第22話「ルゥの仮説」

 宿舎の会議室。

 魔導院の面々が席に着く。


「ルゥ。ハルはどうしておる?」


「さっき出ていった。中央区の方に行くとか言ってたな」


 ルゥが窓の外を見ながら答えた。

 朝の光が差し込み、室内を明るく照らしている。


「ハルにはゆっくり街を見る機会もなかったからのう。後で改めて街を案内してやるかの」


 ワースの言葉に、ダンとマルテが静かに頷く。


「それで、今回の件だけど……議会にどう報告するつもりだい?」


 ダンがワースに尋ねる。


「ひとまずは魔都の現状、そしてそこに現れた怪物の脅威を関連付けて報告するつもりじゃ」


「ふむ。魔力波を放ったのは魔都の怪物の可能性が濃厚、それを我々が退治した、と……そんな感じかな?」


「まあ、そんなところじゃ」


「妥当なところだね。あの怪物の魔力量は、尋常じゃなかった。あれだけの魔力波を放ったとしても不思議じゃない」


「左様。あとは、魔導院が今回計測したであろう魔力波と照合し、特徴が一致すれば一件落着じゃ」


 ダンとマルテが納得したように頷いた。

 しかし、会議室の面々の中で一人。

 ルゥだけが、判然としない顔で机を見つめていた。


「……その魔力波、一致しなければどうなる?」


「まあ、再調査じゃろ。……しかし、ルゥよ。納得いかんと言った顔じゃな。何か他に可能性があると?」


「どうにも腑に落ちん。その筋書き、一見自然に見えるが、パズルのピースが足りていないんじゃないか」


「……ふむ。おぬしが言いたいのは、もしやハルのことではないか?」


「そうだ。アイツは絶対、今回のことに関係ある。魔都の怪物も、アイツがあそこにいたのも、必ず何か意味があるはずだ」


 ルゥの言葉に、ワースがため息をついた。


「……はぁ。そうなんじゃよなぁ。正直なところ、無関係と考える方が無理があるわ」


「ハルのことも想定済みか。さっきの話は、あくまで議会用の報告ということか?」


「そうじゃよ。本音はおぬしと同じじゃ。しかし、ハルの素性がはっきりしない以上、まだ公にしない方がいいと思ってな」


 ワースの言葉に、ダンが頷く。


「同感だ。魔都に現れた少女が、いきなりとんでもない力で怪物を倒したなんて……そのまま報告したら、議会に変な疑いを持たれかねないよ」


「全くじゃ。下手をしたら、ハルは監禁、研究室の変態共の慰み者になってしまうじゃろう」


「そいつは不味い。今のところは私たちで手厚く護る必要があるだろうね。彼女、ちょっと人見知りみたいだし」


 全員がうんうんと頷いた。


「……さて、実際の所、なんじゃと思う? なぜ、ハルが現れたのか」


「うーん……読心の魔法で、心を読めると良いんだけど。でも、ムリなんだよね?」


「ああ。さっきも乳を揉みながら試してみたが、ダメじゃった。アレはたぶん、魔力防御が高すぎるんじゃろうな」


「おい、さらっと何やってやがる。……ハルの素性は、アイツが自分で語ったままだろう。アイツは嘘がつけるような奴じゃない」


「ま、そうでしょうね。となると、状況から推測するしかないわね。やっぱり魔王が関係しているのかしら。彼が何らかの魔法を魔都に残していて、それによってハルが召喚された、とか」


