第2話「三角関係:前編」
「この子が新しく一向に加わるハルじゃ! みんな可愛がっておくれ」
ワースさんが私を紹介した。
私の目の前には、ルゥたち魔法使いと、十人のむくつけき男たちが立っている。
「ハ、ハルです。よ、よ、よろしくお願いします」
お辞儀しつつ、背中に冷たい汗が伝うのを感じる。精一杯声を出そうと頑張ったが、蚊の鳴くような声になってしまった。いつものごとく吃ってしまい、冷や汗がダラダラと流れ出す。
……自己紹介なんて、嫌いだ。
「へえー、この子がねえ。とてもあのデカブツをやっちまうようには見えねぇな」
男たちの集団から、髭面の男が歩み出て言った。
顔つきがちょっとおっかないので、私は後ずさってしまう。
「ハル、こやつは兵長のザングじゃ。部下には厳しいが、女子供には優しいぞ。のう、ザング?」
そういって、ワースさんはしなを作って上目遣いにザングさんを見た。
「いくら可愛い子ぶったって、あんたを女子供には勘定しないからな」
「むっ! ワシはこんなにもぷりちーだというのに……」
「ハルちゃんのことはしっかり守るから、安心してくれよ。しかし嬢ちゃんも大変だな。魔都で記憶を失うなんてよ。まあ、道中はオレたちがついてるからな」
そう言ってザングさんは柔和な笑みを作った。
……実は私のことは、「魔都で記憶を失った魔法使い」ということになっている。転移してきたことを知っているのは、ワースさんたち魔導院所属の魔法使いだけだ。ワースさん曰く、「軍に知られるとやっかいなことになるかもしれんのじゃ」とのことだ。そこらへんの認識はルゥ達も同じようで、私も口裏を合わせることにした。
その後、ザングさんに続いて軍の人たちから挨拶された。人の名前と顔を一致させるのが苦手な私は、正直覚えきれていない。
「さて、顔合わせも終わったところで、今後の予定を話すかの。まずワシらの最終目的地をおさらいしておくと、竜王国との境で検出された魔力特異点じゃ」
ワースさんは卓上の地図の一点を指差した。
その場所に、私は妹を探しに、ワースさんたちは特異点の調査に向かうことになる。
「じゃが、その場所はここからかなり離れているうえに、地理的に非常に危うい位置にある。というわけで、まずワシらはゼルンの首都であるゼルンギアに向かう」
ザングさんが頷く。
「黙って空白地帯に突っ込んで、竜に刺激を与えるとまずいからな。許可を得るために何日か足止めを食うかもしれない」
なるほど、いったん寄り道する必要があるわけか。こんなことは私一人じゃとてもわからない。ワースさんたちと一緒に行けることになって本当に良かった。
それにしても、「竜」ときたか。それはゲームでよく目にする、でっかいトカゲのことで合ってるんだろうか。それが王国を作っているなんて……世界を半分やろうとか言ってくる王がいそうだ。
「足はどうする? ゼルンギアまでなら鉄道が速いが、今は使えねぇぞ」
……え? 今なんとおっしゃいました?
「鉄道があるんですか?」
「おお、ハルはまだ見てなかったか。ハルが入ってきたのとは反対の方角にあるんじゃよ。もっとも、今はザングの言う通り使えん。一般人の避難や、首都からの応援の輸送で一杯一杯じゃからな」
意外だった。私はてっきりそういった機械的な物はなく、馬車とかで移動しているイメージを抱いていた。魔都に向かうときもでっかい犬に乗って行ったし。まあ、あれは森を進むのにグース・ダグが便利だからって話だったけど。
「じゃあ、みんなでエトみたいな動物に乗って行くんですか?」
「うーむ、グース・ダグは長距離の移動には向かんからのう。それにエトは元々この街で飼われていた個体で、我々魔導院が一時的に借り受けていたんじゃ。流石に持っていくわけにはいかんぞい」
え、じゃあ……エトとはここでお別れってこと?
