第6話「ハル、国家公認の魔法使いになる」
「おめでとう、ハル。今日から君は魔法使いだ」
「え?」
キツネにつままれたような顔になる。
ちょっと待ってほしい。唐突すぎる。何が起こったのだ。
私が混乱していると、ワースさん達が拍手を始めた。
「よくやったのう、ハル!」
「おめでとう、ハル君」
「これで私たちの仲間ね!」
「……よくやった」
と、口々に述べられる。
「え、えっと? 何が何だかわからないんですが……」
エアさんがクスリと笑った。
「あは、ごめんごめん。全然わけわかんないよねー。大丈夫、ちゃんと説明してあげるから」
え? な、なにその口調。
エアさん、さっきとは打って変わって砕けてるんですけど。
豹変しすぎ。
「全部君のためなんだ。ここにくるまでにも一悶着あったみたいだけど、今、ゼルンできな臭い動きが増えている。……君をめぐって不測の事態が起きる可能性があるんだ」
……不測の事態? 私をめぐって?
ど、ど、どういうこと?
「うむ。ハル、なんで自分がと思っとるかもしれんが、おぬしは自覚せねばならん。自分がどれだけ特別な存在であるかということをな」
「え? 私? 特別……ですか?」
「僕も同意見だよ。君は特異点に突如現れ、とてつもない力で導師が束になってもかなわない怪物を退けたんだ。魔導院としても君を放っておくわけにはいかない」
エアさんの言葉に俄かに熱がこもる。
うー……ちょっと受け入れがたいけど、確かに……
彼の言ってることは事実で、客観的に見て普通ではない。
……そうか。私は特別なのか。
「そこでワシらはハルを守る方法がないか相談して、一つの結論を出した。いっそのこと、魔導院に取り込んでしまえばいいとな!」
ワースさんが胸を張って言った。
「君が魔導院の魔法使いとなれば、他の組織はおいそれと手出しできなくなる。魔法使いとして身分も保証されるしね。今度から軍に尋ねられたら、堂々と名乗るといいよ。私は魔導院の魔法使いだってね」
あ、それは便利かも。
「もう、あんな怖い思いをしなくていいんですか?」
「魔導院の魔法使いと言ったら、この国でも一目置かれるよー。今度から擦り寄ってくる人の方がめんどくさくなるかもね」
「本当なら難しい試験が必要だったりするんじゃがな! なにせグースギアを救った英雄じゃ! 功績を考慮して、簡略化してやったわ!」
「あっ。もしかして、さっきのが試験だったんですか?」
「うむ。ハルには簡単すぎじゃったの」
いやいやいやいや。めっちゃ緊張しましたけど。
たぶんルゥがいなかったら失敗してましたけど。
やめようよ。抜き打ちテストとか。
「さあ、ハル。君に魔法使いの証をあげよう」
エアさんはローブから何かを取り出す。
紐のようなものを私の前に広げた。
「あ、これって……!」
「魔導院のペンダントさ」
ルゥがつけてたやつだ。ワースさん達と連絡を取るのに使ってた気がする。
ペンダントはピラミッドのような四角錘の形をしており、中心に宝石が埋め込まれている。
「本当は持ち主の魔力を込めると、色々できるんじゃがのう。まあ、持っているだけで魔法使いの証としては使えるから、問題ないじゃろ」
あ、じゃあ私はルゥみたいに連絡には使えないのか……
まあ、仕方ない。
「ハル、こちらへ」
エアさんに前に出るように促される。
「は、はい」
私はおずおずと歩み出た。
エアさんの手で私の首にペンダントがかけられる。
ズシリとする。ペンダントは意外と重い。
「あ、ありがとうございます。まだちょっと実感が湧かないけど、うれしいです」
「ふふ、良かったね」
エアさんはニコッと笑った。
うわっ。イケメンすぎて直視が憚られる。
ペンダントをジッと眺めてみる。
……不思議な気分だ。自分が魔法使いになったなんて。
ワースさん達に振り返り、ペンダントを見せてみる。
「おお、似合っとる似合っとる」
「うむ。ハル君がつけると可愛らしいね」
「ほら。私ともお揃いよ」
えへへ。なんだか照れる。
あれ? ルゥは? なんか言ってくれないの?
私の視線に気づき、ポツリと呟く。
「……調子に乗って無くさないようにしろよ」
「もう! わかってるよ!」
相変わらず空気の読めないヤツだな!
