第5話「怒涛のゼルンギア一日目」

 通り過ぎる景色に、徐々に建物が増えていく。

 いよいよ首都が近いのだ。


「懐かしいねぇ」


 ハンドルを握りながら、ダンさんが言った。


「はん、何言っとるんじゃ。本来なら数十日に及ぶ任務だったのに、あっという間の帰還じゃったぞ」


 ダンさんの隣でワースさんが言った。

 彼ら魔導院の人たちは、魔力特異点の調査のためにグースギアに赴いていた。

 それが、新たな特異点が発見されたために、急遽そちらに向かうことになったのだ。


「ん~、そうはいってもね。私はこの景色を見ると、いつも懐かしい気持ちになってしまうんだよ。そんなことってないかい?」


 ダンさんの言葉に、窓の外を見やる。

 草原の中に小さな家がまばらに立っており、合間に畑や池が見える。牧歌的な雰囲気があった。

 ……ああ、なんかわかるかも。というか、初めてくる場所なのに……なぜか、私も郷愁を感じた。


「相変わらず顔に似合わず感傷的じゃなぁ」


「いいじゃないか。感情は魔法使いにとって大事だよ。魔法の作用において、イメージは重要なプロセスだ。私ももっと精進しないと。この前、ハル君の力を見て思い知ったね」


「それを言われると、ワシも耳が痛いわ」


 うっ。いつの間にか私の話をしている。

 自分が会話に入ってない中で、自分の話をされると、どこかムズムズしないだろうか。それに、私が使っているのは魔法じゃなくて超能力です。


 私は素知らぬフリをして窓の外を見た。

 徐々に景色に占める建物の割合が多くなる。


「ほら、見えてきたぞ」


 ダンさんが言った。

 窓から顔を出し、道の先を見る。


「わぁ」


 天を突くような、大きな建物がいくつも見える。

 東京の高層ビルにも匹敵する大きさながら、趣はどこか古風で、不思議な印象を受けた。


 胸が高鳴るのを感じる。

 私は今、知らない場所にいる。地球人が誰も来たことのない場所に、これから行くのだ。


「ハル君。あの中央からちょっと離れた場所に一際大きい建物があるだろう? あれが魔導院の本部だよ」


「あ、あれですか? すごい、おっきいですね!」


 ダンさんが指さした先に、立派な建物があった。


「うん。大きさだけなら国の中枢組織と変わらない。あんまり周りから睨まれないように、中枢からはちょっと離れてるけどね」


「へえぇ」


 と、わかったような返事をする。

 ……ごめんなさい、難しいことはよくわかんないです。


「ハルよ。ゼルンギアについたら、まずはあそこに行くぞい。早めにおぬしの落ち着ける場所を作ってやりたいからのう」


「え? それって、もしかして」


「うむ。魔導院の中におぬしの部屋を作ってやろう。仮住まいとはいえ、帰る場所は必要じゃ」


「魔導院の中に、私の部屋!?」


 い、良いんだろうか。

 願ってもない申し出だけど、いくら何でも頼りすぎのような気が……


「そ、そこまでお世話になっていいんでしょうか。迷惑じゃないですか?」


「何言っとるんじゃ。ワシらがおぬしを必要としとるんじゃよ。これくらい当然の見返りじゃ」


 そ、そうか、見返りか。それなら、甘えていいのかな。

 でも、何を必要とされてるんだろう。

 料理係とか? ということは、住み込みで働くようなものかな。


「可愛い子は、いくらいても困らんからのう」


 ワースさんがにやけ面で言った。

 あ、違う。ワースさんの個人的な欲望だコレ。

 夜這いとかされないだろうな。


 私は隣にいるルゥとマルテさんを見た。

 私の視線に気づくと、二人とも諦めろとばかりに首を振った。

 せ、殺生な……


「ほら、ハル君。ここはもうゼルンギアの中だよ。街の玄関口にあたる通りだ」


 ダンさんがゆっくりと車を進ませた。街の様子がよく見える。

 広めの道に、たくさんの人が行きかっている。

 壁や道には統一感があり、洗練された印象だ。

 都会的だけど、どこか古風な街。

 綺麗だ。


「見てごらんハル君、あれは乗合車だよ。ゼルンギアは広いからね。移動手段として車も積極的に活用されているんだ」


 そう言ってダンさんが大きな車を指した。

 乗合車……ああ、バスだ!

 たくさんの人が乗り込んでいくのが見える。


 ええと、確かこの世界の車は魔法で動いてるんだったな。

 じゃあ、バスの運転手さんも魔法使いな訳だ。

 グースギアでは全然車を見なかったが、ここでは時々すれ違う程度に走っている。流石首都だ。


「はは、ダン。まるで観光ガイドじゃな」


「自分の街を紹介するのは楽しいさ。それに、ハル君はちょっと私が怖いみたいだから、警戒を解いて貰おうと思ってね」


 えっ。そんな風に思ってたの?


