第12話「潜入、忘却の魔都グースギア」

「今何をしたんだ!?」


 眼前に、戦慄をたたえたルゥの顔があった。


「な、何って」


 ルゥは私の手と顔を交互に見やり、しきりに「なぜ、どうやって」と迫ってくる。……どうでもいいけど、顔が近い。

 ルゥの顔を押しのけ、答えた。


「ね、念じたんだよ」


「……念じた!?」


「心の中で、”砕けろ”って念じたの。そしたら、石でもなんでも砕けちゃうんだよ」


「な、なんでもだと……? 砕くだけなのか?」


「ええと、他には……潰したり、割ったりとか……」


 改めて考えると、物騒なことにしか使ってないな、この力。でも他のやり方がわかんないんだよなぁ。

 それを聞くと、ルゥは顎にてを当てて考え込みだした。なにやら深刻そうだ。額から汗がダラダラ流れ落ちている。


「……なんということだ」


 そんなに考え込むことか。

 ……いや、普通ならそうかもしれないが、ルゥは魔法使いでしょ。似たようなことが出来るじゃない。


「ルゥも思った通りに火を起こしたり風を起こしたりできるでしょ。そっちの方がすごくない?」


「……オレは魔力を変容させることによって、魔法の作用を発現させている。断じて、念じただけで石を砕くことなどできない」


 そういえばさっきの説明でそんなこと言ってたな。

 でも、正直言って大した違いがあるとは思えないんだけど。


「魔法とあんまり変わんないと思うんだけど」


「……いや、断じて違う。お前からは魔力を全く感じないんだ。お前の世界では、その力は普通のものなのか?」


 いや。私以外に本物の超能力者は見たことないですね。探せばいるのかもしれないけど。でも、私には手品と超能力を見分ける自信は無いなぁ。


「私が知る限り、使えるのは私だけだよ。私の世界ではこういうのを”超能力”って呼んでたけど」


「超……能力……」


 ルゥは口を塞いで押し黙ってしまった。相変わらず深刻そうな顔だ。


 ……そんなに変に見えたのだろうか。この世界なら受け入れられると思ったんだけど。やっぱり、こっちでも一緒なのかな。私はここでも”電波女”なのかな……


 ルゥはお茶をガブリと飲むと、額の汗をぬぐった。


「……街に戻ったら、詳しく教えてもらおう。今は、お前の妹のことが先だ」


「う、うん。……私のこと、変だと思う? 怖かったりする?」


「あぁん? 別に怖くなどない」


 ルゥはあっけらかんと言った。

 ……なんだ。思ったより平気そうだな。


「そ、そう。良かった」


「……まあ、並みの魔法使いなら何かの魔法だと思うかもな。だが、オレにはお前の使ったものがどれだけ異質かわかる。だからちょっと驚いただけだ」


「ルゥは並みじゃないんだ」


 その言葉に、ルゥが不敵そうに笑う。

 ……あ、初めて年齢相応の顔を見たかも。


「この国でオレより上手の魔法使いなど、数えるほどしかいない」


 うわ、自信満々って顔だ。憎たらしいな。

 ……でも、ちょっとうらやましい。私はこんなに自信が持てることなんてない。


 そっか。ルゥの反応が劇的だったのは、詳しいがゆえか。確かに、その道に通じてないとわかんないこともあるよね。ワースさんもルゥはすごいって言ってたし。あの人の言うことの信憑性は微妙だけど。


「お前を魔導院に連れて行ったら、全員ひっくり返るかもな」


 ルゥがボソリと言った。

 ……コイツ、私を実験台に売り渡したりしないだろうな。


 休憩は終わりだ、とルゥが立ち上がる。

 荷物の片づけを始めたので、私もそれを手伝った。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 エトの足が木々の間を切り裂いていく。

