第7話「不安と黄金の花」

 力強い腕が私を引いている。

 曳航される船のように、人波を泳いだ。

 先導されるに身を任せ、通りを見回す。


 たまに、私に対して珍しいものをみるように視線が注がれる。

 私は改めて自分の格好を見た。

 ボロボロな上に、周囲から浮いた服装。


(……そりゃ、人目を引くよね)


 通りを歩く人たちの服装は、総じて旅に便利そうな服だった。ルゥの言う通り、観光客なのだろう。私もああいう服にするべきかもしれない。


 歩いているうちに、ふと気付く。


(あれ? なんか、歩きやすいかも)


 歩き始めたころの辛さがない。

 ……あ、そうか。ルゥの歩みが緩やかなんだ。

 私に合わせてくれてるのかな。

 まあ、手を繋いでるから遅くなってるのかもしれないけど。


 そういえば、アキちゃんと遊びに行くときも、こうやって引いてもらっていた気がする。あれはアキちゃんが行きたいところに積極的に行こうとしてたからだと思ってたけど……ひょっとしたら、私に気を使ってくれてたのかな。私、優柔不断でトロ臭いからなぁ……


 チラリとルゥの顔色を窺ってみる。

 ……うーん。やっぱり何考えてるのかよくわからない。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 脇道の小さな路地裏にその店はあった。

 白くて小さな、可愛らしい店だ。

 店に寄り添うように植物が壁に張り付き、そこから白い花が咲いている。

 あの占い師に貰った花だ。看板には「深緑亭」と書かれていた。


「結局ここまで来ちゃったね」


 通りを歩き回ったが、いいお店には巡り合わなかった。

 私には合わなそうだったり、人でいっぱいで敬遠したりしたのだ。

 ルゥは渋い顔をして店を見つめている。


「どうする? やめとく?」


「……仕方あるまい。だが、用心しろよ」


「見た目は普通のお店だよ。高かったりしたら何も買わないで出ればいいし」


 店員がしつこくても、ルゥがいれば大丈夫だろう。この無神経男は店員ごときには怯むまい。

 ドアノブに手をかけ、開いた。

 

 閃光が炸裂した。

 視界が真っ白になる。

 一拍遅れて爆発音が耳に届いた。

 すさまじい勢いで衝撃が駆け抜ける。


 倒れそうになる私を、ルゥが支えた。

 あたりをもうもうとした煙が包む。

 煙から、黒い影が歩み出た。


「いらっしゃ――いっっ!! おぬしらは、この店の百万人目のお客様じゃ!」


 黒いローブを着て杖を構えた少女が、手を広げて待ち構えていた。

 呆然となる私に、少女が近づいてくる。


「む? すまん、少し光の精霊が多すぎたかもしれんわ」


「は……は、はは」


 言葉を失い、乾いた笑いが漏れる。

 ルゥは額に手を当てて首を左右に振っていた。

 

「お、しっかり手を繋いでおるな。仲が良くて何よりじゃ」


 その言葉にハッとなり、どちらからともなく手を離した。

 その直後、ルゥの拳骨が振り下ろされる。

 黒ローブのフードが大きく凹んだ。


「あいた――ッ!! なにすんじゃバカモノ!!」


「加減しろこのバカ!!」


 ルゥが私に振り向いた。


「別の店を探すか」


「待――った待った! さっきおぬしらは百万人目の客じゃと言ったじゃろ! どれでも好きな服、一着持っていってよいぞ!」


 その言葉に、私は我に返った。


「え? いいの?」


「もちろんじゃ」


 それはありがたい。

 いくらルゥが服を破いたとはいえ、元々怪物のせいで服は破れかけていたのだ。それをルゥに弁償してもらうのは気が引けていた。

 だが、無料だというならルゥに気兼ねする必要はない。


「騙されるなハル。きっと呪いがかかった服だ」


 ルゥが耳元でささやく。


「かかっとらんわ! よく見ろハル、なかなか良さげな店じゃろ?」


 黒ローブの少女が踊るように店内を指した。

 店を覗き込んでみる。

 

