききき綺麗?」


 何を言っているんだ。この人は。全然魔法と関係ない質問だぞ。

 ……もしかして、コレ、ナンパ?


「え、ええと、最近入りました……」


 こ、困るよ。こういうのは。

 私、話すのが苦手なのに。

 と思っていたら、私の前にずい、と大きな影が割り込んだ。


「こいつはオレがスカウトしたんだ。まだ魔導院に入りたてで慣れてないから、あまりいじらないでやってくれ」


 ルゥが私を庇うように言った。

 私はホッと息をつく。正直、助かる。

 でも、ルゥが私をスカウト……?

 ふふ、まあそういえなくもないか。


「さてみんな。このままだと収まりがつかないから、ここはこの導師ダンがとっておきの大魔法を見せてあげよう」


 一斉に歓声が上がった。

 私は取り巻きから解放され、ホッと息をつく。

 流石ダンさんだ。


 ダンさんが周囲に何もない場所に移動すると、生徒たちも一緒に移動した。

 私たちはそれを遠巻きに見守っている。


 ダンさんは深呼吸をすると、指揮者のように構えた。

 ゆっくりと、歌うように唱える。


「”鎧の宝珠よ、顕現せよ”」


 空間に結晶が集まりだし、一つの大きな塊を作り出す。

 この魔法は知ってる。エアさんがこの前使ったヤツだ。

 しかしその大きさは、エアさんが作り出した塊の比ではなかった。

 巨大な氷塊のような結晶が広場に鎮座した。


 生徒たちは口々に、すごい、大きい、と言いあっている。

 だが、ダンさんの魔法はこれからのようだった。


「”大地の鎖よ、顕現せよ”」


 ダンさんが唱えると、練習場が揺れた。

 地面に亀裂が走り、赤い鎖が飛び出してくる。

 赤い鎖は結晶に絡みついた。

 ギリギリと、結晶が締め付けられる。


「”砕け!!”」


 その言葉を発した瞬間、結晶に亀裂が走り、ゴトリと割れた。

 生徒たちから一斉に拍手が沸き起こる。


「どうもありがとう、生徒諸君」


 ダンさんが得意げにお辞儀した。

 うーん、すごい。これは気持ちいいだろうな。

 ……ん? ダンさんが私をジッと見ている。なんだろう。


「ハル君。君もやってみるかい」


「えっ!?」


 生徒たちの視線が一斉に私に集まった。

 ダンさん、何を急に……!!

 恨みがましい目を向けると、構わず手招きされた。


「行って来たら、ハル」


「で、でも……」


「一度やったことだ。問題ないだろう」


 ルゥがあっけらかんと言う。


(……でも、あの時はこんなに人はいなかったんだよ!)


 躊躇する私に、ダンさんが近づいてきて私の手を引いた。

 そして、結晶の前に立たされる。

 

 ダンさんの時とは違い、周囲は少々ざわついてる。

 それはそうだろう。私のことなんてみんな知らないし、導師でもないのだ。


「大丈夫。うまくいかなかったら私がちゃんとフォローするから。君が壊したように見せかけることくらいできるよ」


 ダンさんが耳打ちしてきた。

 ……そ、そうか。それならやってみてもいいか……

 

 よし、やってみよう。

 あのときはハンマーを想像して失敗しちゃったから、今度は手だ。

 深呼吸し、結晶の周囲に巨大な手を想像する。 

 程なく、しっかりと実感を伴って手を想像できた。


(段々、早くできるようになってきた気がする)


 よし、今だ!


「”潰れろ!”」


 私は思いっきり両手を握りしめた。

 閃光が走り、結晶を貫く。

 手の中に脆い石のような感触がある。

 私がそれを握りしめると、目の前の結晶は粉々に砕け散った。


「……う、うまくいった」


 私は全身の力を抜いた。

 良かった。今度はちょうどいい力で砕けた。

 これなら魔導院の魔法使いとして恥ずかしくあるまい。

 私が揚々と辺りを見回すと、予想に反して辺りは静まり返っていた。


 あ、あれ……?


「え、っと……」


 なにかまずかっただろうか。うまくできたと思うのだが……

 ダンさんが近づいてくる。そして拍手をした。

 拍手と共に、大歓声が巻き起こった。

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