「さて、新たな仲間が加わったら、やることは一つじゃな!」
「え? なんですか?」
ワースさんが目を輝かせた。
「歓迎会じゃ!!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「かんぱーい!!」
「か、かんぱ~い」
慣れない手つきで杯を掲げる。掲げた杯がぶつかり合い、威勢よく雫が飛び交う。
私たちは魔導院本部のすぐ近くにある酒場に来ていた。
と言っても、私が持っているのは酒ではなく、ジュースだ。私以外はお酒のようである。
みんな飲むんだなぁ。
ワースさんがぐびぐびと飲み干した。
「ぷは――ッ!! しばらく働きづめじゃったから、生き返るわい」
ルゥがワースさんをジトッとした目で見る。
「……結構遊んでなかったか?」
「ああん? おぬしの情けない話を披露することになるが、いいのか?」
ルゥの顔が一瞬で青くなる。
情けない話? 何のことだろう。
「い、いや、オレの勘違いだった。気にせず飲んでくれ」
そう言ってルゥは酒を一気飲みした。
うわー、あんなに飲んで。大丈夫かな?
「いやー、とうとう本格的にワシらの仲間入りじゃな! ワシは本当にうれしいぞ!」
ワースさんが抱き着いてきた。彼女は私の左隣りに座っている。右隣にはマルテさんがおり、向かいはルゥとダンさんだ。ルゥとダンさんは窮屈そうだった。二人とも体が大きいからなぁ。
「改めて自己紹介じゃ! ワシは導師ワース・ワイス。よろしくな!」
「よ、よろしくお願いします」
あれ? そういえば初めてフルネームを聞いた気がするな。苗字はワイスさんなんだ。なんとなく語呂がいいな。
ワースさんに続いて、次々と自己紹介が始まった。
「私は導師ダン・バルダー。魔導院では珍しい軍からの引き抜き組なんだ。今度買い物行こうね」
ダンさんはバルダーさん。
そして、また買い物のこと言ってる。可哀そうだからちゃんと買い物に行ってあげよう。
「私は導師マルテ・エルフラン。よろしくね」
マルテさんはエルフランさんか。
うーん。名前も綺麗だ
「……オレは導師ルーリーダ・ナクルだ。よろしく頼む」
ん? 今誰が名乗ったの?
ルゥの方から聞こえたけど。
「え? ルーリーダ?」
私の困惑を察したワースさんが答える。
「ルゥって言うのは愛称なんじゃよ。ルーリーダって、なんか呼び辛いじゃろ? ここに来た時にマルテがルゥって呼んどったから、みんなそう呼んどる」
「あ、なるほど。あだ名ですか」
「ああ。まあ、オレとしてはどっちでもいいがな」
ふーん。そっかぁ。マルテさんが呼んでたからかぁ。
……じゃあ、私もルゥでいいや。
「私はこれからもルゥって呼ぶ」
「そうか。好きにしろ」
よくよく考えると、同年代の友達を愛称で呼ぶなんて初めてだ。
知らず知らずのうちに呼んでたけど。なんか嬉しいな。
……ん? 視線を感じる。
右を見ると、ワースさんがニヤニヤしていた。
な、なんですか、その目は……
「あ、あの、皆さんに聞きたいことがあったんですけど」
視線から逃げるように質問した。
「なんだい? ハル君」
「『導師』ってなんですか? ここに来るまでにも何度も耳にしたんですけど」
ワースさんが「あ、しまった。言っとらんかった」と呟いた。
ダンさんがやれやれと肩をすくめ、説明を始める。
「導師というのはね、魔導院で一部の魔法使いに与えられる称号だよ。いや、役職と言ったほうがいいかな?」
「役職?」
「うん。魔導院において、卓越した魔法を習得し、多大な貢献をしたものに与えらえる称号さ。曰く、その魔力は一万の兵に匹敵する。曰く、単独で竜の軍勢と比肩する者……ってね」
い、一万の兵? すごいな、導師って。一騎当千どころじゃない。
でも確かに、ルゥの魔法はすごかった。
うん。あの竜巻を使えば、一万人なんて軽く倒せるな。
街の人が「導師様」なんて呼ぶわけだ。
「みなさん、その導師なんですよね。すごい方たちだったんですね」
「ははは、グースギアじゃズタボロだったけどね。ちなみに、導師が魔法使いの最高位で、導師間で上下関係はないんだ。ルゥ君なんてみんな呼び捨てにしてるだろ?」
「あ、そういえば」
でもそれは、ルゥが傍若無人な性格だからだと思ってたけど。
「当然だ。オレたちは対等な関係なんだからな。それだけ信頼もしている」
ルゥが口をはさんだ。
「なるほど……あれ? でもワースさんはみんな呼び方がちょっと違いませんか?」
マルテさんは様付けで呼んでた気がする。
「ああ、ワースだけはちょっと特別だよ」
ダンさんの言葉に、ワースさんが胸を張った。
「当然じゃ! ワシは偉いからな!」
「ババァだからな」
「なんじゃとルゥ! こんなに可愛い少女を捕まえて何を言う!」
ルゥもちょっと違うと思うな。正確にはセクハラロリババァだよ。
可愛い幼女の皮をかぶった妖怪だ。
二人は掴みあってギャーギャー騒ぎ出した。