(あ、本当だ。結構良いかも)


 白い壁と木の家具で統一された店内が目に入る。

 大きめの窓から差し込む光が、室内を優しく照らしている。

 落ち着いた良い雰囲気があった。


「確かに良さそうなお店ですけど、あなたは服屋じゃなくて、大占い師のワース様ですよね?」


 フードの下で少女の目がギラリと光ったような気がした。


「ふっふっふ……違うな! ワシは大占い師ではない。ワシはカリスマ服飾店員のワースちゃんじゃ!!」


 と、変なポーズをとって言った。

 なんだそのポーズは。仮〇ライダーみたいだぞ。服屋に全然合ってないぞ。

 ……この気の抜ける感じは、やっぱりワースさんだな。


「安心せい、服の品質は保証するぞ。それにもし呪いがかかっていても、その男に魔法で解いてもらえばよいではないか」


「え? なんでルゥが魔法使いだってわかるんですか?」


 ルゥの見た目は魔法使いというより戦士なんだけど。武器も杖じゃなくて剣だし。

 ワースさんがギクリとした気がした。


「な、なかなか鋭いなハル。ワシはすごい魔法使いでもあるから、見ただけで魔法の腕がわかるんじゃ。見たところ、その男はかなりの使い手じゃぞ」


「はぁ」


 ワースさんは腰に手を当てて大きく足を開き、偉そうなポーズをとる。


「ワシには遠く及ばんがな!」


 は――っはっはっ、と店内にワースさんの笑い声が木霊した。

 ……あ、ルゥが静かに怒ってる。頭に怒りを表すマークがついている気がする。


「ねぇルゥ、見るだけ見てもいい? せっかく無料でいいって言ってくれてるし」


 ルゥは一瞬ものすごく嫌そうな顔をしたが、ため息をついて言った。


「お前がいいなら好きにしろ」


 そういうと、ルゥは店内にあった椅子にどっかりと腰かけた。


「良かったのうハル。さあ、好きなものを選ぶがよい。試着を手伝ってやるからな!」


 そう言いながら、ワースさんは両手をワキワキと怪しく動かした。

 絶対に手伝ってもらいたくない。どうせまたセクハラする気なのだ。

 全く、なんでこの世界で知り合った人はみんな、私の体を触りたがるのか。


「け、結構です! 自分で着られますので!」


 ワースさんがガックリと肩を落とした。

 やっぱりな……



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「うーん……」


 困った。全くもって困った。

 生地は良い。縫製も良い。

 だが、そのことごとくが日本で見るようなデザインではない。


 私は未知の服の良し悪しがわかるほど、ファッションの造詣はない。

 こういうとき、どういうものを選んでいいのかさっぱりわからない。


(これが良いかな……あ、でもこれも良さそう)


 私はすっかり服の迷路に迷い込んでしまっていた。

 店の中をうろうろして、かなりの時間を消費してしまっている。

 ルゥやワースさんがどう思っているか想像すると怖い。

 しかしそう思うと、なおさら判断力が鈍り、出口が見えなくなる。


 こういうとき、いつもアキちゃんが決めてくれていた。

 彼女は私が求めているものがわかるのだ。彼女がいると買い物はスムーズに終わる。

 薄々わかってはいた。私はいつも妹に助けられていたのだ。


 焦りが焦りを呼び、迷いが迷いを生む。ここはすでに袋小路だ。どうすれバインダー。


「えらく悩んでおるようじゃのう」


 私の様子を見かねたのか、ワースさんが話しかけてきた。


「ご、ごめんなさい! な、なかなか決められなくて……」


「いやいや良いんじゃよ。ゆっくり決めてくれて。じゃがもし良ければ、ワシがいくつか見繕ってやろうか?」


 服屋の店員からの助け船が来た。いつもは鬱陶しいと思うこともあるのだが、今日ばかりは本当に助かる。乗るしかあるまい。なんなら全てお任せのマネキンコースしかあるまい。


