第4話「出発、首都ゼルンギアへ」

「遅いな、あのババァ」


 翌日の朝、ルゥとマルテさんと私は、街の入り口でワースさんたちと待ち合わせしていた。

 ここからはワースさんの言っていた駅が見える。大きな列車がひっきりなしに出入りしている。車両は日本のものより大きそうだった。土地が広いから大きくできるのだろうか。

 駅は人でごった返しており、私たちの入り込む隙間はなさそうだった。


「随分張り切ってたけど、何を持ってくるのかしら」


 マルテさんが言っているのは「足」のことだろう。つまり、ゼルンギアまでの移動手段のことだ。


「実用性よりも面白さを重視しそうなのがあのババァの怖いところだ」


 確かに、ワースさんならやりかねない。


「普段はともかく、仕事でそんなことしないわよ。……あ、ホラ。来たみたいよ」


 マルテさんの耳がピクピクと反応し、街の外を指さした。

 何か大きなものが近づいてくるのが見える。煙を巻き上げながら、猛スピードでこちらに向かってくる。

 あっという間に私たちの所までたどり着き、駆体を滑らせながら眼前に停まった。


「え!? これって……!!」


 ワースさんが扉をはね開けて飛び出してくる。空中で三回ほど回転し、派手に私たちの前に着地した。

 ガバッと立ち上がり、乗ってきたものに腕を向けた。


「待たせたなおぬしら!! これが今回の足、最新式魔導装甲輸送車じゃ!!」


 そういってワースさんが紹介したのは、どう見ても自動車だった。無骨で巨大な車両に、輸送用の後部車両がくっついている。


「く、くるま!?」


「どうじゃハル、かっこいいじゃろ?」


「うぇ!? ……は、はい」


 鉄道があると聞いた時も驚いたが、まさか自動車まであるとは思わなかった。もしかして、思っていた以上にこの世界は進んでいるのか。


「あんたが持ってきたにしてはマトモだな。どこで手に入れてきたんだ?」


「いやー……、恐れ入ったよ全く」


 ダンさんが運転席から降りてきた。


「ワースはね……この街にやってきた魔導院の車両を奪っちゃったんだよ。それも、かなり強引に」


 頭を掻きながら苦笑いしている。


「何を言う、ワシらの方が重要な任務を受けとるんじゃぞ。当然の権利じゃ」


「ワースが乗り込むときに彼ら泣いてたよ」


「……ま、そんなわけで交渉と引き継ぎでちと時間を食った。じゃが、これがあればかなりスムーズに旅が進むはずじゃ。どうじゃルゥ、文句はあるまいな?」


「そうだな。あんたにしては珍しくいい仕事をしたと言っておこう」


「なんじゃとぉ? 生意気なヤツめ」


 ワースさんはルゥに不敵な笑みを向けると、振り返って私に笑いかけた。


「ハル、街は楽しめたか?」


「はい。マルテさんとルゥに良くしてもらいましたから」


 ワースさんはチラリとマルテさんを見た。髪につけられたアクセサリーを見つけ、しげしげと眺める。


「な、なんですか。ワース様」


「いやいや、なんでもないぞ」


 ワースさんは満足そうに頷いている。


「うんうん、仲が深まったようで何よりじゃ。今度はワシとデートに行こうな、ハル」


「ええ?」


 うーん……ワースさんとどこかに行くのは良いんだけど。デートはお断りしたいな。変な所にお持ち帰りされてしまいそうだ。


「今度は私も混ぜてねッ!!」


 うっ。ダンさんも、必死なアピールを……

 そんなに行きたかったのかな。意外と子供っぽい。

 うん。今度は一緒に行ってあげよっと。


「さて、無駄口はこれくらいにして、皆乗った乗った。ワシら魔法使いは前の車両じゃ。軍の連中はすでに後ろに乗り込んどるぞ」


 後部車両を見ると、軍の人たちが手を振っていた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 車は颯爽と道を進んでいく。かなり大きな車体なのに、揺れも音も少ない。どういう仕組みで動いてるんだろう。

 運転はダンさんが担当だ。その助手席にワースさんが座っている。ルゥ、マルテさん、私の三人は後ろの席だ。


 ワースさんが窓を開けて顔を出し、風を浴びている。涼やかな風がこちらにも流れてくる。

 私は窓の外の景色を楽しんでいる。

 心地良い時間だ。


「でも、車があるなんて驚きました」


 先ほどの驚きを口にしてみた。


「ハルの故郷では車は珍しいのか?」


 ワースさんが反応してくれた。


「いえ、一杯走ってます。でもグースギアでは全然見なかったから……てっきり無いものかと」


「ああ、誰でも乗れるものではないからのう。この装甲車は、魔法と少量の燃料で動いとるんじゃ。じゃから、基本的には魔法使いしか動かせんのじゃよ」


 へえー、つまり魔法と燃料のハイブリッド方式だ。だから揺れや音が少ないのか。進んでるなぁ。


「ちなみに、鉄道じゃとゼルンギアまで五日ほどかかる。今は混雑しとるから、もっとかかるはずじゃ。じゃがこの装甲車なら、鉄道の通れない場所も通れるから、三日ほどで着くぞ」


