第10話「尻尾の気持ちと秘密の会議」
ルゥはエトの鞍の左右に荷物を括り付けた。ここにエトの餌が入っているんだろうか。落としたら大変だ。私はエトに食べられるかもしれない。
荷物が落ちないことを確かめると、ルゥは飛び上がってエトに乗った。すごい。バスケ選手以上の跳躍力だ。
私はどうすればいいんだろう。自慢ではないが、体力測定の垂直飛びは下から数えたほうが早い。というか、ほぼドベだ。
そう思っていると、ルゥが手を差し出してきた。引き上げてくれるのか。
手を差し出すと、ものすごい力で引き込まれた。次の瞬間には、ルゥに抱きすくめられるような形でエトの背中に収まっていた。
「落ちないようにベルトを掴んでいろ」
「はい」
あ、なんか敬語になってしまった……悔しい。
言われるがままに鞍から伸びているベルトを掴む。
「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい」
ルゥとマルテさんが夫婦のようなやり取りを交わす。
マルテさんが警備員に何か告げると、門はあっさりと開いた。
行くぞ、とルゥが合図すると、エトが動き出す。
「わわ、た、高い……」
怖い。あと、なんか恥ずかしい。だって、これ、すごく目立つ……
目的地に着くまで持ってくれ、私の精神。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
きらびやかな照明の輝く廊下を、一人の女性が歩いている。
その女性がそばを通るたび、人は彼女を目で追う。
しかし、当の本人は視線を一顧だにせず、自身の手や胸をしきりに気にしていた。
「む――……、はぁ」
彼女は胸の感触を確かめると、小さくため息をついた。尻尾が力なく垂れ下がり、内側を向いて揺れている。
建物の最上階に到達するころには、彼女を追う視線はなくなっていた。廊下に彼女の足音だけが木霊する。そして、最奥の扉の前で立ち止まった。
「失礼します」
扉を開けると、室内には二人の男女が待ち構えていた。
「おおマルテ、ご苦労じゃったな」
彼女を半裸の少女が歓迎する。少女は足をブラブラさせながら椅子に座っていた。彼女には椅子が高すぎるようだ。
マルテと呼ばれた人物は少女の向かいに座った。
「ワース様。ルゥとハルは魔都に向けて出発しました」
ワースと呼ばれた少女がうんうんと頷く。
「ルゥはうまくやっておるようじゃな。ところでマルテ、おぬしから見てハルはどうじゃった?」
「……普通の女の子です。魔力も悪意も感じませんでした」
「やはりそうか。良い子じゃよな」
「ええ。守ってあげたくなりますね」
「ルゥとのことが気になるんじゃないかの?」
ワースがニヤニヤしながら言う。
「なんのことです?」
マルテは視線から逃れるように顔を背けた。
大きな獣耳がへたり込むのを見て、ワースはキシシと笑った。
「私も是非会ってみたいものだねぇ」
ワースの隣に座る大男が、髪をかきあげながら言った。彼が動くたびに、椅子がギシギシと耳障りな音を奏でる。ワースとは逆に、椅子が小さすぎて合っていなかった。
「ルゥ君の話は実に興味深かった。魔法使いとして、これほどにそそられる対象は滅多にない。是非ハル君の秘密をこの手で暴きたいよ!」
男は目をギラつかせ、興奮した様子で言った。
「ダン。気持ちはわかるが、おぬしの言い方は変態のそれじゃぞ」
「……おっと、失敬。興奮しすぎたようだ。どうにも好奇心が旺盛でね」
ダンと呼ばれた男は、二人に申し訳なさそうに頭を下げた。
「ルゥから報告があったようですが、ハルのことがわかったんですか?」
「うむ。おぬしにも説明しよう」
ワースはルゥからの報告をマルテに話し始めた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「異世界からの、転移者!? まさか、一体どうやって……」
マルテは驚いた後、ブツブツと呟きながら考え込んだ。
ワースがマルテの様子を見ながら言う。