「はい、お願いします……」


 その言葉を聞いた時、ワースさんの声のトーンが上がった。


「任せておけ! おぬしに似合う服を選んでやるから、試着室の中で待つのじゃ!」


 その紅潮した顔を見ると、若干不安がある。

 しかし、ルゥが退屈そうにため息をつくのを見た。選択肢はない。

 私はおとなしく試着室の中に入った。

 しばらく待っていると、ワースさんが顔を覗かせた。


「まずはコレじゃ!」


 と言って渡されたのは、軽めの旅人風の服だった。どことなくルゥが着ているものと似ている。なるほど、これならどこに行くのも便利そうだ。

 早速袖を通し、着てみる。


(……ん? なんか、ちょっときつい)


 着てみると、ある部分がぎゅうぎゅうだった。


(……まあ、とりあえず見てもらおう)


 ゆっくりとカーテンを開ける。


「ッッ!?」


 なぜか、ワースさんとルゥが正面に座っていた。

 すぐさまカーテンに体を隠す。


 え、え、え!? 何これ!? 恥ずかしい!!

 ……ルゥ、いつの間に移動したの!?


「さあ、さあさあ! ワシらに良く見えるように広げておくれ!!」


 ……そ、そんな。こんな、ショーみたいになるなんて聞いてない!!

 ど、どうしよう。変じゃない? 変じゃないかな?

 チラリとルゥの顔を窺ってみる。


 腕を組んで、ジッと私を見ている。

 目が「早くしろ」って言っているように見える。

 あ、あうあうあう。み、見せなきゃ、ダメ……?


 ……えーい!! ままよ!!

 カーテンを広げ、二人に見えるように手を広げて見せた。


「……ど、どうですか?」


「うほ――っ! 胸がパツンパツンで扇情的じゃな!」


 ワースさんが興奮した様子で言った。


(……ッ!! やっぱり、そこ……!!)


 気にはなっていたのだ。この服、胸が私のサイズと合ってない。

 すごく胸の大きさが強調されてしまう。


 ……ル、ルゥ。ルゥは?

 彼は数秒見つめた後、ボソッと一言。


「……いいんじゃないか」


 ……どういいんだよ! もうちょっと具体的に言ってくれよ!

 私はたまらなくなり、試着室のカーテンを閉めた。

 服を脱ぎ、身もだえするようにワースさんを待った。


「次はコレじゃ!」


 そういって渡されたのは、魔法使い風のローブだった。

 気を取り直して、新しい服と向き合う。

 ああ、なるほど。こういうのもいいかもしれない。せっかくファンタジーな異世界なんだし。魔法使い気分になってみるのもいい。映画とかで見て、ちょっと憧れてたしね。

 さっきの服はちょっときつかったけど、今度のはゆったりしてて着やすかった。


(若干スース―するのが気になるけど……)


 カーテンを開け、二人に見せる。


「……ど、どう?」


 もう、こうなりゃヤケだ。二人にちゃんと見てもらおう。


「うは――っ! 体のラインが強調されて、目の毒じゃな! ハルは良い体をしておるわい! 特にチチが」


 なんでこの人は私の体で盛り上がってるの? 服は? 私に合う服を選んでくれるんじゃないの? エロい服がお似合いってこと?

 ……ルゥは?


「……いいんじゃないか」


 ……だからどう良いんだよ!! コイツ、何を着てもこれしか言わないんじゃないの!?

 私はシャッとカーテンを閉めた。

 いそいそと服を脱ぎ、ワースさんを待つ。


 待っている間、私は思った。

 あの無神経男の反応が気に食わない。何かしら違う反応が欲しい。

 ……もういっそ、もっとエグい服を持ってきてくれないだろうか。あの鉄面皮をはぎ取ってやりたい。


「次はコレじゃ!」


 予想以上だった。

 面積が異常に少ない。上はブラジャーのようでスカスカだし、下は角度のきついホットパンツだ。

 ハッキリ言う。これはほとんど裸だ。


(こ、これを着るの……?)


 ゴクリと唾を飲む。

 ……いや、私はやると決めた。アイツに見せつけてやるのだ。

 やけくそになってその服を着る。

 胸もお尻も零れ落ちそうだった。


 ……だが、しったことか!!

