第3話「三角関係:後編」
住宅街を抜けた小さな通り。ここは中央区から大分離れており、観光客は少ない。かといって人がいないというわけではなく、地元の人と思われる人たちが買い物などしていた。皆普段着で、ゆったりとした雰囲気を持っている。
(へー……なんか、下町の商店街みたい)
アパートのような建物が道の両脇に連なっており、その一階部分が色々な店になっている。壁や街灯など、街並みを構成する物は色あせているが、独特の趣を持っていた。
「どう? ハル、面白そう?」
「はい、もう面白いです」
「あはは。でしょ? 来てよかった」
(それに、なんか……自分がここにいるのが、すごく不思議)
私は海外旅行に行ったことはない。というか、一人で外に出ることもあまりない。正直言って外は怖かった。だから自分が海外どころか、こんな異世界の知らない街を歩いているのがすごく不思議に思える。
(あ、あの果物、見たことない。けど、おいしそう。……うわ、あの人の作ってる人形、細かくて、すごくリアル……!)
私が歩いた後に起こる風が、ガラスでできた風鈴を鳴らす。耳に涼やかな余韻が残った。
「……ここ、楽しい! 歩いてるだけで楽しいです!」
「そうね。色んなお店があって面白いわ。ね、ハルが住んでいた街にも、こんな所あった?」
マルテさんが無邪気な顔で聞いてきた。
「えーと、そうですね。似た雰囲気の所はあると思います。……あ、でも私、あんまり出歩かないから……」
「そうなの?」
「お前、どこに行くのも妹まかせなんじゃないか?」
後ろからルゥが言ってきた。
う”っ。な、なぜそれを……
「ちょっと! なんであなたはいつも言わなくていいことを言うの! 今度から余計なこと言うたびに、部屋に集めてるもの捨てるわよ!」
「な、なに!? や、やめろ、それだけはやめてくれ!!」
ルゥが集めてるもの?
なになに、すごく面白そうな話だ。何を集めるのがルゥの趣味なんだろう。
「ルゥ、何か集めてるんですか?」
「あ――、こいつったらね、これで意外とマメで」
「うわ――ッ!! 余計なこと言うな! すまん、謝る! ハル、悪かった! 許してくれ!」
えっ、何この反応。何集めてんのルゥ。エッチな本とか?
「何よ、隠すことないのに。……まあ、これで言われたくないことを言われる気持ちがわかったでしょ」
「ああ、よくわかった……」
「? 結局何を集めてるんですか?」
ルゥがギクリとした顔をする。
「ごめんね、ハル。今日はルゥに免じて言わないことにするわ。まぁ、そのうちわかるわよ」
えっ……教えてくれないの……
ルゥが胸に手を当てて露骨にホッとしている。そんなに言いたくないのか。
……でも、マルテさんは知ってるんだよね。なんか私だけ仲間外れみたいでモヤモヤする。
「ルゥ、黙っててあげる代わりに、私たちのお土産買ってよ。いいでしょ?」
「あ、ああ。好きなものを買っていい」
「やった!」
わ、マルテさん。すごい。
完全にルゥを手なずけちゃってる。私も見習いたいなあ。
「何にしようかなぁ」
「おい、別に高くてもいいが、荷物になるようなものは選ぶなよ。足はまだ決まってないんだからな」
「わかってるわよ」
うーん、お土産……何がいいかなぁ。なんとなく、手に残らないものがいい気がする。飾るようなものを買っても、ホームレスの私には置いておくところがないし。
「あ、ここ見ていい?」
マルテさんが立ち止まった。そこは小さな雑貨屋さんだった。可愛らしい人形やアクセサリーなんかがちょこちょこと売られている。
マルテさんはアクセサリー類が気になるようだ。あれこれ触って見ている。
小一時間ほど眺めたあと、マルテさんはいくつかのアクセサリーを手に取った。
「ルゥ、この中から私に合うヤツを選んでよ」
と言ってマルテさんが差し出したのは、色とりどりの金属製の花飾りだった。
……うん? 花飾り? 私は自分の胸につけられたアクセサリーを見た。金の花飾りが輝いている。偶然だろうか。
ルゥは眉間にしわを寄せてアクセサリーを見比べている。どれを選ぶんだろう。
「これがいいんじゃないか」
ルゥが選んだのは銀の花びらに青がアクセントになったアクセサリーだった。
マルテさんが早速つけてみる。
「……うん。私もいいと思う。なんでこれにしたか聞かせてくれる?」
私の耳がピクリと反応する。私も気になる。
「マルテは黒と白の綺麗な髪色をしているからな。銀が良く映えるんじゃないかと思った。ちょっと青色が入っているのも、瞳の色と合ってていいんじゃないかと思う」
マルテさんが口を薄く開けたまま固まった。
私もポカンとルゥを見ている。
(……え? 今のルゥが言ったの?)
「? どうした?」
マルテさんがハッと我に返り、ルゥから目をそらした。
「う、ううん!! なんでもないわ! そっかー、銀が似合うかー、そっかー……ありがと」
マルテさんがそそくさと店の奥に入っていき、会計を始めた。
「なんでお前もポカンとしてるんだ?」
「え!? い、いや、意外とよく見てるんだなって思って……」
「アイツとは子供の頃からずっと一緒だからな。贈り物なんて久しく渡してないから、いい機会だったかもしれん」
「そうなんだ……」
やはり二人の付き合いは長いらしい。
「お前もアクセサリーがいいか?」
「う、ううん。私はこの前貰ったのがあるから、別のにするよ」
……なんか、それだと意識してるみたいじゃん?