「過去から現在において、そのような魔法が成功した記録はない。じゃが、あそこは場所が場所じゃ。ないとは言い切れん」
ワースの言葉に、ダンが舌なめずりをした。
「魔都グースギア。かつての魔王の拠点。失われた魔法が眠っているかもしれないわけか……」
「うむ。我らがこの地に赴いた原因とも関係があるかもしれん。前回の潜入時の結果も踏まえて、今日は話し合おうと思う」
ダンとマルテが頷く。
ワースは懐を探ると、小さな石を取り出した。石の表面には微細な文様が刻まれている。
ワースは石に指をあて、一言唱える。
「”再生せよ”」
石が発光し、文様に光が走りだす。文様のすべてに光が灯ると、石から筋状の光線が放たれ、部屋の中空に映像を映し出した。
ワース達が映像を見つめた。
荒廃した街の様子が描かれている。
映像は人の視点の高さで描かれ、街をゆっくりと進んだ。
視界の中で、崩落した壁や割れた地面が通り過ぎていく。
道の突き当りまで進んだところで、動きが止まった。
突き当りの壁に、蠢く複数の影がある。
影がこちらに気付き、一斉に振り向いた。
血で汚れた毛の中に、昏い双眸が光っていた。大きな耳が立ち上がり、こちらの様子をうかがっている。獣の頭部を持ちながら、体は筋骨隆々の人間のようだった。
映像の主と半人半獣の怪物はしばらく睨みあっていたが、ややあって獣が動き出した。全身の筋肉が張り詰めた後、目にも止まらぬ速さで肉薄してくる。
映像の主に鋭い爪が襲い掛かると思われた瞬間、怪物の体がバラバラになる。地面に体だったものと血潮がばら撒かれた。
脅威が過ぎ去ると、映像はゆっくりと怪物がいたところまで近づいた。
そのまましばらく静止する。
映像は散乱したボロボロの衣服や頭髪を映し出していた。
……ワース達は一様に険しい表情をしている。
「あの紋章。前回の調査隊のものとみて間違いあるまい」
ダンがメモ帳を取り出し、映像と照らし合わせた。
「……残念じゃな」
ワースが嘆息した。
「消息を絶って十日余り。致し方なかったとはいえ、遺族に骨も渡してやれんとは。……慙愧に耐えん」
「調査隊を襲ったこの怪物、やはり住人だと思うか?」
「可能性は高いが、ワシはまだ信じられん。ここの住人は大人しいし、そもそも人を襲う力もない。これまでの調査でも、彼らに害がないことはわかっておった」
「これまで何もなかったのは、たまたまかもしれないよ。起きてしまったからには見過ごせないな」
「確かにそうじゃ。そうじゃが……ワシは原因が知りたい」
ワースが悔しそうに爪を噛んだ。
「怪物の頭部を封印して魔導院に送りました。正体はいずれ明らかになるでしょう」
マルテが報告書をワースに渡した。
「魔導院に渡るのは早くて五日後か……」
「我々はまず事態を収めることが先決だと思います。原因究明はそのあとに」
「うむ……わかっておる」
ワースはため息を一つついた。
「……大魔法で森ごと焼き払ってみるかね?」
ダンが紳士的な表情から一変し、野獣のような笑みを浮かべていった。
「待て待て! いくらなんでも乱暴すぎる。ハルの妹も見つかっておらんのじゃぞ」
「冗談だよ。魔法に反応して何が起こるかもわからないしね」
「となると」マルテが指を立てて言った。「封印魔法でしょうか。あれほどの規模の街だと、ワース様の力でも難しいかもしれませんが」
「ワシでも無理じゃな。壊すだけなら楽なんじゃがなぁ」
「楽なんですけどねぇ」
クックックッ、とダンが顔を歪ませた。
「やっぱり壊すか?」
「やめんか! おぬしの冗談は怖いんじゃ! まったく、ルゥもダンも発言が危なっかしすぎる! 隊長であるワシの気苦労も考えてくれ」
「ルゥ君がいたらお互い様だと言いそうだねぇ」
二人のやり取りに、マルテがハァ、とため息をついた。
「ルゥとハルを待ちましょう。ルゥならきっと、ハルの妹を見つけてくれるはずです」
「……生きていればね」
その言葉に、マルテとワースがダンを睨みつけた。
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