 周囲の緑が段々と濃くなり、森へと足を踏み入れつつあることがわかる。

 本格的に森に入りこんだところで、ルゥが話しかけてきた。


「……ハル。お前もしかして、さっきの力で戦おうと思ってるんじゃないか」


 私は先ほど石を砕いた時のことを思い返した。

 確かに、この力で戦おうと考えていた。


「うん。今度は私も戦うよ。あの力があれば、私もルゥの力になれるでしょ?」


「……お前のその力、使うのは危険が迫ったときだけにしろ。自分から戦おうとはするな」


「え? なんで?」


「お前は『戦う』ということがまだわかっていない。そんな状態で戦おうと思っても、どこかで必ず綻びが生じる。そうなったら、オレもお前を守り切れるとは限らない」


 厳しい声でそう言われた。

 私はちょっとムッとした。


「……じゃあ、戦うってどういうこと? 教えてよ」


「口で言ってわかるようなことではない」


 ……そんなことを言われると、返す言葉が無くなる。

 しばらくの間、気まずい沈黙が流れた。


「……お前が怪物を一撃で殺せる魔法をいつでも放てると仮定しよう」


 ルゥが呟くように言い出した。


「オレたちは怪物に襲われ、前後から挟み撃ちにされたとする。オレが前方を相手にするとして、後方はお前だ」


「うん」


「お前は躊躇なくその怪物を殺すことができるのか?」


「た、多分」


「多分か。そんな覚悟で、本当に撃てるのか? 撃てたとして、当たるのか?」


「うっ……れ、練習すれば……」


「では、怪物の後ろに子供がいたときはどうだ?」


「えっ!? え、えっと……」


 それは、撃てないかもしれない……

 私は押し黙ってしまう。


「……そして怪物を殺し損ねたお前は呆気なく殺され、オレも挟撃されて死ぬ。お前に判断を委ねた代償としてな」


「っ……」


 ルゥの容赦ない追い打ちが胸に刺さる。

 ぎゅっと、唇を噛んだ。


「少し意地悪な質問だったが、現実はもっと残酷なことだってある。だからお前を戦わせたくないんだ。わかったか?」


「わかった……ごめん……」


 ルゥはため息をついた。


「おい、オレは別に怒ってないし、お前を信用していないわけでもない。まだ戦うのは早いと言っただけだ。戦うことだけが役に立つことじゃないんだぞ」


「……私でも、何かできる?」


「ああ。魔都に着いたら、お前は俺の後方について何か気付くことがあったら教えてくれ」


「……それだけ?」


「それも重要な役目だ。オレだって何でも知ってるわけじゃないし、ミスもする。だから別の人間が警戒してくれるだけで結構助かるんだ」


 ……そっか。ルゥも完璧なわけじゃないんだ。ルゥには気付かないことでも、私が気付くことがあるかもしれない。私には私の視点があるんだからね。


「……わかった! 頑張ってルゥの後ろを護るよ!」


「頼んだぞ」


 ルゥが密かに笑った。私にも笑顔が戻る。

 よし、私もがんばるぞ。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 その街は半分森に飲み込まれており、踏み入れた時点では街の中にいると気付かない。所々に朽ちた壁のようなものを見つけると、「ああ、これがかつての建物か」と思う。

 街は中心部に行くほど原型をとどめているらしい。


 私たちはかつて門があったと思しき場所にたどり着いていた。

 エトから降り、あたりを見回す。怪物も人影も見当たらない。


「エトはここに置いていく。いざというときのために、十分に休ませてやる必要がある」


「大丈夫? 怪物に食べられちゃったりしない?」


「こいつは並みの戦士より強いし、相当に賢い。自分で判断して身を守れるはずだ。はっきり言って、お前より安心なくらいだ」


 おい。また一言多いんだよ。


「お前にはこれを渡しておく」


 小さな棒のようなものを手渡される。

 なんだこれ。穴が開いてて、筒状になってる。


「これは?」


「エトを呼ぶための笛だ。音を聴いたら駆けつけるように躾られている。やばくなったら思いっきり吹け。吹いても音は小さいが、エトには十分聞こえている」


 あー! 聞いたことある。犬笛だコレ。


「それと大事なことだが、本当にヤバくなったら、オレに構わずエトに乗って逃げろ。オレの心配はするな」


 私はムッとした。


「見捨てろっていうの? そんなことできないよ」


 そう言うと、ルゥが顔を思いっきり近づけて凄んできた。


「いいか、俺を見くびるなよ。あんな怪物ども、一万匹いたところでオレに傷一つつけられん」


「そ、そう……わかったよ」


 一万匹ときたか。

 そこまで言われると、引き下がるしかないな。でも……

 咄嗟にルゥを見捨てて逃げられる気がしない。

 私は犬笛を見つめた。


「ねえ、この笛、ルゥは吹いたの?」


「ああ。この前お前を助けるときに吹いた」


「ふーん……」


 ルゥが吹いた笛。なんだかモヤモヤする。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「この街、結構広いよね。……どうやってアキちゃん探せばいいんだろ」