私はこの前貰ったし。貰ったし。
「おまたせっ」
マルテさんが戻ってきた。すでにアクセサリーを身に着け、ニコニコしている。尻尾もブンブン振っている。
な、なんというわかりやすさ……
「次はハルのお土産ね。どうする?」
「うーん……ちょっと歩きながら考えさせてください」
「わかったわ」
私たちは再び通りを歩き出した。
何を買おうか悩みながら、あちこちに目をやる。
人形屋、帽子屋、雑貨屋、菓子屋、服屋……次々と通り過ぎる。が、どれもピンとこない。
ある曲がり角に差し掛かった時に、それは起こった。
「ん? なんだろう、この匂い」
マルテさんが鼻をひくつかせる。
「……? ああ、確かに、ちょっと嗅いだことのない匂いだな。鼻の奥にツンと来る感じだ」
曲がり角の先から不思議な匂いがしてきていた。
それを嗅いだ時、私の中にとある記憶が想起された。
「ちょっと行ってみていいですか?」
「う、うん……いいけど、大丈夫?」
鼻を抑えるマルテさんを、私が引いた。やっぱりマルテさんは鼻がよく効くんだろうか。ルゥは平気そうだし、私は良い匂いに感じる。
「……らっしゃい」
柔和な顔をしたおじさんが店主の店だった。
様々な色と香りのする粉が売られている。
「香辛料か」
「うん。ちょっと気になる匂いがあって」
この世界に来る直前に食べたアキちゃんのカレーを思い出していた。ここにある香辛料は地球にあるものではないが、それでも嗅いでみると近い香りの物がある。
「これはクミンに似てるかな……こっちはシナモンみたい」
「ハル、詳しいわね」
「料理はちょっとだけできるんです。妹の方が上手だけど」
「へえ、そうなんだ。うらやましいな」
「マルテさんは料理はしないんですか?」
「するわよ。私たち調査隊の料理は持ち回りでやってるから、みんな料理はできるわ」
あ、そうなんだ。だからルゥも料理ができたのか。
「まあな、みんなできるが、な……」
「まあ、ね……」
ん? なんか微妙な反応だ。
「どうかしたんですか?」
「みんなそんなにレパートリーがあるわけじゃないから、飽きちゃってて」
「ワースのババァがうるさいんだ」
そうなんだ。ふーん……
もしかして、私が料理したら喜ばれるかな。
ここにある材料で、カレーを作ってみて……カレーってこの世界にあるんだろうか。聞いてみようにも、カレーは地球の固有名詞だからゼルン語にできない。説明しにくい。
それ以前に、ここにある香辛料を調合して、自分でカレーが作れるだろうか。調合割合を色々と試してみないといけない気がする。難易度が高そうだ。
「お嬢ちゃん、旅人だろ? いいものがあるよ」
うっ、店員さんが話しかけてきた。うまく話せるかな。
「な、なんでしょう?」
「コレ」
と言って、他とは色の違う粉を差し出してきた。
「こ、これは?」
「あらかじめ幾つかの香辛料を混ぜて、味付けしたものなんだ。粉だから日持ちがするし、旅には便利なんだよ」
これは! 使えるかもしれない。
これ自体はカレーとは香りが違うが、ベースとして使えそうだ。ここにさっき見つけたクミンやシナモンに似た香りの香辛料を加えれば……!
「ルゥ、私、これが欲しい」
「ん? こんなものでいいのか?」
「うん」
「変わってるな」
ルゥとマルテさんは不思議そうな顔をしている。
ルゥは代金を払うと、私に品物を渡してくれた。
「ありがとう」
みんなの反応が楽しみだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
その後もあちこちを見て歩き、食べ歩きなどをした。
すでに日はとっぷりと暮れ、店は閉まり始めている。
「ああ、楽しかった。ハル、ルゥ、今日は付き合ってくれてありがとね」
「いいえ、こちらこそすごく楽しかったです」
マルテさんの笑顔がまぶしい。
アキちゃん以外と買い物に行くことなんてなかったから、本当に楽しかった。……ここにアキちゃんもいたらなぁ。
「じゃあ、帰ろうか。お腹もすいてきたし」
「はい」
「待て。その前に寄りたいところがある」
と、ルゥが突然言い出した。
行きたいところなどないと言っていたが、気が変わったのだろうか。
「こっちだ」
言われるがままに、私とマルテさんはルゥについていく。
住宅街を抜け、さらに奥の辺鄙な所に来た。
「ここだ」
そういってルゥが指さしたのは、平屋の大きめの建物だ。なんだか動物臭い。
(ん?)
私はその中に、嗅いだことのある匂いを見つけた気がした。
ルゥが扉を開き、私たちもそれに続く。
「あっ……!」
目の前に、巨大な犬のような動物がいた。巨大犬は私たちに気付くと、立ち上がって尻尾を振って出迎えた。
「エト!」
一目散に駆け寄り、エトに抱き着く。フワフワの感触が私を包んだ。
「ワースの話を聞いた時、寂しそうにしてたからな。別れを言うといい」
「……ッ! ルゥ」
(……私のことも見てくれていて、ありがとう)
エトに頬ずりすると、大きな舌でペロペロと舐めてくる。涙が彼の舌に落ちる。彼も、別れがわかっているのだろう。私はひとしきり彼を撫でた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……優しいわね」
ハルとエトから一歩離れて、マルテがルゥに言った。
「あいつには前に泣かれてしまったからな。ワースのババァにはいじられるし、もうあんな思いはたくさんだ」
「……本当に、それだけ?」
「ああ? どういう意味だ?」
「別にぃ」
「なんだよ。今日のお前、なんか変だぞ」
「気のせいよ」
マルテはルゥから遠ざかり、会話を打ち切った。
「……今度は私が泣くかもね」
誰にも聞こえない声で、ポツリと呟いた。
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