第13話「玩具の家」

「……ここがお前が転移した場所だと? 普通の民家にしか見えんな」


「うん。気付いたらこの家の中にいたの」


 あの時は怪物に襲われ、混乱した状態でこの場所から離れてしまったが、この家だけ明らかに周囲から浮いている。まず間違いないなくこの場所だ。


「ふむ……ちょっと想像と違ったな。遺跡のようなものが隠されていると思ってたんだが。まあいい、中を調べてみよう。お前が転移した理由がわかるかもしれん」


「そうだね、アキちゃんの手がかりもあるかも」


 私だけだと何も見つからなかったが、今はルゥがいる。腕利きの魔法使いなら何か見つけてくれるかもしれない。

 ルゥは懐を探り、黒くて小さな長方形の石のようなものを取り出した。表面に奇妙な文様が刻まれている。


「何それ」


「これは魔導院の開発した記憶石だ。術者の視界を記録することができる」


 なにそれ。便利すぎない? カメラなんていらないじゃん。


「”記憶せよ”」


 ルゥが一言唱えると、石の文様に光が走った。光はやがて全体にいきわたり、うっすらと光り続ける。ルゥはペンダントのように石を首からぶら下げた。


「入るぞ」


 内部を確認しながら、ゆっくりと中へ踏み入る。


「……広いな」


「何にもないからね」


 家の中は以前と変わらず、ガランとしていた。家具が何一つなく、ひたすら広い。少し歩き回ってみるが、やはり何も見つからない。

 ふと、ルゥが何かに気付いたように床にしゃがみこんだ。


「どうしたの?」


 ルゥはジッと床を見ている。彼の視線を追うと、床にうっすらと線のようなものが走っているのに気付いた。ルゥの指がその線をなぞる。


「なんだろう、コレ」


「多分、何かを持ち去った跡だ」


「……ああ、言われてみれば」


 重いものを上に置いておくと、こういう跡が残ることがある。


「泥棒でも入ったのかな」


「魔都に調査隊以外が来ることは……いや、なくもないか。魔王の伝説が残る街だ。盗賊が狙うこともあるかもしれない」


 確かに、いわばここは魔王のいたダンジョンだ。ラストダンジョンと言えば、ゲームでは貴重な品が眠っていると相場が決まっている。勇者という名の盗賊が中にあったもの持ち去っていてもおかしくない。


(あれ? じゃあ、なんであの部屋だけ物が残ってるんだろう……?)


「ふーむ……全く魔力を感じないな。おい、お前が転移したのはここで間違いないのか」


「ああ、えっと、正確には別の部屋だよ。あの扉の向こうかな」


 私は古びた扉を指さした。


「あれか」


 ルゥは静かに扉の前に立った。


「この中に、魔都の……魔王の秘密が眠っているかもしれないわけか」


 そう、中には魔王の秘密が……

 いや、中にあるのは大量の玩具だ。

 あんなものが魔王の秘密な訳ない。


「こ、ここが魔王の秘密……」


 ルゥは額に汗を浮かべて慎重に扉を開ける。

 彼がゴクリと唾をのむ音が聞こえた。


「む? なんだこの奇怪な魔術道具の数々は……」


 暴かれた部屋の中を、ルゥはキョロキョロと見回した。

 魔術道具。私には玩具にしか見えないんだけど。魔王の秘密に目が眩んだものにはそう見えるのか。

 ルゥは床に落ちている怪しげな物体の一つを手に取った。


「これは古代兵器の模型か……?」


 ルゥが手に取ったのは円筒形に羽のついた物体だ。

 彼の見立てによると、古代兵器の模型らしい。私にはロケットに見えるが。


「たぶんそれ、乗り物だよ。空を飛んで宇宙まで行くの」


「宇宙まで飛ぶのか? ……これが!? どうやって!?」


 おおう。めっちゃ食いついてきた。意外だ。


「えっと……たぶん、燃料を積んで、それを燃やした推進力で飛ぶんだと思う」


「な、なるほど……よく知っているな」


 ルゥはまじまじと玩具を見つめている。

 説明、合ってるかな……あまりにもルゥが真剣だから、適当に答えたの後悔しちゃったよ。


「これはなんだ?」


 ルゥはロケットを元の位置に戻すと、次に箱型の物体を手にした。


「これは呪物か何かか……? 奇妙な穴が見受けられるが」


 ルゥの手元を覗き込んでみる。穴がたくさん開いた小さな宝箱を持っている。

 うん。これもどこかで見たことあるな。たぶん穴に小さな剣を刺していくと、装置に秘められた仕掛けが飛び出してくるはずだ。

 私はルゥの足元に散乱していた小さな剣を集めた。しきりに穴を覗き込むルゥを無視し、ブスブスと宝箱を串刺しにする。


「あっ、あっ、何をする! 危険じゃないのか!?」


 ルゥが私に抗議を唱えた瞬間、宝箱に会心の一撃が入った。中から牙を生やしたお化けが飛び出し、ルゥのおでこを直撃する。


「ぐぁっ! これは罠か!」


「ぷっ……!」


 吹き出しそうになった。いくらなんても大げさに反応しすぎだろ。

 大丈夫だよ、そんなにおでこを擦らなくても。呪いなんてかからないから。解呪の魔法とか使わなくていいから。


「あははっ。それ、子供の玩具だよ。剣を刺していって、中のものが飛び出して来たら負けなの」


 ルゥが信じられないものを見たという顔で私を見てくる。


「……お前、すごいな。見ただけでよくわかったな」


 ルゥの表情がマジだ。


「ルゥ、玩具で遊んだこととかないの?」


「ない。物心ついたときには魔法の修行をしていた」


 あ、なんかすごい悲しい思い出を掘り返しそう。やめとこう、この質問。

 一体どんな幼少期を過ごしていたんだ……


 その後もルゥは恐る恐る玩具を手にしていたが、次第に魔王の秘密などないことを理解し始めたのか、落胆の色が濃くなっていった。


 ……ふと、ルゥの首のクセサリーのことを思い出した。あれにはこれまでのルゥの間抜けな姿が記録されているわけか……

 