 私は勢いよくカーテンを開けた。


「ど、どうかな!?」


「ムヒョォ――っ!! ま、まさか本当に着るとは……! なんてエッ……いや、似合っておるぞ、うん」


 あなたには聞いていない。

 ルゥ、どうだ。なにか思うところがあるんじゃないか!?


「……いいんじゃないか」


 その瞬間、乾いた音が店内に響き渡る。

 ワースさんがスリッパのようなものを持ってルゥを叩いていた。


「何をする!」


「このバカ! グズ! マヌケ!」


「なんだと!」


 ……いいぞワースさん、もっと言ってやって。


「女の子が恥ずかし気に感想聞いとるんじゃからもっと言うことあるじゃろーが!!」


「女の服の良し悪しなんてオレにはわからん!!」


「わからんでも褒めたらんかい!!」


 ルゥとワースさんが睨みあう。

 しばらくして、ルゥは頭をグシャグシャと乱して私を見た。


「おい。お前は着ててどう思ったんだ」


 私は改めて自分の服装を見たあと、胸とお尻を隠した。


「は、恥ずかしい……」


 今になって思う。なんでこんなの着ちゃったんだろう。

 いや、きっと魔法のせいだ。”静寂の風”の効果に違いない。


 ルゥはそれを聞くと、店の中をドカドカと歩き回り、服を漁り始めた。

 やがて一つの服を手に取ると、私の前にきてそれを差し出した。


「おい、これを着てみろ」


「え? ……う、うん」


 私は素直にそれを受けると、試着室の中で着替えた。


(あ、コレ……!)


 肩も胸も腰もきつくない。ピッタリだ。とても動きやすい。

 服にあしらわれたスカーフのような飾りと、フレアスカートも可愛らしい。

 試着室から出ると、私の姿を見たワースさんがほぅ、と声を漏らした。


「おお、可愛らしいのう。よく似合っておるぞ」


「……こ、これにします」


 普通に気に入った。

 ルゥはそれを聞くと、何も言わずに椅子を片付けていた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ワースさん、ありがとうございました」


「良いんじゃよ。眼福じゃったから」


 う……セクハラロリババァ……

 元の服が入った袋を受け取り、店を出ようとする。

 そのとき、ワースさんがルゥを呼び止めた。

 

「あー、ちょい待ち。でかいの」


 ワースさんはルゥを店の奥に引っ張り込むと、なにやらゴニョゴニョと話し出した。



(なんだよ)


(予約しといたから、ここに行け!)



 何を話してるんだろう。と思ったら、すぐに戻ってきた。


「……行くぞ」


「うん」


 ワースさんに手を振り、店を後にする。

 外に出ると、街はオレンジに染まっていた。もうすぐ日が落ちる。


「さっきのは何だったの?」


「ん? オレにも記念だってんで、コレをくれたよ」


 手の中に、花をあしらった金属製のアクセサリーがあった。


「あ、可愛い。……でもルゥには似合わないね」


 私はクスクスと笑った。


「そうだな。お前にやるよ」


 そういうと、私の服につけてくれた。

 夕陽を受けて、黄金色に花が輝く。


「……あ、ありがと」


「気にするな。確かにお前の方が似合う」


 それを聞いて、私の中に一つの疑問が浮かんだ。

 聞こうかどうか迷ったが、一度頭に浮かぶと、どうしても聞いてみたくて仕様が無くなった。


「ねえ、この服、ルゥはどう思ったの?」


 そう言って、クルリと回って見せる。

 ルゥは顎に手を当てて少し考え込む。

 やがて、ポツリと言った。


「……可愛いんじゃないか」


「え」


 ルゥはすぐに顔をそらした。

 表情が見えない。どういう顔をしているのか、すごく気になった。


(……この人、こんなこと言うんだ)


 不意打ちだ。なんだか体が熱い。顔を見られたくない。

 ……幸い、夕陽が私の紅潮を隠して、悟られることはないだろう。

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