第14話「魔法使いの戦い」

 逆巻く風が、ルゥの剣に吸い込まれていく。

 甲高い音を放ち、彼の剣が鳴動した。


 ルゥがしならせるように剣を二度振る。

 地面に深々と交差する傷が穿たれる。

 切れ味を確かめ、剣を正眼に構えた。


 フッ、と短い呼気と共に、ルゥが一歩を踏み出す。

 空気が体にのしかかり、たちまち風のように加速した。


「ひぃぃぃっっ!」


 ルゥは私の重さなど一切意に介さず、一瞬で巨人との距離を詰めると、凄まじい速度で巨人の足めがけて剣を撃ちこんだ。

 剣が命中すると思われた瞬間、見えない壁に弾かれる。まるで金属同士を打ち付けたような硬質な音が響いた。


「シッ!」


 撃ち込んだ勢いを利用し、弧を描いて反対側の足に一撃を加える。しかし、またしても硬い音とともに剣は弾かれる。ルゥが舌打ちをした。


 不意に影が差す。

 頭上から巨人の拳が振り下ろされる。

 ルゥはそれを予想していたかのように、地面を蹴ってその場を離脱した。

 紙一重の位置を巨人の一撃が通り過ぎる。

 地面が砕かれ、衝撃が私たちを襲った。

 ルゥは剣を振り払い、砕かれた地面の散弾を相殺した。


「ハァッ!」


 ルゥが再び巨人に肉薄し、鋭い突きを放った。剣戟と共に激しい衝撃が地面を駆け抜け、石畳が砕け散る。

 しかしその一撃も、巨人の不可視の壁によって防がれた。

 突きを放った後の硬直を狙い、巨人の蹴りが撃ちだされる。


「”風よ!!”」


 呪文と共に爆発的な突風が巻き起こり、巨人の蹴りをそらした。ルゥはその隙に後方へと離脱する。

 巨人を睨み、ルゥが歯噛みした。


「距離を取る!」


 ルゥは剣を納めると、怪物に向かって手を伸ばした。


「”風よ、蹂躙せよ!”」


 巨人の足元から空気が螺旋を描きだし、竜巻となって巨人を襲った。破壊の奔流が大地を削りながら成長し、巨人の体躯を飲み込む。

 ルゥは私を抱えたまま跳躍すると、一飛びで建物の屋上に達した。重力が存在しないかのように、二つ、三つと屋根を飛び越える。大きな建物の裏に着地すると、その陰に身を隠して巨人の様子をうかがった。


「ルゥ、あ、あれはなに!?」


 ルゥの滅茶苦茶な動きから解放され、ようやく話す余裕ができた。


「屋根が崩れる直前、精霊が異変を察知した。以前見た怪物のようだな」


 ルゥは建物の影から竜巻を確認しながら答えた。竜巻は先ほどよりさらに大きく、周辺の建物を砕きながら荒れ狂っている。


「あ、あんなに大きかったっけ!?」


「いや。初めて見る個体だ。奴らの親かもな」


「ええ!? じゃあ子供はどこにいるの!?」


「森の陰に隠れてるんじゃないか」


「うぇぇぇぇぇ」


 私は森に溢れる怪物を想像して身震いした。エトは大丈夫だろうか。


「……そろそろか」


 竜巻を見つめならルゥが呟いた。

 風がゆっくりと弱まり、破壊の痕を晒す。


「……やはり、ダメか」


 ルゥが憎々しげに呻いた。

 風が止むと、先ほどと変わらない威容を誇ったまま巨人が現れた。地面を深々とえぐる破壊の奔流の中にあって、全くの無傷だった。


「あ、あんなすごい魔法で!? 傷一つないの……!?」


 ルゥが額に汗を浮かべる。


「強力な魔力結界がオレの攻撃を阻んでいる。高位の魔法使い同士の戦いでは必須となる技術だ。オレも常に魔力結界で護られているので、基本的にヤツの攻撃は届かん」


「魔法使い同士!? あれ、どうみても怪物だよ!?」


「……まさか獣にあれほどの魔力を秘めたヤツがいるとはな」


「ど、どうやって倒すの!?」


「結界を破る方法は二つだ。結界の強度を上回る攻撃を加えるか、結界を解除する魔法で隙を作り、本体を攻撃する。……さっきの感触を考えると、今回は後者だな」


 以前、ルゥはこの街の怪物を硬い建物ごとバターのように切り裂いた。それほどの威力があってなお、ヤツの結界を破ることはできないのか。


「……ねえルゥ、私を下ろして戦って」


 ルゥは先ほどから私を抱えたまま戦っている。いくらルゥが強いとはいえ、これでは分が悪いのではないか。


「ダメだ。ヤツの仲間がどこにいるかわからんし、戦いの余波に巻き込でしまうかもしれない。さっきも言ったが、オレは常に魔力結界を張っている。そばにいたほうが安全だ」


「でも、その」


「重さのことなら気にするな。オレは魔法で身体能力を強化している。お前なら紙切れ程度にしか感じない」


 な、なんて頼もしい言葉……じゃない。

 今気にしてるのは重さのことではない。


「もう! この体勢だと、私が辛いの!」


 先ほどから私は、ルゥにお尻のあたりに腕を回されてガッチリ支えられている。私も振り落とされるのが怖いので、ルゥの左半身に思いっきり抱き着いている。こんなに密着するのは……エトに乗ってた時より、さらに恥ずかしい。


「そうなのか。マルテはあまり気にしてなかったんだが」


 ……なに? 二人はいつもこんなことをしているのか?