「そ、そんなこと! ……最初はちょっと思ってましたけど、今は思ってないです」


 本当ですよ。今はダンさんは優しい人だと思ってますよ。

 どちらかというと、今はワースさんの方が怖いです。貞操的な意味で。


「おっ! 嬉しいなぁ。今度ゆっくりゼルンギアを案内させてよ」


 ダンさんが上機嫌で言った。

 その言葉に、マルテさんがこっそりと耳打ちしてくる。


(よっぽど買い物に置いてかれたのが悔しかったみたいね)


 ……そういうことか。

 マルテさんと私は苦笑しあった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「そろそろ中央区に入るよ……っと?」


「どうした? ダン」


 ワースさんの質問に答えず、ダンさんはしばし沈黙した。

 眉間にしわが寄り、目つきが鋭くなる。


「……つけられているな」


「なに?」


 にわかに車内に緊張感が走った。

 ワースさんがサイドミラーをチラリとみる。


「……軍の車両か?」


「たぶんね……さて、何が狙いかな?」


「……どんなお話でも、悪者が狙うのはお姫様と決まっておる」


「お姫様と言うと、マルテ君はともかく、ワースのことではあるまいね?」


「ワシがぷりちーなのは認めるが、姫に相応しいのは他におるな」


 ルゥとマルテさんが私を見た。

 ……え? もしかして、私? 私が狙われてるんですか?


「さて、おいでなすった。あれは避けられそうにないな」


「チッ……あと少しで本部なんじゃが。待ち伏せしておったな」


 前方の道を、兵隊が塞いでいた。

 彼らはどこか物々しい雰囲気をまとっている。

 道は一方通行になっており、そこを避けて通れそうにない。

 かといって、後方は尾行車で塞がれている。

 八方塞がりであった。


「ルゥ、マルテ……姫を隠せ」


 ワースさんが静かに言った。

 ルゥとマルテさんが密着し、私を後方に隠した。


 車が止められる。

 窓ガラスが数回叩かれた。


「なんじゃ? ワシらは重要任務を帯びておる。手短にすませろ」


 窓を開けながらワースさんが言った。


「魔導院の導師、ワース・ワイスだな。搭乗人物を確認させていただきたい」


「おぬしらは何者じゃ?」


「ゼルン国軍所属、中央国家憲兵隊、第十一部隊だ」


「軍には調査隊のリストを共有済みのはずじゃ。なぜ改める必要がある?」


「貴調査隊の報告を受け、警戒態勢を一段階上げることになった。ゼルン周辺では竜の目撃情報が増えるなど、平和を脅かす事柄が散見されている。いかに魔導院の一団といえど、素通りとはいかない」


 そう言いながら、兵士が車内を覗き込んできた。

 私はルゥとマルテさんの影に隠れ、息を殺している。


 ドキドキする。

 すごく怖い。


「お、ヨアンじゃねえか。久しぶりだな」


 と、兵士に声をかける人物がいた。

 車内の奥に隠れているので、誰かはわからない。


「……! ザングか!?」


 ……ザングさん?

 そういえば、ザングさんは軍の人だった。

 私たちを引き留めた人を知っているようだ。


「久しぶりなのにつれない返事だな。ほらよ、グースギアで再作成した調査隊のリストだ」


 そう言って、ザングさんは何かを渡した。

 紙束をパラパラとめくる音が聞こえてくる。

 その音が止むと、しばらく沈黙が流れた。


「……ザング、あんたの隊に召集命令が出ている。あとで中央に来てもらいたい」


「ちょうどいい。案内してくれよ。……ワースさん、オレらはここで別れるから、先に行ってくれ」


 ザングさんが車内を覗き込み、ワースさんに言った。

 顔を見合わせ、ウインクを投げかけてくる。


(早く行け)


(すまん、助かる)


 声に出さずにやり取りし、ダンさんが車を発進させた。

 兵隊たちが慌てて車両に近づいてくる。

 しかし、いつの間にか後部車両から降りていた軍の人たちが、彼らを引き留めた。

 車は無事に通りを突破し、魔導院本部に向けて進みだした。


「ふぅ。流石ザング兵長。機転が利くね」


「あやつが味方で良かったわい」


「こ、怖かったぁ~……」


 私は大きく息を吐いた。

 ルゥとマルテさんが元の位置に戻る。

 マルテさんがそっと私の手を握ってくれた。


「すまんのうハル、怖がらせて。魔導院は全員味方じゃから、もうしばらく辛抱してくれ」


「思った以上に今回の事件を軍は恐れているようだ。反応が過敏すぎる」


「……あるいは、軍より上の奴らかもしれんな……これは、計画を早めに進めるべきじゃな」


「ほう、とうとうやるわけだ」


 ワースさんとダンさんが顔を見合わせてニヤリとする。

 ……? 計画って何だろう。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ふわぁ~……すごい……」


 魔導院本部の中を見て、感嘆の声を上げた。

 入り口がある一階部分は吹き抜けになっており、広大な空間が広がっている。

 建物のあちこちに不思議な意匠が施されており、どことなく教会のような荘厳さがあった。パイプオルガンの調べが聞こえてきそうだ。


「こっちじゃ、こっち」


 ワースさんが私の手を握り、先に立って歩き出した。

 スキップをしそうな軽快さで私の手を引いている。

 ダンさんたちは黙って私の後ろをついてきている。

 どこに連れていかれるんだろう。


「ハル。何も怖くないから、緊張せんでな」


「は、はい……」


 無理な相談だ。私は初めての建物に入ると、例外なく身構えるようになっている。今も体の芯に力が入りっぱなしだ。


 私たちは小さな部屋に入った。

 家具も何もない。ここが目的地なのだろうか。

 ……と思ったら、壁にあったスイッチを押した。

 ん? これ、もしかして。


 体に圧力を感じたと思うと、部屋が上に向かって移動しだした。

 すごいスピードだ。

 