「心配するな。こういうときに使える魔法がある」


 おお、さすが並み以上の魔法使いルゥ。頼りになるぅ。


「”風守りの精霊よ、顕現せよ”」


 ルゥが唱えると、周囲にたくさんの緑の光球が現れた。光球は出現するとすぐに離れて行き、方々に散っていく。


「この精霊は術者の周囲に漂い、人や動物に反応して知らせることができる。今回は人に反応するように力を込めた。オレの目が届く範囲ぐらいは、一度に探せるはずだ」


「わ、すごい、便利。それなら、街を一周してれば見つかりそうだね」


「そうだな。事前に調べた街の広さから、日が暮れる頃には探索が終わるだろう。お前は俺の後ろについて、何か気付くことがあれば教えてくれ」


「うん、わかった!」


 ルゥの後ろについて歩き始める。

 彼はよどみなく朽ちた道を進んで行く。

 私が自然に歩いてもついていけるペースだ。よしよし、私の歩くペースがわかってきたようだな。


 安心して周囲を警戒しながら歩く。

 脇道の影を、背後にある建物を注意深く見やる。以前は、壁の向こうから怪物が姿を出したのだ。気を付けねば。


 今のところ、何もおかしなところはない。

 街はとても静かだった。耳に届くのは、私たちの足音だけだ。


(し、心臓がドキドキする……)


 この気持ち、わかるだろうか。静かで、慣れない道を歩くとき。ある種の緊張感が全身にみなぎる感覚。


 今にも、影から怪物が飛び出してくるのではないか。曲がり角に差し掛かるたびに、そんな想像が頭をよぎった。


 ……しかし、何も起きない。

 幾度もそれを繰り返す。

 次第に体に蓄積される疲労感。

 私は早くも座り込みたくなってきた。


 だが、探索はまだ始まったばかりだ。

 ルゥの背中を見ながら、自分を叱咤した。




(……何にもない。なさすぎる)


 かなりの時間が経過して思う。

 流石に違和感を覚える。


(いくらなんでも、静かすぎない?)


 前にここに来たときは、すぐに怪物と遭遇したのに。遭遇する前にも、そこかしらから気配を感じたのに。

 それが今は、何もない。不気味だ。


 私たちの周りには、歩き始めたときと同様に緑の光球が漂っている。だが、ルゥは黙ったままだ。精霊たちは何も見つけていないのだろうか。


「おい」


 と思ったら、ルゥが立ち止まった。何か見つけたのか。


「なぜオレの服の裾を掴んでいる」


「ハッ!?」


 手元を見る。

 いつの間にか、がっつりとルゥの服を掴んでいた。

 な、何をやっているんだ、私は。


「ご、ごめん! その、怖くなってきちゃって……」


 ルゥが呆れ顔になる。


「全く……だから戦うには早いと言ったんだ」


「め、面目ない」


「手でもつないだ方がいいか?」


 うっ。まさかルゥからそういうことを言われるとは……

 ああ、でも、でも……正直、お願いしたいです……


 ……したいけど……我慢だ!


「だ、大丈夫だよ! ほら!」


 私は胸を張ってサムズアップして見せた。


「手が震えているぞ」


「これは私の世界では武者震いと言って、戦いの前の高揚感に体が震え――」


 と、説明している途中で手を取られた。

 私の手を引き、行軍を再開する。


「あ、その、すいません……」


 ルゥは何も言わない。

 も、申し訳ない……戦うとか言ってたのに……


「……ねえ、でもルゥ。なんか変じゃない?」


「……ああ、静かすぎるな」


「精霊は何も言ってこないの?」


「全く反応がない」


 やっぱりそうなのか。

 ……もしかして、ルゥの魔法が失敗してることなんてないかな……いや、それはないか。あの自信だもんな。精霊を呼び出すのは基本中の基本らしいし。


「まだ街の四分の一程度しか進んでいない。もう少し様子を見よう」


 私たちは不気味に静まり返る街を進み続けた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 建物から伸びる影は、いつしか東へ向かって長く伸びていた。あれからかなり時間が経過しているのだろう。だが私たちは、アキちゃんどころか、怪物の一匹も見つけられずにいた。


「ほとんど一周してしまったな……」


 私たちは街の外側を一周し、今は中央に向かって歩いていた。ここを探してダメなら、ここにアキちゃんはいないんだろう。あるいはすでに怪物に……いや、その怪物すら見当たらないのだ。


「あっ」


 正面に、見覚えのある広場があった。そしてその中央には、同じく見覚えのある小さな民家がある。


「どうした?」


「これ、私が最初にいた場所だ……」


 私たちの目の前に、周囲からポツンと孤立した、朽ちた建物があった。

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