 へえー、すごい。でも、それでも三日もかかるんだな。日本で例えると北端から南端まで行くよりも遠い気がする。

 ……でも、車や鉄道があるなら、アレはないのかな。もっと速い奴。飛行機。


「あの、空を飛んで移動することはできないんですか?」


「空じゃと?」


 ワースさんが固まった。

 いや、彼女だけじゃない。車内のみんなが固まっている。

 あれ? 私なんか変なこと言った?


「あ、えと、なんかおかしかったですか……?」


「ああ、すまん。そうじゃなぁ。ハルは異世界から来たものな。知らんのも無理はない。じゃが、大事なことじゃから、この機会に教えておこう。実はな、この世界では人は空を飛んではいかんのじゃ」


「え? どういうことですか?」


 飛べる飛べないじゃなくて、「飛んではいけない」。なぜだろう。


「竜との盟約のためじゃ。人竜戦争後、空は竜のものとして、人の侵してはならない領域となっておるのじゃ」


「竜って……私たちが最終的に向かっている、竜王国に住んでいる生き物ですか?」


「そうじゃ。古よりそのように定められておる」


 ワースさんの言葉に、ダンさんが頷いた。


「私たちも技術的には空を飛ぶものが作れないわけではないんだ。だが、昔は空を飛ぶことなんて夢物語とされていたからね。遠い昔に結ばれた盟約に、人類は今頃になって歯噛みしている状態さ」


 そうか。昔は飛ぶことなんて考えもしなかったわけか。納得した。これだけ高度な技術を持ちながら、飛行機が無いわけだ。


「車にしてもそうじゃ。燃料を燃やした場合、発生したガスが竜の領域を侵す可能性がある。じゃから、魔法使いにしか使えないような代物となっておる」


 あ、なるほど。だから、ほとんど車を見ない訳ね。車に乗ってるのは、少数の魔法使いのみ。しかも、やたら高そうな軍用車だと。


「ちなみに、飛んだらどうなるんですか?」


「うむ。大事なことじゃぞ。竜の領域を侵した場合、呪いをもらう」


「呪い?」


「恐ろしい呪いじゃ。その呪いを受けたものは、常に竜に命を狙われることになる。呪いは竜たちにとって目印のような役割を果たすのじゃ。どこにいても執拗に追いかけ、死ぬまで狙われることになる。解呪もできん」


 え、こわ……この世界では「空を飛ぶ=死」。飛行機が発明されないわけだ。ルゥがロケットを見て驚いていたのもこれが理由か。


「竜は退治できないんですか?」


 RPG的な発想で聞いてみた。


「おやおや、ハル君もなかなか好戦的だねえ」


「い、いえ、ただどうなるのかなって思って……」


「私としても戦ってみたいのは山々なんだがね。結論から言うと、その場合も呪いをもらう。だから竜には決して手を出してはならない。我が国ゼルンは竜王国と隣接しているから、諸外国もピリピリしているよ。下手をすると……」


「人竜戦争の再来、じゃな」


 人竜戦争。おっかない響きだ。さっきの呪いの話を聞くと、どちらかが滅ぶまで終わることのない戦争になりそうな気がする。


「まっ、そんな訳じゃから、空は飛べんし、竜とも戦えん。……この話はここまでにして、ワシはそろそろ赤裸々な恋バナとかしたいのう!」


「私も聴きたい聴きたぁい!」


 前の席のジジババが黄色い声を上げた。

 それに対してマルテさんが激昂し、話はそれていった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 旅は順調に進んだ。ワースさんたち魔法使いが代わる代わる運転し、野営や夜の警備は軍の人たちが行う。

 私はと言うと、何もしていない。

 旅の間、ずっと後ろめたい気持ちが付きまとっていた。何かをしたいと思うのだが、なかなか切り出せないでいる。


 今日の食事当番は、ザングさんと他数名の兵隊さんだった。

 彼らにおずおずと近づく私。


「ん? どうしたハルちゃん。腹減ったか?」


 ザングさんは強面ながらも、目は優しい。


 行け、ハル。言うんだ!


