第18話「守れ、光の街 導師ワースの戦い」

「わ、私の……私の魔法が……」


 ダンが戦慄き、力なく膝を折った。


「バカな! あの魔法で貫けないじゃと!?」


 ワースが立ち上がり、怪物を睨みつける。

 全身に力が入り、胸の文様が赤く輝きだす。

 文様を伝わり、瞳に光が宿る。

 右目が捉えた光景に、ワースの顔が歪んだ。


「……な、なんという魔力じゃ。このワシ、いや……ここにいる全ての導師の魔力を凌駕しておる! バケモノめ……!!」


 ワースが呻き、マルテとザングが驚愕する。


「そ、そんな、まさか……!?」


「バカな。何かの間違いではないのか?」


「今の一合を見ろ。ダンの魔法の威力はワシらの中で最大レベルじゃ。それが傷一つ与えられんのじゃぞ」


 ザングの額から汗が伝い落ちる。


「……策はあるのかね?」


 ワースが爪を噛んで考え込む。

 やがて意を決したように言った。

 

「ザング兵長。軍は住民をこの街から退避させろ。……全力で抗ってみるが、最悪の場合、街を捨てることになるかもしれん」


「……やれるのか?」


「さあのう。やれるだけやってみるわい。街が無くならんことを祈っていてくれ」


「わかった。幸運を祈る」


 ザングは一礼して駆け出した。


「……さて、ワシらは腹を括るか」


 ワースはマルテとダンを交互に見やった。

 マルテは緊張した面持ちで指示を待っている。

 ダンは俯いたまま微動だにしていなかった。


「マルテ、すぐにルゥを呼び戻せ! ダン、いつまで腑抜けておる! おぬしの力が必要じゃ!!」


 ワースが一喝した。

 マルテは了解と頷き、ペンダントを握りしめて何かを唱えだした。

 ダンの姿勢は変わらない。だが、髪の影から覗く口が、薄く笑っている。


「ふ、ふふ……私が腑抜けている……?」


 ダンがゆらりと立ち上がる。


「逆だよ……私は今、歓喜に震えているんだ。この私を超える相手に、全力で挑むことができるんだからね!!」


 ダンが顔を上げると、そこには凶悪な笑みを湛えた男がいた。

 ワースが微笑む。


「杞憂じゃったか。流石じゃな」


「さあ、私はどうしたらいいのかな? 何でもやらせていただこう」


 ワースが満足げに頷いた。


「よし、結界解除を試す! ダン、マルテ、ワシについてこい――」


 そう言いながら怪物の方を向いたワースの動きが止まった。

 目が大きく見開かれる。


「魔力が凝集しておるぞ!! 何か放つ気じゃ!!」


 ワースは叫ぶと、返事を待たずに跳躍した。

 最上階から階下へと一直線に落下する。

 石畳を砕きながら着地すると、街の西に向かって爆発的に加速した。


「ぜやあああぁあぁッッ!!」


 ワースの通った後を衝撃波が駆け抜け、道中にあるものを吹き飛ばす。

 数瞬後には街の外に到達し、地面を砕きながら強引に停止した。

 息も乱さずに杖を構え、怪物に向かって先端をかざす。


「”大地の剣よ、切り裂け!!”」


 地響きが巻き起こり、地面から鋭い小山が出現する。小山は怪物との間に幾重にも連なり、怪物の射線を遮った。


「気休めの地魔法じゃが、やらんよりはマシじゃろ」


 ワースの目は小山越しに怪物の魔力を捉えていた。

 その魔力が、今にも放たれんと揺らめく。


「ワシの魔力結界で直接受け止めてやる!! こいバケモノめ!!」


 ワースが光の壁を展開し、街の西側を覆い隠した。

 直後に、轟音とともに怪物から闇の波動が放たれる。

 ワースとの間にそびえたつ小山が、触れた瞬間に一切の抵抗なく消滅する。

 眼前に闇が迫った。


「うらああぁぁぁぁ!!」


 光と闇が衝突する。

 境界に破壊の奔流が生じ、容赦なく大地を砕いた。

 凄まじい衝撃がワースの全身を襲う。


「ぐっ……!! ぐああぁぁっ……!!」


 苦鳴を上げながら、歯を食いしばって踏みとどまる。

 己の持てる魔力を全力で結界に注ぎこむ。

 激しい爆発がと衝撃が、結界の外側で巻き起こる。

 破壊は全て結界が遮っていた。


「ま、まだ……まだか……!?」


 闇の波動が徐々に収束し、それと共に破壊が収まる。

 怪物の口腔が完全に閉じられると、光の壁も同時に消滅した。


 破壊の痕跡。

 地面を抉り取ったような跡が、街の外に出来ていた。

 草原が吹き飛び、大地が消滅してしまっている。

 だが、街は無傷で残っていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 抉り取られた崖の先端で、小さな体が苦悶に喘いだ。