「うひゃぁっ!」


 周りを見渡して、マヌケな声が漏れた。

 壁はガラス張りになっており、外の景色が良く見える。

 滅茶苦茶高い。怖い。景色を見る余裕なんてない。

 チン、という鐘の音が鳴って、エレベーターは静止した。


「さぁハル。着いたぞ」


「は、はい」


 そこは、白い部屋だった。

 大きくガランとした空間で、調度品などが見当たらない。

 天井は透明になっており、青い空が見える。

 日差しが室内に差し込み、暖かな光で溢れていた。


 部屋の中央に、一人の人物が立っている。

 ワースさんに手を引かれ、その人物の元まで歩いた。


「おかえり。ワース。みんな」


「戻ったぞ、エア」


 エアと呼ばれた人物は、柔和な笑みを作って私たちを迎えた。

 彼は白いローブを着ており、空間に溶け込むような儚い雰囲気を纏っている。

 銀の髪が日差しを受けてキラキラと輝いていた。


「君がハルだね」


 エアさんは私を見て言った。


「は、はい……初めまして。ハルです」


 咄嗟に目をそらす。

 ……なんていうか、エアさん、すごく優しい顔をしているんだけど……格好良すぎて直視しづらい。


「僕はエア。ワースたちと同じ、魔導院に所属する魔法使いだよ」


 エアさんは会釈すると、私に近づいてきた。

 近づいて……え? 近い、近い近い近い!

 肩を掴まれ、顎に触れられて、強制的に目を合わせられる。


「あ、あう……」


 ものすごいイケメンの顔が目の前にある。


「……感じないな」


 は? 感じない? 何がですか?


「ワースの言った通り、全く魔力がないようだ」


 あ、魔力ね、魔力……

 エアさんは私の顔から手を放し、背中に手を当てた。

 もう片方の手で、そっと前方を示す。


「ハル、君の力を見せてもらえるかな」


「え?」


「”鎧の宝珠よ、顕現せよ”」


 エアさんが唱えると、空中にガラスの破片のような結晶が集まりだした。

 やがて結晶は一つとなり、大きな宝石となる。

 ガッチリして、ものすごく硬そうだ。


「君の力で砕いてみてほしい」


「え? な、なんで?」


 私は不安になってワースさんを見た。

 彼女はうんうん、と頷いている。


「怖がらんでいいぞ、ハル。エアの言う通りにしておくれ」


「は、はぁ……わかりました」


 そう言われても、うまくできるかな……?

 ものすごく緊張している。

 心臓が高鳴り、手がブルブル震えている。

 ……だ、ダメ、できない……


 無理です、と言おうとしたところで、肩に手が置かれた。

 振り向くと、ルゥがいた。


「お前ならできる」


「う、うん」


 私は頷き、宝石に視線を合わせた。

 大きく息を吐き、深呼吸をする。

 肩から熱が伝わり、少しずつ私の緊張をほぐした。


 ……意識下に、宝石より少し大きいハンマーを想像する。

 宝石よりも固く、強く、重く。

 それがはっきりと実感を持って形作られた時、唱えた。


「砕けろっ!!」


 紫電が迸り、閃光が室内を白く染め上げる。

 キィン、と金属を打ち付けたような高音が響いた後、閃光が止んだ。

 目の前に、粉々に砕けた宝石があった。

 良かった、できた……と思ったのも束の間、私は床の異変に気付いた。


「あ……ご、ごめんなさいッッ!!」


 私の力は宝石を貫通し、床に亀裂を作っていた。


(ど、どうしよう!? やりすぎちゃった……!)


 ハンマーはやりすぎだったかもしれない。力を込めやすい手とかにして、ゆっくりと握りしめればよかった。そうすれば床まで貫かずにすんだのに。


 焦った私はエアさんの手を取って縋った。

 だが、エアさんの目は砕けた宝石を見たまま動かない。

 口が薄く笑っているように見える。


「……素晴らしい」


 エアさんがポツリと呟いた。

 床のことは良いんだろうか。


「あ、あの、床……傷つけちゃったんですけど……」


 私が恐る恐る尋ねると、エアさんが私を向いた。

 びくりと体が怯む。


「おめでとう、ハル」


「……え?」


「今日から君は、魔導院に所属する魔法使いだ。ようこそ、魔導院へ」


 唐突に、魔法使いになったことを告げられた。

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