「あり得るね。魔都そのものが魔王が残した遺産みたいなものだし。だとすると、あの魔力波はその余波と考えられるわけか」


「じゃが、なぜ今頃? 魔王がいたのは人竜戦争中じゃろう? すでに数千年は経っておるはずじゃ」


 ダンとマルテが腕を組んで考え込む。

 しばらく沈黙が続いた。


「……あの怪物が、トリガーになったということはないでしょうか。魔都を脅かす何者かに反応し、発動するようになっていたとか」


「その割には、魔都はすでにボロボロだったけどね。住民は全員いなくなってしまったし、ハル君が転移したという家も壊れてしまったんだろう? 何も護れてないじゃないか」


「確かに……いえ、護る対象が魔都とは限らないのではないですか? あそこにいた誰か、とか。あるいは、この世界そのものという可能性も」


「ははは。つまり、ハル君は我々を助けるために現れた、救世主という訳か」


「現に、助けられてますからね。しかし、そうなると……なんで魔王が私たちを助けるために、ということになりますが」


 ワースがため息をつく。


「……はぁ。きりがないのう」


「ちょっと推理が飛躍しすぎたかもしれませんね」


「そうじゃなぁ。もう、わけわからん。……おいルゥ、なんでさっきから黙っとるんじゃ。おぬしも参加せんか」


 ルゥは腕を組んで、じっと机を眺めていた。

 水を向けられ、ルゥが口を開く。


「……先ほどの話は、ハルがここに呼ばれた、ということだったな」


「うむ」


「オレは、逆だと思う。アイツが、自分でここに飛んできたんじゃないか」


「ほう?」


 ルゥの言葉に、全員が身を乗り出した。


「お前たちも、アイツの力を見ただろう」


 ダンが頷く。


「ああ。あれは尋常じゃないね。私の貫けなかった魔力結界をいともたやすく貫き、一撃で怪物を仕留めて見せた」


「魔都でもだ。オレの攻撃は怪物に通じなかったが、アイツは魔力結界ごと怪物を潰して見せた」


「私は見てないんだけど……そんなに凄かったの?」


「攻撃だけじゃない。防御も圧倒的だった。ハルの力は、オレ達導師の魔法を遥かに凌駕している」


「それは初耳だ。全く、自信をなくすね……それで、それがどうして、ハル君が自分でここに飛んできたということになるんだい?」


 ルゥが頷く。


「あいつは最初、力の使い方を知らなかった。せいぜい小さな石を砕くだけの力だったんだ。それが、魔法の基本を教えただけであの威力だ」


「ほう。基本というと、最初に習うヤツかい?」


「ああ。”捻出、変異、発動”だ。それだけで、コツを掴んだようだった」


「つまり、彼女の力は、構造的に魔法と似ているわけだ。それなら、私にも使えるようにならないかなぁ……」


 そこでルゥはピッ、と指を立てる。


「ただ一つ、違う点がある」


「む?」


「アイツは、”願ったことをそのまま”発現させているということだ」


 ルゥの言葉に、全員の顔色が変わった。


「……それって」


「ああ。そのような力、思い当たるものは一つしかない」


「……魔王の力か!!」


「そうだ。魔王だけに使えた魔法。”極大魔法”だ」


 ワースが息を呑み、マルテが記憶を手繰り寄せるように考え込む。ダンは野獣のような笑みを浮かべた。


「極大魔法。術者の願いを形にするという、大魔法の上位とされる魔法ね。言い伝えでは、魔王は願うままに地形を変え、死者すら蘇らせたとか」


「極大魔法は魔導院でも研究しておるが、大魔法を極めた導師ですら使える者はおらぬ。まさに、究極の魔法じゃ」


「その手掛かりが、ハル君にあるかもしれない」


 三人の言葉に、ルゥが頷いた。


「極大魔法であれば、おそらく可能だ。異世界に飛ぶことも、飛ばすことも。ハルはその力で、この世界に来た。そしてその魔力波が、魔導院で観測された……というのが、オレの仮説だ」


「なるほど。それで魔都にハル君か。彼女自身が魔王の遺産……ということも考えられる訳だ」


「ああ。極大魔法という線で、二者は繋がっている」


「確かに。魔都で使われたのが、極大魔法なら、あれほどの魔力波も頷けるわ」


「……そして、これはオレの希望的観測だ。この世界に来たのがハルの願った結果なら、アイツの妹もこの世界に来ているかもしれない」


「そういえば、ハルは妹を探して魔都に行ったんじゃったのう」


「そうね。私も、そっちで考えたいわ。明日には魔導院から大規模な調査隊が来る。軍の応援も。彼らと協力すれば、ハルの妹の捜索も進むかもしれない」


 ワースとダンが力強く頷く。


「しかし、そうなると、軍への言い訳が必要になるな。どうやって協力を取り付けるか……いや?」


 ワースがポン、と手を叩いた。


「いっそのこと、ハルを魔導院に取り込んでしまうか?」


「新人の魔法使いとして、かい? 確かに、あの力があれば誤魔化せるし、魔導院を納得させる材料にもなりそうだ」


「ああ。そうすれば軍も迂闊に手を出せんし、魔導院の名のもとに捜索も進められるじゃろう」


 ワースがニヤリと笑う。


「……よっしゃ! そうと決まれば、魔導院の説得はワシがやっておくぞい!」


「ザング兵長には私が言っておくよ。彼は話がわかるし、口が堅いからね」


「うむ。あとは魔導院の応援を待つだけじゃな」


 方針が決まり、全員が一息つく。

 彼らが意気揚々と席を立とうとした時だった。

 ワースのペンダントが鳴動する。


「なんじゃ? 魔導院本部からか?」


 ワースがペンダントに触れる。

 すこしくぐもった音がした後、間延びした男性の声が流れ始めた。


「やっほー、ワース。聞こえてるー?」


「おお、導師エアか! 全員ここにおるぞ」


「それは重畳。……ちょっと聞きたいんだけど、昨日そこですごい魔力波を検出したよー? なんかあったの?」


「あー……昨日、ワシがちょっとだけ本気出したんでな! そちらからもよく観測できたじゃろ」


 ワースが胸を張って言うと、他の三人が苦笑した。


「えー、なにそれ。面白そう。後でちゃんと聞かせてよね。……ところで、ここからが本題なんだけど」


「なんじゃい」


「魔都で観測した魔力波に匹敵する特異点を発見したんだ」


 その言葉に、ワースが会議室の面々と顔を見合わせる。

 部屋の空気が一変した。


「なんじゃと!? それを早く言わんか!!」


「ごめんごめん。地理的に微妙なのと、魔力波の乱れでうまく検出できなかったんだ。解析結果から、魔力波が放たれたのは、なんと魔都グースギアとほぼ同時刻」


 全員の息を呑む音が聞こえた。


「場所は!?」


「君たちのいるグースギアからはるか北西。我が国ゼルンと竜王国の国境付近だ」

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