 片膝をつき、杖に体重を預ける。


「耐えきってやったぞ……! ざまーみろ……」


「ワース様――!!」


「ワースッ!!」


 マルテとダンがワースに駆け寄る。


「遅いわ……バカモノ……」


「ワース様、これを!」


 マルテはワースの体を支えると、懐から小瓶を取り出した。

 怪訝な顔をしながらワースが受け取る。


「魔導院の作った怪しげな魔法薬か……こんなものに頼らねばならんとは……」


 小瓶を開けると、一気に飲み干した。


「ふぅ。効くな」


 力強く立ち上がる。

 身体を動かしながら調子を確かめた。


「魔力を急速に回復し、痛みを和らげる効果があります。ですが、劇的な効果と引き換えに効果が切れると急激な疲労が襲ってきます。多用はできません」


「そうも言ってられんさ。この街の存亡は私たちにかかっているのだから」


 ダンが薬を飲み干しながら言った。


「さあ、どうする? こんなにワクワクするのは久しぶりだ」


 ワースが頷き、怪物を一瞥した。


「……あれほどの魔法を放ったにも関わらず、ヤツの魔力は全く衰えておらん。おそらく第二、第三波と撃ってくるじゃろう。この中で最も強力な結界を張れるのはワシじゃ。ワシがヤツの攻撃を受け止めよう」


 ワースがマルテの方を向く。


「じゃが、正面からはちと厳しいとわかった。マルテ、おぬしはワシが受け止めた魔法を外から弾き飛ばしてくれ」


「承知しました」


「ダン、おぬしはヤツに肉薄し、魔力結界の解除を頼む」


「肉弾戦か。心躍るね」


 ダンは杖を剣のように構えた。


「”退魔の刃よ、顕現せよ”」


 杖の先端から光が伸び、刀身を形作る。

 ダンは杖をクルリと回転させると、感触を確かめるように数回振り回した。

 青白い光の軌跡が空中に描かれる。


「よし、いい調子だ」


 ダンが満足げに頷いた。


「準備はいいか? おぬしら」


「ああ」


「はい」


 ダンとマルテが頷いた。


「では、行くぞ!!」


 ワースは結界のための魔力を練り、ダンとマルテは駆け出した。


(……おそらく、ダン一人ではヤツを倒すことはできまい。ルゥ、早く戻ってくるんじゃ!)



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ルゥは首から下げたペンダントを見つめている。ペンダントの宝石は赤く輝いてた。


「どうしたの、それ」


 ルゥはいつになく厳しい顔をしている。ちょっと怖い。


「緊急の知らせだ。街に危険が迫っている」


「え? え? 誰からの知らせ?」


 ルゥはペンダントから目を離し、私を見た。

 私は彼から目をそらす。だって、目、怖いし。


「……ハル。お前に謝らなければならないことがある。今までお前をだましていた。オレは旅の魔法使いではない」


「え……そうなの? でもなんで急にそんなこと」


「街で会った占い師とマルテはオレの同僚だ」


 同僚。仕事仲間ってことか。でもなんの仕事なのか想像がつかない。三人に共通点が見当たらない。……あ、でもワースさんとルゥは魔法使いだ。もしかして、マルテさんも魔法使いとか?


「オレたちは街を守っている……ワケでもないんだが、危険が迫れば対応しなければならない立場にある。すまん、詳しいことは後で必ず話す。あいつらがオレを必要としている。今は事態の収拾が先だ」


「わかった。後で聞くよ」


 ……と、素直に言ってみるが、実は少しモヤモヤしている。

 だって、占い師……ワースさんが仲間ってことは、街での出来事は何だったの?

 もしかして、全部仕組まれてたってこと? なんで? どうして?

 ……今は考えるのをやめよう。そうしよう。


「でも、街まですごく遠いよ。今から行って間に合うの?」


「問題ない。そのためにエトを休ませておいた」


 いや、いくらエトが速くても間に合わないのでは……

 私の心配をよそに、ルゥは荷物から小さな瓶を取り出した。

 瓶の中身を一息に飲む。


「ふぅ……」


 ルゥは大きく息を吐いた。


「これは魔力を急速に回復させる秘薬だ。……そして」


 ルゥはエトに手をついた。


「”風のごとく駆ける力、覚醒せよ”」


 淡い光がエトを包んだ。

 エトの瞳孔が開き、息が荒くなる。興奮しているようだ。


「エトに足が速くなる魔法をかけた。これで間に合うはずだ。最初にお前が倒れたときも、この魔法で街まで運んだ」


「そんなこともできるんだ。でも、なんでここに来るときに使わなかったの?」


「身体能力を向上させる魔法は対象に負荷をかけるし、乗る方も大変だ。できれば使いたくない」


「なるほどね……って」


 うんうんと頷く私を、ルゥがおもむろに担ぎ上げた。抗議をする間もなくエトに騎乗させられる。ルゥもすぐさま乗り込んできた。

 ……もうちょっと優しく扱ってもらえないだろうか。って、急いでてお前の話なんか聞いてる暇はないって顔だ。


「エトにしっかり掴まれよ。落ちたら死ぬぞ」


「むぎゅ」


 私がエトを掴もうとする前に、ルゥがのしかかってきた。私は否応なくエトの首に顔を埋めてしまう。ルゥは前傾姿勢になって私を抑えつけた。

 ……こんなに密着する必要あるの?


「行くぞ」


 ルゥの合図でエトが駆け出した。エトは飛び出すや否や、風のごとく猛烈な勢いで加速した。予想をはるかに超える圧力が全身にかかる。血の気が一気に引くのを感じた。


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!!」


 闇夜に、私の悲鳴が木霊した。

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