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 私は力なく床に座り、ルゥは椅子に腰かけている。


「結局、何もなしか……」


 ルゥが言うには、この家からは魔力的な痕跡は一切感じられないらしい。彼は転移の魔法が存在するのではないかと予想していたが、その線はなさそうだった。


「なぜ、この場所なのだろうな……いや、もしかすると、この場所ではなく、直前に接触したという黒い物体の方に原因があるのかもしれない」


「転移したのは黒い物体のせいで、あいつがここに私を飛ばしたってこと?」


「まあ、可能性の一つだ。しかし、その黒い物体のことが気になるな。魔導院の資料にそのような文献があるか問い合わせた方がいいか……」


 あいつがここに飛ばしたのなら、なんで私だけなんだろう。一緒にアキちゃんも居たのに。もし飛ばされたのが私だけだとしたら、あのあとアキちゃんはどうなったんだろう……


「……精霊の反応は?」


「ない」


「そっか……」


 私は体育座りになり、膝に顔を埋めた。

 部屋は徐々にオレンジ色に染まりつつある。


「結局、アキちゃんは見つからなかったね……ごめんね、ルゥ。せっかくここまで来てくれたのに……」


 その言葉を口にすると、忘れていた疲労感が一気に襲ってきた。思えばここにきてずっと歩きっぱなしの緊張しっぱなしだ。もう、立ち上がる気力が湧いてこない。


「……」


 ルゥは無言だったが、眉間にしわが寄るのがわかった。

 もしかして、怒ってるのかな。

 そうだよね。ここまで来て何にもないんだから……


 そう思っていると、ルゥは突然椅子から立ち上がり、私の隣に片膝をついた。そのまま肩に手を置かれる。


「おい。お前、諦めてないだろうな」


「え?」


「お前の妹のことだ」


「う、うん……」


 私は床に視線を落とした。……正直、もう居ないんじゃないかという気持ちがないと言えば嘘になる。探す手がかりもないし、もうどうすればいいのかわからない。

 沈黙する私に、ルゥは重ねて言った。


「大切な妹なんだろう。こんなことで諦めるな」


「……でも」


「お前の妹は、ここにはいなかった。だが、死んではいないし、どこかで必ず生きている。生きてお前を待っているはずだ。そう思ったほうがいい」


 私は顔を上げた。


「お前が諦めない限り、オレもお前に力を貸そう」


「……うん」


 少しずつ、身体に力が戻ってくる。

 彼の言葉を頭の中で反芻する。


 そうだ。アキちゃんはここではないどこかにいて、私を待っている。まだ探し始めて一日じゃないか。こんなことで諦めてどうするんだ。私は立ち上がり、服についた埃を払った。


「ありがとう。もう大丈夫だよ。アキちゃんはきっとどこかで生きてるよね」


「ああ」


「また探すの、手伝ってくれる?」


「……まぁ、仕事次第だな」


「あ、さっきは力を貸してくれるって言ったのに――」


 私が文句を言おうとした時、ルゥの目が見開いた。


「――伏せろッッ!!」


 轟音と共に、天井が崩れるのが目に入る。

 瓦礫に潰されると思った瞬間、ルゥが私に覆いかぶさり、視界をふさがれた。ルゥは私の頭を両腕でしっかり抱え込み、隙間なく私を覆い隠す。


 直後に、衝撃が伝わってきた。破壊された建材が次々と私たちに降り注いでくる。だが、その破片の一片も私の体に当たることはなかった。

 衝撃が止み、ルゥが瓦礫から上半身を起こす。視界に光が戻った。


「ルゥ! け、怪我は!?」


「なんともない!」


 そう言われたが、慌ててルゥの体を確かめる。確かに、どこも怪我していない。

 彼は左腕で私を抱きかかえると、瓦礫に右腕を向けた。


「”風よ、薙ぎ払え!!”」


 ルゥの手から衝撃波が放たれる。

 凄まじい勢いで周囲の瓦礫が吹き飛ばされた。

 のしかかる瓦礫が無くなると、ルゥは私を抱えて家から飛び出した。

 転がりながら通りに躍り出る。

 傷つかないよう、ルゥがしっかりと私の体を守ってくれた。


 ルゥは素早く態勢を立て直し、今しがた破壊された家の方を見た。

 家は屋根が半分かじり取られたように無くなっている。

 半壊した屋根の向こうに、山のように飛び出す影があった。


(!? な、なに、あれ……)


 私は最初、それが家の向こうにある建物の屋根か何かだと思った。

 だが、その影が怪しく蠢くのを確かに見た。

 影の頭頂部にある二つの黒い目が、私たちを見据えていた。

 私は全身から血の気が引き、射竦められたかのように体が硬直した。


「ヒッ……!!」


 獣の頭部に、筋骨隆々の人の肉体。口からは長い歯が飛び出し、醜悪な液体がしたたり落ちている。そして……


(で、で、で、でかっ……!!)


 半人半獣の巨人が、そこにいた。


 ルゥは巨人に鋭い視線を向ける。視線を固定したまま、ゆっくりと背中から剣を抜いた。切っ先を巨人に向けて構え、唱える。


「”風の刃よ、覚醒せよ”」


 刀身がわずかに光り、空気が渦を巻くように剣に吸い込まれていった。

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