「……せめて別の持ち方はないの?」


「前に担いだ時のように後ろ向きの方がいいか? あの時は文句を言っていたようだが」


 うっ、あの体勢か……

 ハッキリ言う。アレは怖い。

 恥ずかしいか怖いかで言うなら、恥ずかしい方がいい。

 ……よし、マルテさんがこれでよかったなら、私もこれでいこう。

 私は腹をくくった。


「……これでいいです」


「なんか不満気だな」


「別にぃ」


「……そうか。しっかり掴まっていろよ」


 私は腕に力を込めて、ルゥに掴まりなおした。

 ルゥは剣を構えると、深く息を吐き、呼吸を整える。

 彼の全身に力が漲るのがわかった。


「”……退魔の力よ、覚醒せよ”」


 拳から青白い光が放たれ、刀身へと伝わる。

 ルゥの手に、青く輝く剣が握られていた。

 これが結界解除の魔法か。


「行くぞ」


「うん」


 ゆっくりと歩き出し、巨人の視界から逃れるように建物を迂回する。

 ルゥの足は少しずつ速度を増し、やがて風のように空気を切って走り出した。

 巨人の目はこちらをとらえていない。

 いくつも建物を通り過ぎ、破壊の痕跡のある場所に躍り出ると、巨人の背中がそこにあった。


「ハッ!」


 ルゥが巨人にとびかかり、無防備な背中に青白い軌跡が描かれる。

 青い光は空間を両断し、巨人との間にある不可視の壁を侵食する。

 瞬く間に侵食が広がり、壁が割れるように砕け散った。


「やった!」


「まだだ! 結界は一つじゃない!」


 ルゥは続けざまにもう一撃放つと、さらに巨人を覆う壁が破壊された。

 巨人が胴体をひねり、鞭のように腕を繰り出してくるのを、ルゥはヒラリと躱す。巨人の一撃により背後の建物が消し飛んだ。

 ルゥは空中で剣を一閃すると、風切り音と共に空気の刃が放たれる。だが、斬撃は巨人の体に届く前に防がれ、余波が地面に深い爪痕を残した。


「チッ、壊したそばから再生しているな。図体の割に器用なヤツだ」


 巨人の周囲を高速で旋回しながら、ルゥが毒づいた。


「ならば、動きを封じて一気に決める!」


 ルゥは再び巨人の背後を取ると、足の付け根に肉薄した。

 剣閃が稲妻のように閃き、一瞬で無数の斬撃が足の結界を切り裂く。


「ハァッ!!」


 結界の消失を確認すると、ルゥは直接巨人の足首を薙ぎ払った。

 血しぶきと共に巨人が咆哮し、片膝をつく。


「もう一本!」


 ルゥは目にも止まらぬ速さで回り込み、残った足を切りつける。

 瞬く間に結界が切り裂かれ、赤い液体が迸った。

 巨人は力なく座り込み、腕をだらりと下げて動きを止める。


「トロくさいヤツだな」


「す、すごい! さっきまで全然効かなかったのに!」


 ルゥは巨人の背後をとり、激しく切りつけた。青い閃光が巨人の魔力結界を侵食し、剣閃が次第に距離を縮めていく。ルゥの切っ先が巨人の体躯をとらえると、ついに背中に深々と傷がつけられた。


「終わりだ!」


 ルゥがとどめの斬撃を放とうと身構える。その間、巨人は身じろぎ一つせずに背中を晒していた。ルゥがこの一撃を放てば、怪物は斃れるだろう。

 

 その時私は、妙な違和感を覚えた。

 周囲の景色がスローモーションのように流れ始めたのだ。


(あれ……?)


 やがて全てが止まって見えた。ルゥも怪物も、全てが凍り付いてしまう。

 しかし、視界はさらに奇妙に変化を始める。

 視界に重なるように、もう一つのルゥの影が動き始めた。影はゆっくりと巨人の背に一閃を叩き込もうとする。


(な、なにこれ。……夢? 起きながら、夢を観てるの?)


 影の切っ先が巨人を切り裂く寸前、闇が腕を飲み込んだ。闇は一瞬でルゥを飲み込み、私自身をも飲み込んで視界がブラックアウトする。

 そして、元の止まった景色だけが視界に残った。


(こ、この光景は!!)


 視界が徐々に動き出し、影ではないルゥが止めを刺さんと加速を始める。

 思考が加速し、先ほどの光景に意識を巡らせた。


(……そうだ。巨人はあれだけの結界を作りながら、どうして魔法を使わないんだろう。どうして背中を見せ続けるんだろう。その気になれば、腕だけでいくらでも抵抗できそうなのに)


 私は白昼夢の中で闇が襲ってきた方向に目を向けた。

 ……そこに、あったのだ。

 昏い二つの目が、ルゥと私を静かに見つめていた。巨人の体は完全に前を向いているにも関わらず、頭部が180度回転し、逆さになってこちらを見ていた。


「ルゥ! 上!!」


 恐怖に歪んだ私の顔は、直後に放たれた闇によってかき消された。

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