……話がそれてしまったので、ダンさんに別のことを聞いてみる。
「導師って、どういう仕事をするんですか?」
ダンさんがニッコリと笑った。
「魔法を研究したり、調査したり……実は仕事自体は普通の魔法使いとあんまり変わらないんだ。ただ、導師には他と違う役目が二つある。一つは新たな導師を選ぶこと、もう一つは弟子をとり育てることだ」
「へえー、なんか職人さんみたいですね」
「ははは、確かに。私たちは魔法の専門家だからね。導師は並みの人間じゃなれないから、厳しい修行が必要なのさ」
「ダンさんには、お弟子さんはいらっしゃるんですか?」
「残念ながらいないんだな、コレが。というか、私たちの中で弟子をとってる人はいないよ」
「え? そうなんですか?」
「弟子は選べるわけじゃないんだよ。魔導院が決めるんだ。それに、導師になれると見込まれるほどの人材は稀でね。私も早く弟子が欲しいよ」
……なんか、思っていたより組織的で、会社みたいだ。
今のセリフなんて、まるで部下を欲しがるサラリーマンだ。
こうやってお酒を飲んでいるところをみると、魔法使いもサラリーマンもあんまり変わらないのかもしれない。
「なんか、皆さん思っていたより普通なんですね」
「そうだよ。ちょっと魔法が得意なだけの普通の人さ。だから、気楽に接してくれよ」
「そうですね。気楽に話します」
「ふふふ。ハル君もようやく私に慣れてくれたみたいだね。……しかし、私たちの中で誰が最初に弟子を取ることになるのかねえ」
ダンさんが楽しそうに言った。
「……導師歴から考えると、あんたが有力なんじゃないか」
ルゥがワースさんの頬をつねりながら言った。
「ん――? そんなことないよ。若いからこそ育成を任されることもあると聞くよ」
「……まあその前に、有望な導師候補がいないことにはな」
「魔導学院にすごいのがいるって聞いたよ。若干13歳でほとんどの属性の大魔法を修めたとか。彼なんか有力なんじゃないかなぁ」
魔導学院? 魔法の学校!?
お、面白そう……行ってみたい。
変な帽子がクラス分けをしてくれたりするんだろうか。
「んあぁぁ、おぬしらいつまで仕事の話しとるんじゃ? ワシはもう聞き飽きたぞ! 恋バナしろ恋バナ!」
ワースさんが真っ赤になって言った。飲みすぎだよこの人。
言い分も酔った上司っぽい。
「んー、ここの料理は美味しいが、やっぱりハルの料理が食べたいのう」
いきなり話題が変わった。
これが酔っ払いの習性か。
「ああー、あれは美味しかったねぇ。ハル君、あれはなんという料理なんだい?」
ダンさんはジョッキを大量に空にしている。この人は酔わないのだろうか。
「カレーっていいます。私がよく食べてたのとはちょっと違うんですけど、それでも近いものが作れたと思います」
「へえぇ、ハル君の故郷の味かあ。異世界の料理、素晴らしいね。こんな機会は滅多にない」
「えへへ……よかったらまた御馳走しますよ」
「ルゥはどうじゃった? ハルの料理。黙々と食べておったが」
私の体にわずかに緊張が走る。
何でもない風を装いつつ、ルゥを見る。
ルゥは傾けた杯から口を話し、少し考えるように上を見た。
「……ああ、うまかったな。毎日ハルに作ってもらいたいと思った」
……ま、毎日!?
え!? 毎日、ルゥに!?
「……おいルゥ、おぬしのせいでハルが固まってしまったぞ」
「あ? どうした?」
……そう答えるルゥは、全くいつも通りの彼だった。
とても今の言葉を言った人とは思えない。
まあ、この様子だと今の発言に大した意味はないのだろう。
だが、私は、頭ではわかっていても、すぐには動き出せないでいた。
「え……あ、う……」
「あーん!! ハル、おぬしなんて可愛いんじゃ!! ワシと結婚してくれ!」
と言って、抱き着いてきた。
「ワース、君、酔ってるな。ハル君が困っているよ」
「お?」
私に頬ずりするワースさんの動きがピタリと止まった。
そして私の隣を覗き込む。
「おやおや? ここにもう一人可愛い反応をしておる娘がおるぞ」
そういって、いやらしい笑みをマルテさんに向けた。
マルテさんの耳がピピッと揺れる。
「な、なんのことでしょうか?」
マルテさんはお酒を飲みながら言った。
……別に普通に見えるけど……?
あれ、ずいぶんたくさん飲んでるな。空のグラスがたくさんある。
あ、またグビグビと……
「……ワシ、今感動しとる。こんな可愛い二人がワシの隊のメンバーじゃなんて……ああ、明日からどうやって可愛がろうか!」
おい。何をする気だ。急に不安になってきた。
「はぁ……罪な男だねえ」
ダンさんが頬杖を付いて言った。
「あ? 誰が?」
ルゥの質問に、ダンさんは流し目で答えた。
だが、ルゥには伝わらなかったようだ。
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