私はてっきりエトも一緒に行くものだと思っていた。
そうか、お別れか……
頬に、エトの舌の感触を思い出す。胸に一抹の寂しさを覚えた。
「……まあ、今日は食料の買い込みやら準備があるから、もう少し時間があるがの。足も一緒に探すとするか」
「そうだな。やれやれ、今日は忙しそうだぜ」
ザングさんが肩をすくめた。
「ルゥとマルテは、ハルと一緒に街を回ってきてくれ。ゆっくりお土産でも買うとよいぞ。ダンとワシは移動手段の確保じゃ」
「ええ――!? 私もハル君と街を回りたいよ!!」
ダンさんが顔に似合わない子供みたいな声を上げた。
「駄目じゃ。ジジィとババァは仲良く仕事じゃ」
と、ワースさんが日本昔話みたいなことを言う。
「ジジィって私のことかい!?」
「おぬししかおらんじゃろ。知っとるぞ、魔導院に頼んで若返りの秘薬とかいう怪しいものに手を出しとることを」
「な、なぜそれを!? い、いや、誤解を招くようなことを言うなっ! 私は将来に向けて投資しているだけだっ!」
「ハルから見たら十分ジジィじゃろ。のうハル?」
「う、嘘だハル君!! 私は君たちの中に混ざっても違和感ないよなっ! そうだよなっ!」
「え、え――っと……?」
泣きながらダンさんが縋り付いてくる。
うーん。ダンさんは若く見えるけど……流石に私たちの中に混ざると浮くと思う。どうみても引率の先生じゃなかろうか。
「見苦しいぜ、ダン。ほら、ハルちゃんが困ってるだろ。行くぞ」
そういってザングさんはダンさんを引きはがし、引きずって外に向かいだした。
「じゃあの、ハル。楽しんでくるんじゃぞ」
ワースさんと軍の皆さんもそれに続いた。
「い、嫌だっ!! まだ私は『お兄さん』で通じるよなっ!! そうだと言ってくれ!!」
ずるずると引きずられながら、ダンさんの声が空しく廊下に響く。それもやがて聞こえなくなった。
部屋にはルゥとマルテさんと私が取り残された。
「……お兄さんは無理があるだろ」
ルゥが白けた顔をして言った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「どこまわろっか?」
宿舎を出て、マルテさんが言った。
「オレは特に行きたいところはないから、お前らの好きにしていいぞ」
「そう。じゃあ、ハルは行きたいところある?」
「えっと……この街のこと、そもそもよくわかってなくて……」
ちなみにわかっていても、いつも私は同行者にお任せコースだ。
「そっか。そうだよね。じゃあ、私の行きたいところ、一緒にみてもらってもいい?」
「はい、大丈夫です」
「ありがと。じゃ、いこっか」
マルテさんが笑顔で言った。
……なんか、マルテさん。頼りになるお姉さんみたいだな。こんな姉がいたら素敵だろうなぁ。
……アキちゃんにとっての私はどうだったんだろう。とても頼りになるって感じじゃないけど。むしろ、アキちゃんと私の立場を入れ替えたほうがしっくりくるな。マルテさん>アキちゃん>私って感じだ。……考えてて悲しくなってきた。
マルテさんはすぐには歩き出さずに、私とルゥを交互に見た。
ん? なんだろう、この視線。なんか意味深。
と思っていたら、突然マルテさんが私の手を取った。
「わっ」
そのまま手を繋いで歩き出した。
(……ちょっと冷たくて、柔らかい)
ドキドキする。マルテさんは女の人なのに。でも、それも当然だ。だって、マルテさんはすごく綺麗なんだもん。
彼女は私の歩調に合わせて、ゆっくりと歩いてくれた。
チラリと後ろを見る。ルゥが私たちの後ろについてきている。
……なんか私、引いて貰ってばっかりだな。
「どこに向かってるんですか?」
「ハルは中央区は見たでしょう? あそこは賑やかで楽しいけど、観光客向けの場所でもあるの。これから行くのは、地元の人が普段行くようなところよ。その方がこの街の本当の姿が見れそうで、面白そうじゃない?」
「あ、はい。面白そうです」
なんかすごく楽しそう。観光地の本当の姿ってワクワクする。私一人だと怖くてとても行けないが、マルテさんとルゥがいるから安心だ。
「ふふ、調査隊は男ばっかりだから、ハルが入ってくれてすごくうれしい。ね、その服可愛いね。どこで買ったの?」
「あ、これはルゥが選んでくれた服です。私も気に入ってます」
マルテさんが一瞬固まった。
が、すぐに再始動する。
「ふ、ふ――ん。珍しいね、ルゥが服を選んであげるなんて。なんでこれにしたの?」
「別に、身体に合いそうなものを選んだだけだ。たまたま気に入って貰えたようだが」
マルテさんの手がピクッとした。
「そ、そうなんだー。体にあいそうなヤツをねー。……私も今度選んでもらおうかな」
「なんでだよ。お前はもう服があるだろ。つーか、なんで尻尾振ってるんだ。怒ってるのか?」
「はあー!? これはハルといて嬉しいから振ってるんですっ!」
あ、ほんとだ。尻尾がブンブン揺れている。
犬は嬉しいときに尻尾振るっていうよね。マルテさんもそうなんだ。なんか可愛い。
それにしても、やっぱりルゥと仲が良いんだなぁ、マルテさん。こんな風に軽口を言い合える仲ってうらやましい。
「ほらあそこ! 見えてきたよ!」
マルテさんが若干テンション高めの声で言った。いつも落ち着いてるなぁって思ってたんだけど、意外と無邪気なところもあるようだ。
黄色い壁の落ち着いた住宅街を抜け、私たちは小さな通りに入り込んだ。
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