「あ、あの、なにか、手伝えること、ありますか……」


 ザングさんはニコッと笑った。


「いいんだぜ、気を使わなくて。魔法使いの皆さんには、ずっと運転してもらってるからな。オレたちは昼はずっと車内でカードで遊んでるんだ。ゆっくりしててくれよ」


「は、はい……」


 いや、私は魔法使いではないし、何もしていない穀潰しなんです……とは言えなかった。

 私はすごすごと引き下がる。万事がこの調子だった。


 そのあとの夕食で、ワースさんが「ザング、また肉と野菜の炒め物か! ワシはもう飽きたぞ!」という文句を飛ばしていた。



 そして、いよいよゼルンギアに近づくという三日目になった。私は今日こそ料理をするんだ。

 意気込みを新たに、兵隊さんが料理を準備しているところに向かった。

 今日は若めの兵隊さんたちが料理当番のようだった。


「あ、あの……」


「ん? どうかしたかい、ハルさん」


 うっ、なんて名前だっけ、この人…………


「い、いえ……ええと」


 そのとき、私の肩にポンと手が置かれた。


「あれ、マルテ様。どうされました?」


 マルテさんが隣にいた。私の視線に気づくと、パチリとウインクを返してきた。


「ね、今日は私たちに任せてくれない? 久しぶりに料理したくなっちゃった」


「はぁ、しかし……」


「大丈夫。ザングさんにはもう言ってあるから。あなたたちは装甲車の点検をお願い」


「ああ、そういうことでしたら」


 彼らは装甲車の方へ向かって行った。

 マルテさんが私に微笑みかける。


「うまくいったでしょ」


「は、はい。……あの、マルテさん。どうして?」


「うん。なんか悩んでるみたいだったから、気になって。そういえばグースギアで料理の話があったことを思い出してね。料理したかったんでしょ?」


「はい。……す、すみません、こんなことも言い出せなくて」


「しょうがないわよ。ハルは一行に加わったばかりだし、男どもはみんな顔が怖いし。そんなことで卑屈になることなんてないわ」


「はい。……あのっ」


「ん? なに?」


「……マルテさんがいてくれて良かったです」


「あははっ。どういたしまして。なんかハルって妹みたいで放っておけなくて。それで、何を作るの?」


「私の世界の料理で、好きだったものを作ろうと思います」


「私も何か手伝える?」


「ええと、肉を叩いてひき肉にするので、俎板と包丁を…………」


 私はマルテさんに食材や調理器具の場所を教えてもらいながら、料理を始めた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 今、全員の手に私たちの作った料理がある。用意したものは、パンとスープ状のカレー、そしてサラダだ。

 私の心臓は早鐘を打つように高鳴っていた。

 ワースさんが鼻をひくつかせ、料理をしげしげと眺める。


「すんすん……初めて見る料理じゃが、なんとも刺激的ないい香りのする料理じゃのう」


「ああ、自然と唾が出てきちまうな」


 ザングさんも匂いを嗅ぎつつ言った。


「では早速いただくとするか」


 ワースさんがパンをちぎってカレーに浸し、具をすくって口へと運んだ。

 私はそれを固唾をのんで見守っている。

 ……うぅ、心臓に悪い。

 パクリと口に入れ、ムシャムシャと咀嚼した。


「ッ! こ、これは……!」


 ワースさんは間を置かずにパンをちぎり、二口目を食べだした。


「うまい、うまいぞ! いくらでも食べられそうじゃ!」


「……ああ! この辛さと癖になりそうな香りがいいな。おい、パンはまだあるか?」


 ザングさんはあっという間にパンを一つ食べ、お代わりを求めている。

 次々と料理に舌鼓を打つ声が聞こえてくる。

 ルゥも黙々と食べて一言、「……美味いな」と呟いた。


「今日の料理、マルテちゃんが作ったんだったか? 腕上げたなぁ」


 ザングさんがパンを口からはみ出させながら言った。

 マルテさんが静かにかぶりを振る。


「いいえ、今日の料理を作ったのは、この子」


 と言って、私を指した。

 私は縮こまって俯いている。赤い顔を見られたくない。


「おお、ハル!! おぬし、本格的にワシの調査隊に入らんか!? 特異点までと言わず、ずっといてほしいぞ! もうこいつらの料理には飽き飽きじゃ!」


 ワースさんが目に涙を浮かべて私にすがった。

 ど、どうしよう。こんな反応想定していない。苦笑いしか出ない。

 ……でも、うれしい。


「あんたは料理すらしないじゃねーか」


 ルゥが毒づいた。


「当り前じゃ! ワシの料理は不味いからな!」


「偉そうに言うな!」


 言い争うルゥとワースさんを見る。二人とも、綺麗に食べ終えていた。

 それを見つけたとき、やっとここに私の居場所ができた気がした。

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